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桑名の町を散策九華公園桑名城跡&桑名神社歌行燈のランチでお腹いっぱい。桑名の町を散策しながら桑名駅へ向かいます本多忠勝像九華公園の入り口。徳川家康の四天王の1人桑名藩主本多忠勝の大きな像が鎮座。青空に映えます。「忠勝って松潤の家康で山田裕貴くんが演じた人だね。」って言うと歴史好きのダァくんが「はぁ。」と呆れていました柿安本店いつも見ているデパ地下の柿安のイメージと違って風格があります。松坂牛のすき焼きやしゃぶしゃぶも堪能してみたいです。桑名宗社桑名神
私のブログを見ていただきありがとうございます。2024年にソロの初お泊まりツーリングをしましたが、2025年も11月下旬に三重県へ行ってきました。※今回は長文でかつ画像多めです。※記載の価格は税込表記です。前回の続きです。翌朝になり、宿泊部屋から窓越しに見える四日市工業地帯をパチリ。朝食時間前に1Fへ下りて列に並ぼうとしたところお弁当提供のアナウンスがあり静かに食べたかった私はお弁当を受け取って部屋に戻りました。前年に東横インを10年以上ぶりに
あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしていきたいと思います。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。「塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノ
大多喜に行くと、「本多忠勝を大河ドラマに!」というのぼりがあります。私も、応援してます。それで、彼が、一代目の城主だった桑名城に行きたいよ~と、前々から、叫んでいたのでした。城は、あまり残ってませんが、揖斐川ぞいに公園になっています。このお濠は、復元かな。すごいところにあるのね~知らなかったです。お城らしいもの、発見。中に入ってみました。2階が、展示室になっていました。写真を撮り忘れました。(>_<)解説のボランティアの方がいて、千葉から来ました、と、忠勝について、盛り上が
ずっと前から、高野山に行って、宿坊泊まりたい、とか、列車で登りたい、とか、思っていたのですが、その夢は叶わず、とりあえず行ってきました。前日、天気を見て、福島の灯台にするか、西の方にするか、決めて、ホテルを予約しました。ホテルは、ルートイン。グランヴィリオホテル奈良ー和蔵(天理市)2泊3日で、ツイン47000円ちょっと(朝食無料)でした。別館の方。ちょっと安い。ロビーから渡り廊下を少し歩く。(ほんとに短い)少し、狭いとか。(全然、狭い感なかったです。)駐車場広くて、6
名称:桑名城別名:扇城、旭城城郭:梯郭式平城築城年:1601年築城主:一柳可遊、本多忠勝改修者:松平定勝主要城主:本多氏、松平氏所在地:桑名市吉之丸5-1指定文化財:県指定史跡水堀神戸櫓跡蟠龍櫓縄張図本田忠勝銅像
こんにちは雨中を歩き続けた、前回の東海道五十三次街道ウォークから約1ヶ月。3月の中旬、第12回目のウォークツアーに参加しました。冬の寒さも過ぎ去り、桜の咲く時期に近づき、この日は空に雲ひとつない春の晴天であったことを思い出の写真を見て頭によみがえってきました。前回は桑名宿の途中でしたので、今回の歩くコースは桑名宿を探索しながら七里の渡し跡を目指します。現在は渡し舟がないので、七里の渡しから宮宿の渡し跡まではバスで移動して、宮宿から鳴海宿(城跡公園)までが
