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私たちは、言うまでもなく自然環境の中で生きています。たとえば、空気や水が無ければ生きていかれません。生存するには、適度な自然環境が無ければなりません。自然環境は絶対です。ところが、環境にはもう一つあります。それが文化環境です。これは、人間が社会の中で作り上げたものですが、私たちはこれにも支配されています。極端な例を挙げれば、昔地方によっては、姥捨てという慣習がありました。一定の年齢になると、年寄りを山に捨てます。初めは、飢餓などのためにやむを得ずそうしていたのですが、これが文化として定着すると
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もちろん名前は知っているし、その作品の何本かは観賞した記憶もあった今村昌平監督だけど正直ずっと興味の対象外だった。それが先日あることをきっかけに「楢山節考」を自宅で観賞して以来その魅力に取り憑かれ、配信サービスで立て続けに観まくること全10作品!!「復讐するは我にあり」「豚と軍艦」「うなぎ」「赤い殺意」「神々の深き欲望」「にっぽん昆虫記」「エロ事師たち」・・・人間の本能や欲望を抉り取って白日の下に晒すようなその作風は、圧倒的で衝撃的ですっかり魅せられてしまった
日銀の利上げ発言で、156円に突入して、会見の途中で157円に。はや。高市さんになって、円安がぐんと進み。さらに、今回の件で進む。物価上昇は止まらないね。日本に魅力がないってことで、日本円は紙くずになって行く。輸入に頼ってますから、恐ろしいよ。どんどん貧しくなってくる日本人。景気が良くて物価があがっているのではなくて、輸入に頼ってるものですから原材料費が高騰。石油。電気もガスも同じくこれからまた高騰していく事になりますよね?せめて自国で食
鬼畜1978年松竹野村芳太郎監督緒形拳・岩下志麻・小川真由美・三人の子役達復讐するは我にあり1979年松竹今村昌平監督緒形拳・三國連太郎・倍賞美津子・小川真由美楢山節考1983年東映今村昌平監督緒形拳・坂本スミ子・清川虹子・辰巳柳太郎緒形拳………この役者を知ろうと思えばこの三作品を………そのスクリーンの中の緒形拳の瞳を………見ていれば解る………そう…思う………緒形拳山口百恵と緒形拳………この二人に共通点がある………
映画監督・木下恵介1912年12月5日浜松で生誕1998年12月30日死去(享年86歳)戦後の混乱の中娯楽に飢えていた人々が癒しを求めたのが歌謡曲であり映画であった………映画全盛期の中同期デビューであり生涯のライバルで有り続けたのが黒沢明と木下恵介であった………黒沢映画も木下映画も今観てもやはり心揺さぶる感動がある。ただ黒沢映画も木下映画も何も知らない若い人達には彼等の目にはどう映るのだろう………?二十四の瞳1954年喜びも悲
11月25日生まれの歌手椎名林檎真琴つばさ塚地武雄坂本スミ子伊藤俊吾(キンモクセイ)藤井玲央(Omoinotake)澤田由梨(音楽ガッタス)寺門ジモン(ダチョウ倶楽部)おススメ曲は…HIPTANKRECORDS坂本スミ子「夜が明けて」1971年発売のヒット曲作詞なかにし礼作曲編曲筒美京平坂本スミ子22ndシングル『夜が明けて』は、1971年10月21日CBS・ソニー(現:ソニー・ミューシ
「楢山節考」楢山節考予告編1983年4月29日公開。深沢七郎の同名小説の映画化。倍賞美津子渾身の濡れ場。第36回カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作品。原作:深沢七郎「楢山節考」監督・脚本:今村昌平出演者:緒形拳、坂本スミ子、左とん平、あき竹城、倍賞美津子、清川虹子、辰巳柳太郎、三木のり平、倉崎青児、高田順子あらすじ:山中の寒村が舞台。耕地にも気候にも恵まれないその村には、厳然たる3つの掟があった。「結婚し、子孫を残せるのは長男だけであ
