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ブログを書いている途中で地震が起き、ようやく落ち着いたようなので続きです。自慢じゃないけど、私は読書に関してかなりの「遅読」です。世の中には「速読のすすめ」とか、「速読法」の本が氾濫していて、その本を読むこと自体にも時間がかかる、と諦めておりましたが。この本は、「ある男」「本心」「決壊」などの著者、平野啓一郎さんの本です。平野さん自身もかなりの遅読、情報過多の現代に「速読」ではなく、「じっくり一冊を読む」ことを提唱する読書論です。速読コンプレックスから解
監督:藪下泰司・芹川有吾、脚本:田中澄江。制作:東映アニメーション。<あらすじ>優しい父の下ですくすく育った安寿と厨子王。しかし美しい安寿を妻に娶ろうとする鬼倉陸奥守が、彼らの父である岩木判官を貶め、九州へ左遷させてしまう。何も知らされなかった家族の下へやってきた鬼倉陸奥守は、彼らを屋敷から追い出し、すべてを奪ってしまった。流浪の身となった家族は、まずは京へと昇って事の次第を確かめようとするも悪人に騙され、母と子は離れ離れにさせられてしまう。その際に主人を庇おうとした女中の菊乃は海に流され
1月January良かった。寺田寅彦の世界の見かた、好き。『二つの正月』作:寺田寅彦朗読:窪田等作業用BGMや睡眠導入おやすみ前教養にも本好き青空文庫寺田寅彦二つの正月寺田寅彦-Wikipedia良かった。子どもから見た世界。『ふたりのおばさん』作:室生犀星朗読:窪田等作業用BGMや睡眠導入おやすみ前教養にも本好き青空文庫ふたりのおばさん-室生犀星|青空書院「ふたりのおばさん」は、少年リョウヘイが幼少の頃に過ごした、
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。幾分寒さもマシです。今年も宜しくお願い致します。感謝。
『昭和という国家』・”江戸日本の多様さ-5”-司馬遼太郎※宇和島はたかだか十万石程度の藩ですが、蘭学をするには宇和島に行かなければならないとまで言われていました。それから今の福井県に、大野という雪の深いところがあります。ここも小さな藩がありましたが、ここも蘭学が盛んでした。山陰に、江戸期の城下町のようなたたずまいの町があります。津和野ですね。武家屋敷があってお濠があって、鯉が泳いでいます。山口市もそうですが、津和野にも鯉が泳いでいて、訪ねたときに町の人に聞いたことがあります。「この
「吾輩は大きな甕の中に落ちている。」吾輩がビールを飲み過ぎ、酩酊の果てに陥ったからである。かくして吾輩はみかんの木箱に詰められ、庭先の桜の木の下に土葬された。明治41(1908)年9月13日のことである。白木の墓標が建てられ、「この下に稲妻起こる宵あらん」という夏目漱石の句が添えられた。漱石の死後、猫の13回忌に供養塔が建てられたが、その後空襲で破壊され、残って居た欠片で復元された。現存する猫の墓(漱石山房記念館に於いて)さて、この漱石の猫の埋葬法に就いて、私は衛生新
やばいやばい、完全に忘れてこんな時間になってしまった……まぁ、やってからヨシ!ところで最近文ストに再熱しました……いや、まじで面白い。ところで推しがだいたいというか全員敵なのをどうにかして欲しい。敵ってだいたい死ぬじゃん?「ニコライ・ゴーゴリ」「フョードル・ドストエフスキー」「森鴎外」「中原中也」……ゴゴくんとドスくんは多分死ぬでしょ……まだ最新話まで見てないのでネタバレは引かてもらえると有難いです🙏
