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あらかた読んでいる本を読了した。次の本📕「贅沢貧乏」by森茉莉。森茉莉先生は森鴎外の子供だそうで、文学臭がぷんぷんする。暖かくなって読書もはかどるさて、今日は229回ミーティングだった❗️まず、腹ごしらえ。唐揚げ丼は比較的リーズナブルで千円札は一枚崩れただけで済んだ。ミーティングは14名集まる先月が多すぎたので、丁度いい人数だった。ヤニ組❗️マーブルテラスがコンサートで貸し切りで使えないので直帰である。北浦和駅で30分待たされた稲葉氏に押されて帰宅する。稲葉氏
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。樹齢250年の紅梅ももう少しで咲き始めます。今日は暖かい陽射しでお客様とゆっくり回られました。ほんまに感謝しかありませんね。
森鴎外さん森鷗外(もりおうがい)本名:森林太郎(もりりんたろう)1862年2月17日生まれ、1922年7月9日、満60歳没。石見国津和野(現・島根県津和野町)出身の小説家、評論家、翻訳家、陸軍軍医(軍医総監=中将相当)、官僚(高等官一等)。代表作:『舞姫』(1890年)『ヰタ・セクスアリス』(1909年)『青年』(1910年)『雁』(1911年)『む阿部一族』(1913年)『山椒大夫』(1915年)『高瀬舟』(1916年)『渋江抽斎』(1
✨🛡️2月17日生まれの偉人の名言:森鴎外の言葉に学ぶ「自立した輝き」🛡️✨🗓️2月17日は、明治・大正期を代表する文豪であり、軍医総監という要職も務めた、森鴎外(もりおうがい)の誕生日です。西洋の進んだ思想を日本に紹介しつつ、歴史の荒波の中で「自分はどう生きるべきか」を問い続けた彼は、理性と情熱を併せ持つ、真のインテリジェンスの象徴でした。官僚としての顔、作家としての顔。いくつもの役割を完璧にこなしながらも、彼が最後にたどり着いた「個としての
津和野は二度目なのだけど今回は『あるく』ツアーなのでガイドさんの説明を聞きながらゆっくり散策出来ました津和野カトリック教会⛪畳敷き!津和野の人々は鯉を大切にしています石州瓦の美しい街並み永明寺森鴎外(森林太郎)の墓
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。暖かいですね。椿はキレイに咲き始めました。少しずつ春の訪れを感じます。感謝。
森鴎外さんのお宅へ⭐︎小倉でのライヴを終え、翌日からは完全にオフ⭐︎嫁さんはワークショップ業務に向かいましたので、1人で観光へ。森鴎外さんのお宅にお邪魔させていただきました。歓楽街のど真ん中にありながら、ここだけは130年の時が止まっているような雰囲気。ノスタルジックで良い。ずっと居たくなる。展示資料を細かく見てる間に雪が強く降ってきました。この場所で、過ごされた年頃が今の自分と同じくらいだったことも感慨深いものがありました。素敵な経験をありがとうございました。
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。温度が上がらないとは聞いていましたが、そこまで寒くない感じです。庭も少しずつ花が咲いて彩りが出てきました。感謝しかありませんね。
中学校の頃に、友達が図書室で借りた「椿姫」が面白かったと言うので私も借りてみた。読みやすく面白かったので舞姫も借りてみた(その友達も借りた)(同じ姫シリーズだと思って)「石炭をばはや積み果てつ」最初の一文でファ?!ってなった。全く理解不能。チャットGPTちゃんに、あれなんだったんだろう?と聞いてみた。作者は森鴎外、文語体で堅い文章だそう。で、中学校の頃、1行で挫折したこれ今YouTubeで現代語訳で朗読してくれている。21世紀すごいな。聞いてみた。ふんふん。感想文
12.BUNGO文豪短篇傑作選再読。2014年に読んだようだが全く覚えていなかった。高瀬舟/森鴎外富美子の足/谷崎潤一郎魔術/芥川龍之介注文の多い料理店/宮沢賢治檸檬/梶井基次郎鮨/岡本かの子黄金風景/太宰治幸福の彼方/林芙美子グッド・バイ/太宰治人妻/永井家風握った手/坂口安吾乳房/三浦哲郎梶井基次郎の檸檬がこういう話だったとは。なぜこれがこんなに有名になったのだろう?