金木犀の香りに、母になった日の気持ちが湧き上がった翌日の今日、楢山節考を読みました。楢山節考(ならやまぶしこう)1956年深沢七郎によって書かれた小説で、どこか山深い集落が舞台。70歳になると楢山に行く、という慣わしについて描かれた小説。つまりは姥捨の話です。2回ほど映画化されており、2本目、今村昌平監督による映画はパルム・ドールを受賞しています。なぜに突然この小説を読もうと思ったか。東京時代の保育園友達で、ご夫婦ともに教養レベルが半端ない友人がおります。お二人とも日本のトップ大学を出
今週は観劇の機会が重なり、1週間で4作品の舞台を鑑賞しました。実は私、年間100公演の舞台を観に行けるようになることが、一つの目標です。観にいきたい作品が、まだまだ沢山ありますし、舞台ファンの中には、そんな猛者がゴロゴロいます。しかし私の前には「字幕がない作品」という高い壁があり、合理的配慮を交渉しても、年間50作品が限界です💦時間と手間をかけて合理的配慮を要請する→字幕が付く→観に行く…というサイクルを、あとどれだけ繰り返せば良いのでしょうか。そしてもう一
こんばんは長年の顧客様の俳優さんが主役で出演の演劇を丸ちゃんと一緒に観ました。〜遺すもの楢山節考〜劇の最後の最後のほうで、ミスマッチに思えた?いや、違う……あえて演出家のかたは、あえて、そうしたのだろう……思ったのはモノクロの原爆ドームの写真と911テロのセピア色の写真と、トランプ大統領が耳を打たれた写真が、出てきたのだ。出演者衣装と舞台のカラーは、白と黒2色のみだった。楢山に、累々と白骨が積み上がっていたというナレーション……
今村昌平さん今村昌平(いまむらしょうへい)1926年9月15日生まれ、2006年5月30日、満79歳没。東京府東京市大塚生まれの映画監督、脚本家、映画プロデューサー、日本映画学校(現・日本映画大学)の創設者。日本映画監督協会会員。カンヌ国際映画祭で2度のグランプリを受賞した日本を代表する映画監督の一人。松竹、日活を経て、独立プロダクションの株式会社今村プロダクションの代表取締役を務めていた。1958年11月19日公開、映画『果しなき欲望』(日活)監督:今村昌平原作
本日は、敬老の日ですが、私が子供の頃、敬老の日とセットでよく話題になったのが「姥捨て山(楢山節)」でした。これは、ある一定の年齢になると、年寄りを山に捨てに行く掟があったという昔話です。しかし、ある孝行息子が年老いた親を隠していると、ある難題が起きて誰も解決できない中、その年老いた親が解決策を教えてくれてその掟はなくなったというもの。つまり、年の功での知恵がある者を捨てるような掟はなくしたというものです。この一定の年齢とは、60歳とか70歳で、昔話によって年齢が違いました。今では、60歳な
☆縄文人が暮らした集落跡水辺を歩く(千曲市・姨捨)さらしなの里歴史公園冠着山(姨捨山=1250m)から流れ下る川によって作られた扇状地は、下方を流れる大河・千曲川の恵もあり、いたるところに”縄文遺跡群”が発見されている。公園内に咲くセイヨウノコギリソウヒオウギスイセン
はい、結局くたばってた。熱が、上がり下がりしてる。副鼻腔炎じゃなくて風邪なのか?子供が保育園に入ってから、親のがくたばってる我しか家におらず、TV独占てことで、少し回復した午後は気になっていた楢山節考をみた。みんなズタボロの布切れを着てて、登場人物の見分けが時々つかなかった特に夜とか奴たちとか。ちょいちょい尻もパイも丸出しだしな楢山さま遠すぎるな。わしなら1/4くらいのとこで、うん?どこ?全然わからんし、ここらへんでい?ってなりそうなにより役者さん達の怪我や破傷風
