ブログ記事70件
10月26日(日)、桑折町民体育館(福島県桑折町)において桑折西山城主伊達稙宗没後460年記念「桑折西山城シンポジウム」が開催されます。参加無料、要事前申込。中井均先生、村井美樹さん、山城ガールむつみさんが参加されます。詳しくはこちらで桑折西山城シンポジウム|桑折町桑折町町制施行70周年記念「桑折西山城シンポジウム」の特設サイトですwww.town.koori.fukushima.jpお城のことはこちらでお城ファンクラブ|お城を見て、知って、楽しむサイトお城ファン
日時:11/10(日)目的:伊達家発祥の地へ天気:晴れ気温:15℃風:弱い。移動手段:CX-30君(普通自動車)AM10:00出発。今日はいい天気だが結構寒い。冬がすぐそこまで来ている。↓市道から国道4号に入って南へ向かう。↓高速入り口が二つ。どっちが正解だ?↓一つしかないETCレーンを塞ぐ車。カード差し忘れ?ちょっとーーー!!↓矢吹ICから東北道にIN↓福島松川PA休憩&一服タイム。↓車に戻る。隣の車が運転席ギリギリまで寄せている。↓人も入
トップページ都道府県別索引へ福島県の索引へさて、案内板上では未整備という西館の中を通る道を進んで、南西の端までやってくると…ムムムッ🤔唐突にゴツい土塁が現れた…土塁には、下に降りるらしい階段が立っている。そして、傍らには説明板…土塁の右の方を見てみると…何じゃこれ枡形虎口かっ🤯そこには7メートル四方ぐらいの土塁に囲まれた空間があり、奥の土塁の切れ目から動線が入ってきていた。土塁から降りてゆく階段の途中から、この土塁の切れ目の向こう側を見ることができる。えらい急
トップページ都道府県別索引へ福島県の索引へ大手から本丸に登り、広大な眺望を楽しみつつ北東の端まで見て回った。ここから先へ入り込むのはムリそうだし遺構もチョボチョボっぽいので、引き返して二の丸へ。両側に柵が付き、舗装もされた今の通路は後補。通路から北側南側は、表門への通路の方へカーブして消えている。よく見ると、北側の真ん中あたりに畝が見える😮近寄ってみると、山中城ほどとはいかないが下田城よりはハッキリとした畝だった。説明板では何も言及されていないが…堀を渡って入った二の丸は、
トップページ都道府県別索引へ福島県の索引へ桑折西山城はJR桑折駅から西にすぐの山地に入ったところにある。麓には東北本線のほかに東北新幹線、東北自動車道そして国道4号の重交通を捌いているところだが、往時から奥州街道と羽州街道の分岐点(追分)だった。天文元年(1532年)に伊達稙宗がこの地に移ってきて居城として以降伊達氏の城となったが、ずっと前の奥州合戦ころの文治五年(1189年)に常陸入道念西が居を構えたのが城の始まりとも。その後の伊達家の内乱である天文の乱では何度か戦いの舞台となり、天文
【問題】桑折西山城(福島県桑折町)が廃城となったのは、次のうちどの戦乱の終結に伴うものか?【選択肢】天文の乱享徳の乱永正の乱長享の乱【正解】天文の乱【解説】桑折西山城は、伊達稙宗が天文元年(1532)から居城としていたが、天文の乱の結果稙宗が講和を余儀なくされた際、その条件として破却された(後に政宗が一部改修か)。
もう何年も前に一度登ったことがある桑折西山城跡。前回は残暑が厳しい季節で、なんで仙台に行ったのか思い出せないのですが、仙台に行く途中で寄り道しました。当時はこんな立派な解説看板はなかったはず。私が訪れていない間に国指定史跡になり、山城サミットも行われたんですねえ。随分と整備された模様です。ガイダンス施設もあり(ガイダンス施設の見学は無料)例の髭の先生が出演して開設動画もあります。前回はいかなかった本丸と二の丸の間の堀切になります。奥のほうに土橋があり本来の入り口はそ
2023年4月に、JALのスマイルキャンペーン(国内どこでも片道一律6600円)を利用して、単独での東北周遊旅行に行ってきた。※※※※※出発口、間違えてANAを通ろうとしてしまい、慌ててJALへ。時間余裕見といてよかった~大阪空港から、まずは山形空港へひとっ飛び。↓旅客機より※※※※※↓最上義光像9時15分に山形空港に到着。リムジンバスで山形駅へ。空港からまあまあ離れてるなぁ~10時5分に山形駅前に着。山形城跡は思ったよりも広く、見て回るのに多少時間がかかった。
