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1978年の今日、そして明日は大宮スケートセンターでの二連戦でした。二日目のメインはなんとゴールデンとビューティのベビー同士の一戦。(マミ熊野表記にしちゃってますが、何年か前にノートを転記したときにマミ熊野にしてしまったのですが、実際は秋に改名なのでまだ熊野磨美です)初日はハワイアンパシフィック決定戦。これ、テレビでやったんでしょうか?まったく記憶にないんですが。翌日は真っ赤な青春ではっきりとゴールデンの勝利を見ているのでテレビ中継しましたが、いまなら超見てみたいロメロvs熊野が見てみ
1980年の今日は白根大会でした。群馬??ナンシー&堀(0-1)グレーブル&熊野☓堀(体固め)グレーブル◯セミ△ルーシー(時間切れ)池下△メインジャッキー&横田(2-1)レイラニ&天神◯横田(回転エビ)天神☓☓横田(背骨折)レイラニ◯◯ジャッキー(背骨折)天神☓全体的にあんまり面白みのあるカードはなく、セミが見たいかな?くらいですが。翌年タッグ王者になるナンシー&堀が登場もグレーブルに敗退。一応、グレーブルを立てた感じですかね。セミはルーシー大健闘!ただこの頃、かなりの
ブログにあげる試合をどれにしようかな?と見ていたら。1978年5月の都内仙川での試合でジャッキーがまさかの外国人に敗れておりました。衝撃。ちなみに翌日はロメロは赤城に背骨折りで勝っており、元赤い王者、そして現赤い王者に勝ってるんですね。しかし、よくよく見たら13日甲府大会では前赤い王者マキにリングアウトで負けておりました。池下はこの直前のオフに運動会で怪我をしており、このシリーズは6月5日まで欠場しております。よってメインは当時のタッグ王者ゴールベンが務めることが多くなっており、ビュ
先日ユーチューブをひらくと、ジャガーさん家があがってきた。登録してないので、女子プロレスをみていて、勝手に携帯側でおすすめとして挙げてきたのかと思われますが。50周年記念の動画で過去の思い出の試合などを語る回でした。その中でちょっとびっくりしたのが、悔しかった試合。御本人は新人王トーナメント1回戦、高橋真由美戦での判定負けをあげていた。1週間前からたべられない、押さえ込めない、本当に悔しかったというものだった。もちろんガチンコ勝負で勝てなかった、会社からは海外のメンバーに考えられてい
田園コロシアムで80年夏にに行われ池下と横田のハワイアンパシフィック、後のオールパシフィック選手権。ハワイアンパシフィック(オールパシフィック)で60分フルタイムってすごくないですか??ジャッキーとマキの赤いベルト、ジャッキーと池下の赤いベルトとシングルで60分フルタイムを2度、知っていたが、3回目は池下と横田。ジャッキーの2回のフルタイムはもともと決まっていたものだし、この池下と横田も55分まではあくまでブックありきで、最後の5分だけガチンコにしてもらったと横田がインタビュー本で暴露して
今日のネタをさがしてノートをパラパラとみていて、そういえば後半戦にでてきたときのシルバーサタンって勝ったことあるのかな?と、なぜかサタン応援団のようにサタンの試合結果をずっと追っていたのですが、、、、、突然この日の試合結果が目に飛び込んできた。ちなみにこれ、大人になってボロボロのノートを清書した1978年の対戦記録で、熊野と書いてあったノートをマミ熊野で書いてしまったのですが、この年のタッグリーグからマミ熊野に改名なのでこのときは熊野磨美名義の試合ですね。で、たぶん試合順もヒール対決がセミ
1980年、昭和55年の今日はどんな大会でしょうか??群馬県館林市ですね。塙が前年10月に、富士美が1月でリングを降り、トミーが怪我、と当たり前のように揃っていたペアの選手たちがみんな片割れ状態になっていた時期、揃っていたのはブラックペアの池下とマミ、ラブリーのミミとちのくらいで。メインは今月の5日に大阪でタッグを奪ったナンシー&ルーシーの王者ペア。ナンシーが池下と互角に一本ずつとりあっているのがすばらしい!ルーシーもトミーとのペア同様、ナンシーとのペアでもいいコンビネーションで戦って
ビューティのふたりではなく、セコンドがだれなのかな?とおもってあげた一枚!右側は横田??そしてジャッキーの足の横に写っている人って、赤城?いやいや、でもこの当時バリバリ現役だからちがいますでしょうか?マキの足の横にいるのはだれ!?みなさんわかりますか?
