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福島県の常磐炭鉱好間炭鉱専用線跡に残る橋台。上から。しっかりと路盤跡もあります。ちょっと贅沢な場所です。nostalgiaNO65は特別編で北海道の残るトーチカを紹介します。第1回目は胆振地方です。nostalgia製作委員会作成した動画を友だち、家族、世界中の人たちと共有www.youtube.com
松木川に架かっていた旧間藤橋の橋台橋台だけがそのまま残っている
あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしていきたいと思います。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。「塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノ
橋台兄弟を視察。品川区建設防災協議会主催の(仮称)勝島人道橋下部工整備工事の現場視察会に参加しました。同工事は、「しながわ花海道」もある勝島・立会川エリアの回遊性などの向上を図るための工事。橋を支えるために両岸沿いに設置された二つの橋台の工事が終了し、今後は上部工、橋詰工と進みます。現場を見ることの大切さ、また、私たちの生活を支えていえる普段は目には見えない土木工事の大切さを改めて学びました。
2025年8月愛知県新城市長篠田口線···かつて本長篠駅~三河田口駅を結んでいた路線で、元は田口鉄道として1929年開業、1932年全通、1968年廃止された鉄道路線です豊橋鉄道に吸収合併され同社の田口線となったのは1956年のことです起点である本長篠駅方面の様子若干の勾配が認められます内金隧道本長篠駅側坑口三河田口駅側坑口地面に何か埋まってます上り勾配ここを走っていたはずですが、境界標の類いは見当たりませんコンクリの左を走っていたんじゃないか?と推測します廃線跡は一旦
2025年4月神奈川県鎌倉市大船1丁目○らへんが謎の橋台鎌倉(電車区)踏切にて木製のキロポスト焦げ臭い謎の橋台に到着ちょうど横須賀線が通過自分側のは上手く撮れない横須賀線の線路の反対側煉瓦が見えます藪が酷くて正体は分かりません改めて謎の橋台です付した矢印は個人的推測で、一番下の矢印地点には線路がかすかに確認出来ます東海道線に流入?なわけ無いか…今の段階では私にはよく分かりません(航空写真が偶然、顔みたいになってる)
2025年5月神奈川県鎌倉市大船1丁目/神奈川県横浜市栄区1丁目両市の境にあたる大東橋交差点交差点名の由来となる大東橋の親橋親柱の杭には東口再開発と記されています大東橋から根岸線ホームに向いて遺構を眺めています・・・あの辺りに第一海軍燃料廠軍用線の唯一の遺構があるのですが、草が繁茂していて全く分かりません接近して橋台の遺構撮影になんとか成功※現大東橋の旧橋跡ではありません※同じ場所を2023年4月に撮影したもの(以下同様)探索時期が良かった足下で休む鳩室外機の下が橋台
2025年3月神奈川県相模原市緑区三ケ木(みかげ)古いほうの道志橋を探索上が現道志橋(1964年完成)下が旧道志橋(1964年撤去)橋に続いていたであろう手前の道橋台…?荒れてます石と見せかけ一部は土のうです対岸側の橋台や橋脚が残っています大正13年(1924)に、この地に鉄橋が架けられ、橋床は木製のため昭和27年(1952)に、床のみ鋼床板に取り替えられました現在の道志橋とほぼ垂直になる程、新と旧とでは橋の向きが全く異なります↑これ、ズーム無しでの撮影で、現地でも「すぐそこ
新旧乾橋前編探索日2024.09.07公開日2025.03.19所在地青森県五所川原市新たな橋2024/9/0707:19《現在地》前回たくさん前置きを行ったうえで今回からはお待ちかねの探索記録である。現在地は五所川原市字寺町である。画像の道を進めばもう現在の乾橋である。この道は五所川原市駅から一直線に続いており、いわば生活のパイプといっても過言ではないだろう。これが現在の乾橋である。青色の鋼鉄ガーターが目立つごく普通の橋である。名盤に
小泊海岸森林鉄道最終回探索日2024.08.17公開日2025.03.05所在地青森県北津軽郡中泊町撤退からの・・・!2024/8/1713:36《現在地》猛烈な藪路盤に完全に敗北した私は、路盤の走破を諦め砂浜から路盤を見上げる形で探索を再開した。ここまでたどり着くための時間と体力を完全に無駄にしてしまった私にこの砂浜はさらなる追い打ちを仕掛けてきた。見ればわかるよね。砂浜なんてないことを。ところどころで上を見上げると路盤からも見え
