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☆平林古墳大和国葛下郡奈良県葛城市兵家字平林1374-1(P無し、隣接する墓地の駐車スペース等があり駐車には困りません)(桜の名所でもあるためその時期を避けるのが無難)■形状前方後円墳*後円部のみ二段築成の可能性あり*葺石あり■全長約62m*かつては55mとされていた*道路建設等によりかなりの掘削箇所有り*前方部に空壕有り■築造時期6世紀後半または6世紀中葉■埋葬施設両袖式横穴式石室*羨道長8.8m、石室長5.7m高さ3.8m、前庭部(天井石無し)を含めると
☆梶山古墳群(桜井市倉橋)大和国十市郡奈良県桜井市倉橋(「倉橋ため池ふれあい公園」Pより5分ほど)奈良県最大のため池である「倉橋のため池」の縁にある古墳群。かつては73基あったものの、池の造成により4基だけ調査が行われ、ほとんどが水没または破壊されました。現存数は不明。黙視で開口しているのが1基ともう1基が確認できました。桜井市観光協会は2基のデータを掲示しています。*15c-30径16mの円墳両袖式横穴式石室石室長8.5m、玄室長3.6m古墳時代後期(6世紀後半~7世紀
こんばんは!奈良の明日香村に行って来ました。近鉄吉野線の飛鳥駅で降ります。駅名は飛鳥(あすか)で、地名は明日香(あすか)なんです。何で漢字を使い分けるのか、毎回来る度に聞こうと思うのですが、毎回聞くの忘れてしまうんですよ。今日こそは誰かに聞こうと思います。毎回使わさせてもらってます、駅前のレンタサイクル屋さんです。明日香村を巡るには、これが最適ですよ!私は、電動自転車にしました。最初に行ったのは駅からすぐの、岩屋山古墳です。岩尾山古墳は、7世紀代に出来たもので一辺が約54m高
☆赤坂天王山古墳群大和国十市郡奈良県桜井市倉橋字赤坂(墳前道路は広くいつも停め置きしています)赤坂天王山1号墳を中心に全15基が確認されている古墳群。「倉橋ため池」の近く。北西は「鳥見山」、北に、南には「多武峰(とうのみね)」と山あり谷ありの起伏に富んだ地に密集し築かれています。1号墳と3号墳のみ石室が開口しており見学可。ただし1号墳は土砂等の流入が著しく開口が狭まっているため、現状は小さな子供のみが潜られるといった状態。3号墳は羨道までならギリギリ潜られる程度。それ以外は藪中にあ
☆赤坂天王山古墳(赤坂天王山1号墳)大和国十市郡奈良県桜井市倉橋字赤坂(墳前道路は広くいつも停め置きしています)■形状方墳*三段築成*葺石有り■全長北辺約50.5m、南辺約43.2m、東辺約46.5m、西辺約47m、北から南にすぼまる■築造時期6世紀末頃■埋葬施設両袖式横穴式石室*玄室/全長15.3m以上、幅3~3.2m以上、高さ4.2m以上、羨道/長さ8.5m刳抜式家形石棺■出土品(無し)すべて盗掘済み■周辺の状況*「倉橋ため池」の近く。北西は「鳥見山
今日も長野県佐久市にある新海神社の後ろ、山中にある古墳です。昨日アップした新海神社東御陵古墳から北西へ道がない山中を登って行きます↑道も案内板もないので、見えてくるとホッとしますよ新海神社中御陵古墳、南東側から↑新海神社中御陵古墳、南側からこちらも「中御陵古墳」と書かれた標柱が折れてしまってます。↑石室の様子鉄鏃や管玉が出土したようです。↑新海神社中御陵古墳、全体の様子このあと、西御陵古墳を探したのですが、見つけられず。かなりの時間、
今日も長野県佐久市にある新海神社境内にある古墳、続きです。昨日アップした新海神社5号墳のすぐ隣にある古墳が新海神社東御陵古墳です↑新海神社東御陵古墳直径約8メートルの円墳。神社の後ろにある数基の古墳って、元々古墳をまとめて祭祀する場所が、時を経て神社になったんだろうな~と毎回想像してしまいます。↑横穴式石室の一部が残っています↑玄室の残存部。高さがあまりないですね↑新海神社東御陵古墳、南東側から↑山側から撮影墳丘がキレイ過
