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前を通りかかり槇文彦の名前に惹かれふらりと入ってしまう(無料)家具に興味はないんだけど。。。椅子も。。。ふ~んって感じテーブルかと思いきや椅子なんだ槇文彦作座り心地どーなんだろバス停の椅子じゃんねクッションがないと。。。ヴィンテージものなんだね(買えるそうだよ)青山はどこも絵になるしかしすごい建物だねっ
1987年竣工槇文彦さん59歳辺りの作品岩崎美術館の9年後に建てられた別棟の工芸館で、美術館の地下通路をくぐってアクセスします(゚∀゚)/。左が美術館から延びる渡り廊下で、右の工芸館に行くことになります。前庭には柵があったので行けておりません(´┐`)。。行っちゃいけない感じもするのでこれ以上は廻りこまないでおこうっと(´┐`)工芸館にある、ポリネシアンなモノがわしの心を打ったのですが、内部写真撮影禁止だったので撮っておりません(´┐`)残念ア
9-10月にかけて、それぞれ別の友人たちと建築見物を行った。事前勉強として建築家・槇文彦氏のことを調べていたところ、江戸初期(1610年頃)に、いまでいう建築事業をスタートさせた家系だと知った。具体的には、「初代竹中藤兵衛正高が名古屋で創業。神社仏閣の造営を業とする」(WIKI)とある。明治時代には、合名会社という形態をとり、今も竹中工務店の名で存続。親会社、子会社含めいまも一族が経営に関与しているようだ。槇文彦氏と竹中工務店の接点はといえば、母方祖父が、「竹中工務店の会長を務
イチョウ観察と学習を兼ねて国会図書館へ。地下鉄永田町駅から国会図書館前交差点に出ると生憎の曇天だったが、それなりに雰囲気はある。国会が会期中なので多くのの観光バスが専用駐車(見学者待機場)へ向かっている。国会議事堂の裏手から国会図書館方向の今が見頃のイチョウ横断歩道から皇居方向への下り坂のイチョウ並木国会図書館入り口から国会議事堂国会図書館前から今来た道の晩秋の風景。学習前に図書館6階の食堂から日比谷方向。定番の三元豚カツカレーセット
最終日に駆け込み表参道のSPIRALにはスパイラルSPIRAL|東京青山表参道の複合文化施設スパイラル公式サイト。1985年、東京・⻘⼭にオープンした複合⽂化施設「スパイラル」を拠点として活動するアートセンターです。「⽣活とアートの融合」をテーマに、多種多彩なアートプログラムを発信すると共に、⽇常⽣活にアートを取り⼊れる提案を⾏っています。www.spiral.co.jp初めて足を踏み入れました表参道。。。気後れしちゃうおぉ~🧐うつろひ宮脇愛子ワイヤーアートですいろ
代官山にあるデンマーク大使館がDenmarkOpenDaysとして公開されていたので、行ってきた。入口には・・・レゴブロックで作られた大きな作品が。しかしこの人は何?警官隣はオオカミ?ハスキー犬?DenmarkOpenDay2025atTheRoyalDanishEmbassyinTokyoデンマーク大使館:「DenmarkOpenDay2025(デンマーク・オープン・デー2025)」japan.um.dk敷地内ものすごい人で行列ばかり、どれが何の行
青山通り(R246)に聳える文化商業施設の「スパイラル」が開設40周年と設計者の槇総合計画事務所の創業60年を記念した展示会「槇文彦とスパイラル」が開催(10/1-10/16)されているとの事なので、二週間前に続き表参道まで出かけた。『原宿から銀座へ(建築と美術鑑賞)』香港時代の異業種同期会「香港48会」は40年以上前から続いており、ほぼ全員が帰国していても2015年には記念誌も発行している程その結束は強い。会食とゴルフを…ameblo.jpまずその前に事前学習のため国会図書館へ。
