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【一軍:監督とコーチ】森祗晶(49歳)(1986年西武ファンブックより)今季から新しく監督に就任した。名前も晶彦から祇晶に改め、その意気込みが感じられる。ライオンズでは、過去に3年間作戦コーチをつとめた実績があり、その手腕は大いに期待できる。もともと選手の能力を見抜く力、ゲームの流れを読む勝負勘は鋭いだけに、持ち駒をどのように生かし、どんな野球を見せてくれるか楽しみだ。毒島章一(50歳)(1986年西武ファンブックより)監督と選手とのパイプ役にぴったりな性格。とくに若い
前回の投稿から、約1か月。春季キャンプを前に、あんな気持ちだったので、少なくともブログには触れない方がいいと思い、完全放置していた。しかし、最後の記事のタイトル「熟年離婚の可能性」で終わるのは違う気がして、いったん区切ることにした。そして、現在この記事を更新中。春季キャンプが始まり、チラッとGIANTSTVで様子を見た。松井秀喜が臨時コーチでやってきた第3クールだけだ。野球選手のユニフォーム姿はいい。松井に縋るように、積極的に指導を受けに行く選手たち。それに、丁寧に対応する松井
今回は、森昌彦「レオの強さを探る」前参謀のメモから(中)のつづきです。森昌彦「レオの強さを探る」前参謀のメモから(下)"V3”フロントの勝利ニューパワーも表面に出てきたゾバックアップ態勢西武入団が決まった昭和56年(1981年)オフのことだ。坂井球団代表が広岡新監督のもとに驚くようなニュースを持ってきた。「レジー・ジャクソンがフリーエージェントになっており、獲得できる」というものだ。聞けば8億円余りの金をつぎ込むという。他の球団にとっては、夢のような話だ。結
今回は、森昌彦「レオの強さを探る」前参謀のメモから(上)のつづきです。森昌彦「レオの強さを探る」前参謀のメモから(中)実った米国「野球留学」若手の台頭激しい競争社会で貴重な体験を積んだ今、私の手もとに、分厚いリポートのコピーがある。二年前、米1A、サンノセ・ビーズへ野球留学した若手選手たちの報告だ。どれもが見知らぬ地での体験に大きく刺激された様子を感じさせてくれる。その中に秋山のリポートもあった。日本では想像できない激しい競争社会であること。その中でいかに自己をア
1985年12月西武ライオンズは新監督として森祇晶が監督に就任した。森は1981年~1984年までの3年間西武で広岡達朗監督のもとでヘッドコーチを務めていたが退団。1985年は野球評論家として文化放送ライオンズナイターや報知新聞紙上で解説をしていた。森は評論家として活動していたこの1985年の一年間のことを「別の視点かつ客観的に外から西武を見ることができた良い機会だった」とのちに語っている。さて、私の所有していた資料を探っていたところ1985年西武のリーグ優勝がほぼ決定的となった10
今から40年前の1986年の西武ライオンズは、森祇晶監督が就任。その後1994年まで9シーズン指揮を執り、日本一6回、リーグ優勝8回という輝かしい成績をおさめ、ライオンズの歴史上でもっと輝いていた時代でした。その1986年~1994年の第2次黄金期、まずは1986年当時の記事を中心に振り返っていきたいと思います。1985年(昭和60)12月5日森新監督を迎えて選手も一段と張り切る!広岡監督の突然の退団で新監督が誰になるか注目されていた西武ライオンズだが、一昨年までコーチを務めてい
ネットで本文の一部が紹介されていて、面白そうだったので即購入。元埼玉西武ライオンズ・渡辺久信の著書『獅子回顧録』だ。現役時代は、常勝・西武ライオンズのエースとして君臨。あの工藤公康に『勝てない』と思わせた投手である。当時の私は、『とにかくライオンズの優勝を阻止してくれ』という思いが一番だった。パリーグで無理なら、日本シリーズにはライオンズに勝てるチームが進出してくれ、と本気で思っていた。それほど、当時のライオンズは無敵だった。1982〜1994年の13年間。その願
海中に沈み、必死に海面を目指して泳ぐんだけど、なかなか辿り着けない。残された空気もわずかになり、それでも、やっと海面に出られると思った瞬間、何かに足を引っ張られて海中に引き戻された。今の心境はそんな感じだ。シーズン中の色々なことは『阿部の野球と私』で吐き出した。終わったことに対して、いつまでも愚痴っても何も生まれない。ドラフトで『100%』と浮かれる阿部を見て、少しイラッとしたが、絶望感はなかった。しかし、桑田のダメージは計り知れない。私を海の底深くに引きずり戻したのは、桑田の
