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札幌プリントホテルに集合して、樋口季一郎記念館を訪問、小樽市内で各自昼食後、小樽商工会議所での井上和彦氏講演会でした。占守島の英雄でシベリア抑留経験者、104歳の高橋昇一氏の貴重なお話を伺えました。胸が詰まりました。🇯🇵北海道を守った男「樋口季一郎中将銅像建立プロジェクト」にご賛同ください!▶https://www.ekaiin.com/projects/3038このプロジェクトは、大東亜終戦後、ソ連は日ソ中立条約を破り、千島列島北端の占守島(しゅむしゅとう)を侵攻し、当時軍事司令官
前日入りした札幌、今日からサンケイツアーズスタートです。札幌駅北口からバス移動、まず札幌護國神社正式参拝、樋口季一郎中将が建立に携わったアッツ島玉砕の将兵らを慰霊する常不軽寺、旧北部軍司令官公邸で樋口季一郎中将ゆかりのもの等を展示する月寒郷土資料館、北海道開拓発展に寄与した先人の歩みを知れる北海道開拓の村を視察し、慰霊顕彰の旅をしました。札幌の桜は昨日満開になり、エゾヤマザクラが綺麗です。復元された馬車鉄道にも乗りました。🐴一馬力🐴坂道を引っ張ってくれた道産子9歳🐴カメラ目線です😊#札幌
外遊中にアメリカの空港に立ち寄った小泉セクシー防衛大臣が、このような話をしています。アメリカの大きな空港には、退役軍人の写真が壁に貼ってある。日本のために活躍してきた自衛官も、このような形で感謝やリスペクトを表したいと。あなたのパパによってサマワに派遣されて、命掛けの任務を強いられた隊員たちのことも忘れないでね。それはともかく軍人の写真で思い出したのが、戦後、軍国主義を懐かしがらないようにと、GHQの司令によって撤去させられた日本軍人の銅像。かつては万世橋駅前にあった、日露戦争で活躍し、『
牛谷家の「ファミリーヒストリー」『「占守島の戦い」で散った曾祖父(・牛谷功)を追う8月15日に終わらなかった戦争』ペリリュー島、モンゴルの次は占守島など「ロシア領」へ天皇陛下が追悼に出かけられる日は来るのでしょうか?8・15以降に亡くなった人への国家としてのちゃんとした追悼なくして「戦後」はまだ終わらず![2026・2・17・火曜日]2005年生まれの牛谷雅氏(うしたに・まさし)の『「占守島の戦い」で散った曾祖父を追う8月15日に終わらなかった戦争』(青春出版社)を読み
「イスラエル」は中東の国で、古代には、〝イスラエル王国〟があった。しかし、アッシリアと新バビロニアに滅ぼされた。彼らは「ユダヤ人」と呼ばれ、1948年の建国(再建)まで、〝流浪の民〟として生きた。ユダヤと日本については、戦前に「日ユ同祖論」(※1)があり、ユダヤ人と関わった、杉原千畝、樋口季一郎(※2)、小辻節三(※3)らがいた。樋口と小辻について、拙著で以下のように書いた。●●●
お正月2日に愛知から北海道に帰ってきました。6泊7日、最小限の荷物で出発したのに、日に日にお土産袋が大きくなる(笑)。今はだいたいどのホテルにもランドリールームがあり乾燥機も付いているのがありがたい。二泊に一回は洗濯してしのいでました。私はアニエス・ベーのボーダーTシャツをひたすら着てました。洗濯乾燥にも強い!と、自宅到着後、さあ寝るかとなったとき、娘が、マウスピース、ケースだけで中身がない!と。えーっ‼️去年もそろばん一式愛知のおじいちゃんの家に忘れてきて後日送ってくれたのに、今
有名な杉原千畝の命のビザの2年前、ナチスドイツから逃れて来た大勢のユダヤ人がソ連、満州国境のオトポール駅で立ち往生した。その時、ユダヤ人を樋口季一郎や東條英機らが満州に受け入れ救ったのがオトポール事件。彼らが救ったユダヤ人は2万人とも言われています。(◍•ᴗ•◍)pic.twitter.com/bNZVH7rfvC—テリマカシ。。(@terimakasih0001)December10,2025