英語版のサイトにRuinsofKuwanaCastleのページをアップロードしました:http://cf916626.cloudfree.jp/HandE_Japan/HandE_Japan.html桑名城は、揖斐川の畔、東海道の七里の渡しの船着き場の近くという交通の要衝にあります。関ヶ原の戦いの後、家康は徳川四天王の一人、本多忠勝を桑名城に移封させ、近世城郭が築かれました。桑名城は、水堀が残り、九華公園として開放されています。RuinsofKuwanaCastleの
東海道、桑名宿を出て、矢田立場跡の少し先の寺。こちらは、浄土真宗本願寺派・了順寺。注目すべきは、この山門。↓↓↓こちらは、かつて桑名城の門の1つだったという。所謂、移築門である。↓↓↓新版ちゃんと歩ける東海道五十三次東+姫街道楽天市場1,760円新版ちゃんと歩ける東海道五十三次西+佐屋街道楽天市場1,760円安心の豪華紋付羽織袴3点セットメンズ2colors羽織着物袴黒地紋白地紋馬乗袴SMLLL3L大きいサイズ男性
東海道57次26日目熱田神宮→🚃→桑名宿→伊勢朝日駅予定では、8㎞ほど歩いて熱田神宮見学な日だったが、計画違い?なのか、昨日に宮宿(七里の渡し)にたどり着けた。朝、少しゆっくり目にホテルを出た。熱田神宮の駅を出ると、すでに暑く💦日傘を差して歩き始めたが、神宮の敷地内の森は、なんとも心地よい涼しさだ!熱田神宮トップ|初えびす七五三お宮参りお祓い名古屋熱田神宮三種の神器の一つ草薙神剣の御鎮座に始まる由緒、祭典等のご紹介。www.atsutajingu.or.jp熱田神宮参
東海道、桑名宿。春日神社を過ぎると、旧東海道は堀沿いを進む。↑↑↑やがて、この案内板が。↓↓↓堀の向こう側の石垣に注目。↓↓↓削り方が荒っぽい石垣は、桑名城の中でも古い時代の石垣がそのまま残っている部分だと。↓↓↓生活の中に、この様な古い石垣が残されている。↓↓↓この窪みは、桑名城内の船着場跡??↓↓↓↑↑↑※古地図と照らし合わせると、橋の跡ではないか?と、X内の叡智を持つ御方から教えて頂きました!桑名宿の説明も。本陣2軒、脇本陣4軒、旅籠(はたご)は120軒
この春、私は、とある川のほとりに聳えていた――はずの、武勇にすぐれた戦国武将が起居していた楼閣に、400年の時を経て立っていました。桜舞い散る季節、彼の居館を囲んでいた幾重の水堀のなかに舟を浮かべ、大勢の人びとが曲輪のなかで縁日を楽しんでいます。もう2年前になります。このブログで、NHK大河ドラマ「どうする家康」を扱いました。その関連で取り上げた武将は、以下の2人。①酒井政家(正親)②松井忠次いずれもドラマには登場しませんでしたが、あまり世
東海道、桑名宿。本陣&脇本陣跡から七里の渡跡を抜けて行くと、駐車場前に、小さなプレート?↓↓↓↑↑↑向こう側には、桑名城の蟠龍櫓が見える。左側は、舟会所跡。右は問屋場跡。↓↓↓舟会所は、七里の渡しから舟に乗ろうとする旅人の為に、乗舟手続きをする場所。問屋場は、やはり旅人の荷物運搬の為に、馬や人足を手配する場所。我々は、更に進む!新版ちゃんと歩ける東海道五十三次東+姫街道楽天市場1,760円${EVENT_LABEL_01_TEXT}新版ちゃんと歩ける東
我々の東海道ウォーク、久々に再開!先ずは、桑名宿の東端の海辺へ。↓↓↓ここは、桑名宿“七里の渡跡”。鳥居を潜ると…何やら水路の向こうに、櫓?↓↓↓これは、海城と呼ばれる桑名城の東側の、蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)。↓↓↓土塁の向こう側は、外海である。↓↓↓我々の前回の旅の最終地点だった、宮宿(名古屋市街地)の七里の渡跡から、かつては舟でここまで繋いでいたという。残念ながら、現在ではその渡し舟の定期航路は無く、時折運行される再現実験船に乗るのは抽選なので、実際に七里の渡体