1979年の今日は島根県出雲市体育館での大会でした。前半戦ラストルーシー&横田&堀(不明)池下&小峯&ゴメスセミ◯トミー(体固め)ビクトリア☓メインジャッキー&ナンシー(1-1)マミ&天神☓ナンシー(体固め)マミ◯◯ジャッキー(ブレーンバスター)天神☓△(両者リングアウト)△このほかはミミ、ちの、川上、高橋三奈、リオスの5人。シングル2試合が組まれていた可能性が高いです。第1試合でこのころ、若手の勝ち抜き戦が多く行われていたので、川上、髙橋にちのかミミが入っての勝ち抜き戦
サイン入りの水着、、、、、時代なんでしょうか??それともファンが作ってくれたのでしょうか!?ジャガーは何着かもってましたよね。テレビマッチだけでも二着見たことあります。ほかの選手で自分のサイン入水着ってみたことありませんが。独特の水着、、、、、、
当時、上半期新人王決定戦をやる予定だったようですが、なんでやらなかったのでしょうね。この時点で53年組がちの、小峯しかデビューできていなかったからというのが濃厚な気もしますが、もしも開催することになっていたら2月にデビューした萩原、そして6月にデビューしたちの、小峯の三人?8月21日にデビューすることになる高橋(後のデビル)を見切りでプロテストに受からせて四人のトーナメントで決勝を武道館でやったのでしょうか??それとも横田、塙がこの年も参戦という可能性もあったのか??もしもこの時点で上半期
1979年3月18日、聖蹟桜ヶ丘駅前野球場(笑)大会のセミでとんでもないカードが行われていた。ジャッキー&ゴールデンペア(1-0)マミ&ヤングペア◯ジャッキー(体固め)横田☓メインはクイーンvsモンスター&池下、休憩前ラストは小峯vsインディア、その他に鋤崎、ミミ、ちの、高橋がでていたようだ。堀はお休みのようなのでほかにシングル二試合ですね。それにしてもマミと横田の禁断のタッグ(笑)マミもやりづらいでしょうね。それならいっそ、ジャッキー&ヤングペアvsゴールデン&マミにすれば青コー
1981年の新春、2班体制が1月中旬から2月上旬まであったあとは横浜文体のすこしあとまで合同の興業が行われておりました。2大エースのジャッキーとナンシー。あれ?ルーシーが載ってないんですね。そして池下も文体前、1週間、試合をくまれずに休んでいたと、たしかテレビでちのが言ってたような、、、だからコンディション作りが大変だったと。ミミとの試合に向けて会社は嫌なことしますね。そしてミミより堀のほうがこの時点では会社の期待値は上。しかし、1ヶ月後にはタイトルホルダーはほぼ入れ替わり、この時点
衝撃の試合、第3段は1978年11月3日沖縄大会。横田&塙&ミミ(結果不明)赤城&サタン&チノセミがゴールデンがクイーンのベルトに挑戦したタッグのタイトルマッチ、メインがビューティとブラックの公式戦、となるとあとはメキシカンペアと小峯&高橋(後のデビル)しかいないので、どんな組み合わせなんでしょうね。テレビマッチだったので、覚えていて、なんでヒールのシルバーペアにチノがいるの??なんでタッグリーグなのにラブリーペア解体してるの?と??だらけの試合でした。赤コーナーのスピーディーな試
1977年の7月29日田園コロシアム大会でおこなわれた熊野と横田の戦い。いろんなインタビュー本や選手の証言から熊野と横田がつかみ合って喧嘩になった話はでてきていて、それがひとりじゃなくて後輩からも証言されていて、、、仲良くなかったのかな?(笑)と思うふたりの戦い。風景と後ろの女子プロレスまつりの垂れ幕から田園コロシアム大会とわかるのだが。しかし、田園コロシアム大会、デイリースポーツによると上半期の新人王決定戦が行われており、決勝で小宮山vs熊野がおこなわれ、小宮山が半年先輩の熊野を体固め