我に続かんと欲する者は続け」と砲塔から乗り出し、額に鉢巻を締め、日の丸を振りながら敵中に突っ込んで行った池田末男戦車第11聯隊長…2024年02月07日門田隆将@KadotaRyusho今日は北方領土の日。占守島守備隊の決然たる戦闘によって守られた北海道。樋口季一郎第5方面軍司令官の「敵を殲滅せよ」との命令から始まったこの“戦後の戦い”に「我に続かんと欲する者は続け」と砲塔から乗り出し、額に鉢巻を締め、日の丸を振りながら敵中に突っ込んで行った池田末男戦車第11聯隊長…日本を守っ
皆さま、こんにちは。昨日のコンサートにご来場くださったお客様、ありがとうございました!!土日両方来てくださった方もいて、本当に感謝です!恵理さんとはもう長年ご一緒させていただいており、本番のステージは勿論、リハから楽しい時間を過ごさせていただいております。大先輩なので、毎回たくさん学ばせていただくことが多く、感謝しております。2日連続伴奏してくれた、まなみちゃんにも感謝です。その時の会場の空気で急に『術式変更』しても、しっかり対応してくれる素晴らしい伴奏者です。なので、まなみちゃんと
太平洋奇跡の作戦キスカ[東宝DVD名作セレクション]Amazon(アマゾン)太平洋奇跡の作戦キスカAmazon(アマゾン)太平洋奇跡の作戦キスカAmazon(アマゾン)キスカム!~COMEON,KiSSMEAGAiN!~Amazon(アマゾン)キスカ撤退の指揮官太平洋戦史に残る作戦を率いた提督木村昌福の生涯(光人社NF文庫)Amazon(アマゾン)キスカ島奇跡の撤退:木村昌福中将の生涯(新潮文庫し75-
5年前、北海道にある記念館ができました。樋口季一郎中将の記念館です。「もう一人の杉原」樋口季一郎中将の記念館開館北海道・石狩ナチスの迫害から多くのユダヤ人を救出した旧陸軍の樋口季一郎中将(1888~1970年)の功績を伝える記念館が15日、北海道石狩市・五の沢地区に開館した。戦後…www.sankei.comナチスの迫害から多くのユダヤ人を救出した旧陸軍の樋口季一郎中将(1888~1970年)の功績を伝える記念館が15日、北海道石狩市・五の沢地区に開館した。戦後75年を経て足跡を
遊就館(ゆうしゅうかん)は、靖国神社境内に併設された同社の祭神ゆかりの資料を集めた宝物館である。ここを訪問したことは以前のブログでも触れたが、どうもスッキリしない一つの疑問が残っていた。それは、樋口季一郎陸軍中将の説明パネルの中に、「命(みこと)」の文字が見当たらなかったことである。先の大戦で命を落とされた方々は英霊となられているため、お名前の後には「命」という尊称がついている。それは軍人であるなしに拘らず、必ずと言っていいほど「命」がついているのだが、何故か樋口中将には「命」がついてい
イスラエル建国と日本精神https://www.sankei.com/article/20250923-IJDQAHRJANOXPIMJJLTJT22FPA/イスラエル建国と日本精神【一筆多論】「イスラエル建国の父」のヨセフ・トランペルドールをご存じだろうか。www.sankei.com2025/9/2315:00「イスラエル建国の父」のヨセフ・トランペルドールをご存じだろうか。帝政ロシア出身のユダヤ人で、日露戦争の旅順攻囲戦では左腕を失いながらも
もう半世紀以上前の話です。学生時代、国鉄新宿駅から塩尻駅経由で実家のある中津川に帰りました。贄川駅を過ぎる辺りから、列車は線路脇の木々の枝すれすれに、時には枝を薙ぎ払うように走り抜けます。窓から顔を出すことなんか出来ません。まさに木曽路はすべて山の中でした。そんな山の中の景色は、落合川駅を過ぎ落合川鉄橋に差し掛かると一変します。突然空が大きく広がり、雄大な恵那山が姿を現します。思わず「ワァー」と声が出そうになります。まるで狭い檻の中から抜け出た様な解放感を味わいました。学生時代、中山道を
心と体そして魂にやさしい調和をアーユルヴェーダサロンCand-raセラピストのりつ子ですお盆お天気よく気持ちの良い日夫と2人で墓参へこの日は2ヶ所私の地元の墓地は普段は空いていない地蔵堂がオープンしっかりと感謝を伝えてまいりましたいや〜暑かったですね畑も元気よく敷地外にグングン伸びていきますこの日は甥っ子4人と私の両親とお外でジンギスカン!!の予定が暑す