楢山節考(1983)はリメイクで古い田中絹代版もカラーである。監督の今村昌平は監督としても横浜の映画の専門学校の校長としてもまた有名であった。石を投げれば横浜放送専門学校(確かこんな名前だった)の生徒に当たると言われたほど生徒数が多かった。本作品は主要人物のほとんどが既に鬼籍である。また、あき竹城(まだ30代)と緒形拳の濡れ場シーンばかりが脳裏に焼き付く映画である。しかしおどろおどろしい映画だなあ。今見ると70歳の気持ちがわかるねえ。これは創作の映画だが村人同士の殺人もまだ行
先日のこと脚本家の池端俊策さんの講演を聞きました昭和21年呉市生まれで呉三津田高校卒の方です呉三津田高校は呉市内にある一番校のひとつで同窓には親戚も友人もいて親しみをもってお聞きしましたさて池端さんは大河ドラマ『麒麟がくる』『太平記』映画『楢山節考』『復讐するは我にあり』などが代表作映画で主役をつとめた緒形拳さんとは親しい仲だったそうです今回は特に『楢山節考』のエピソードを聞かせていただきました(この時は助監督をされていました)原作にはなか
2025年5月19日今日は何の日かボクシングの日日本プロボクシング協会が制定。1952年のこの日、挑戦者・白井義男が世界フライ級チャンピオンのダド・マリノに判定勝ちし、日本初のボクシングのチャンピオンになった。湯川秀樹博士のノーベル賞受賞、古橋広之進選手の水泳自由形世界新記録と並んで、敗戦でショックを受けた日本人の心に希望の灯をともした。セメントの日1875年のこの日、官営深川セメント製造所にて宇都宮三郎らが国産初のポルトランドセメントの
5月19日の出来事802年(延暦21年4月15日)蝦夷の頭領・アテルイが征夷大将軍・坂上田村麻呂に降伏。861年(ユリウス暦)(貞観3年4月7日)ユリウス暦861年5月19日の夜、武徳神社(今の須賀神社)境内に直方隕石(のおがたいんせき)が落下。翌日、深くえぐられた土中から黒く焦げた石が掘出され桐箱に納めて保存したという記録が残っている。重量472gのL6-コンドライトの石質隕石である。落下の目撃記録のある世界最古の隕石。1649年清教徒革命:イングラン
GWに突入しましたっちゃ。今回のお山⛰️ん作業場は、人気の山域なもんで、飯場である麓もヒトがぎょうさん訪れるがやと思いますっちゃ。ほんじゃけん、一旦作業をやめてベースキャンプ⛺️に降りて、図書館から借りてきたDVD映画を観て、ぐうたらしていますちゃ☺️今日観た映画のタイトルは[楢山節考]楢山節考楢山節考-Wikipediaja.wikipedia.orgワシが、こん映画をTVで初めて観たは、小学生の頃やったと思います。そん時は、ガキやったのですので内容は分からなかったがですけ
さて…早いもので、プロ野球ももうすぐ開幕。我がライオンズは…三位と予想…笑。ほとんどの評論家は最下位予想ですが…。実はオープン戦一試合も見てなくて…しかしネット記事は結構、読んでます。三位の根拠は投手陣、良いすからね。武内も五月復帰でしょ…五割で行けませんかね。与座ははじめローテに入るみたいですが、与座が途中からロングリリーフとかにまわればオモシロイかと…。打者は、ヤケクソで仲田とかに期待です…笑。ソフトバンク出身だし。ともかく、転職組の野村元山平沢平沼とかから一人位
吉村昭の「破船」を読む。言わずもがな、衝撃を受ける。読み終えてきた書名が、自然、浮かぶ。柳田國男「山の生活」深沢七郎「楢山節考」そして、三津田信三「碆霊の如く祀るもの」経済的貧しさ、貧窮を背景にした在り方。そこで現れる「自然な有り様」の不気味さ。※西ヨーロッパと日本では、飢餓やら貧困に対するアプローチが違う。西ヨーロッパは、生活水準を上げ、華美にし、海外に植民地を拡大していく。日本は、現状をマックスとし、只管作業を丁寧にし、質の向上を求める。インフレーション志向とデフレーシ