2024年11月神奈川県南足柄市怒田/和田河原○:開通する見込みの薄い、都市計画道路千津島苅野線未整備部分の東端黄色の線:その未整備部分(約510m)で、県道78号の駐在所らへんに繋げる構想らしく、この区間には橋台2基と橋脚1基だけ既に完成しています撮影は、○より少し東から始めています閉鎖されたアサヒビール神奈川工場これ要る?誰も居ないガードレールだらけこの道に来る人は、この末端を見に来る物好きか、右の脇道へ用がある人ぐらいかと思われますガードレールの隙間から直進すると、神宮
番外福島橋(ふくしまばし)宮崎県宮崎市佐土原町福島川に架かっていた木造橋橋名:福島橋(ふくしまばし)橋長:-m橋幅:-m径間:-m拱矢:-m架橋:1911年(明治44年)型式:木造橋橋台:石造布積み水切り加工宮崎県宮崎市佐土原町の一ツ瀬川の中州と広瀬村との間を流れる福島川に木造橋の福島橋が架かっていました。さらに中州から対岸への大渕川にも大渕橋が架かっていましたが、1950年(明治25年)9月のキジア台風によ
この日は小雨が降り始める中ですが、高島水際線公園にやって来ました。高島水際線公園とKアリーナを繋ぐ歩行者デッキ、高島水際線デッキ(仮称)は歩行者デッキ本体の工事が完了し、6月1日から暫定供用開始予定となっていましたが、橋台に設計ミスによるひび割れが発生した為に供用開始を延期すると発表しました。Kアリーナはすでに開業していますが、ライブ終わり帰り道の導線が不足している事から、横浜駅まで大混雑が発生しているため、この歩行者デッキの供用開始が待ち望まれていました。それがまさかの設計ミス
現在の長崎駅は高架化され、2022年9月に西九州新幹線の開業で駅前はガラリと変わりました。地上駅時代、さらに国鉄時代には長崎駅から貨物支線があり、約1㎞先の長崎港駅まで線路が延びていました。1930(昭和5)年に開業し、当初は上海航路との貨客接続を目的として、連絡船接続の列車が乗り入れていました。戦後に貨物専用線となり、1982(昭和57)年に貨物列車が全廃。国鉄分割民営化前の1987(昭和62)年3月31日に廃止となりました。今回は少しだけあの跡を歩きたいと思います。駅の
【23年5月4日探索・11月6日公開】現在地はこの辺専用線の廃線跡はこの先20mの左側に逸れていく未舗装路で間違いないようだ。県道299号里見南中郷停車場線を横切って・・・直線的に延びていく未舗装路が廃線跡になる。その先、ちょっと鬱蒼とした場所があった。この辺が一番現役時代の雰囲気が残っている場所だった気がする。川に当たった。見たところ橋はないようだが・・・橋台なども無いようだ。対岸には続きと思われる道が延びている。
【23年5月4日探索・11月5日公開】現在地はこの辺走り出してすぐ、気になる交差点があった。左側はこう。右側も同様だ。近くには茨城県の境界柱があった事から、完成すれば県道になる前提の道路のようだが、完成している区間だけ先に供用はしないようだ。専用線跡はまっすぐに進む。昭和20年開業、昭和46年休業(廃止は昭和50年)、走っている姿も見てみたかったな。1kmほど進んだあたり、舗装の幅は一緒だがこの辺だけ幅員が広い。交換所でもあったのか
令和2年廃線部分の札沼線跡に残る橋台。ガーター部分はもうありません。残してほしいですねぇ。
【23年4月9日探索・10月17日公開】現在地はこの辺傾いた流れ橋風の橋のすぐ先に架かっていた橋はこんな造りだった。一見華奢に見えるが、橋台と橋脚もある、意外としっかりした2径間の橋だ。地図にも描かれていないと思われる橋と道なんだが、どこに行けるのだろう?上流側だ。探索時は4月だったが、真夏に足を浸していたら気持ちいいだろうな。下流側だ。先ほどの休戸(やんど)橋に戻ろうか。橋を渡り元の場所に戻った。このまま下流側約100mにも橋があ
☆2022.5月中旬・京都府木津川市&奈良市☆「鹿背山橋台」から…。…とおり行くと。「梶ケ谷隧道」アーチ部はレンガ造り。下部は石積みの隧道。内部は歩くことが出来ます。「赤橋」梶ケ谷隧道からすぐ見えて来ます。レンガ造りの橋台。生活道路として使用されていて現役で活躍中。「井関川橋脚跡」構造物の詳細は不明…何処にあるのか、分かりませんでした。㊨㊤看板だけあり。㊧㊤&㊨㊦近くに「うめだにカフェ」。この日は営業してませんでした~。「松谷川隧道」レンガ造りの
☆2022.5月中旬・京都府木津川市&奈良市☆2023年10月に入りました。(回想)去年の5月です。大仏鉄道巡って来ました。まずはJR「加茂駅」前の大仏鉄道のモニュメント。駅からとおりにずっと行きます。一面田んぼ~。「観音寺橋台」㊧㊤手前が現在の関西本線と奥の石積みの橋台。同時期に建設されたそう。そして…少し行くと「観音寺小橋台」㊧柵の穴から撮りました。㊨もう次の見所の…ここも奥に関西本線が通っています。雑草や木が茂ってて分かり難い