9月に福岡県うきは市で古墳巡りをしていたのですが、その続きです浮羽町朝田にある国指定史跡・塚花塚古墳を見ていた時に、すぐ近くに小さな茂みがありましたここで、私の古墳センサーが反応しました古墳かも?と思ってGoogle検索したら、ピンが立っていて妙覚古墳という表示が出ました住宅街の一角にある円墳です近づいてみますね妙覚古墳は、墳丘があまりなく羨道も消失していますが、横穴式石室は残っている様子残っている墳丘の上に天満社が祀られているそうで、石塔らしきものが頭をのぞかせていました
11月19日に訪れた長野県佐久市の古墳、続きです。一昨日までアップしていた佐久市の横根古墳群から南東から500メートルほどの場所にあるのが平尾大社。その平尾大社の近くにあるのが矢口古墳群。3基からなる古墳群です。※平尾大社については、明日アップします。↑平尾大社から西に進んだ場所からの眺めのどかな風景+奥には佐久市街地。実は古墳が写っています↑1枚目の写真をアップで。こちらが矢口古墳群3号墳、北東側からこの日の古墳巡り、『佐久市遺跡詳細分布図』を参考に
これまでに食べた一番いいお肉は?▼本日限定!ブログスタンプ今日は11月29日いい肉の日ですか。思いっきり分厚い肉を食べたいですね。歯が丈夫でないので、柔らか系の肉がイイと思います🍖飛鳥寺を出発、次の目的地は石舞台古墳です。同じ明日香村にあります、車で15分くらいで到着。7世紀頃に作られた横穴式石室を持つ古墳で、長さ19.1m巨大な石が露出した姿です。大きな石が絶妙な姿に積み上げられています、羨道、前室、玄室からなります。裏から見た光景です、有力者蘇我馬子のお墓だと言われてい
おはようございます🎵旅行とダイビングが好きなひららです🎵石室を見に行こう!忍城の展示で気になった八幡山古墳へ行ってみることに!小さな公園の隣にありました!駐車場があると書いてあったけどわからなくて広場に作業している方がいたので車を置かせて頂きました。ありがとうございました!外側見てわ~!!!!!となりました!奈良にある石舞台みたい~!!!でも、中にはいるのは、ちょっと勇気がいりました!!一番奥!どうしよう!!って思ったけど、もう一度は来ないからのぞかさて頂きました!入
長野県佐久市にある横根古墳群巡り、続きです。訪問日は11月19日。↑こちらは横根古墳群7号墳、西側の様子。写真右奥に10号墳が写ってます。周囲が畑のため、これ以上近寄れず。場所はこちら:36.292385,138.501780↑浅間山を入れて7号墳を撮影↑左側が横根古墳群7号墳、右側が横根古墳群8号墳古墳なう佐久市「横根古墳群」その3gogohiderin.blog.fc2.com↑ご~ご~ひでりんさんが、7号墳・8号墳両方の石室内部の写真
伊丹宮古墳から、元の道に戻って、西へ10分も歩かないうちに、今度は、こうぜ1号墳のある新たな尾根をめざして、森の中へ。イメージは、ボクシングのヒット&アウェイ。実際は、撒き餌に飛びついているだけかもしれないが・・・。森の中に入ると、細い道があり、ビニール紐に導かれながら、登っていくことになる。傾斜の急なところもあるので、ちょっと用心する必要がある所があるので、ポール等あれば安心。10分も歩けば、こうぜ1号墳の東石室が、口をあけて、招き寄せている。こう
長野県佐久市にある横根古墳群。佐久スキーガーデンパラダの近く、28基からなる古墳群。今日は県道沿い、レンタルスキー屋さんの横の道を登った先にある古墳をアップします。↑道を登った先、古墳がたくさん↑こちらが横根古墳群6号墳、東側の様子場所はこちら:36.292317,138.501599↑西側に来てビックリ!石室が開口しているじゃないですか!!↑横穴式石室の開口部うーん、中を見たいし写真も撮りたいけど・・・・くっつき虫だらけだな
舞谷2号墳から元の道に戻り、再び西へ向かって歩くと、10分ほどすると「桜井市砂防指定地」との看板が立っている。そこから再び、鳥見山の方に向かって入っていく。しばらくは、藪の中の細い一本道を歩くが途中左に曲がって、森の中に入っていく、この辺りは尾根になっており、周りよりも少し高くなっている。ちょうど森の入り口には、イノシシの捕獲用の籠が置かれていた。これが目印だな。森の中を直進し、丘の終わりと思われる所から、登っていく。右手には、古墳の様な高まりがある。墳丘の裾