野村克也に森祇晶。捕手出身の名将といえば、この二人が真っ先に挙がる。両者に共通していたのは、選手に『考える野球』を求めた点だった。野村監督は、試合後によく選手に問いかけた。『何で、あそこであの球を投げた?』『打たれた原因を、自分の口で説明してみろ』このように、答えを与えるのではなく問いかける。愛弟子の古田敦也も、その姿勢を何度も口にしている。『野村さんは、指示じゃなく質問をしてくる人だった』『何も考えずに野球をしていると、すぐに見破られた。』その質問の積み重ねが、古田を名捕手
あらためて、、その存在のありがたみを感じます。我々が小学生だった頃、まだ長嶋茂雄も王貞治も現役だったのに子供向けの書物には、「長嶋茂雄物語」とか「王貞治物語」とか偉人の伝記みたいな物語がいくらでもありました。当時の小学生にとっては、「とっておきの話」を知っていることがちょっとみんなの中で偉くなったりしたものです。個人的には「王派」だったのですが、長嶋茂雄という人間には邪気がなくて、意地悪なところが全くなくて天真爛漫で全くウソがなかったので誰からも好ましく思われ
おはようございます。また月曜日がスタートしますね。今週も頑張りましょう。4月18日は元巨人軍元西武•横浜監督で活躍された森祇晶さんの元気な姿がインボイスドームで見れて感無量でした。年内に都内でサイン会を開催して頂けないでしょうか?新作YouTubeチャンネル登録お願いします。https://www.youtube.com/live/iIy35ZnbYgQ?si=4ET-LRYBjueRd9yQ
今レギュラーシーズンベルド初参戦の私客席はほぼいつもの所からライオンズ(西鉄時代から)75周年シリーズ初日A(秋山幸二)K(清原和博)D(デストラーデ)の揃い踏みも観たいよね先発です周東が居ないのが一番脅威が無いねボールが走ってはいるけれどとっちからかっている今井達也初球はほぼボール大丈夫かいな😅(と言いながらも初回先頭打者与四球からは6回まで準パーフェクト)打線は先頭打者出しても進めず(2回~7回毎回先頭打者出塁も)スコアリングポジションに置いてもタイムリーが出
厳しい戦いが続くライオンズ今こそ渡辺久信監督代行が豪速球投手として活躍したあの黄金時代のユニフォームを復刻してホームでもアウェイでも着用して戦ってほしいです
本日の読売新聞をご覧になっただろうか。巨人90周年の企画の1つとして森祗晶さんと川上野球を語るという対談をさせていただいてね、その内容が掲載された日だったよ。お伝えするのが遅かったね。何年振りだろう。森さんとお会いしたのは。すごくお元気だったよ。森さん、長年暮らしたハワイから日本に戻っていらしてね。対談は、森さんが住む福岡市内で行われたんだ。V9時代はもちろん自分が現役の時も監督の時もデータを集めていらしたんだな。
今月号の月刊「ベースボールマガジン」の特集は「工藤公康と西武ライオンズ」ということで、西武黄金時代にエースとして活躍した工藤公康投手です。私が野球を見始めたころは西武が強くなり始めた時で、監督が広岡達朗さん、エースが東尾修投手、主軸は田淵幸一さんでした。工藤投手は1981年ドラフト6位で西武に指名されますが、6位指名ながら同年の1位指名だった伊東勤捕手よりも契約金・年俸ともに高く、期待の高さがうかがえます。ルーキーイヤーの1982年に中継ぎで27試合に登板するなど1年目から一軍
YouTube更新しました。名将監督森祇晶氏を語ります![高評価されるべき野球人]常勝西武ライオンズの監督として8度のリーグ優勝、6度の日本一へチームを常勝に導いた功績の理由を語ります。ご視聴よろしくお願いします!SEIGYOhttps://youtu.be/90Hw-awm83k?feature=shared森祇晶氏の野球人としての功績を語ります!名将監督森祇晶氏を語ります![高評価されるべき野球人]常勝西武ライオンズの監督として8度のリーグ優勝、6度の日本一へチームを常勝に導いた功績
モバイルニュース引用楽天は延長戦を落とし金曜日は18連敗石井監督「気持ちを切り替えてしっかりと試合に臨みたい」投手交代を告げる楽天・石井一久監督(パ・リーグ、楽天3−6日本ハム=延長十回、23回戦、楽天15勝8敗、23日、楽天生命)3位・楽天は延長戦の末、4時間5分の接戦を落とし、2連敗。チームはこれで5月6日のオリックス戦(京セラ)での白星を最後に金曜日は18連敗となった。1−2の七回、5番・辰己が「狙っていた球を狙いどおりに打ててよかったです」と相手先発左腕・根本の初球の100キ
