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そもそもピアノは自分の楽しみのために弾くから、晴れの舞台を前提としていない。とはいえ、いざと言う時弾けるよういつでも備えておき、どうせならその際聞いた人にそれなりのインパクトを残せるとよい。そう考えると選曲は難しい。そもそもそんな晴れ舞台など、この先あるかないかもわからない。否、まずないだろう。ともかく万が一あるなら、人が耳にして聞き入るだけの演奏はもちろん必要だが、曲自体がコンパクトでわかりやすいものでなくてはならぬ。マニアック過ぎて、わからないというのもちょっと寂し
札幌と函館、帯広の各市で18日、サクラが開花した。そこで、気象庁の「さくらの開花日」で各市のこれまでのデータを見てみた。札幌市は平年より13日、函館市は10日早いと記事にはあるが、過去5年の開花日もみな「平年」より早いので、もはや「平年」と比較する伝え方は見直したほうがいいかもしれない。気象庁|さくらの開花日(2011-2020年)気象庁|さくらの開花日(2001-2010年)3つの市が同日の開花となったが、帯広の標本木は「エゾヤマザクラ」だから札幌や函館の標本木と
同じ写真で,2個も記事が書けるいう趣向も楽で楽しいですね.「そんなやつおらんやろ」━━━━━━━━━━━━━━━━「桜の木の下には死体が埋まっている」こんな恐ろしい冒頭から始まる話は,1928年に発表された梶井基次郎(かじいもとじろう)の「櫻の樹の下には」という短編小説です.Youtubeで聴いた,ある怪談朗読の中で,そのような説明がありましたが,実際私は,この「櫻の樹の下には」を読んでいないので,この小説が果たして本当に恐ろしいかどうかはわかりません
桜の樹の下には屍体が埋まっていると看破したのは、「檸檬」で知られる小説家の梶井基次郎だが、彼は「馬のような屍体、犬猫のような屍体、人のような屍体が腐敗し、蛆が湧き、水晶のような液をたらたらとたらしている。桜の根は貪欲な蛸のようにそれを抱き抱えていそぎんちゃくの食糸のような毛根を聚(あつ)めて、その体液を吸っている」と述べている。そうでなければあんなに爛漫とした花が咲き、蕊ができるとは思えないというのである。確かに日本では城跡などが桜の名所になっているケースが多く、この説にも首肯せざるを
今日はカフェでランチしたあと、近所の公園へ桜を見に来ました。ソメイヨシノはすっかり葉桜。見頃だったのはシロタエ。真っ白くて大きめの桜で、香りが良かったです。美しい…!こちらも大きめの花びらの有明。まだ蕾もあるので楽しめそうです。一番人だかりがあったのは八重紅枝垂。蕾も少し残っていたけど満開でした!濃いピンクとのグラデーションが美しい南殿。これなんだったかな?白雪という桜も見つけました。何度も来ていても発見ってありますね。お気に入りの一葉はまだ蕾でした。緑色の桜、御衣黄も
世界が、また、またもや不穏な空気になってきております。もうさ、ホントにさ、なんでなんだ。やらせない気持ちをどうにか紛らわせる為に、今回はこの作品にしました。猫好きさんにも聴いて欲しい作品。読み終わった時に、「そうなの、こういうのが平和なんだよ。これが守られる世の中じゃなけゃダメだ」とふと思いました。是非聴いてみて下さいませ。愛撫作・梶井基次郎ゆうこんどうのリーディング(朗読)ラボ·Episodeopen.spotify.com
こんにちは今週は阪神競馬場で桜花賞が開催されますねー🌸大阪杯もテレビで拝見しましたが、画面下に映る桜はとても綺麗で春の到来を感じさせてくれますね。私は昔から桜を見て楽しむ花見が大好きで中学生のころ、彼女が出来たらどこ行きたい?という話を連れとしてまして私は即座に「花見」と答えていました。実際に花見デートをすると桜よりも君の方がきれいだよとあほ丸出しのセリフ若いって素晴らしい((´∀`))ケラケラ桜って素晴らしい(´艸`)とまあこんな感じですがまだ中学生のころ私の
