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2025年石橋巡り報告2025年12月28日(日)〜29日(月)10年前くらいから年末にはその年の新しい石橋との出会いの報告と感謝に東陽町の橋本勘五郎氏と錦町の岩永三五郎氏のお墓に報告に来ていましたが、今年は、長崎の眼鏡橋に石橋巡りとして行けたので、今回で一区切りしたいと言う旨を報告しました。お墓参りではなく、その年に出会った石橋等々の報告です。今こうやって石橋巡りがライフワークの一つになったのもこの2人の素晴らしいアーチ石橋に出会ったのが始まりでした。12月28日
0372再訪市指定有形文化財笠松橋(かさまつばし)熊本県八代市東陽町河俣字久木野河俣川に架かる石橋橋長:22.70m橋幅:2.07m径間:14.20m拱矢:5.00m架橋:1869年(明治2年)設計・石工:橋本丈八氏(翌年に勘五郎に改名)型式:単眼アーチ橋壁石:乱積み指定:1988年(昭和63年)3月1日市指定有形文化財指定笠松橋明治2年(1869年)橋本丈八(あくる年、橋本勘五郎となる)によって架橋したと記録されています。6月24日
0373再訪市指定有形文化財鹿路橋(ろくろばし)熊本県八代市東陽町河俣字鹿路河俣川に架かる石橋橋長:20.30m橋幅:2.70m径間:13.60m拱矢:5.80m架橋:1848年(嘉永元年)石工:嘉八氏(種山組)型式:単眼アーチ橋指定:1988年(昭和63年)3月1日市指定有形文化財指定嘉永元年(1848年)橋本勘五郎(丈八)の父である、嘉八によって架橋されています。同一年代に架橋されたのをあげますと、鹿児島の甲突川に武之橋(五連)が岩永三五郎
2024年石橋巡り報告2024年12月24日(火)〜25日(水)10年前くらいから年末にはその年の新しい石橋との出会いの報告と感謝に東陽町の橋本勘五郎氏と錦町の岩永三五郎氏のお墓に報告に来ています。お墓参りではなく、その年に出会った石橋等々の報告です。今こうやって石橋散策がライフワークの一つになったのもこの2人の素晴らしいアーチ石橋に出会ったのが始まりでした。今年は能登地震での年明けでしたが、その後も長雨や猛暑でほとんど石橋巡りは出来ませんでした。報告するほどの情報も無かったの
こんばんは、mmm(まーママ)です。11月22日(金)今年やり残したこと。熊本県八代市で「しょうが焼」きを食べること。『美生地区生姜の棚田』こんばんは、mmm(まーママ)です。9月17日(火)お昼ごはんは、道の駅東陽で、生姜焼きを食べる予定。その前に生姜の棚田を見に行こう八代市東陽町は、熊本…ameblo.jpその前に前回来た時に休館日だったこちらへ。東陽石匠館熊本県八代市東陽町北98-2入館料:大人310円館内は、撮影禁止。
こんばんは、mmm(まーママ)です。9月17日(火)熊本県八代市は、偉大な石工たちを輩出した場所です。「八代を創造した石工たちの軌跡」で日本遺産に認定されてます。構成文化財のひとつ、ひねり灯籠を見学します。菅原神社熊本県八代市東陽町北菅原神社の灯籠は、嘉永7(1854)年に石工の文八が作ったもので、180度ねじれたような彫刻が施された石灯籠です。ほんとにひねってるのね。石灯籠は2基、一対になってます。そして、もう1ヶ所。
おはようございます。月末の金曜日は、プレミアムフライデー。さっさと仕事を片付けてのんびりしたい。今日も荒尾市から。岩本橋を紹介します。荒尾の眼鏡橋といえば岩本橋ですね。三池往還の街道で江戸時代には岩本番所があったそうです。1863年の架設とも言われており、160年の歴史がある。さすがに当時を知る人はもういないですね。また、橋本勘五郎の作とも言われている。熊本県の重要文化財に指定されている。特徴は、二重のアーチ部分がやや扁平な楕円になっているのと水切りに小岱石が使われている