かつての公衆衛生学の講義で、土葬や火葬に就いて学んだ記憶は一切ない。当時、学生だった私はこの公衆衛生に心血を注いで居たはずなのだが、無残な低得点に終わったという忌まわしい記憶のみが残って居るのである。そのあまりの理不尽さに、お祓いの意味を込めて卒業時に衛生学のテキストを葬り去った(正確には後輩に押し付けたのである)。即ち衛生新篇で云う、記憶の殯堂に送ったのであり、今は還葬期に当たるのだろう。恐らく、火葬率が極めて高い我が国において、教科書もまた土葬に割くページを惜しんだと考えられよう。と
今日は今年最後のがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。そこまで寒くもなく、感謝しかありません。今日は野崎先生の三味線の演奏もありました。感謝。
昨日、仕事で富士山の青木ヶ原樹海に行った。6時頃に新宿に戻ってこられたので、東京や銀座あたりが見たいというお客様のために中央線に乗ったところ、英語のアルクの吊り広告に、明治維新期の偉人たちの写真が使われていた。上右から津田梅子、大河ドラマにもなった渋沢栄一、上左は誰かと思ったら高峰譲吉という薬学者であった。消化薬ジアスターゼを開発し、アドレナリンを発見したとのこと。下段右は名前はすごく有名な高橋是清、お札にもなった新渡戸稲造、右端は金子堅太郎。ハーバードの法科を出て、憲法の起草に関わった法律
密林(ア〇ゾン)でファイヤースティックを購入してからYouTubeやプライムで動画や映画見放題の幸せな毎日を過ごしています💞DVDも売っていないレンタルで探してもないそんな大好きな映画がありますそれがコレ『帝都物語』風水や氣学を学ぶ前から大好きで観ていました(この映画に陰陽師が登場します)不思議な世界観が何とも言えず好きなんですよね登場人物の中に実名で出てくる人たちがいてその中の1人に東京地下鉄道という会社を作った早川徳次(はやかわのりつぐ)がいます『帝
平川先生のご著書を読んでいると、しばしばこの書物に言及されている。タイトルからいくと、イタリア人をガイドする仕事に就いている私にとっても関心をもつべき内容だと思われたので、読んでみることにした。444頁とぶ厚く文字も小さい。本を開いたら、思っていた内容とは少し違っていた。てっきり、16世紀半ばの、鉄砲伝来とイエズス会の渡来から始まると思っていたのだが、いきなり中国に渡ったイエズス会士の話から始まり、その報告書にあった科挙制度が西洋に衝撃を与えたこと、幕末維新の話、と展開するのである。そして
先日、仕事のあとに、ある医師と森鴎外について話す機会があった。きっかけは、12月13日が「ビタミンの日」だったことだ。話題が脚気(かっけ)に及び、私が質問を投げかけると、その医師は「森鴎外が……」と切り出した。「あ、白米の件ですね」私が即座に反応すると、医師は「おっ!」と嬉しそうな顔を見せてくれた。鴎外ファンの医師だった。とはいえ、私が読んでいる鴎外作品といえば主要なものばかりで、評論にはほとんど手を付けていない。史伝三部作(『渋江抽斎』『伊沢蘭軒』『北條霞亭
゜*".`:+*MerryX'mas*+:`."*゜すっかり後回しになってしまったこの企画!森鴎外!‧⁺◟(ᵒ̴̶̷̥́·̫ᵒ̴̶̷̣̥̀)実はクリスマスにピッタシな文豪さんなんです「鴎外、最後の4年間」森鴎外記念館にて特別展が開催(⁎˃з˂⁎)チュー♡11月に観覧させていただいたのですが、あっという間に12月も終盤に💦来月1月12日まで!今月の観覧チャンスは12月25日(木)〜28日(日)まで森鴎外(本名・森林太郎)鴎外さんが軍医トップの軍医総監を退任
森潤三郎著の「鷗外森林太郎」の「目不醉草(めさましぐさ)時代の医事」に、衛生新篇に就いての記載がある。「軍医学校に入学する軍医は皆参考書として購求した。富士川游博士の日本医学史にこの書の事を始メテ我邦学士ノ手ニ成レル衛生学書アリ」と述べられて居る。そこで私は、この富士川の医学史を開き、第九章「明治時代の医学衛生学」の項に目を通した。そこには、「明治三十年、森林太郎・小池正直ガ衛生新論二巻ヲ著ハスニ及ビテ、始メテ我邦学士ノ手ニ成レル衛生学書アリ、爾後諸家ノ著述少カラズ。」
