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2019年8月12日、吉松駅からキハ40に乗ります。肥薩線のベテラン運転士が矢岳越えの区間を運転します。乗車してしばらくすると、矢岳からの眺めがいい感じです。そして、MOZOCA(もぞか・2020年7月の豪雨で休館中)の機関車です。その近くには、3線機関庫があります。いよいよ、D&S列車に乗ります。つづく…
4月に入り、ようやく桜が咲きました~当店Nゲージレンタルレイアウトの、路線増設工事完了店長の「X」で紹介させていただいています試験走行!順調、快調、絶好調ですね😅苦労しましたけど、ね!😊ジオラマ制作が、楽しみです😃pic.twitter.com/i2ri1xKQpU—もっけい(@fujikiyo325)March29,20244路線を6路線に2路線増やしました1番線【機関庫コース】は、サブテーブル付き、一人っきりでも楽しめます!自分の車両をずらりと並べて撮り鉄もお
新型コロナウィルス感染症のため、さまざまな生活様式が、かわりました5類感染症に移行され、もとに戻りつつと言いたいところですが、なかなかもとに戻りません当店のNゲージレンタルレイアウトは、移転後最初は、6路線(地上4路線、高架2路線)でしたなつかしい~レイアウトの後ろには、棚がそびえたち窓を殺しておりました長テーブルの操作台は、養生テープで席範囲も明確!コロナ対策という事で、窓換気ができるように、棚のいれかえをしました路線も6路線から4路線に減らし、ソーシャルディ
和田山駅~文明開化を偲ばす機関庫がある駅~和田山駅は、1906年(明治39年)4月に山陽鉄道の駅として開業しました。同年12月に山陽鉄道が国有化され、現在はJR西日本山陰本線と播但線が接続する駅です。駅スタンプは和田山駅の旧機関庫が描かれています。駅スタンプに描かれている和田山機関庫は駅の北側にあり、ホームからその全貌を見ることができます。1912年(明治45年)に建築されたレンガ造りの機関庫で、1991年(平成3年)に廃止されるまで79年間使用されました。まさに文
宝塚大劇場月組公演を観劇し終え、宝塚から特急「こうのとり15号」で福知山へやって来ました。福知山では2分の接続で、16時48分発の特急「きのさき9号」に乗り換え。「こうのとり」と「きのさき」を乗り継ぐ場合は通しで特急券が買えます。定刻に福知山を出発し、山陰本線を走ります。右手の京丹後鉄道宮福線のホームに、緑色の113系が停車中。私の乗った2号車は4人しかいませんでした。しばらく走ると京丹後鉄道の福知山運転支区が見えます。福知山
劇場としてのラウンドハウスが正式に運営を開始したのは1967年、終りを告げたのが1983年である。現在のラウンドハウスは、2006年に旧団体とは異なる新組織により運営開始された(※1)。今回から数回に分けて紹介するのは、両ラウンドハウスの空白期間となる1983〜2006年についてである(図1)。(図1)空白期間一般にネットや書籍に掲載されるラウンドハウスの歴史では、この空白の23年の記述はわずかで、しかも単に放置されて廃墟だったかのように語られる。しかし実際はこの期間
そして下今市機関庫に着きました。庫内にはSL大樹のC11325号機とDE10がとても良く見えました。
山々が見えました。そして下今市に停車、機関庫、SL大樹がとても良く見えました。再び乗りたい気持になりました。
暴飲のせいで昨日は一回お腹ゆるゆるになっちゃったけど、13日の金曜日も無事過ぎ去ってホッとしていますご飯たっぷり食べて、間食にお菓子もたっぷり食べて…体重戻るかしらでは、秋の乗り放題パス旅回顧録の続き寺前駅からキハ40でガタゴト乗り鉄を楽しみながら、列車は播但線の終点に…11:28和田山駅とーちゃこ🚃乗換時間が20分ちょちしかないから駅から出るコトなく、跨線橋を渡って山陰本線の島のホームへ向かいました跨線橋を下りたトコで…雪かき用の車両かしら、一枚パチリとなケツからも写メると、そ
今日はNゲージ鉄道模型、機留線(機関車留置線)が手狭だったので、あれこれ工夫して拡充してみました。2線から倍の4線に、有効長もだいぶ長くなっています。いつもご訪問頂きありがとうございます。以下本編です↓。これまでの1階層機留線です。写真の4両を停めておくのがやっとでした。以下記事↓で設置してから3年、KATOの電車庫(23-300)を機関庫として使っていました。『Nゲージ機関庫(電車庫?)が付きました[実車写真あり]』こんばんは。今日はNゲージ鉄道模型です。突然ながらレイア