久々に日記的な記事になりますが、あくまで個人的な備忘録です。9月11日(日)ですが、イースタンリーグ公式戦・巨人対ヤクルト戦のチケットをもらったので一野球ファンとして観戦することに。観戦前には野球殿堂博物館へ立ち寄り「ヤクルト・村上宗隆選手5打席連続本塁打達成時使用バット・ホームランボール」、「ロッテ佐々木朗希投手完全試合関係資料」を拝んできました。野球殿堂博物館-baseball-museum.or.jpそして試合観戦へ。東京ドームでのイースタンリーグ公式戦の開催は3年
昨日のDeNA戦スポーツ報知の評論は先発の戸郷について8回途中まで投げてくれたんだけどねぇ。【巨人】堀内恒夫さんが戸郷翔征に提言「伝家の宝刀はちらつかせてこそ価値がある」「カーブを投げた後、ストレートを投げると高めに抜ける」。我々の現役時代にはこんな格言があった。意識すれば低めに行ってくれるのだが、何の気なしに投げると確かにカーブを投げた後のストレートは高めに抜けがhochi.news昨日のスポーツ報知で若手ピッチャーは肝心なところで「投げてはいけないところに投げてしまう」とい
先週ベーマガ社より、西武黄金時代に関するMOOK本が発売された。ベーマガ社森西武最強伝説ベースボールマガジン別冊夏祭号(9月号)(BaseballMagazineVol.7No.5)|BBMスポーツ|ベースボール・マガジン社2022年8月2日発売BBM0712255A4判定価1,390円(税込)Contents1986-1994森西武最強伝説[カラーグラビア]PROLOGUE黄金時代の追憶SPECIALTALK(Ⅰ)森祇晶×森繁和「輝ける勝利の日...www.
こんにちは!スプラウト阪神の岡本です!今日もよろしくお願いいたします。今日のテーマは『BIGBOSS新庄監督』いよいよプロ野球が開幕しましたね。さっそくBIGBOSS新庄監督らしさ全開で、見ている人を楽しませてくれました。ユニフォームの『BIGBOSS』がいいね今日は『お客さんを意識する』という事について書いていきたいと思います。HPにも記載しましたが、僕は元西武ライオンズの森祇晶監督を尊敬しています。あの時の西武はすごかったね
【今日の1枚】(通算180枚目)1992年(平成4年)ベースボールマガジン社発行野球カードBBM'92日本シリーズNo.S1森祇晶
金華山と岐阜城(2016年)1月9日はとんちの日、元プロ野球選手の森祇晶さん、漫談家の松鶴家千とせさん、ミュージシャンでレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジさん、俳優の岸部一徳さん、元マラソン選手の宗茂さん、宗猛さん、声優の五十嵐麗さん、女優の一路真輝さん、歌手の岡本真夜さん、お笑いタレントで二丁拳銃の小堀裕之さん、アナウンサーの赤江珠緒さん、歌手でDoAsInfinityの伴都美子さん、女優の井上真央さん、プロ野球選手で中日ドラゴンズの福谷浩司さんの誕生日です。
【今日の1枚】(通算170枚目)1992年(平成4年)ベースボールマガジン社発行野球カードBBM'92オールスターNo.A32森祇晶
【今日の1枚】(通算164枚目)1992年(平成4年)ベースボールマガジン社発行野球カードBBM'92No.423森祇晶
パ・リーグが全日程終了。球団として、まとまりを欠くオリックスが25年ぶりに優勝する中、西武が最下位に沈んだ。最下位になったのが、球団を買収して1年目の1979年以来、42年ぶりの出来事だ。西武ライオンズの歴史43年のうち、リーグ優勝18回。4割強の割合で優勝しています。最初の3分の1は、巨人育ちの広岡、森両監督で常勝軍団に。その後は、東尾、伊東、渡辺、辻の生え抜き監督で優勝を重ねた。西武の手法は、九州に移ってからのホークスが踏襲。西武育ちの秋山、工藤でリーグ優勝を数多く達成している
【今日の1枚】(通算94枚目)1991年(平成3年)兼松化成発行野球カードQカードオールスターゲームカード森祇晶
では、パ・リーグのほうのここ30年の順位変動をおさらいしてみたいと思います。[1991~2000]丸数字①は日本シリーズ制覇。91929394959697989900優勝日本一平均順位西武①①11331122621.60ダイエー54
忘れられない一冊。15年以上前に読みました。野球本は、落合元監督の本数冊、赤坂英一さんの本、巨人軍に関するもの、長嶋さんの語録、ベーブルースの伝記、等々、読んだことがありますが、この森元監督の本は、なぜか印象に残る。「忍」。森監督の時の西武は本当に強かった。松下茂典『不敗の監督学(インサイドワーク)-西武ライオンズ森祇晶常勝の秘密』や、長谷川晶一『詰むや、詰まざるや森・西武VS野村・ヤクルトの2年間』もいつか読んでみたいです。