1999年の日本建築学会作品選奨。バブルは終焉しているが、計画はバブルの真っ只中だったろう。中野坂上交差点に建つ3つの高層ビルのひとつだ。竣工当時、私が住んでいた中野坂上のおんぼろマンションからは、都庁が見えていたが、これが建って見えなくなった。設計は、大村芙美雄、西田勝彦、山本圭介。うち西田と山本は、槇総合計画の出身だから、マイスター槇文彦の流れを汲む建物と見ていいだろう。1階ロビーの隅にある模型。小さいながら、総合的な都市モデルの原型を感じさせる。しかし、なんと言っても、このビ
今日は振替休日だったので、午後から日吉キャンパスのメディアセンターに行って来ました。どうやら開館40年らしく、建築家の槇文彦さんの直筆の絵コンテや、日吉図書館を「旅」のイメージでデザインされたエピソードが写真つきで紹介されていました。写真はないですが、入り口までの手すりがついたところは「桟橋」で、図書館自体を船に見立てているそう。建物内にも、デッキスペースをイメージしたところなんかもあって、「あ〜だから、そういうつくりなんだ!」と謎が解けたようでうれしかったです。普段何気なく利用してるけ
2月8日(土曜日)、ブロンプトンオープンライド『TheTokyoToiletCyclingTour』に参加してきました。TheTokyoToiletCyclingTour東京渋谷区にある17カ所のデザイナーズトイレを回るサイクリング。ブロンプトンジャパンのオープンライドです。役所広司とヴィム・ベンダースがタッグを組んだ映画「パーフェクト・デイズ」...poweredbyPeatix:Morethanaticket.brompton-rides-25020
PGAのガイドのための建築研修に参加しました。昨年暮れに銀座と表参道の研修では、歩いて歩いて学びの多いツアーでした。この日は上野駅集合。駅からほど近い会議室を予約していて下さり、建築家ノ先生による座学2時間。上野という場所は江戸幕府の鬼門、寛永寺があり、戊辰戦争では、幕府軍が寛永寺に立て籠った歴史。焼け野原になった上野をどのようにするか。新政府のあり方として西洋文化の発祥地となるべく、芸術大学、博物館が作られた歴史。パワポで、ウォーキングで見て歩く建物を全て解説。サポート
美術館シリーズ第5弾(゚∀゚)/槇文彦さん50歳あたりの1978年の作品。見に行った2024年は外壁が白く塗られていました。(´┐`)(亡くなったから塗ったのかと思ったら違ってました)新築当時は打ち放しのままだったのかと思ってたら、最初からなんか塗ってるみたいですよね。ちょっと黒ずんだ外壁の時の写真の方がなんかしっくりきます(´┐`)ゞ( ̄∇ ̄;)ヲイヲイ中の展示品は、梅原龍三郎や東郷清児もあるし、コルビジェの椅子やら何やらと、結構すごいでした。なん
前回からの続き(11月2日のこと)ですあじき路地を後にして、歩いて次を目指しました次は京都市円山公園音楽堂を見る予定だったのですが、雨のため中止😞どうも公開場所によっては、こういうこともあるようです😅ただ現地では、それと分かる表示が見受けられなかったので、分からない時はHPで確認されることをお奨めします👍そして円山公園音楽堂は、この日だけだったのですが、他の日に変更ということも無いようでした😅次は四条通り沿いにある祇園くろちくビル住所・京都市東山区祇園町北側340竣工
昔の写真探してたらこんなん出てきたので載せました(゚∀゚)/ヒルサイドテラスのA棟からE棟あたりのサインなのですが、実に仰々しい(゚∀゚)/ゞ( ̄∇ ̄;)ヲイヲイ僕たち(朝倉さんと槇さん)は、ずっと代官山のまちづくりをしてきてるんだぜ(゚∀゚)/っていう気概を感じます。奥に見えるのがB棟でしょうかね。。(´┐`)棟ごとの写真が見当たらないなあ。。どこに行ったかなあ。。いずれまた見つけたらアップしたいです。ああ、そういやあ、槇さん追悼シリーズ、途中で終わっちゃっ