昨日アップした長野県御代田町にある馬瀬口下原古墳から北へ1.2キロほどの場所に御代田町指定史跡となっている古墳があります。↑長ネギ畑の向こうに見える細田塚古墳、北側の様子Googleマップに新しくピンを立てておきました場所はこちら:36.331727,138.484911↑西側の舗装された道路から細田塚古墳へ近寄れる道がありました↑細田塚古墳、北西側の様子↑細田塚古墳の標柱平成3~4年に発掘調査。直径10メートル前後、7世紀代築造の円墳。
今日アップするのは長野県御代田町にある古墳です。『長野県北佐久郡御代田町馬瀬口めがね塚古墳群1号墳』5月2日、日帰りで訪れた長野県での古墳巡り、最後に訪れたのは御代田町にある「めがね塚古墳群」です↑めがね塚古墳群1号墳、北西側よりGoogleマップを見なが…ameblo.jp↑今日アップする馬瀬口下原古墳の近くにある「めがね塚古墳群」を2021年に訪れてます。↑ローソン御代田馬瀬口店に車を停めて、国道18号線沿いに立つ「馬瀬口下原古墳群」の標柱を撮影↑標柱か
☆條ウル神古墳大和国葛上郡奈良県御所市條(当日は商業施設から10~15分ほど歩いたが、墳前に停め置きできそうにも思います)■形状前方後円墳または長方形墳■全長約70m■築造時期古墳時代後期(6世紀後半頃)■埋葬施設両袖式横穴式石室刳抜式家形石棺■出土品金銅製冠、鏡片、銀製装飾品須恵器片、埴輪片■周辺の状況*かつての国道309号線が古墳南側を東西に走っており、古くからの交通要衝とみられる*南側に巨勢氏の奥津城とされる巨勢山古墳群が広がる*室宮山古墳(5世紀初
今治市から、葉佐池古墳(松山市)です未盗掘の横穴式石室があったこと展示方法が独特、ということが決めてでした今治側から抜ける道路はなかなかで四国、山が険しい、という感想です葉佐池古墳公園www.city.matsuyama.ehime.jpかなり整備されている古墳でしたまずは、隣接のガイダンス棟に行きましたこの後も予定を詰め込んでおり、ガイドの方のお話はあまり聞けずじまい数分のビデオを観て予備知識を…期待が高まりますビューポイントから墳丘は保存
本日も群馬県藤岡市にある下戸塚古墳群、続きです。↑下栗須円浄法遺跡2号古墳(藤岡市32号古墳・神流村75号古墳)、南側の様子手前の道は十石街道。道路によって墳丘の一部が削られているようです。場所はこちら:36.259757,139.089676↑下栗須円浄法遺跡2号古墳(藤岡市32号古墳・神流村75号古墳)、南東側から直径約10メートルの円墳。横穴式石室をもつようです。↑墳頂は墓地になっていました下戸塚古墳群、明日も続く
茅原大墓古墳のすぐ北には、小規模な古墳が点在しています。まずは、ツクロ塚古墳です。直径約10mの円墳とされます。そして、左奥に見えるのが、ツヅロ塚古墳。直径30mの円墳です。手前がツクロ塚古墳という位置関係になっています。こちらは、石神塚古墳です。直径約20mの円墳で、横穴式石室を持つとされています。一際目立つのが、この馬塚古墳です。横穴式石室の巨石の一部が残っています。昭和25年に発掘調査が行われています。墳形も
10月3日に訪れた群馬県藤岡市にある下戸塚古墳群、続きです。毎日、小さな古墳ばかりで、本当にスイマセン↑下栗須円浄法遺跡1号古墳(藤岡市36号古墳・神流村76号墳)、南西側から十石街道沿いです。古墳に少しでも興味のある方だと、運転中でも気が付きそうです。場所はこちら:36.259489,139.089054↑下栗須円浄法遺跡1号古墳(藤岡市36号古墳・神流村76号墳)、西側から直径11.5メートル×8.4メートルの円墳。横穴式石室をもつようです。
9月に福岡県で古墳巡りをして、いくつかの古墳について書かせていただいておりましたまだ載せていなかった古墳があるので、今回はうきは市の重定古墳について書きたいと思います浮羽町朝田にある前方後円墳です横穴式石室の常時公開はされていませんが、装飾と石棚もあるので、墳丘だけでもいいから見ておきたいと思った古墳なのですうきは駅からバス、または徒歩でも行けます説明看板があるので、場所はすぐにわかりました階段を上がってみますね古墳の標高は約52mです。6世紀後半に築造された前方後円墳で、装飾が