連休、しかも日曜ということもあって、今朝はちょっと朝寝坊。軽く朝食を済ませた後も、いつになくゆっくり過ごさせて貰いました。そしてお昼前にやっと行動開始、出発です。だけどね、先ずは腹ごしらえ。主人も前から気になっていたという桑名、登里勝(とりかつ)のラーメンを。地鶏醤油味と、私は海老塩味。ラーメンも美味しかったけど、サイドの焼き鯖寿司がすっごく美味しかった!飾り気の無いお店だけど、味で勝負って感じね。「桑」。「
カエル姫です。1泊2日の伊勢路の旅、ようやく写真の整理がついたけど、項目が多くて『ブラタモリ』のように数回にわたっての記録です。最初は番組同様桑名から伊勢路の旅、はじまり~はじまりぃ~木曽三川が伊勢湾に注ぐ河口に位置する桑名円形のSFチックな建造物は揖斐川に合流する長良川の水門ちょっと不思議な風景は、旅心をそそります。そしてここは七里の渡し跡東海道五十三次で唯一の航路、熱田神宮の宮宿からここまで渡し船で旅をした。左の建物は水門統合管理所、桑名城の蟠龍櫓(
グルーヴ205桑名駅周辺をDAI★さんぽ中喫茶店で教えてくれた桑名城お堀巡りをするために九華公園で待ち合わせです江戸時代は九華と書いてくわなと読んでいました。桑名城跡地作られた公園です。桑名城お堀めぐり桜の季節はこんな感じパー子さんと乗船します橋の下をくぐる時は頭を下げてちょっとしたアトラクションみたいですDAIGOさんの体と顔合成みたいいちばん低い橋が近づいてきましたのんびりしているDAIGOさんをパー子さんが急かしますマトリックスお堀一周15分桜の
皆様、如何お過ごしでしょうか、当ブログへお越し頂き、誠に有難うございます。本来、千葉へのヨッシー散歩ネタをお送りする予定でしたが、急遽…ほんと急遽、直近でおきました…何なら今尚起きているブラックな現在の状況ネタをお送りさせて頂きます。ご談笑、頂けましたら幸いです。😁さて突然ですが、ここは何処でしょう?千葉県の大多喜城…では無く、そう、三重県桑名市の桑名城です!…って判るかぁ〜!🤣🤣🤣実は初、三重県!とは言え桑名市なので、橋を2つ渡れば愛知県…?だったかと、何故にかと言います
本多忠勝桑名城ミニサイズの完成#本多忠勝#桑名城#お城#ジオラマ
本多忠勝桑名城ミニサイズ製作中#本多忠勝#桑名城#お城#ジオラマ
第二次東海道から東山道と北陸道の旅路、再開。2024年内に終わらせる予定が1回分ずれてしもうたわ。こちらがリアルタイム記。『実刻旅記・伊勢国~尾張国』一日遅くなってしまったがリアルタイム?旅行記六日目。本日は三重県。桑名城聞いた通り石垣はほぼ取り壊されていた…時間が余ったので急遽予定変更名古屋市へ戻り熱…ameblo.jp遂に最終日、本日は愛知県から三重県まで。名古屋市中心部から小一時間で着いてしまうんですね。一路、桑名城址まで。三之丸御殿跡ですが、生垣が看板すらも隠す
伊勢参宮道(旧東海道)歩きは「桑名城跡」をめぐります。堀に浮かぶ船のある風景もいいですねぇ。戦国時代の桑名には、伊藤武左衛門、樋口内蔵らの土豪がそれぞれ城を築いていました。現在の桑名城は、永正10年(1504)その伊藤武左衛門がここに城館を築いたのに始まるとされます。天正2年(1574)織田信長がこの地を征し、その後豊臣時代になると支配者がめまぐるしく変わります。関ヶ原の戦い後徳川家康は、慶長10年(1601)徳川四天王の一人本多忠勝を10万石で桑