日露戦争時、危うく生きたまま火葬にされる寸前だった将校が居る。乃木希典将軍率いる第三軍、第十一師団所属松山歩兵第二十二連隊旗手、櫻井忠温その人である。櫻井忠温(ただよし)、1879-1965スエズ以東最強の堅城と謳われた旅順要塞への第一回総攻撃に於いて、望台砲台で瀕死の重傷を負った。機関砲による銃創八か所、上下肢の骨を三か所砕かれ、全身を蜂の巣の如く撃ち抜かれた。この戦争を機に、数十弾以上を受けた銃創は「全身蜂巣銃創」と呼ばれる新たな病名が付け加えられた。忠温は自著「
東京も寒かったですが、こっちはもっと寒いです。今日は「舞姫」に挑戦してみました。文語体なので、すごく読みにくい。古語辞典を引きながら読みました。「かの人々の嘲るはさることなり。されど嫉むはおろかならずや。この弱くふびんなる心を。」こんな感じです。文末が「です」「ます」「である」などとは異なるので、最終的に解釈すればよいのかわからなくなります。「舞姫」は有名な小説で、悲恋とか、卑劣な男とか、エリスかわいそうとか、読んでいなくても、ストーリーはなんとなく知っていました
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。暖かな陽射しで白梅も咲き始めました。もうすぐ立春。春も近いかな!?感謝。
森鷗外の『百物語』は、実際に怪談が語られるのではなく、百物語の会に集まった人々を観察する「僕」の視点を通して、当時の風俗や人間模様を描いた短編小説です。作品概要発表時期:1911年(明治44年)に文芸雑誌『中央公論』に掲載されました。あらすじ:川開きの日に開催された百物語の宴に、語り手の「僕」が参加します。しかし、怪談そのものには関心を抱かず、宴の主催者である商人や集まった文化人たちの様子を冷静に観察します。最終的に、「僕」は百物語の結末を待たずに帰路につきます。作品の主題:この
今日は、啄木と鴎外、それぞれゆかりの地を巡りました。◎啄木が住んでいた喜之床(床屋)◎啄木終焉の地正面が展示スペースになっています。プレートと歌碑だけあるのかと思っていたのですが、啄木を大切にしてもらってありがたいです。さすが文京区。◎歌碑◎鴎外記念館丸い石は、当時鴎外の家にあったもの。鴎外記念館には2時間近く滞在しました。家に戻ったら、鴎外を読まなければなりません。◎明治大学の学食17階にあります学食の後は、古書店街で啄木関連の本を2冊買いました。
おはようございますこんにちはこんばんは^_^本が好きで📔本のある空間も好きで📚️図書館をよく利用しています。いつも、何となくランダムに借りているのですが時にあの記憶はどの本から得たものだったかな…なんて、頭の中で迷子になる事がずっと気になっていたので、自分の図書館📚️目録を作る事にしました。そんな、私の紙モノ的生活🦜にお付き合い下さい🙏✢✢✢「目録」なんて重々しい言葉を使いましたが、図書館で借りた本達📔のリスト作
今日は2026年1月30日(金)です。僕は旅番組・歴史の番組が好きです。昨日はNHKの「こころ旅」を観ました。火野正平さんが元気だった時の再放送でした。放送では島根県の津和野を巡る旅でした。僕も津和野に行った事が有ります。素敵なところでした。懐かしいのでその時の僕のブログの記事を振り返って見ました。過去記事です。↓==============2015年10月12日(月)の出来事です。島根県の「津和野」の街を、散策しています。津
文士村とか、100円書斎Love。トランヴェール2025年11月号トランヴェールはJR東日本の新幹線の座席に置いてあるフリーペーパー。新幹線乗ると座席の前の籠に入っているよ。シッタカの楽しみです。今回は「山手文士の住みたい沿線年代記」と題して夏目漱石とかの住んだ町とか紹介。漱石は引越し好きだったらしい。あと、森鴎外と江戸川乱歩。乱歩はちょっと時代があとだね。この三人、共通して後進を育てることを一生懸命してた人だなあ。こちらから、バックナンバー読めるよ。https
1月の翻訳も全部達成その中で、こちらを紹介したい。森鴎外の「山椒大夫」サンショウダユウタイトルだけは知っていましたが、読んでみるとまー!えらい過酷な物語で、翻訳しながら何回も「え‼︎」って声が出ましたよ。📕1話目父を探す旅に出ていた母と子供達と女中。母は騙されて子供達を人身売買の男に売られてしまう。Theservantdidn'twanttogo.行くのを反対していたお付きの女中。嫌すぎて海に身を投げ死んでしまう。一番可哀想。📕2話目Thefaceoft
森林太郎が火葬の普及を阻む二大障碍として、司法上の危惧と費用の昂貴(こうき)を挙げたが、今や我が国は火葬率99%を超える、世界に冠絶する火葬国を現出せしめるに至った。森が第一に挙げた司法上の問題、即ち「火葬が犯罪の證蹟を湮滅せしめる」との懸念は、今や医学の進歩と犯罪捜査に於ける科学の発達によってほぼ払拭されたかに見える。第二の障碍、即ち「中流以下の庶民に課せられた重き負担」もまた、自治体による公営火葬場の整備によって概ね解消を見るに至って居る。かつては1円50銭の出費にすら窮し