公共交通機関のみで巡る!日本100名城巡りの旅日本100名城巡り~山形線沿線編&陸前編~山形県と宮城県にある5城を1泊2日(2泊3日)で巡る旅。今回は2023年6月20日(火)の2日目の陸前編をお届けします。2日目は宮城県の多賀城、仙台城、白石城を中心に巡ります。(初日はこちら)『日本100名城巡り~山形線沿線編&陸前編~2023.06.19~20①』公共交通機関のみで巡る!日本100名城巡りの旅日本100名城巡り~山形線沿線編&陸前編~山形県と宮
どうも、すこっちです。(^o^)夏と言えば、旬の夏野菜だったり果物が美味しい季節。この時期だけのキング・オブ・フルーツと言ったら、やっぱ「桃」ですよね~。(^^)宮城県のお隣り福島県では、今桃が旬なのです。特に福島県の桑折町(こおりまち)はですね、桃の産地として有名でさまざまな品種の中でも桑折町産の「あかつき」は平成6年以降連続で皇室に献上されている高品質な桃なのです。うちのカミさんが桃が大好きで、どうしても旬の時期の桑折町の桃が食べたいと言うものですから、早速今日行って
あっという間に6月となってしまいました。もっと早くブログ更新したかったのですが、仕事が忙しかったりしてダラダラとのびてしまいました。さて今回は、現在の福島県伊達郡桑折(こおり)町にあった城、桑折西山城です。桑折西山城跡は、桑折駅から徒歩で15分くらいのところにあります。桑折駅。JR東日本の東北本線が乗り入れています。桑折町にある唯一の駅ですが、どちらかというと町の中心部は国道4号線沿いにある感じがしました。桑折町は人口約1万1千人ほどで、福島市と密接な関係のある衛星都市としての性質
全国お城の「石・石垣シリーズ」もいよいよ最終コーナーとなってきました。本日は、『「石」の使われ方』において「石積み(石塁・石列)」が見られるお城をご紹介します。本日は、「関東以北(前編)」からお届けします。「石積み(石塁・石列)」は、「石垣」とは区別して分類していますが、この区別は見た目ではなかなか難しいと思っています。というのも、「石垣」は石を積み上げていきますが、その際に石の裏側に「裏込石(栗石)」や「土」を入れて排水を良くする等の技法を用いて、近世城郭化が進められた過程の中で築
城をめぐります。有名無名関係なく、興味があるところならどこへでも!今回のルート:桑折駅-観音寺-大手門跡-砲台場-本丸-二ノ丸-中館-西館今回は桑折西山城をめぐります。スタートは桑折駅です。まずは観音寺(徒歩20分)を目指し、そこからさらに20分ほど歩くと本丸に到着します。駐車場も観音寺にあります。万正寺の大カヤ。カヤの巨樹としては日本一と言われています。観音寺。この脇道が登城口になっています。入口の案内図。まずは砲台場と本丸を目指し
今年の記事は今年のうちにアップ!ということで、未掲載分旅路のラストスパート。北陸攻路からの山城サミット、後編。前半ラウンド、明智会場から移動。岩村会場・コミュニティーセンター前の駐車場は当然ながら停めることはできず。かなり離れた場所にある小学校に回送されました。岩村の城下町を進みながら、最初の目的地、岩村城麓にある歴史資料館へ。ひたすらの登り道。徒歩20数分ほど。特設ブースにて。サミット限定、手書き御城印のお迎え。ラインナップ。右側は所有済み。左側
11月最初の祝日「文化の日」は、福島県まで日帰りでお出掛けしてきました。福島市内で美味しいラーメンを頂いた後は、福島市からほど近い場所にある「桑折町(こおりまち)」を訪問。(伊達政宗の肖像画)これから向かうのは、伊達政宗の曽祖父「伊達稙宗(だてたねむね)」が1532年(天文元年)頃に現在の規模に築城されたと伝わっているお城。「国の史跡」で、「クラブツーリズム名城(CT名城)」の一つである「桑折西山城(こおりにしやまじょう)」を登城しました。「桑折西山城跡登城口」と書かれた石碑