私を含め今生きている人は、当然死んだことがありません。人間は経験したことのないものに対し、恐怖や不安を覚えます。ましてや死んだらどうなるのか?魂は存在するか?あの世はあるのか?など誰にもわかりません。だから死にたくない、老いたくない、病気になりたくない、と言うのはよくわかります。しかし死や老いは誰にでも例外なくやってきます。じたばたしても何も始まりません。ならば老いたり死が近づいてきたら「ありがたい」と受け入れればいいと思うんです。それを拒否しようとするから、死や老いを良くないものの
多彩で多才。自称「小説の大衆食堂」wikiによると高校卒業後に自衛隊に入隊しているなど、異色の経歴をお持ちの作家さんです。「小説の大衆食堂」を自称されていて、ヤクザを題材にした本もあれば、旅行系だったり、この本のようなエッセイ本も多数。多彩ですね。どうも作品数は1,000を越しているらしい~。市の図書館でも200を越します。まだまだ執筆活動のご様子。2025年現在で74歳、あぐらをかいて400字詰めの原稿用紙に直接書くスタイル。しかも取材に行かなくても書けるらしい。ユニーク
なるべく長く自分の歯で食べたいと思っているので歯医者には定期的に通って点検とお掃除をしてもらっている。奥歯がすこしぐらぐらしてきているので先生は抜いたほうがいいというが、できるだけ自分の歯を使いたいと言い張ってここまできた。しかしあまりにぐらぐらするのでここで抜くことに同意する。麻酔をかけて口を開けると先生があっという間に、「もう抜けました、と言うかもう抜けてました」と言って抜けた歯を見せてくれる。今後の方針について先生はインプラントを勧めてくる。深沢七郎の「楢山節考」
楢山節考1983年4月29日(金)公開信州の山深い寒村を舞台に、死を目前にした人間の生き方を描く。深沢七郎の同名小説と「東北の神武たち」の映画化。あらすじおりんは元気に働いていたが今年楢山まいりを迎えようとしていた。楢山まいりとは七十歳を迎えた冬には皆、楢山へ行くのが貧しい村の未来を守る為の掟であり、山の神を敬う村人の最高の信心であった。山へ行くことは死を意味し、おりんの夫、利平も母親の楢山まいりの年を迎え、その心労に負け行方不明となったのである。春。向う村からの使の塩屋が辰平の後添が居
坂本スミ子(さかもとスミこ/本名:石井寿美子/出生名:坂本寿美子/1936年11月25日~2021年1月23日)は、ラテン・歌謡曲の歌手、俳優。愛称は「おスミ(さん)」。異名は「ラテンの女王」。1936年11月25日、坂本寿美子が生まれる。大阪府大阪市東住吉区出身。学生時代から発声をクラシックの木下保のもとで学び、プール学院高等学校を卒業する。プール学院時代の同級生に女優の三ツ矢歌子(みつやうたこ/1936年8月1日‐2004年3月24日)がいた。NHK大阪合唱
映画🎞️「楢山節考」は、2本作られています。私が学生の時に観たのは、1958年公開の映画🎞️の方。今、調べてみたら1983年の2本目の方が、カンヌ映画祭のパルム・ドール賞を受賞しているので、世界的にはこちらの方が有名だと思います。社会的なイメージとして、現代の姥捨山と言えば、俗に言う老人病院🏥であったり、慢性期病棟や療養病棟、高齢者施設を示唆するのかもしれません。そこで何年も働いてきた個人的な意見としては、関わるスタッフの声かけや態度、考え方、心がけ次第のところが大きいと思います。医
山の夕暮れ藤崎へ行ってみましたNHK新潟放送18時57分頃・私の旬三峡パークの千丈ヶ岳の紅葉です黄色〇はゼンマイ地蔵尊です