この小屋を使うのもあと1回となりました。主が帰ってこない、ただの倉庫になってしまうのか?(設備がもったいないですね)準備ができたようで、乗務員さんも機関庫へと向かいます。乗り込んで、移動です。まずは、海側へと移動していきます。ホームからの見学だと、近くてよく見えます。今度は、山側へと移動開始です。移動だけでも、黒煙をあげていただき感謝です。この後は、客車が待機しているホームへとバックです。この後は、改札脇の売店
臺鐵(台湾鉄路管理局・在来線)臺中車站の高架化工事中に見つかった古い機関庫の遺構がいつの間にか近くから見学できるようになっていました。この遺構を保存することになり、高架橋の設計変更を行ったため高架化の完成が遅れてしまいました。階段を上って高いところから広い範囲を眺めることもできます。大同電鍋ー大同電気釜(大同電鍋)炊飯器10合ーローズピンクーLサイズ【並行輸入品】楽天市場【楽天ブックス限定特典】D10地球の歩き方台湾2023~2024(「地球の歩
ゆふいん音楽祭の2日目にはメインのコンサートがあるが、それは見送るPassoくんで西に向かう途中、豊後森機関庫ミュージアムに寄る機関車ミュージアム大分県玖珠町の観光情報あそぶ、食べる、癒しについてのサイトです。主に歴史・文化、温泉、まつり・イベントの話題が中心。豊後盛機関庫公園もチェック!kusumachi.jpこのミュージアムの中では、子供向けの工作体験などが行われており、盛況であった年齢的には、工作よりも旧豊後森機関庫に興味があったANAでの案内が良い感
人吉市中青井町のJR人吉駅構内に所在する人吉機関庫です。文化財の指定は受けていません。明治44年(1911年)に建てられた機関庫で、幅約16m、奥行き約51mあります。現役の石造り機関庫としては国内唯一のものだそうです。※写真は2017年6月撮影
ラウンドハウス内部には24本の柱がある。各柱は建物中央から半径40フィート(約12.2m)の円周上に均等に並んでおり、これがラウンドハウスを特徴付けている。本ブログではこれまでこの柱を中間柱と呼んできたが、今回はそのトリビア。(図1)中間柱中間柱の処遇ラウンドハウスの中間柱には、直径50メートルもの巨大屋根を支える役割がある。この柱は建設当時(19世紀半ば)の技術では構造上不可欠だったが、イベント会場としては視界を邪魔するものでしかない。実際にラウンドハウス
こんばんは、akiringです。今日は小雨の中安全パトロールでありました。安全パトロール通称"安パト"は施工管理者などが集い工事現場を抜き打ちで訪れて、ありのままの現場を視察し危険な箇所や不具合を見つけて是正しようというもの。現場での事故や近隣クレームを防ぐために定期的に実施されます。コロナ禍ではこの安パトも自粛されていましたが、徐々に再開してきています。さて、趣味のお話です。インスタでは結構前にアップしたネタですが、ひとり小湊鉄道祭りを開催しました。現在新しいモジ
前回再現した40フィート転車台を参考にして、今回からラウンドハウスの転車台を作っていく。単なる両端切り詰めではないラウンドハウスの転車台が36フィートだからといって、前回再現した転車台の両端を単純に2フィートづつ切り詰めるわけにはいかない。というのもクレードルの形状が両者で大きく異なるからである。資料としてラウンドハウス建設当時のイラストが2点残されているが、2点ともクレードルの上部が、ピットを覆うよう全面板張りになっている(図1)。一方で40フィート転車台の写真
【主桁部】(図1-1)左右2つの桁からできており、各桁の上方にレールが位置する。桁を構成する鉄材は、L字鋼を背中合わせにして鉄板を挟み込むことで、複合型のH字鋼の構造をしている。つまりL字鋼をフランジ、鉄板をウェブとする形である(図1-1)。この工法は当時よく用いられたものだが、特にこの転車台で特徴的なのは、桁腹の縦材として用いられるスティフナー(stiffener)の形状である(図1-2)。ここではフランジのL字鋼や桁板との段差にぴったり沿うよう、巧みに曲げ加工が行わ
困難な再現これまでに紹介したピットやセンターポストにくらべると、クレードルはかなり複雑な構造をしている(図1)。今回、ほとんどの箇所をモデリングできたが、鎖錠(さじょう)装置(回転位置を固定する装置)だけができなかった。鎖錠装置は図面に曖昧に描かれており(図2)、また独自の機構のため参考にできる資料もなかった。図1:クレードル全体図(FreeCAD)図2:曖昧な描写の鎖錠装置そもそも鎖鎖装置にはいくつか種類があるが、どの方式も閂(かんぬき)を溝に差し込
基本情報(p305左、p306右、p310左)ラウンドハウスは貨物機関車用の機関庫で北側に位置し、一方で南側の機関庫は旅客用機関庫(図1)(※1)。(図1)カムデン・グッズ・ヤードの地図また当時のラウンドハウスの西側には別棟が2棟隣接しており、南側が燃料であるコークス(※2)の補給施設で、北側が作業員用オフィス(図2)。(図2)ラウンドハウス隣接の2棟燃料補給の方法は、コークスを満載した列車が南棟へ入り、そこでコークスを炭水車に小分けした後、そ