第二次世界大戦末期の1945(昭和20)年2月初旬、クリミア半島のヤルタで、米大統領ルーズベルト・英首相チャーチル・ソ連首相スターリンが集まり3ヶ国首脳会談が行われました。その際ルーズベルトは、ソ連による千島列島・南樺太の領有を認めることを条件に、日ソ中立条約を破棄して対日参戦するようスターリンを促します。これが所謂〝ヤルタ密約〟ですが・・・実は狡猾・貪欲なスターリンは、終戦直後に北方4島を含む千島列島全島の領有だけでなく、日本のシベリア出兵(↓)に対する代償という口実で、北海道の半
樋口季一郎さん樋口季一郎(ひぐちきいちろう)1888年8月20日生まれ、1970年10月11日、82歳没。兵庫県淡路島出身の陸軍軍人(陸軍中将)、イスラエル建国功労者。歩兵第41連隊長、第3師団参謀長、ハルピン特務機関長、第9師団長等を経て、第5方面軍司令官兼北部軍管区司令官。1937年3月1日、参謀本部附(ベルリン出張)。8月2日、陸軍少将に進級、ハルピン特務機関長。12月26日・27日、第1回極東ユダヤ人大会開催(ハルビン)。1938年3月、ユダヤ
https://youtu.be/7xX3-mnDfM8?si=REYzsR3f58i2ysyi-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be
こんにちは😃足立区竹ノ塚ほっとはりきゅう治療院の鍼医です。もう一人の杉原千畝日本のシンドラーと呼ばれた樋口季一郎―命を救い、国を守った将軍第二次世界大戦中、日本には「人道」と「祖国防衛」を貫いた軍人がいました。その名は樋口季一郎(ひぐちきいちろう)。ユダヤ人を救った勇気ある決断1938年、ソ連から満州国の国境へ押し寄せた数千人のユダヤ人難民を、他国が拒む中で受け入れ、日本経由で安全な地へ送り出しました。>「人道に国境なし」樋口のこの言葉どおりの行動が、多くのユダヤ人の命
3日前は78前終戦を迎えた日でしたが、そうした混乱の時期を見計らってその三日後千島列島の最北端の島占守島にソ連軍が突然上陸し攻撃をかけてきた戦いがありました。この時、司令官だったのイスラエルのゴールデンブックに載っているジェネラルヒグチこと樋口季一郎氏です。その占守島の戦いで戦われた樋口中将のお孫さんである、明治学院大学名誉教授樋口隆一氏にお話を聞いた動画が、12日にアップされていました。貴重なお話が聴けます。隆一氏は「国際情勢を見れば、世界各地で戦争が起きている。日本周辺では、ロシア
一昨日は終戦記念日でしたね。戦後80年の節目を迎えました。先の大戦で犠牲になられた方は軍人、民間人合わせて約310万人といわれております。謹んで哀悼の意を表します。同時に現在の日本の平和は、その犠牲となられた多くの尊い命の元で成り立っております。日本人として心より感謝申し上げます。私は戦後75年の5年前にこの様な記事を投稿いたしました。靖国神社から"宮城事件"の舞台となった地を巡った記事でございました。靖国神社に対する私の考えは変わっておりません。お国のために尊い命を捧げ
星とタロットとルノルマンカードを駆使して、運勢を読み解く占い職人緑川連理です。お盆と終戦記念日どちらも手を合わせたくなる時なので大切にしたいですね。産業春秋/「終戦の日」なぜ8月15日?|日刊工業新聞電子版こちらの記事を読むとわかりやすいと思いますが、終戦記念日は8月15日とすることが閣議決定されたのが1963年(昭和38年)のこと。さかのぼる事1945年(昭和20年)9月2日に降伏文書への調印がされたので、ここが終戦という見方もできますし、日本が終戦を受
杉浦千畝よりも多くの難民ユダヤ人を救った大日本帝国軍人がいました。その名は、樋口季一郎中将映画化するなら樋口季一郎中将を映画化すべきです。支那朝鮮など気にせずに。東宝か東映制作で。主役は竹野内豊か反町隆史ですかね。又、今こそイスラエルに樋口季一郎神社を建立すべきです。樋口季一郎閣下写真以下はYouTubeCheckoutthisvideofromthissearch,樋口季一郎https://share.google/fTURr00Qg2GL