0372再訪市指定有形文化財笠松橋(かさまつばし)熊本県八代市東陽町河俣字久木野河俣川に架かる石橋橋長:22.70m橋幅:2.07m径間:14.20m拱矢:5.00m架橋:1869年(明治2年)設計・石工:橋本丈八氏(翌年に勘五郎に改名)型式:単眼アーチ橋壁石:乱積み指定:1988年(昭和63年)3月1日市指定有形文化財指定明治2年(1869年)橋本丈八(あくる年、橋本勘五郎となる)によって架橋したと記録されています。6月24日の夜半過
今年も石橋報告2023年12月17日(日)〜18日(月)10年前くらいから年末にはその年の新しい石橋との出会いの報告と感謝に東陽町の橋本勘五郎氏と錦町の岩永三五郎氏のお墓に来ています。お墓参りではなく、その年に出会った石橋等々の報告です。今こうやって石橋散策がライフワークの一つになったのもこの2人の素晴らしいアーチ石橋に出会ったのが始まりでした。まさかこんなに石橋にハマるとは・・・。(苦笑)例年の予定では1週間後だったのですが、かなり冷え込むとの予報で予約していたホテルをキャン
0843再訪市指定有形文化財高井川橋(たかいかわばし)熊本県山鹿市鹿北町岩野男岳川に架かる石橋橋長:19.75m橋幅:5.00m径間:15.0m拱矢:5.60m架橋:1881年(明治14年)石工:丈八氏(のちの橋本勘五郎氏)型式:単眼アーチ橋壁石:布積み指定:1974年(昭和49年)11月17日市指定有形文化財上陽町からの帰り、2020年10月18日(日)以来、約3年ぶりに寄りました。通過するだけなら年に数回は見ていますが・・・。今回はいい天
1000再訪おめでとう!130歳!洗玉眼鏡橋(せんぎょくめがねはし)福岡県八女市上陽町北川内星野川に架かる石橋橋長:32.50m橋幅:5.00m径間:22.50m拱矢:10.00m架橋:1893年(明治26年)石工:橋本勘五郎氏型式:単眼アーチ橋指定:1995年(平成7年)11月21日町指定文化財指定玖珠で土曜日に開催したモデル撮影会後、日田市に宿泊しました。日曜日はホテルを早めにチェックアウトしてうきは市から星野村を抜けて、久々に上陽町の石橋
さらに通潤橋■朝日(20230824)の「歴史を渡る石橋王国」という記事がありました。記事によると、石造のアーチ橋は九州に9割が存在するのだそうです。この事実はすごすぎますよね。記事では、石匠館の館長氏の話によると、通潤橋の前に、霊台橋こそが素晴らしいという話でした。なぜなら通潤橋より7年前の作であり、大きさも上回るということです、たしかに渡ってみるとわかるのですが、大きいですよね。氏によると、このアーチの源流は、中国は明からの僧が1634年に長崎で伝えたということです。それが、1
八代市東陽町北に所在する橋本弥熊の墓です。文化財の指定は受けていません。橋本弥熊は、有名な石工・橋本勘五郎の息子です。御船町の下鶴橋は、橋本勘五郎と弥熊親子で架けられた石橋として有名です。墓は橋本勘五郎の墓のすぐそばにあります。※写真は2021年9月撮影
皆さまこんばんは~~~☆良い天気に恵まれた土日。あれこれ大満足の休日を過ごしていたりぃです^^まずは土曜日。朝一で美容室を予約していたので髪切ってカラーもしてさっぱりんこ♪で、美容室へ行くたびに気になっていた↓こちらをようやく撮影してきました^^小さな公園の中にある小さな石橋。肥後には街中の小さな公園にも石橋が大切に保存
2022年納山八代郡氷川町にあるオオトンゴトンゴとは山頂の事手前にコトンゴがありその先にオオトンゴ小さな山頂と大きな山頂って事かな?山の先輩方からお誘いがあり今年最後の山歩きに行って来ました道の駅東陽を出発して氷川に掛かる橋を渡ります東陽町はショウガの産地として有名八代郡東陽村は市町村合併で八代市東陽町に氷川夏は鮎も泳ぎます龍神橋氷川に掛かる吊橋橋の上から立神峡の石灰岩の絶壁龍神橋の下氷川トーナル岩5億年前日本最