10月14日(金)〜10月16日(日)の出陣予定をお知らせ致します。※10月14日現在※16日(日)の仙台城おもてなしは10:30~14:30に変更となりました☆10月14日(金)☆【ガスフェア2022】・仙台国際センター・10:00~15:00頃(11:00~、14:30~演武披露)・伊達政宗、支倉常長、松尾芭蕉#豊かな暮らしの収穫祭ガスフェア2022www.gas.city.sendai.jp【オンライン伊達英語塾(英会話スクールプライマリー)】※有料イベント・18
10月11日(火)〜10月16日(日)の出陣予定をお知らせ致します。※10月11日現在☆10月11日(火)☆【響鳴乱舞!仙台DATE-MON】※生放送ラジオ・エフエム仙台77.1M㎐・20:00~20:55・伊達政宗、茂庭綱元響鳴乱舞!仙台だてもんDATE-MON│Datefm-エフエム仙台77.1MHz武将が「最新の曲」や「情報」をお届けする、最新エンターテインメント番組。パーソナリティーは現代に蘇った伊達政宗公。かつて、伊達者(華やか、洒落た、粋)と呼ばれ、仙
すでに「速報」でお届けしていますように、8/2(火)~4(木)の二泊三日で、「夏好例のお城巡り一人旅」に出かけました。一夜明けて、ホテルで6時半から朝食を取りました。4城目は「桑折西山城」(福島県伊達郡桑折町)の山城ですので、エネルギー確保の為に珍しくご飯を中心にバイキングしました。「福島駅」から「青春18切符」2回目を使用して、7時3分の列車に乗り込み13分の乗車で「桑折駅」に降り立ちました。今日の天気予報及び雨雲レーダーによると、1時間後位から雨雲がやってきそうでした。JR
夏恒例のお城巡り一人旅、二日目(速報)は早朝より「桑折(こおり)西山城」(福島県伊達郡桑折町)へ、7月末団体が入ってその前に草刈りをしたので本丸と二の丸跡はよくアンジュレーションがわかりました。眺めも最高、郭間の横堀と畝堀もバッチリでした。ここまでは、何とか雨はパラパラでしたが、最も見たかった中館と西館の虎口跡を探してるうちにとうとう傘をささないといけないくらいの雨になり、しかも両郭の草刈りがされてなかったので、難儀しながら進みました。郭図はヨレヨレ、スボンはベタベタ、西館の西側長くて深い横
途中になっていた「福島県お出掛け」記事です。福島県内に4ヵ所ある奥州三十三観音霊場。4カ所目に行ったお寺です。雨が降っていました。お寺の近くには「桑折西山城跡」登城口があります。観音寺(福島県伊達郡桑折町万正寺坂町20)浄土宗四代伊達政依が創建。「伊達五山」の1つ。奥州三十三観音第12番札所信達三十三観音霊場19番札所奥の細道26番札所石垣が崩れていました。本堂お寺の紫陽花
500城址巡りツアー🏯(東日本編・中日本編・西日本編)3日間・総移動距離約1250kmの旅トリは桑折西山城でございますよぉ舘山城跡から約1時間爆走し麓の観音寺駐車場へピットインこの3日間で目まぐるしく天気も温度も変化しましたケドようやくダウンジャケット無しで野歩き楽しめる陽気に登城口から城址までは5分ほど道は素晴らしく整備が行き届いており城跡ってより自然公園って感じネ先ずは砲台場跡へほぉ~眺望はそこそこよろしくてよ徐行運転中の東北新幹線も
500城址巡りツアー🏯(東日本編・中日本編・西日本編)255城目は舘山城でございますよぉ雄国沼プチ遭難トレッキングを経て再び県境跨ぎ山形県へと移動1時間40分ほど走らせ到着ぅ~駐車場は見当たらずなため東北電力さん施設前に路駐どういう意図の設備なのかしらね『どないやねん』とツッコミつついざ登城開始ぃ~麓に流るるは鬼面川マイナーな割におもてなし抜群(↑実際、縄張図面も水も無かったケド…)所々雪が残る5分にも満たない登山結局ナゾな東北電力設備を
500城址巡りツアー🏯(東日本編・中日本編・西日本編)254城目は猪苗代城でございますよぉ南東北ツアーも3日目。。桜満開の会津エリアですケド今日はあえて山城&秘境を巡ります前泊地・会津若松を7時半に発ちまず向かいますのは猪苗代城跡亀ヶ城やら鶴峰城やらと複数の源氏名を持つコチラ市街地北部に立地する割には山城感もあり気分は上々現代でも美しく残る土塁により西ノ峰と東ノ峰に分かれており中々に見応えございますよぉ所々に残雪が残るこの季節しこたま土塁を