1968年6月16日、日曜午後。駅舎も、行き交う列車内も灰色の雪だるまだらけである。アオミにはそのように見えている。それゆえか、寒い。かじかむ手には完成に1ヶ月かかった「檸檬」がある。その主要部品のためにアオミは先日突然山形の田舎に帰り、独り暮らしの母を驚かせている。アオミからの毎月の仕送りを受け取ったばかりだった母親は怪訝そうながら「なにしったのや」「おまえまだええしといねの」を繰り返しながら食事の支度をする。アオミは「またすぐいぐさけ」「ええしといっぞ」と言ったきり納屋にこも
梶井基次郎が説いた精霊さくらたち作家の梶井基次郎が昭和3年(1928)に発表した短編小説は、現代でも桜の季節になるとマスメディアなどで取り上げられることがあって、誠にミステリアスである。私も石造物を調べている時は、この梶井基次郎の短編小説が頭から離れない。それは、多くの路傍に建つ石造物の周囲には必ずといってよいほど桜の木があるからである。それは公園などで見かける大規模な桜ではなく、古い石造物の近くに必ずと言ってよいほど数株程度の桜の木があって、場所によっては「精霊さくら」と呼んでいる地域も
梶井基次郎の「城のある街」松阪城。今、4月10までライトアップがされています。露店も出てにぎやかです。松阪城は築城の名手蒲生氏郷が建てました。石組みは見事です。松阪での功績を認められて、会津若松に転封されます。そこで築城したのが会津若松城、通称鶴ヶ場です。松阪商人の街の夜景。ここから三井高利や本居宣長が輩出しました。小津安二郎監督も。最近では西野カナ。桜の木の下では宴会がたけなわです。今でもこんな楽しみ方をする人がいるんですね。明日は月曜日なんですけど。
例によって松阪市観光協会HPで桜の開花状況をチェック。桜開花状況-松阪市観光協会松阪市の観光は本居宣長や松阪牛や松阪木綿から小津安二郎まで歴史と文化に満ちてます。www.matsusaka-kanko.com市内全域満開になりました。いざ松坂城跡へ。おお、確かに満開。やや風が強いものの、良いお天気になりました。裏門跡から上っていきましょう。二の丸は前々回紹介したので、ちらと横目に見るだけで通過。立派な石垣でしょう?本丸へと階段を上ってゆく。ここも祖母と手をつな
昨年の10月から3/31までの契約期間を1日も休まずに出勤。そして4/1からの1年、無事に契約更新となりました。改めて体調を大きく崩すことなく仕事ができたことに感謝今日からまた新たな出発です。4/1の昨日は公休日。新しい人が入ってきて研修やら何やらで忙しかったでしょうか。環境は少し慌ただしくなるでしょうが、あまり周囲に合わせすぎず、時々腕を回してストレッチして乗り切りたいと思います昨日は貴重な平日休みだったので、じゃらんポイントを使ってメトロポリタン仙台のランチビュッフェに行ってきまし
私(母)桜咲いていますね。きれいですね。母は今、週に4日仕事をしています。だから私は週に4日母を職場まで車で送迎しています。その通り道に防風林になるようにだと思うのですが、たくさんの樹が道路脇に植えてあります。桜の樹も何本も何本もあります。ひとつの枝に桜の花がふたつ3つ咲き始めて「あっ、桜咲いた!」「淡い色だねぇ」母との桜についての会話は桜の咲き始めの頃からです。少しずつ咲く桜が増えていく様を週に4日の朝と夕方母とずっと眺めてきました。その通り道
花に嵐の喩えも…ではありませんが、桜の季節は昔から天候が安定しなかったようですねぇ…花曇りとか、花冷えとか、薄曇りだったり、肌寒さを感じさせる気温だったり、まぁ、偏西風の影響を強く受ける時期ですから、西から東へと移動性高気圧と低気圧が日毎交互に日本列島を通過していくコトになるので、仕方がないといえば仕方がないといえます…満開の桜が霞みのように見える景色に花霞とかの名前もありますね…「桜の樹の下には死体が埋まっている」と書いたのは梶井基次郎さんですが、桜の花が持つ不可思議で妖しい美しさに言及
表題を見て、文学好きの人ならとっさに次のフレーズが浮かぶのではないだろうか。もったいぶらずに正解を言うと、「死体が埋まっている」である。教科書にもよく載っている『檸檬』の作家として有名な、梶井基次郎の短編小説『桜の樹の下には』の冒頭は、結構いろんなところで引用される。桜の樹の下には屍体が埋まっている!これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわか
東京や名古屋ではや桜満開が報じられている。何でも週明けは雨予報、花見にはこの土日がおすすめなのだとか。うちの市はどうだろう。こちらでは、松阪市観光協会が毎年、桜の開花状況をWEBにアップしてくれるので助かる。桜開花状況-松阪市観光協会松阪市の観光は本居宣長や松阪牛や松阪木綿から小津安二郎まで歴史と文化に満ちてます。www.matsusaka-kanko.comHPによると、本日3/28(土)の状況は、まだまだといったところ。とりあえず買い物の前に遠回りして偵察だけしてきま
今年も訪問しました近衛亭跡の枝垂れ桜京都では京都御苑の糸桜か六角堂か毎年早咲きを競ってます「桜の花があんなに見事に咲くなんて信じられないことじゃないか俺はあの美しさが信じられないのでここ二三日不安だったしかしいまやっとわかるときが来た桜の樹の下には屍体が埋まってるこれは信じていいことだ」梶井基次郎はどの桜を見たんだろうか近衛家は洛中洛外図にも枝垂れ桜が描かれており京都でも大変古く歴史ある桜名所です2022年近衛亭跡
「桜の樹の下には死体が埋まっている。・・・もし死体が埋まっていないとしたら、桜の花があんなに美しく咲くはずがない・・・」(梶井基次郎)ユキヤナギヒヨドリ?「桜の園」枝を見ると蕾がまだたくさん付いているので6部咲きというところかな。「御嶽山」百名山の一つ。まさに桜の木の下には死体が埋まっている光景?
3月27日(金)梶井基次郎の「檸檬」借金と肺結核に苦しむ主人公が近くの八百屋で購入した檸檬を爆弾に見立て立ち寄った「丸善」の本の上に置き病気や現実の苦痛から逃げだしたい絶望的な気持ちから檸檬爆弾を置いて逃げる快楽的な精神の解放を描いた作品です舞台になったのは京都の「丸善」ですが東京の日本橋にも「丸善」はありますそして梶井基次郎「檸檬」にちなんだコラボレーションデザートがあるの檸檬ケーキレモンをくり抜いてレモンムースとゼリーの2層にレモンジュレ見た目可愛いらしく
中公新書の「読む技法」を読んだ。その中で、芥川龍之介「蜜柑」と、梶井基次郎「檸檬」を比較し、共通する構造を考えるという課題が提示された。「檸檬」は1925年発表、梶井が24歳のときの作品である。青空文庫で読める、15分ほどで読み終わる短編だ。「檸檬」は実は一度読んだことがある。その時の感想はコチラ11年前に読んだときの自分の感想は「よくわからなかった」と書いてあった。久しぶりの再読の感想は……やっぱりよくわからなかった。助けを求めるように「読む技法」を読んでみる。「えたいの知れな
久々にサッカー以外の雑談。3月24日は「檸檬忌」だと昨日の新聞で初めて知った。「檸檬」といえば、もちろん梶井基次郎。昭和7(1932)年のこの日、肺結核により、31歳の若さで亡くなったそうだ。momoko-mamaにとって、「梶井基次郎」は絶対に忘れることができない名前だ。それは、彼の作品に感動して・・・というものではなく、悔しさの記憶。忘れもしない高校1年の長期休暇明けの実力テスト。現代文に短い小説が出題された。短いが、いや、短いからこそ難解な小説だったような記憶がある。問
おはようございます。今回、岩手に来る前に材料を送っておいたので、簡単なものならお菓子作りもできますレモンが残っていたので、こちらに持ってきました。材料を購入する際にレモンケーキのシリコン型がセールになっていたので、かわいいレモン型の🍋ケーキを焼く予定でした。そして、昨日、米粉のレモンケーキを焼きました朝日新聞の天声人語に檸檬の梶井基次郎没後100年と載っていて、すぐに作りたくなりました。高校時代に、檸檬が好きという同級生がいて読んでみたけ
昨日は「檸檬忌」でした。小説「檸檬」で知られる梶井基次郎の命日で、没後94年だったそうです。そして昨日の朝、ベランダで越冬していたナミアゲハの蛹のひとつが羽化して蝶になっていました。これらふたつのことに共通するのが、レモンなのです。ベランダで育てているレモンの木の葉にナミアゲハの幼虫(芋虫)が何匹も発生するので、それらを捕獲して容器に入れて、レモンの葉を与えて飼っていました。秋に芋虫だった個体は、蛹になって越冬し、春に羽化するので、それを待っていました。昨年10月:芋虫と蛹