「焼」の文字に、焼津。静岡県の焼津を、わたしは思いました。山口県の岩国市から遠い、遠い所ですが、海底爆発とか、海底地震余波で、火災が起きるのでは?故・安倍晋三さんの地元でもあり、重要無形文化財が焼かれたりもするのかなぁ?森鴎外が山口県出身者ですから、纏わる何か火災に遭うとか。思いたくありませんが。
森鴎外の旧居というと谷根千というイメージだけれど、北千住にも住んでいたんだな
2025年11月30日、続き。城下におりて、森鴎外記念館。明治の文豪、森鴎外(1862〜1922年)は、1862年2月17日(文久2年1月19日)に石見国津和野で生まれました😙森家(禄高50石)は津和野藩で代々典医を務めており、鴎外(本名:森林太郎)は幼い頃から「論語」「孟子」と言った漢学書やオランダ語等を学び、藩校養老館では四書五経を復読したようです😌1872年(明治5年)、廃藩置県をきっかけに、11歳の鴎外は父親とともに上京し、現在の墨田区東向島に住む事となります😏森
森鴎外は自らが結核に罹患したことを強く疑い、医師として病状と情報を厳密に管理し、病名を公にせず生活と仕事を続けた。その結果、彼の文章からは自己の身体や病の直接的描写がほぼ排除されているらしい。森於菟鴎外の健康と死www.aozora.gr.jp森鴎外の主治医・額田晉www.toho-u.ac.jp『鴎外闘う家長』山崎正和|新潮社挫折しないことの不安におびえつつ、国家と共に至福の青春を生きてしまった森鴎外が、一切の社会的令名を拒否して死に至る凄絶な生涯。外的な役割も帰属の場所も信じ
朝こし餡ホットサンド昼市販冷凍餃子晩最近気に入ってる即席カレー作る。冷凍玉ねぎミックスベジタブルおろしニンニク、ウインナー等煮込まないサッパリ味が美味しい枝豆つまみながら今夜観た映画は【ドラマフル】松本清張おんなシリーズ1「張込み」【特集ドラマ】www.youtube.com松本清張の短編小説「張込み」は10回以上繰り返し映像化されてる人気作品だ。ヒロインの鬱屈した心理に奥行きと余韻が感じられ、それが作品の強い魅力になってる。この魅力
さてさて…江戸時代から明治時代にかけて…脚気は結核と並び、我が国の二大国民病として恐れられていました🆖二つの病に共通することは…①当時は不治の病であった❗②効果的な治療法の開発により、現在では不治の病ではなくなったものの、未だ根絶には至っていない❗上記の通りであったのですが…①の期間における、脚気と結核による死亡率は高く…万一罹患した場合…遠からずの死を覚悟しなければなりませんでした🆖特に、徳川幕府の大名統制の一環として実施されていた参勤交代により…諸大名は国許と江戸を一年
上野公園内にある何百年も営業を続けている老舗の鰻割烹伊豆栄梅川亭。うな重ランチ。うなぎはふわふわ、割とあっさりとタレの味。甘さ控えめ江戸っ子好み(笑)サービスも老舗ながら気取った感じもなく、食事ができました。森鴎外が贔屓にして通っていた店だとか。当時から味が引き継がれているんですね。ごちそうさまでした。
大河ドラマ『べらぼう』終わりました。最後の2話が印象に残ってて、やはりこれは書くしかないと思ったのでした。長生きしたとされる「一橋治済」は途中で瓜二つな男(替え玉)にすり替えられていた・・・その男が阿波の能役者斎藤十郎兵衛「東洲斎写楽」当人ではないかと言われているお方。驚きの展開に「そうきたかっ!」一橋治済が能面をしげしげと見つめる場面や島流しの「俊寛」の能面がアップされるなど能役者斎藤十郎兵衛のこと、阿波の孤島に送られることになる治済など伏線