桑名養老鉄道ついでに鵜沼ツアーで桑名到着案外と大きな街である電車で降りたのは初めてだった時間が時間だけに最初にご飯を食べようかと考え少し駅前をうろつく桑名と言えば本多忠勝駅前に屋台みたいな施設があったけど閉まっている店が多く断念そこで時間貸しのレンタサイクルに乗り桑名城に向かった寺町通りという通りで市をやっていたいろんな物を売っていたが昼食には不向きまた自転車に乗り城に向かうと神社の案内があった桑名宗社(春日神社)ここをお参りしてその参道とおぼし
本多忠勝が初代城主をつとめた、桑名城へ。本多忠勝像。キャーキャー言って写真を撮ってるのは、私だけでしたこの日は曇っていたので、ちょっと暗め。桑名城といっても、今は公園になっています。本丸があった場所にひっそりと建つ石碑。こんな感じで、本当になにもない。本多忠勝推しの私としては、ちょっとガッカリ本多忠勝の城!!それは三重県桑名市!!くらいしか下調べしてなかったけど、もっと何かあると思ってたよでも、いいのです。かつて推しがいた土地に立てたのですからランチは、歌行燈。名物の
しーにゃんでございますいつもしーにゃんブログをご覧いただき、ありがとうございます今日はロードバイクに乗って、久しぶりに三重県に行きました木曽川の真ん中あたり、ここが愛知県と三重県の境です最初は伊勢湾台風記念館に行こうと思ったのですが、もうちょっと距離を稼ぎたいと思ったので、九華公園に行くことにしました先ずは桑名城の櫓がある七里の渡跡にやって来ましたここは伊勢国の玄関口で東海道五十三次の伊勢国の出発点なんですよ熱田の渡しから舟に乗ってやって来るんですよ〜有料でも良いから舟出して欲し
JR線と近鉄線、この日乗車した養老鉄道が乗り入れる桑名駅予定時間まで間があったので、本多家と千姫の桑名城を散策桑名城は複合式層塔型4重6階構造、櫓51(三重櫓3・二重櫓24・附櫓24)、多門櫓46、井戸14、水門3があり、城下町を含む総構を有してましたまた「七里の渡し」も含めた築港工事とともに城下町も整備されてましたこの地理的な広がりから別名「扇城」とも言われているそうです最初に向かったのは「七里の渡し跡」八間通りを東進、旧東海道に入って揖斐川のほとりへ熱田宿
是レ依リ桑名宿①‥つづく
近鉄名古屋線益生(ますお)駅東側の住宅地にかかる小さな石橋、新福橋です。詳しい地図で見る路地にある上に小さい橋なので、初めからこの場所を目指してこないと見つけづらいと思う。小学校の一本東の通りというのが目印として分かりやすい。あと車をとめるのも難しい。ということでいきなり新福橋全景。この見た目だがちゃんと桑名市に管理されているらしく、Q地図様に載っている(というか私はそれで知った)。それによると延長2.7m、幅員1.8m、完成年はなんと明治26年と130年以上前!
ゴールデンウィークの城巡りということで、愛知県や名古屋市の城跡を歩く愛知ウォーキング城巡りクラブで三重県桑名市の伊勢桑名城へ行ってきました。桑名城址は本多忠勝が初代・桑名藩主で亡くなった地で、かつての城下町の区割りが現在の町並みに活かされています。また忠勝が亡くなったのも現在の桑名市で墓所もある。だから忠勝ファンも多く訪れる忠勝の聖地ということで、桑名市も観光PRのため忠勝推しです。ところで本多忠勝といえば大河ドラマ・どうする家康の山田裕貴さんが未だにインパクト大です。
愛知、名古屋の城巡りコミュニティで三重県桑名市の伊勢桑名城げゴールデンウィークの城巡りに行ってきました。本多忠勝は初代藩主になった城で、伊勢湾の海水を取り込んだ海城としても有名な城です。これは桑名城本丸があった桑名市九華公園(きゅうかこうえん)の桑名城絵図。正保年間(1644~48)に描かれた絵図の一部です。海水を城内の水堀に取り入れた作りが分かりやすいですね。離れた場所に残る外堀跡本丸部分は公園になっていますが、かつてはもっと広かった桑名城。現在の桑名市相生町