今回から3回にわたって紹介するのは、前回までに紹介した図面を収録した雑誌の本文である。ここには図面にはない貴重な情報がある。記事の概要記事のタイトルを日本語にすると『ロンドン&バーミンガム鉄道の交通と営業施設に関するいくつかの情報』【※1】となる。内容は1849年当時にカムデンに建設中だった一大鉄道施設を紹介したもので、特に完成したばかりの2つの機関庫について述べている。そのひとつは旅客用機関庫で、もうひとつが貨物用機関庫、つまり現在のラウンドハウスである。
前回までに解説した、ラウンドハウスを含むカムデン・グッズ・ヤードの図面は、非常に見にくく、どこがどの部分を指すのかがわかりにくい。おそらくページ数を節約するため、空いたスペースに無理やり詰め込んだためだろう。そこで今回、わかりやすくするため、オリジナルでは6枚だった図面(図1)を、A3用紙9枚に整理した(図2)。(図1)オリジナル図面(計6枚)(図2)再編した図面(計9枚)なお、再編した図面(図2)には図面以外のものも含めた。たとえば、ほぼ当時の地図(オード
基本形状の変更ここで大どんでん返しが起こる。それは前回(第43回)説明した頂塔の柱の高さである。前回は頂塔の拡大図に基本形状を当てはめ、高さを5フィート6インチに定めた。しかしこの拡大図にはもうひとつ定規として利用できる部材があり、それが垂木の縦幅14インチなのだが、その値が基本形状と矛盾するのである(図5-1)。(図5-1)拡大図と基本形状の矛盾もし基本形状を正とするなら、垂木の縦幅は13インチにならなければならない。逆に垂木の縦幅が14インチで正しいなら
基本形状から考えると、全体図(BL295)の致命的な誤記は、中間柱に接続する母屋(もや)の高さにある。(図2-1)母屋の高さ44'9"図面ではこの位置を、床面から45フィート9インチとしている。また基本形状から推測すると45フィートにも思えるが、実際はそのどちらでもない。正確に計算すると、44フィート9.89775インチという、なんとも中途半端な数値になる(図4-1)。(図4-1)母屋の高さその理由は、この高さ寸法を決定づけているのが、母屋と垂
最大の誤記この図面の最大の誤記は、全体図における3つの高さ寸法である(図2-1)。(図2-1)矛盾する3つの高さ寸法1つ目は外壁の高さ、2つ目は中間柱(垂木の中間を支える柱)の高さ、3つ目は内部中央の高さだ。これらが図面の寸法通りだと建物の形状が図面の描画からかけ離れる。この3つのどこかが、または2つが、はたまたすべてが間違っていることになるわけだが、かといってどこがどう誤っているのかを判断する材料がない。これは本図最大の問題といっていい。かといってこの
関東から転居して7年近く別府を訪ねる際途中下車豊後森駅ホームから、旧豊後森機関庫が良く見えました半円形になっていて廃墟です鉄道遺産として見に行く方も多いようですが町である玖珠町中心は駅から離れています昔の街並みが残っていますカフェで珈琲をいただきました手作りパウンドケーキもいただきましたお店の方々、お世話になりありがとうございました
今日はいい天気来月から京都鉄道博物館の入場料が値上げになるとかでぎりぎり行ってきました。京都駅でパシャリ鉄道ジオラマ🚃電車が見える館内のレストランでビール🍺とゆっくりランチ。特別展示車両SLスチーム号の牽引機関車はCー622。機関庫内には古い展望台付き客車が。機関庫奥のベンチでまったり今日はゆっくり見学しました。
前回は、ウェブ公開されているラウンドハウスの図面について、オーストリア国立図書館のデジタルデータを紹介したが、今回はまた別のデジタルデータを紹介する。今回紹介するのはドイツのバイエルン州立図書館(BSB:BayerischeStaatsBibliothek)(図1-1)のデータで、これはミュンヘン・デジタル化センター(MDZ:TheMunichDigitiZationCenter)のサイトからダウンロードできる(図1-2)。(図1-1)
ついにラウンドハウスの図面が誰でも無料で入手できるようになった。(ラウンドハウスの図面【左上2点】)これはオーストリア国立図書館(ÖsterreichischeNationalbibliothek)が所蔵資料をデジタルスキャンし公式サイトで公開したものだ(※1)。(オーストリア国立図書館のホームページ)公開された図面は、以前にも本ブログで紹介したが、オーストリアの建築雑誌『アルゲマイネ・バウツァイトゥン(AllgemeineBauzeit