荒川区の吉村昭記念文学館、そして文京区の森鴎外記念館。久々に二つの館を訪れ、展示を見終えた後、私の中に残ったのは、「寡黙」という静謐で重厚な余韻だった。学生時代に文学好きな友人とよく通った鴎外記念館の建物は、古びた公民館のような佇まいから、現代建築風の立派なものに一新されていた。しかし、そこで触れた資料の核心は変わらない。鴎外は軍の仕事、さらに翻訳や評論といった多忙な仕事に追われながらも、実際には「もっと創作の時間を求めていた」という。展示資料に見る軍人
衛生新篇は軍医学校での教育を目的として、小池正直との共述により刊行された。初版は明治30(1897)年6月18日に発行され、その後改訂を重ね、大正3年(1914)9月15日に第五版が刊行された。第五版では故小池正直となって居る。鷗外全集第32巻に収録された「衛生新篇(下)」は、この第五版を底本とする。ただし小池正直が執筆した章は省かれ、森林太郎の筆による章のみが収められて居る。衛生新篇(下)は全12章から成り、その内容は除穢、種族、生育、病院、俘囚、舟車、飛行船及飛行機、労作、工
先日、鴎外記念館にも久々に行ってきました。「阿部一族」を書いた前後は傑作が次々と生まれた..という表記がありましたが、まさにそう思います。『興津弥五右衛門の遺書』『l高瀬舟』『山椒大夫』もこの時期。記念館訪問記は改めて。文京区立森鴎外記念館-文京区立森鴎外記念館文京区立森鴎外記念館のサイトです。講演会やワークショップなど多彩な事業を展開し、「文(ふみ)の京(みやこ)」文京区の魅力を発信していきます。moriogai-kinenkan.jp
ある病院にて昨日、入院している友人のお見舞いに、都内の大病院に行ってきた。国立の大層立派な病院で、院内にタリーズがあって、と書くと、ある程度特定されそうだけど、とにかく居心地が良さげな大病院でした(国立の病院ですもんね)。小一時間ほど様子を聞いて、少し退院するのが予定より遅れそうなことや、その際の手伝いについてとか、退院後のちょっとした連絡事項の確認をして引き上げて来た。その帰り際のこと。外来入口の手前のところに銅像があるのです。それがなんと森鴎外像(ま
大河最終回含むネタバレあり。視聴予定の諸君は注意されたし。今年の大河『べらぼう』が最終回を迎えた。いや、大変面白かった。歴代トップ3に入るのではないかってくらい面白かった。個人的には馴染みのない時代だというのが何より嬉しいかった。戦国や幕末だと、どんなにドラマチックに描かれてもネタバレ(?)済みなんだもの。どれほど前向きで魅力的な登場人物でも「ああ……もうすぐ死ぬんだったな……。」となるでな。そういう意味では『光る君へ』や『鎌倉殿』も最近だとかなり楽しめたな。今回は田沼時代
蔦重の総集編は、年末の29日に放送されます!!大掃除をしながら見ようね^_^。私は前半の、吉原パートは全く見ていなくて、あらすじをwebでちらっと見ていたぐらい。で、橋本愛ちゃんと"ビジネス婚"をして日本橋に書店を出したあたりから真剣に見始めました。YouTubeショート(おていさんと蔦重)-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtube.comキラキラの羽織をいつも着
ご注意を未明の記事(→こちらです)の内容で誤解されるといけないので、少しばかり補足させてください。「AIボイスレコーダー」について紹介してくれたお二人は、中竹師の囲み取材の場にはいらっしゃいませんでした。これを書くのを失念しておりました。まあ一応、ということで。本日はビタミンの日ビタミン、という言葉を見たり聞いたりすると、文豪・森鴎外の、〝もうひとつの顔〟をどうしても連想しないでいられません。(↓こちらに詳しいです)新装版白い航跡(上)