森林太郎は、衛生学的に火葬が最も無害であるとの断案を下した。しかし、公衆の安寧、即ち公共の安全秩序の観点から、火葬を安易に国民の必行法とすることは、国家による犯罪幇助につながる危険性があると警鐘を鳴らして居る。これは、治安が衛生に対して一歩も譲る事が無いという考えに基づいて居る。現代に於いては、医療環境は大きく変化し、今では病院での死亡診断が一般的となって居るが、異常死に就いては、医師法21条に「異常死体等の届出義務」が定められており、医師は死体又は妊娠4か月以上の死産児を検案して
JamesSetouchi2026.1.22薦めてみる本夏目漱石『こころ』各種文庫で読める。最も読まれている本。(補足して再掲)[1]作者夏目漱石(1867~1916)。作家。江戸に生まれる。帝国大学卒業、地方の学校教師、ロンドン留学などを経て東京帝大の教師になるが辞し、朝日新聞に入社、文芸欄を担当。多くの作品を発表。代表作『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『三四郎』『それから』『こころ』『道草』『明暗』など。[2]『こころ』大正3年(1914年)朝日新聞連
今が旬フルーツパーラーの苺のパスタを食べましたよ(๑ơ₃ơ)🍓甘酸っぱい苺とパスタの相性抜群でとても美味しかったですではでは悪魔と人間の相性は森鴎外訳ギョウテ作(ゲーテ)『ファウスト』٩(•౪•٩)*「オレを甘い言葉で騙してオレに自惚れの心を起こさせオレを快楽で賺すことがおまえに出来たらそれがオレの最期の日だ。賭をしよう。」₍₍Ϡ(੭•̀ω•́)੭✧⃛よし!決まり!*『ファウスト』とはドイツの文豪ゲーテがその生涯をかけて作り上げた長編戯曲
大正11年(1922)7月9日午前7時5分、鷗外森林太郎は眠るが如く瞑目した。死亡確認を行ったのは額田晋である。7月12日、谷中斎場で仏式の葬儀が執り行われ、その後、日暮里の火葬場で荼毘に付された。喪主は三男・類である。翌日に、その遺骨は向島弘福寺に埋葬された。森は衛生新篇に於いて、火葬は衛生学の見地から「焉より安全なるは莫し」、或いは「優ること遠し」と、極めて強い言葉を用いて、その優位性を断定して居る。即ち、衛生学者森林太郎として火葬されんと欲したのである。言い換え
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。暖かな陽射しに誘われ、たくさんの方が庭に降りて来られました。ほんまに感謝しかありませんね。感謝。
19世紀のドイツに於いては、死者が蘇る可能性があると信じられて居たと云う。全ての死体安置所には番号が付けられ、万が一死体が動くことがあれば、それを番人に知らせるための電気号鐘(ElektrischesSignalwerk)が設置されて居たことが記録されている(鴎外全集29巻、墓田より)。なお、ルブネル原書にはその記載がない。現代において、死亡確認を行う際には、聴診器、ペンライト、腕時計が不可欠な道具である。触診によって橈骨動脈や頸動脈の拍動の有無を確認し、聴診器を用いて心停止や呼吸停止を
【こんどは鷗外津和野】島根ぶらりの最後は津和野でした。大田から日本海を右手に見て津和野までの特急で2時間です。久々の津和野でした。「森鷗外の風景を尋ねる」これが津和野下車の動機。ここはチャリでぐるりと散策もいいな、です。鷗外は明治5年、わずかに10歳で津和野を出て上京、その後、日本の歴史、文学史に残る様々な仕事をしますが、大正11年に60歳の生涯を終えるまで、一度も津和野に戻らなかったそうです。10歳で離れた故郷に生涯一度も戻らない、というところ
今日はがんこ高瀬川二条苑の庭案内の日。比較的暖かい1日でした。ほんまに感謝しかありません。
私の風邪のため延び延びになっていた父との面会。今年になって、ようやく施設を訪ねることができました。現在は親族限定・短時間という制限付きで、賀状等、郵便物も私が事務室で確認することになっているため、少したまっていました。父は体調も良く、二人で鴎外の話をすることができました。きっかけは、以前にも書いた、鴎外好きの医師との会話です。先日、「『北条霞亭』は読んだ?」と聞かれ、「とても無理です」と答えると、「ダメだなぁ」と一蹴されてしまいました。そこで、鴎外好きの父にも訊いてみたと
新年最初の投稿は森鴎外/作『木精』爽やかな山の谷間に響く清らかな『ハルロウ』の響き……フランツはここへきて『ハルロウ』と木精に呼びかけるのが好きだ。木精は必ず答えてくれる。低いコンドルバスのような低温で『ハルロウ』と………「木精」は「こだま」と読みます。子供から大人へ……大人になって失うもの、新たに感じるもの……木精を通して切なくも美しく描かれます。どうぞお楽しみください。