今年も石橋報告2022年12月26日(月曜日)今年も石工、岩永三五郎氏と橋本勘五郎氏のお墓に石橋散策の報告に八代市へ出かけました。土日で出かける予定でしたが、大寒波予報という事で3日前に苦渋の決断でホテルをキャンセルしました。土曜日は予報通り雪で通行止めになっていました。無理しなくて良かったです。今年は諦めようかと思いましたが、今日は暖かくなる予報です。交通情報をチェックするとチェーン規制や通行止めは無いようです。という事で、日帰りで出かけました。さかもと(※写真
【国登録有形文化財】旧第一銀行熊本支店:中央区中唐人町1大正8年(1919)に建てられた鉄筋2階建ての旧第一銀行熊本支店。現在では空調機器の専門メーカー・ピーエス工業株式会社の「ピーエスオランジュリ」オフィスビルとして活用。熊本市指定「景観重要建造物」町家2軒町家ルーツピュアリィ:中央区中唐人町14・15自然栽培の作物・天然菌による発酵食品や有機食材、エコ建築、オーガニック衣類など販売町家塩胡椒(フランス料理店):中央区中唐人町13西村家:中央区西唐人町34
2362県重要文化財故・御舟川目鑑橋(みふねがわめがねばし)熊本県上益城郡御船町御船御船川に架かっていた石橋橋長:60.80m橋幅:4.60m拱矢:7.20mx2径間:18.00mx2架橋:1847年(弘化4年)7月着工1848年(嘉永元年)2月竣工流失:1988年(昭和63年)5月3日午後8時過ぎ集中豪雨により流失石工:卯助氏、卯市氏、丈八氏(橋本勘五郎氏)型式:2連アーチ橋壁石:乱積み水切り加工霊台橋を1847年(弘化4年)
2361移築復元中松尾橋(なかまつおばし)熊本県中央区南熊本5丁目寺田公園内ニの井手に架かっている石橋橋長:7.50m橋幅:170m拱矢:-m径間:6.70m架橋:江戸末期と推測移築復元:1964年(昭和39年)石工:橋本勘五郎氏型式:単眼アーチ橋1957年(昭和32年)の水害における松尾川の整備のため金峰山の南麓松尾八幡宮に架かっていた石橋を1964年(昭和39年)に解体され、現在地に復元されました。福岡県でのモデル撮影会後、八女市に宿泊
2329明十橋(めいじゅうばし)熊本県熊本市中央区西唐人町坪井川に架かる石橋橋長:21.70m橋幅:7.90m径間:15.80m拱矢:3.70m架設:1877年(明治10年)3月石工:橋本勘五郎氏型式:単眼アーチ橋壁石:布積み1877年(明治10年)、西郷隆盛を盟主にして起こった士族の武力反乱「西南戦争/西南の役」が1月29日〜9月24日まで続きました。その最中に架橋に着手し3月に竣工しています。壁石に使われている赤茶色の石材は金峰山南鹿の松尾から坪井川を船便で
2328明八橋(めいはちばし)熊本県熊本市中央区西唐人町坪井川に架かる石橋橋長:21.40m橋幅:7.20m径間:17.00m拱矢:3.30m架設:1875年(明治8年)石工:橋本勘五郎氏型式:単眼アーチ橋壁石:扇積み?2016年(平成28年)に訪れる予定でしたが、熊本地震が発生して延び延びになっていました。橋本勘五郎氏が東京での仕事を終え、1974年(明治7年)に熊本へ帰郷。翌年にこの橋の架設に着手しました。上京中に車時代を予感し、路面を平らに設計して、幅
以前からちょっと気になっていた場所すぐそばの道路を通るけど横目に通り過ぎていた荒尾市と大牟田市の県境近くにあり自宅から20分ほど。。荒尾市上井出、関川にかかる岩本橋駐車場に車を停めて~ノラの春散歩~開始(笑)※赤い矢印の所が岩本橋駐車場からすぐ近くに見えておりました♪岩本橋:阿蘇凝灰岩の切岩を二重に築いて造られ学術的にも貴重な様式で皇居の二重橋をはじめ数々の名橋を建造した八代の名匠、橋本勘五郎の作と伝えられています