夏休みの旅行でドイツ在住の友人宅訪問中にヴィースバーデンに今年完成したばかりのラインハルト・エルンスト美術館に行った。建物の設計者である「槇総合計画事務所展」が現在特別展として開催中なので是非見ておきたかったのだ。日本を代表するモダニストの槇文彦氏はこの美術館が開館直前の今年6月に95歳で逝去。建築家で生存されている最後のメタボリストだった。メタボリズムとは1960年代において丹下健三の弟子を中心とする日本の建築家やアーティストによる「新陳代謝」を意味するムーブメントで世界的に名高い。19
■立正大学・熊谷キャンパス(私立・埼玉県熊谷市万吉)1966年、代官山ヒルサイドテラスで知られるポストモダン建築家・槇文彦の設計で作られた。その後の建て替えや大規模改修により、「そのまま残っている」当時の建物はほとんどないが、それでも「槇っぽい」。入り口のゲートプラザは「槇っぽさ」を維持した形で改修されているし、全体的なキャンパスの配置設計は、やはり「槇っぽさ」が濃厚だ。具体的に言ってみろ、と叱られそうだが、それは後ほど。とにかく立正大は、日蓮宗系列の由緒あ
名建築シリーズ73刀剣博物館往訪日:2024年3月30日所在地:東京都墨田区横網1-12-9開館:9時30分~17時(月曜定休)料金:一般1000円高大生500円アクセス:JR総武線・両国駅より約7分■設計:槇文彦(槇総合計画事務所)■施工:戸田建設■竣工:2017年《どこか、いや確実に似ている》ひつぞうです。両国建築散歩の続きです。三箇所目は(先日物故された)槇文彦最後の作品、刀剣博物館。訪ねた頃はまだご存命だったのですが。丹下門下の巨星がまたひとつ落ちた。
バブルの頃の1989年(槇先生が60歳ぐらいの時?)の作品。。35年も経ってますが、カコイイ(゚∀゚)/頂部のデザインがまたいいネー(´д`)(´┐`)ネー。。当時はこういうスカイラインが無かったから、遠目で見ると目立ったですよネー(´д`)(´┐`)ネーこの写真は、新宿ワシントンに泊まった時の写真だったかなあ。。手前の2本のアームは窓拭きゴンドラ吊っているアレです。全然関係ないけど、今夜は今期春ドラマで一番抜けてたアンメットの最終回だなあ(´┐`)ゆっくり見な
グランドオープンは2003年でしょうか。もう20年以上経ってるんですね。槇先生が70歳ぐらいの時の作品ですね(´┐`)高層棟はKAJIMADESIGHNで、低層棟のコンベンションの方が槇さんの設計みたいです。この写真の反対側のガラスのカーテンウォールが凄かったなあ。。何百メーターあるん??とか思うほど長かった(´┐`)渡り廊下の崩落事故なんかもあって、ニュースで大々的に取り上げらていましたね。。100mは確実にありそうですね(゚∀゚)/↓↓↓Goo
前回の箱根山は桜の季節に登ったから、ずいぶん間があいてしまった。仕切り直しの意味も込めて、今回は有名どころを訪ねた。千駄ヶ谷の鳩の森神社の富士塚だ。都指定有形民俗文化財。ここが頂上で標高6メートルだそうだが、高所恐怖症の私はえらく草臥れた(笑)。見下ろしはこれ。寛政元年(1789)の造営だそうだ。富士塚に行く前に、駅前の東京体育館に立ち寄った。先頃、高齢でなくなったプリツカー賞受賞者・槇文彦の設計。槇は建替を担当した。これが…こうなる。近未来的でありながら、古来の寺院建築
1998年、槇先生70歳の時の作品(´┐`)これは裏側(南側)の立面です。建築も26歳ぐらいなので比較的若いですね。まだ新しい感じ(´┐`)東日本大震災では、中ホールと楽屋などに被害が生じたらしいでしたが、大ホールは大丈夫だったらしく使用できたようですね(゚∀゚)/外構はなんか面白い仕掛けというか、描いたイメージをそのまま。。みたいなランドスケープデザインに感じました。良いのか悪いのか( ̄∇ ̄;)ハッハッハ外観的にはこっちのファサードの方が好きです(゚∀゚)/