500城址巡りツアー🏯(東日本編・中日本編・西日本編)253城目は栃尾城でございますよぉ新潟の桜百選巡りの合間に栃尾揚げ生誕地へ寄り道。。閑散とした駐車場まるで人の気配が無い登城道これぞマイナー城址巡りの醍醐味辺鄙なロケーションに釣り合わない復元建築的ご立派なトイレを経てまずは二ノ丸跡へま、こんなモンだわね( ̄▽ ̄)眺望もまぁまぁボチボチ。。ただこの季節限定のお楽しみが野放しの山桜決して多くの人の目に触れられない擦れてない純真無垢さがいいの
500城址巡りツアー🏯(東日本編・中日本編・西日本編)252城目は出羽松山城でございますよぉ満開の鶴ヶ岡城から約30分松山歴史公園到着ぅ~ようやく青空も出てきたわ1781年に松山藩酒井忠林により築城され今は山形県で唯一残存する城郭建築大手門が威風堂々佇んでおります大手門だけでこの規模感天守はさぞご立派だったんでしょうねぇ門の上階へは潜入可能で迫りくる刺客やら敷地内全貌は見通せる俯瞰公共交通機関アクセスは良くは無く週末観桜期にもかかわらず
500城址巡りツアー🏯(東日本編・中日本編・西日本編)251城目は上山城でございますよぉ全国250城址以上巡ってきましたが個人的嗜好は定まってきており『現存天守閣』→復元建築だとやや興醒め『石垣跡』→復元マヂ要らん『リアル遺構』→濠・土塁・堀切等ガチ遺構のいづれかを拝むこと出来れば興奮するタチであることが判明そういう感性で接すると内堀跡やら土塁やら石垣やらは一部残るもののさほどアタクシの琴線には触れなかったのが正直な感想が、この季節の城址巡り
英雄たちの選択「伊達稙宗」を見ました。伊達稙宗:伊達政宗の曾祖父(1488-1565)※桶狭間が1560年稙宗は守護大名となって、積極的に土地を治めようとする。桑折(こおり)西山城という巨大な山城を築き、交通の要衝にあって、】シンボリックな建物だと思われる。稙宗は時代を先取りした政治をする。・家臣を城下に住まわせる。(信長の小牧山城より先)・法律を制定する。(塵芥集など4つの法令:分国法)(かなり細かく規定)ただこれは先進的すぎた・・・家臣を家臣の所領から引っ剥
※2021年10月31日訪問※西館跡南部の【枡形状虎口】を堪能し、桑折西山城のさらに西側へと進んで行きます桑折西山城のパンフレットなどには記載されていませんが、西館のさらに西側には【隠居郭】と呼ばれる郭が存在していたようです現在は、ただの平場が広がっているという印象で、桑折西山城跡への西側部分の入口として歩道が整備されています帰りはこのまま城跡の西側に抜け、南側にぐるりと回り込むように大手口前を通過して帰路につく事にしました城跡の西側入口部分には【西館跡入口】という石碑も建てられていま
※2021年10月31日訪問※桑折西山城・西館の最大の遺構と言っても良いのが【枡形状虎口跡】です▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼西館枡形状虎口~二重枡形になっている中館・西館への出入口~西館の虎口(城の出入口)は、『枡形』という踊り場状の部分を2つ持つ『枡形状虎口』になっています。城から見て外側の枡形は『外枡形』、内側の枡形は『内枡形』と呼ばれ、通路は、この枡形を経由しながら城内に至るまで3回も直角に折れ曲がっています。しかも、枡形の入口は急斜面になっていることか
※2021年10月31日訪問※【中館跡~西館跡空堀】をたっぷりと堪能し、今度は【西館跡】にやって来ました▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼西館~桑折西山城の西の守り~西館は、桑折西山城のある岬状の山地の付け根にあたる部分にある平場です。周囲には土塁が造られ、外側には空堀が巡っています。隣接する中館とも、空堀によって仕切られています。西館と中館は、ほぼ同程度の規模で築かれており、並立する関係にあります。西館の南側には虎口(城の出入口)があります。これは、枡形と呼ば