0377再訪市指定有形文化財鍛冶屋下橋(かじやしもばし)熊本県八代市東陽町北字西原鍛冶屋谷西原川に架かる石橋橋長:7.03m橋幅:2.46m径間:3.92m拱矢:0.72m架橋:1804年(文化元年)頃石工:藤原林七氏型式:単眼アーチ橋指定:1988年(昭和63年)3月1日市指定有形文化財指定ここも2014年8月以来、約7年半ぶりの再訪です。●大久保自然石橋は橋本勘五郎氏が74歳(1897年)の時に自然石をアーチ状に積み上げて架けました。●鍛
1881再訪大久保自然石橋(おおくぼしぜんいしばし)熊本県八代市東陽町北氷川支流谷川に架かる石橋橋長:1.70m橋幅:0.70m径間:0.80m拱矢:0.50m架橋:1895年(明治28年)頃と推測石工:橋本勘五郎氏型式:単眼アーチ橋東陽町の石匠館・橋本勘五郎氏の生家から県道155号を北側に約600m進んだカーブする場所から東側に山道を少し入り込んだ北側に架かっています。土砂が詰まり当時の面影はありませんが、橋本家の尽力で補修され、石
今年も石橋報告2日目2021年12月26日(日曜日)今日は夕方から雪予報ということで、あまりゆっくり石橋散策も出来ないようです。朝8時前にホテルをチェックアウトして、まずは錦町の岩永三五郎氏のお墓に2021年の石橋散策の報告です。岩永三五郎氏のお墓鑑内橋1830年(文政13年)頃に岩永氏によって架橋されました。お墓とこの橋はここ数年セットになりました。この後は東陽町へ向かいます。重見橋東陽町の玄関口にある東陽村石橋公園に移築された重見橋からスタ
0452再訪中道橋(なかみちばし)熊本県上益城郡御船町御船橋長:3.80m橋幅:2.50m径間:2.80m拱矢:1.00m架橋:1855年(安政2年)石工:丈八氏、甚作氏型式:単眼アーチ橋2014年9月27日(土)以来の再訪です。御船高校前の道路を挟んだ西側の公園駐車場入口の先に架かっています。田んぼの用水路として整備された小川に残されています。丈八氏(のちの橋本勘五郎)の石橋です。訪問日:2021年3月27日(土曜日)中道橋農道として現役橋
0313再訪金内橋(かねうちばし)熊本県上益城郡山都町金内(早稲田)中島井出(現嘉永福良井手)と御船川に架かる石橋橋長:31.00m橋幅:5.50m橋高:7.40m架設:1850年(嘉永3年)依頼人:矢部惣庄屋布田保之助氏石工:宇一氏、丈八(後の橋本勘五郎)氏型式:2連アーチ橋記録してたと思っていた近くに残る「ジョーさん、ウーさんの石垣」(※後日紹介)の再撮影を兼ねて2014年7月5日(土)以来、久々に寄りました。金内橋は中島井出(現嘉永福良井手)
0436再訪市文化財指定、県指定文化財永山橋(ながやまばし)熊本県菊池市大字原字永山菊池川に架かっている石橋橋長:21.00m橋幅:4.70m橋高:17.00m径間:20.00m拱矢:7.70m架橋:1878年(明治11年)1823年(文政6年)架設の石橋は流失石工:橋本勘五郎氏型式:単眼アーチ橋壁石:乱積み指定:1970年(昭和45年)2月13日菊池市文化財指定1994年(平成6年)3月16日熊本県文化財指定現橋は
0425再訪相生橋(あいおいばし)[藤田橋・小俣橋]熊本県菊池市片角菊池川に架かっていた石橋橋長:9.80m橋幅:5.00m拱矢:-m径間:-m石工:丈八氏(後の橋本勘五郎氏)指導、野津の石工架橋:1852年(嘉永4年)型式:5連アーチ橋(現在は中央の1連のみ)元々は1825年(文政8年)9月に備前(現岡山県)の石工、小坂勘五郎氏によって「荒子橋」として架橋されていますが、その3年後に流失しています。1852年(嘉永4年)に種山石工の丈