金曜日の夕方「はー、駆け抜けた一週間だった〜」と自分を労いたくなった家づくりコーディネーター、二級建築士&ライフオーガナイザー®️のミルです。🏠幸せなおうち時間を生み出す空間づくり🔨札幌の工務店クワサコ住建で建築工事・インテリア・収納・片付けを通して、プランニングから施工までトータルにお手伝いしています🥰プロフィールはこちら今日は独り言です先日、流れてきたFacebookの記事で知った訃報👉スパイラルSpiralからのお知らせ(Facebookページへのリンク)
ヴィム・ヴェンダースの映画『PERFECTDAYS』の舞台となった公共トイレ、以前から見てみたいと思っていたが、今日、この猛暑の中、友人と半日かけていくつか見てまわったのでメモる。1.友達とは、千代田線の代々木八幡駅で待ち合わせした。3番出口を出てすぐ、まずは、坂茂の暖色系カラフル透明トイレ(渋谷区富ヶ谷1-54-1代々木深町小公園)へ。中に入って内鍵をかけると、透明でなくなる。利用者のマナーが悪く、プラカップやゴミが中に置かれていた。これらのトイレは一日3回掃除するようなのだが
1984年の作品(゚∀゚)/もう40歳。。昭和なTVの特番的な言いまわしにするのであれば、「道路の向こう側によう、でっけーUFOが降り立ったみてえでよう、おらーおったまげたでよー」みたいに感じる巨大な施設でした。。(゚∀゚)/そうだ。。しばらくは、槇先生追悼特集で記事あげていこうかな。。(´┐`)多分この道で合ってると思いますが、ホントに圧倒的な存在感でしたね。電柱の添え柱も一緒だし。。(´┐`)↓↓藤沢市秋葉台文化体育館·〒252-0816神奈川県
建築家・槇文彦さんが95歳で亡くなったと知り、今日のブログは急遽予定を変更して、槇さんの話題を。私が日吉キャンパスで慶應コンビ・槇文彦x谷口吉生さんの対談を聞いたのはいつだっけ?とブログを確認したところ、今から5年前の7月。ということは槙さん御年90歳のとき。当時ブログにも記した通り、あの時の対談は、寡黙な谷口氏をしり目に、もっぱら9歳年上の槇文彦氏がリード。ほぼMCみたいな感じで、パワポもひとりで操作しておられました。90歳で。槇氏のエピソードで好き
2024年6月12日(水)高松宮殿下記念世界文化賞とプリツカー賞を受賞した世界的な建築家、槇文彦(まき・ふみひこ)さんが6日、老衰のため死去した。95歳だった。葬儀は近親者のみで執り行った。東京都出身。東大工学部建築学科を卒業後に渡米。ハーバード大学大学院を修了後、米国の大学の教壇に立った。昭和40年に槇総合計画事務所を設立。20世紀様式のモダニズム建築を追求し、洗練された作品で高い評価を得た。54年から10年間、東大教授を務めた。平成5年に建築のノーベル賞ともいわれるプリツカー賞を日本人
建築家槇文彦さんが6/6に亡くなった。享年95歳。ご冥福をお祈りします。
世界的建築家槇文彦さん死去95歳幕張メッセなど設計https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240611/k10014478071000.html
故槇文彦さんの1960年の作品。。。。(´┐`)今でも現役で使われているようです。先生が32歳の時の作品。施工はもちろん竹中工務店さん。R6年6/6に95歳で亡くなられました。お悔やみを。。長い間現役でやってこられて。お疲れ様でした(´┐`)新国立のいざこざの時、あんな狭い場所に造るなんてNGだと、ご高齢なのに声を上げられて。。真の武士なんだなあと思いましたよ(´┐`)ホント。。トヨタ自動車が寄付したというこの講堂も、64歳過ぎてるんですよね(´┐`)綺麗なの