写真は昨日付けの読売紙です。ドナルド・キーンさんを取り上げていました。😄一面にでかでかと、中面にはさらに詳細な特集が組まれておりました。ご存じのように、D・キーンさんは、日本文学と日本文化の発信に大きく貢献された方でした。8月は戦争の特集が多い!オールドメディアの大半は、米の「ウオー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)」に沿った論調ばかり。ちょっと勉強すれば分かります。昨日の読売紙は少し違っていました。そうそう、一昨日(8/10、日)の産経紙一面にもご
NHKラジオ深夜便の「誘導尋問」付き?の「占守島の戦いの体験者・高橋昇一」の証言を聞いた人はどれだけいたでしょうか?朝のテレビで再放送されるといいですね?硫黄島・沖縄だけが「本土の地上戦」ではありませんから。[2025・8・5・火曜日]寝苦しい夜が続きますが、早寝早起きの日々は変わらず。8月5日の朝4時過ぎのNHKの深夜便の恒例の聞き語りのゲストは、なんと占守島の戦いの体験者・高橋昇一さんでした。共産圏には「弱い」ことで定評のあるNHKサンですが、珍しいこともあるものですね。
読書をしていると、面白くて先が知りたくて次々とページをめくることもあれば、その反対に、今この瞬間が素敵すぎて、どっぷり浸りきって留まっていたくて、読み進めると終わっちゃうからまだ先に進みたくなくてページをめくらない、っていう場合もある。この本の読書体験は後者。込み上げてくる物哀しくもあたたかい感情で、何度も目頭が熱くなりましてだな・・・本当にじっくりじっくり、味わって読みました。ハア。終わっちゃったよ。寂しい。太平洋戦争中の日米戦を題材にしたお話で、小説だから基本的にはフ
【樋口季一郎1888-1970】1938-3-8アムール川流域、シベリア開発のユダヤ人2万人を満州に避難させる1942キスカ5200兵(占守島の戦い)の撤退作戦1945-8-8ソ連が満州、樺太に侵攻1945-8-10占守島、樺太防衛戦1945-8-15日本軍武装解除1945-8-18占守島の戦い武装解除せずソ連を撃退スターリンは北海道占領を諦めた1945-8-20真岡郵便電信局事件
先日、淡路島へ行ってきました。淡路島と言えば、国生みの神々伊弉諾尊と伊弉ナミ尊のゆかりの地もう一人忘れてはいけない歴史上の偉人樋口季一郎中将の故郷淡路島にある伊弉諾神宮内、樋口季一郎中将の銅像背筋がピンと立って、威厳とやさしさを兼ね備えている銅像です。宿泊先のご主人とも仲良くなりご主人「地元の歴史的偉人、樋口季一郎中将の名は地元でもよく知られていないすごく残念私達は、樋口季一郎中将の功績を後世に伝える為銅像を造る運動を続けて、数年前に現実のものになりました」と仰っていま
*このシリーズの過去記事は以下を参照(Pleasefollowthelinksbelowforpreviousinstallmentsinthisseries):『淡路島紀行(1)明石大橋を渡って淡路島へ』四月十三日夜、横浜から夜行のバスで小生は一路神戸へ。翌十四日早朝に神戸に到着すると、バスセンターに向かい、淡路島の洲本行のバスに乗った。バスは本州と淡路島を結…ameblo.jp『淡路島紀行(2)成ヶ島』四月十四日、神戸から都市間バスで淡路島の洲本に到着した小生
第二次世界大戦中、ユダヤ人を救った日本兵の代表的な例として、杉原千畝と樋口季一郎が挙げられます。杉原千畝はリトアニアのカウナスで、多くのユダヤ人に「命のビザ」を発給して難民の救出を支援しました。一方、樋口季一郎は、旧陸軍軍人で、ユダヤ人難民の満州国通過を許可し、彼らを救出する「ヒグチ・ルート」を設けています。杉原千畝リトアニアのカウナスで日領事館領事代理を務めていました。ナチス・ドイツの迫害を逃れるために、多くのユダヤ人に「命のビザ」を発給しました。このビザによって、約6,000人のユ