1月の煉瓦巡りで通りかかった場所です。場所はここ、岐阜県瑞穂市牛牧。煉瓦の橋台と橋脚。道路と小さい川を跨いでいます。塗装記録から「乙雁ヶ坪橋りょう」というお名前が判明しました。すぐそばにコンビニがあり、確か地図で下調べした時点でちょうど中間地点くらいの位置なので途中休憩でもしようかと考えていた場所でした。実際にはその手前のコンビニでトイレ休憩をしたのでここには寄りませんでしたが…。
川角トンネルを見に行った帰り道にふと気づいたものが…。場所はだいたいこの辺、愛知県北設楽郡東栄町大字川角字足神。往路ではこっち方向に目線が行かなかったのでスルーしてましたが、ここはただの水路橋じゃないですね。「立入禁止」じゃなくて「通行止」なのも…。フェンスの向こう側に看板が見えますね。「一級河川大千瀬川愛知県」。これって、橋を渡る手前とかによくある河川名の書かれた看板っぽいですね。というか、もったいぶらなくても既にお気づきですね。旧橋跡みたいです。橋台部分だ
先日プチ出張の業務終了後にとある店に徒歩で行った。念願のそれをゲットしたあとは店の目の前にあるバス停から駅に戻るつもりが…つぎのバスは約一時間後!日陰のあるようなところや本数の多いバス停までいずれにしろ10分以上歩かなくてはならない状況。ならば駅までゆっくり歩いてゆけばよいのだ!幸いな事に後半は川沿いの木陰の多い遊歩道。あさ集合前に俯瞰で撮ったところまで到達するとそこには…旧線の橋台跡~♪調べると程なく列車もやってくるのようだ。なんだかんだ歩きっぱなしだったので暫し日陰で
【22年5月29日探索・23年7月29日公開】現在地はこの辺静岡県伊豆市瓜生野左右の道路は国道136号線、正面は県道80号熱海大仁線だ。国道136号線との交点が終点にあたる、そして橋は狩野川に架かる大仁橋だ。その橋の横まできて対岸を見たら旧橋の一部が残されているのが見えた。現橋は平成19年(2007)12月に完成している。ふと上流側を見ると・・・これは何だ?見た感じ旧橋のさらに前の時代の橋の橋脚か?ちなみに現橋は5代目だというから
平成31年に廃線となった石勝線夕張支線跡に残る橋梁。すぐお隣には古い橋台が。しっかりと残っています。橋に歴史ありです。
小さなスルーガーダーのパーツが揃いました。橋台は、パラペット(上部)と躯体(下部)の2分割です。スルーガーダーは、水色のものを最初に作りましたが、ガーダーの高さが建築限界に収まっていないことが判明したため、ガーダーの高さがレール面を超えないように作り直しました。作り直したガーダーは、水色でなく、赤さび色に塗りました。やっぱり、こっちの方が落ち着きます。この極端に低いスルーガーダーには、プロトタイプがあります。近鉄道明寺線の”奈良街道陸橋”です。柏原南口駅の南方に隣接して
1月の煉瓦巡りのメインは煉瓦アーチでしたが、途中に煉瓦の橋台をもつ橋も見かけたので写真を撮って来ました。場所はここ、岐阜県瑞穂市稲里。私が立っている側(この写真の背後側)はコンクリートに改修?されてましたが、道を隔てた側が煉瓦です!ズーム、正確には煉瓦と石ですね。塗装記録からお名前は「二ノ町架道橋」ということがわかりました。
【23年1月29日探索・4月22日公開】現在地はこの辺小湊鐡道の橋梁下をくぐって、こちら側の隧道坑口を探してみよう。位置関係から言えば、矢印方向の道を行くようなんだが・・・10m程進んで振り返った。進行方向は矢印の方向になるんだが、私有地っぽい雰囲気もあるな・・・もし耕作地だったら遠慮しようかと思ったんだが、何かに利用されている感じではなかったので手短に目的のモノを探そう。左前方は圏央道でその下が小湊鐡道の線路がある場所だ。となると、この画像のどこかに旧隧道の
【23年1月29日探索・4月21日公開】現在地はこの辺小湊鐡道の廃隧道の反対側を見に行こうと思う。県道81号線は北崎橋で高滝湖を渡るんだが、その手前を左折する。すぐに見えてくる橋は、一見道路橋のようだが小湊鐡道のものだ。右側、高滝湖に面して工事関係者用の駐車場があった。臨時駐車場にしていない時は管理用の駐車場か?小湊鐡道の橋梁下のスペースなんだが・・・ここだけ植物が無い。これは向こう側を見てみろという事か?という事で高
寸又峡方面へ向かう途中、というかもうすぐ着くくらいの場所ですがちょっと寄り道…。場所この辺、静岡県榛原郡川根本町犬間。写っているのは今通ってきた静岡県道77号川根寸又峡線(かわねすまたきょうせん)の「寸又峡橋」と、その先に「朝日トンネル」です。予め書いておくと、この写真を見て皆様が期待するような内容ではなくただのヘタレ退散記録なのでご了承ください。(タイトルからお察しを…)上の写真から目線を右に向けると、旧道っぽい封鎖されかかったような狭い道の入口があります。ここをちょっとだけ