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誰もが人生の幸福を夢見ます。その幸福を実現する事が叶わなかったら…そこには目に見えない運命の糸がはたらいています。その糸は誰かが外から操っているのでは無く、自分自身の命の中に存在しています。それが「定め」「業縁」「宿業」です。自分に宿っている業(行為むくい)を見据えていかなければ幸福への道はありません。不幸は誰のせいでも無く自分が作り出すものです。「自業自得」この言葉の意味を噛みしめる事が大切です。縁結び/恋愛/未練/片想い/ツイン
ご覧頂きありがとうございますプロ鑑定歴20年の占い師嵐象(らんしょう)です不倫片思い恋愛中の貴女へお相手の気持ちを深く読み解き真心アドバイス!占いで夢や希望や願いの叶う人生のお手伝いをします過去の鑑定実績をお届けします…宜しくお願いしますすべては自分から出ている「定め」「業縁」「宿業」誰もが人生の幸福を夢見ます。その幸福を実現する事が叶わなかったら…そこには目に見えない運命の糸がはたらいています。その糸は誰かが外から操っているのでは無く、自
朝日が差し込む光と重なって一層美しく咲いています縁って大切だなぁ
たまたま「真贋」吉本隆明を読み進めていく上で真贋(講談社文庫)Amazon(アマゾン)660円親鸞聖人の業縁という文字が気になり、調べるきっかけとなりました。業とは、「身・口・意が行う善悪の行為、特に悪行、前世の悪行の報い」というように出てきます。縁とは、「直接的な原因ではなく、前世などの関係からつながりを見せる因果関係を表す」との事ですが、なぜそもそも、業縁が出てくるかと云えば、法然の弟子である親鸞聖人が唯円という自分の弟子に語った「歎異抄」という書
写真はお借りしました。(身延山久遠寺)妙法蓮華経開結編集者井上四郎佛説觀普賢菩薩行法経略義鈴木修学著《佛説觀普賢菩薩行法経》〔爾(そ)の時に行者復更に歡喜して、遍く十方の佛を禮(らい)せん、十方の佛を禮し已(おわ)りなば、普賢菩薩其の人の前に住して、教えて宿世の一切の業縁を説いて、黒悪の一切の罪亊を發露せしめん。諸(もろもろ)の世尊に向かいたてまつり、口に自ら發露せよ。〕次回に続きます。その時に行者は、十方のあらゆる佛様かみな自分を護って下さるのだということが解って、
(口伝鈔善悪二業の事より引用)…機にうまれつきたる善悪のふたつ、報土往生の得ともならず、失ともならざる条(じょう)、勿論(もちろん)なり。(引用終)どんな悪人でも救われる、ということ。そもそも凡夫の考える善悪など、救いの条件ですらない。まるで関係ないのだ。他力浄土系の文脈では、救いのイニシアチブを握っているのは弥陀如来である。「それなら、好き勝手に人を殺してもいいのか」と、トンチンカンなことを訊く人がいる。その答えがこれ。…なにごともこころにまかせたることならば、往生のために
高齢者ドライバーの運転が危険だというのだが…85歳以上での事故率は群を抜いて多いそうです。実は10代は次に多いそうです。免許取立てだから仕方ない?とかそういうものではない。だったら老人も老いているのだから仕方ないのではないか?ただ、言えることは高齢者にだけ目を向けているということ。本当は30代であろうが20代であろうが事故は起こしていますし、私もいつ加害者になるのかは分からない。車とはそういう乗り物だと自動車学校で習った。いつでも、人を殺せる乗り物だという認識をしなければならない。
さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし。
「如来よりたまはりたる信心を、わがものがほにとりかへさんとまうすにや、かへすがへすもあるべからざることなり。自然のことはりにあひかなはば、仏恩をもしり、また師の恩をもしるべきなりと、云々。」「自然のことはり」すなわち「縁」なのではないでしょうか?つくべき縁、はなるべき縁が人をつき動かしていて、人はそれをその人の意思だ、計らいだと考えるから恨んだり、妬んだりするわけですが、実は人を動かしているのは「自然の理法(ことわり)」なのだと考えるべきで、そう考えられるようになる事が「自然のことわりにかな
「原因があるから結果があります。それはまるでやまびこのようです。良くない行いをすればそれなりの結果になるのは、形にそって影ができることと同じです。」因果応報、とよく言いますがこれは言い訳のためにある言葉ではありません。何事も、前向きに善処する気持ちを忘れずにいれば必ず、良い行動ができ、結果、気持ちの良い生活をおくることができます。例え辛いことがあってもその時に自分にできることを探すような生き方を忘れないようにしていきましょう。因果あい感ずること、あたかも声響のごとし。
あー、面白くてこの2日でシリーズ一気に観ちゃった。「ハッピーチャンネル」happyちゃん「魂にしたがって生きる」を徹底して、どんどんチカラひらいて、ゆたかに輝いていってて、その「在り方」を惜しみなく発信してくれてる。一年前くらいからブログ読んでたけど、この動画観て、ハラのすわり方、ブレなさ、真っ直ぐさ、うらおもてなさ、凄いなー、そして可愛いし。大好きになりました。人に気を遣って。空気をよんで。誰かのために。って、一見「善」に思えること、自分の気持ちを抑えたり
さる10月22日(土)、美郷町六郷馬町湧太郎において第53回正信偈講座「親鸞に聞く」が開催されました。当日は横手市西誓寺住職今井正明氏を講師に「ただ念仏して」の講題でおよそ1時間半にわたりお話がありました。私たちはお念仏を現世の不安解消や所願成就の呪文のように捉えたり、成仏に至る自力の業、手段として唱えるものというイメージを持つことが多いです。親鸞によって明らかにされた本願他力念仏は、私たちに働く智慧としての念仏、私という存在が縁起により成り立ち、さるべき業縁の催せばいかなる振舞い
真宗者として死刑制度問題の研究をしてきた夫が、今度講義をするので、モニターさんとして、講義を聴かせてもらった。「死刑制度」を取り巻く色々は、私のなんとなーくの知識を超えて、かなりキツイ現実だった。もし私の子が被害者になったら?加害者になったら?私や身近な人が、裁判員になって死刑が執行されたら?あー!イヤだイヤだ!すぐさま、私には何ができるだろう?と考えた。私はいつも、あー、やだやだ、このモヤモヤをなんとかしたい!さっさと、明るい方へ向かわせたい!と、まず、熱くなる。夫
人間関係に疲れて心が廃れていませんか?あなたが幸せに生きるための心のアドバイザー元お坊さんの末廣真證です。あなたの周りにはどんな人が多いですか?嫌味を言う人が多かったり愚痴を言う人が多かったりズルをしようとする人が多かったり悪口を言う人が多かったりしませんか?そんな人が周りにいると自然にあなたも簡単に染められてしまいます。人はどんなに変わろうとしても環境や縁を変えない限り多かれ少なかれ影響を受け続けます。仏教の言葉で「業縁(ごうえん)」