昨日は久しぶりに柴又八幡神社古墳に行ってきました。『東京都葛飾区柴又八幡神社古墳』全国的に有名な葛飾区柴又その柴又に古墳があったんですよ(訪問日は5月17日)↑柴又八幡神社の鳥居柴又駅の北側すぐちなみに「帝釈天」ではないです↑「柴又…ameblo.jp↑2019年5月の訪問ってことは、もう6年も前なんだ。最近行ったような気がしていました↑柴又八幡神社の社殿イチョウの木が色づいてきています。この社殿は調査によって、前方後円墳の後円部上ということが判明しています。
三連休最終日、明日からの労働の意欲を高めるために、西都原に行き、古墳とコスモスを観てきました。ちなみに、西都原は宮崎県西都市にある3世紀末から7世紀につくられた古墳群のあるところ。まず、西都原ガイダンスセンターこのはな館に行き、コスモスを観ます。古墳とコスモス結構見ごろのどか…鬼の窟古墳入り口から中に入れます!復元された横穴式石室ちなみに、コスモス観るのも古墳観るのもタダ!さすが、宮崎!太っ腹!お昼ごはんは、西都原ガイダンスセンターこのはな館内のそば処心和開道で、海老天そ
今日も愛知県一宮市にある浅井古墳群の続きです。↑岩塚古墳(浅井14号墳)、南西側よりふっき~と同業者の敷地内に復元保存されています。古くから墳丘は削平されていたようです。推定の直径は15メートルほどの円墳。↑岩塚古墳(浅井14号墳)近くの解説板岩塚古墳に関する記述はないです↑横穴式石室の開口部より手前より鉄製の釘が見つかったので、木棺があったことが想定されています。↑家形石棺はコンクリート製の復元です。↑奥壁側から
和泉市三林古墳群(みばやしこふんぐん)は、大阪府和泉市三林町にあります。この古墳群は古墳時代後期(6世紀~7世紀頃)の群集墳で、地元の有力氏族の墓群と考えられています。言い伝えによると、かつては100基近く存在したそうですが、現在は春日神社(池田春日神社)の境内を中心に約19~20基が残るだけです。大阪府下でも保存状態の良い後期群集墳として知られています。現存する古墳は主に1~19号墳とされ、すべて小型の円墳(直径5~16m程度)です。この古墳群は、丘陵地に形成された小さな円墳群で
岡峯古墳、三里古墳と続いて、大和の石棚のある古墳の3つ目、槙ヶ峯古墳。吉野郡の大淀町に所在する。国道169号線を六田駅から越部駅に向かって歩いていく途中に、高架道路があり、そこから槙ヶ峯古墳と書かれた小さな案内があり、右折して山の中に入っていく。途中、新野集落の墓地があり、その墓地を越えて、急な山道を歩いていくと槙ヶ嶺古墳と休憩用の東屋があった。槙ヶ峯古墳は、直径10m、高さ約2mのさほど大きくない円墳で、埋葬施設として横穴式石室を持っている。外見上は、どこにで
安倍文殊院の近くに広がる、阿倍丘陵の古墳群奈良県桜井市の安倍文殊院の周辺には、阿部氏ゆかりの古墳が数多く点在しています。その中でも、今回訪ねた「谷首古墳(たにくびこふん)」は、阿倍丘陵で最初の巨石墳にあたる、とても重要な古墳なんです。この鳥居をくぐって石段を上がると、古墳の墳丘の上へと続きます。墳丘上に鎮座する八幡神社谷首古墳の墳丘の上には、「阿倍・八幡神社」が鎮座しています。木々に囲まれた静かな境内は、まるで古墳そのものが御神体のような雰囲気。長い石段を登ると、古墳の高さ(約8メ
どーも、castom98です。風景印で巡る古墳旅、今回ご紹介いたしますのは福島県須賀川市にございます、須賀川南町郵便局の風景印です!須賀川南町昭和61年9月1日(初日印)須賀川南町郵便局の風景印はたびたび変更されていて、これは昭和62年8月24日まで使用されました。現在ではウルトラマンのデザインになってますが、これは円谷プロの創始者・円谷英二氏が須賀川市出身だったため。須賀川市がウルトラマンの故郷、M78星雲の光の国と姉妹都市提携を結んだため、平成25年11月