1979年当時のテレビ番組、お笑い大集合に赤城と横田が出演。さっそくたけしに胸を触られるふたり(笑)そしてたけしの弟子という設定でふたりで軽く技を披露。といっても横田は受けるだけ。リングがスプリングもなく、硬い台の上にマットが薄いの敷いてあるだけで内臓に響きそうな感じでかわいそう。赤城はさすがになんでもなくドロップキックなど放っていっておりました。人間風車でなげられた横田は腰を抑えておりました。硬いとこになげられたら痛いですもんね。そして赤城&横田とツービートで試合に。たけしは最初は
横田利美はクイーンエンジェルスが海外修行に出ると熊野磨美とともにメインでの器用が一気に増える。とすこし遅れて塙もヒールからベビーサイドでメインに登場。小宮山、玉岡がまず退団して、クイーンのふたりが海外、そして5月に入るころには高橋真由美も退団。コマが足りなくなり、毎日同じカードではというところからの起用と底上げが考えられていたのだと思うけれど。そんな横田がメインで使われたカードをぼくのノートから紹介したいと思います。ちなみにマミ熊野と書いてありますが、この時期はまだ熊野磨美。何年か前に
1978年、最初のタッグリーグのヤングペアの試合。vsメキシカンペアvsクイーンエンジェルスいやいや、横田のこの表情はさすが!!それにしても三位に食い込む大健闘、塙の躍進が大きかったですね。それまでほんとめだつ活躍はなにもなかった塙ですから。なんとなく影でささえるパートナーって感じでしたが、いい存在でしたね。一回はWWWAタッグに挑戦してもよかったペアでした。
めずらしい解説席を狙った一枚!ジャガーの引退後ですね。宮本さんと志生野さんのコンビがまたよかったですね。
練習は嘘をつかないというけれど。このヒトほどほんとにそれを体現した人はいないような。ジャガー横田!魅せるうまさのデビルや池下、技の威力のジャッキーなどそうそうたるメンバーがいてもやられても負けない体力と気力、そして押さえ込みのスペシャリストとしてガチンコに関しては右にでるものがいなかったですからね。ミミもよくジャガーと練習していた、腕立てや腹筋を競ったなど本人談でいってますが、横田はほかのレスラーもあの人は練習量がすごいといいますからね。ミミもあの細さで生き残ったのだからたしかにやって
1980年新春にブラックペアに挑戦が内定していたヤングペア!!ビッキーウイリアムス、ジョイスグレーブルに挑戦も引き分けに持ち込むほどのペアに成長していただけに納得の挑戦内定でしたが。塙が79年最終シリーズ開幕直後に肩と腰を痛めて、ドクターストップで引退、、、と日米対抗戦のラストあたりで怪我をしたのかな?と思っていたので、事実は次のシリーズだったんだと新たな発見!!記事によると1978年春に同期がみんな辞めていった時に引退を悩んだようですね。御両親が説得して廃業を踏みとどまったようですが。
よく言われている先輩がタイトルマッチで後輩に負けた場合、引退に追いやられるという話し、え?そうなのかな?と最近は微妙にそれって川上がそうだっただけじゃないの?と思っているけれど。そんな後輩が勝ってしまったシングルのタイトルマッチをあげてみたい。80年12月全日本王者決定戦☓ナンシーvs横田○81年1月全日本ジュニア決定戦○北村vs川上☓81年2月オールパシフィック☓池下vsミミ○WWWAシングル☓ジャッキーvs横田○82年8月全日本ジュニア☓長与vs立野○86年3