ケイズプランニングトルソーハンガーレディース3枚ハンガートルソーマネキン女性Amazon(アマゾン)【4K】京都御金神社で御利益を得る参拝方法は?ホテルグランヴィア京都楽天トラベルマネキン記念日1928(昭和3)年、上野公園で開かれた大礼記念国産振興東京博覧会で高島屋呉服店が日本初のマネキンガールを登場させた。マネキンガールとは、マネキン人形ではなく現在でいう「ハウスマヌカン」のことである。「招金」に通じるということで、フランス語のマヌカ
【世界結核デー】1882年(明治15年)3月24日、ベルリンでコッホ博士が結核菌を発見した。1997年(平成9年)にWHO(世界保健機関)が制定。【マネキン記念日】1928年(昭和3年)3月24日、高島屋が御大礼記念博覧会で初めてマネキンを登場させた。当時は人形ではなく、生身の人間だった。【ホスピタリティ・デー】1994年(平成6年)に日本ホスピタリティ研究会(現日本ホスピタリティ推進協会)が制定。【壇ノ浦の戦いの日】1185年(元暦2年)のこの日、長州沖の壇ノ浦合戦で源義経が
今回は私の備忘録希望の島からレモンが届き、50度の温水でしっかりと洗い、櫛型に切り分け、ガブリと食べた。丁度私好みの酸味、皮の苦みに、全身に閃光が走ったようだった。そしてそろそろお彼岸だと思い出し、母の為にお線香を供える。実はこの所、母へのお線香を上げていなかった。一週間ぶりのお線香の香りに、不思議な程に後悔もなく、お花は変えてましたけど、正直、お線香を上げるのをなんとなく控えていた。思えば、母が亡くなってから、毎日毎日、時には二度三度とお線香を上げていたのは、自
ノリスケです!私はYouTubeで朗読配信をしています。今回の作品は、梶井本次郎(1901-1932)の『闇の絵巻』です。昭和7年に結核で31歳という若さで早逝した梶井基次郎は、療養のため昭和元年の大晦日に伊豆湯ヶ島を訪れ、「湯本館」に滞在中の川端康成の紹介で、昭和2年元旦から比較的低価格で長期滞在可能な「湯川屋」に宿泊することになりました。川端の『伊豆の踊子』刊行の校正を手伝っていた基次郎は、毎日のように「湯本館」を訪ねては、囲碁などを教わり、夜になると自分の宿の「湯本屋」までの渓沿
先月の中頃、河津桜を見に行ってきました。暖かな日が続いていたので満開とは言えないが結構咲いていたので、良かったです。菜の花の黄色も鮮やかでしたライトアップの夜桜2日目は湯ヶ島で梶井基次郎と井上靖のゆかりの地巡りをしました。梶井基次郎から川端康成への手紙井上靖「しろばんば」上の家井上靖の部屋再現以上、河津桜と湯ヶ島散策でした。これは実家から持ってきた盆栽の梅3月5日綺麗に咲きました
『戸惑う窓』は、物の細部への情緒や印象の丹念な描写が特徴的な堀江敏幸氏のエッセイ集。氏の作品を読むのは『もののはずみ』に続いて、こちらで二作目となる。『もののはずみ』では、やや古めかしい雑貨品にまつわる文章が中心だったが、『戸惑う窓』では窓に焦点が当てられている。本書には、様々な窓とそれを視た作者の感慨──題名の通り、おもに「戸惑い」が描かれている。壁の内と外とを透かし隔てる窓という存在が、視る者の心に生じさせる境界や距離、すなわち戸に惑う感覚を記しながら確かめる──そのような筆致だった。
2月17日は、ノーベル文学賞を受賞した中国の文豪、莫言(モーイエン)が生まれた日(1955年)だが、夭逝した作家、梶井基次郎の誕生日でもある。梶井基次郎は、1901年、大阪で生まれた。父親は貿易会社に勤めていた。基次郎は6人きょうだいの3番目で、上に姉と兄がいた。急性腎炎で死にかけるなど、小さいころから病弱だった基次郎は、父親の転勤にしたがって、東京、三重、ふたたび大阪と転校を繰り返しながら育った。三高(現在の京大)時代には、後に評論家になる大宅壮一と同級で、強い刺激を受けた。基次郎は、