ダイナミックジャガーズのツートップ!そういえばルーシーって11月からA班に移籍しましたが、長与もいましたし、ふたりでレッドフェニックス名乗ってたんですかね。気になるところです。堀はB班にいって気がついたらレッドフェニックス所属になっていたような。となると年末のWWWAタッグ選手権、ナンシー&ルーシーvs横田&堀ってどっちが勝っても合同興行でしか防衛戦ができない変な展開でしたから横田と堀は返上してよかったんですね。話がずれました。ジャッキーから横田へ赤いベルトもバトンタッチ。そして北村、大
昔からチャイナを着こなす選手は多かったですが。誰が一番似合ってましたかね。石黒はこの大森の2ヶ月しか着なかったチャイナを譲り受けて着てましたね。中国人の天田も似合っていたと思いますが。そうそう、ちのは今回ちのと刺繍されたバージョンをあげましたが、堀が着ていた赤にそっくりなものも着てました。チャイナが好きだったのでしょうね。個人的にはマキ、そしてちののチャイナが好きでしたが、、、みなさんはどうでしたか?
ジャガーの引退試合、もちろん相手はデビル雅美。黄金カードで幕と思いきや飛鳥の登場でしたが。試合前の後輩が控室に突撃するシーン、永友が迎えにいくシーンのほうがインパクトが強くて、試合そのものはあまり印象に残らず。試合後にマイクをつかんだジャガーが涙をこらえたシーンも印象的でした。当時はやっぱりながくやるとみんな怪我が増えるね、と思いましたけど。いまから思えば20代になってのあの試合数は無理があり、年間の試合数が150試合くらいまでだったら何年でもできるというものなんでしょうね。連日の試
52年組のデビューした頃の一枚。右から漆原、横田、高橋、???、玉岡。後ろに見える大きい選手はデビューできなかった水野か、小宮山か。となると、左から二人目、塙??だれ??謎の選手、出現です!!
1980年に一押しペアになるだろうな〜と思いながら、塙の怪我で解散したヤングペア。日米対抗戦の最終戦だかそのまえの日だかに塙が怪我で離脱してそのまま引退、本人が怪我でやめるといったのか、会社が怪我ならばいらないと切り捨てたのか、そのあたりはわかりませんが、翌年の小峯もそうですが、怪我→即引退→引退試合もセレモニーもなし!というパターン、結構ありますよね。リングネームも募集、次は歌手デビュー?という位置づけにいたヤングペア、NWAタッグに挑戦したり、本当にこれからというタイミングだっただけにも
共に心を許せるともだちはいなかったらしいトミーと横田。ふたりはウマがあったようで仲良かったらしいですね。トミーの恋愛の手助けをしたのが横田。そんな仲だからこそ横田の記念大会で水着を着てリングにたったのでしょうね。トミー、まだ生きていたらまたリングにたってくれたでしょうか。赤いベルトを巻くことはなかったけれど、横田とのペアでタッグを巻いたりするのもありだったかもしれませんね。ナンシー&ルーシーvsトミー&ジャガー仲好し対決が実現しても面白かったかもです。
こんなに体格差のあるブラックペアがビューティと毎日戦うということはどれだけ大変だったのでしょうね。まるで高学年と低学年の対決のような身長差。赤城、阿蘇、池下、富士美、熊野、横田、塙、小倉、小松、永堀あたりの小型の選手の大型選手と渡り合う技術、素晴らしいですよね。
可憐な2チーム&シルバーペア編です。どうぞ!!そして悪のシルバーペア!