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甘味(かんみ)ではなく甘味(あまみ)と黒門町の桂文楽は言っておりました。もちろん十八番の『明烏』でございます。定期検診をした帰りに、飛鳥山のねき(蛇足注:根際際近く主に上方の方言。膝栗毛「わしゃ天王寺のついねきじゃさかい、連れもうていこわいの」)で商う創業百年「関の甘納豆」で求めました。下段シールのないのは左から「白インゲン」と「サツマイモ」でございます。サツマイモを甘納豆と呼んで良いものかどうかはお任せいたします😁これで濃い宇治があれば思い残すことさらになし❗❗❗(by
1月15日木曜日〜その1(写真)CDブック『完全版八代目桂文楽落語全集』第3集〜「かんしゃく/心眼/船徳」(H10年7月10日小学館)を聴く。
落語家の九代目・桂文楽さんを、趣味の姓名判断で、占ってみました。文楽さんには、障害や苦労に注意。不和や失敗に注意だが、引き立てがある。地位や財産を得るが、欲張り過ぎない事。急変に注意。といった暗示があります。引き続き九代目・桂文楽さんの本名、武井弘一さんを、趣味の姓名判断で、占ってみました。武井さんには、成功するが、苦労や病難に注意。家族縁や家庭運に注意。活躍するが、自我が強い。不和やねたみに注意。といった暗示があります。常盤英文です。皆の幸せを願います。また、どこかで。
八代目桂文楽=1892(明治25)-1971(昭和46)桂文楽(8代目)-Wikipedia―――噺家は噺家らしく、噺家ぶらず……、真打は真打らしく、真打ぶらず……、何でも“らしくぶらず”ですよ……=柳家小満ん著「べけんやわが師、桂文楽」(河出文庫)★写真は「落語研究会八代目桂文樂全集」(TBS)より。撮影:横井洋司。★文楽語録は本日まで。次は、十代目金原亭馬生=1928(昭和3)―1982(昭和57)=です。
八代目桂文楽=1892(明治25)-1971(昭和46)桂文楽(8代目)-Wikipedia―――あたくしはね、仕合せでした。なぜってえと、無器用でしたから。いえ、まったく。世の中にあたしぐらい無器用な人間はいない。だからようござんした。=「CDブック完全版八代目桂文楽落語全集」(小学館)の「桂文楽との別離」(『噂』昭和47年2月号、江國滋)
八代目桂文楽=1892(明治25)-1971(昭和46)桂文楽(8代目)-Wikipedia―――実にどうも、あばらかべっそんなことで《楽屋の師匠連や親しい人たちとの開口一番などに対して》―――おや、どうしたい、円満かい……、アッハハハ、お前さんの、その顔はようがすよ……、あばらかべっそんでげす……―――ええ、もう、バカなべけんやで……《「如何です、この節、ご婦人の方は」の問いかけに応じて》―――何ともはや、べけんやなこって……《お通夜の席などで》★「べけんやわが師、
八代目桂文楽=1892(明治25)-1971(昭和46)桂文楽(8代目)-Wikipedia―――そんなことは天が赦しませんよ―――そんな事はお前、あたしが許しても、天が赦しませんよ★文楽師の小言の名言中の名言。「べけんやわが師、桂文楽」(河出文庫)で著者の柳家小満んは「小言の際の“天が許しませんよ”という言葉も怖いようでいて、何となく嬉しい響きであった。『そんな事はお前、あたしが許しても、天が許しませんよ……』という厳しい調子なのだが、弟子の身としては、天より師匠の方が
八代目桂文楽=1892(明治25)-1971(昭和46)桂文楽(8代目)-Wikipedia―――あたしが時々声を張りあげるのは、講釈の張り扇(釈台を叩くための大型で開かない特製の扇子)と同じことなんですよ。=柳家小満ん著「べけんやわが師、桂文楽」(河出文庫)★この文楽の言を紹介する前段で、小満んは、落語ファンの若い女性が文楽について「『ときどき電車の曲がり角みたいな声を出すのね』と云ったが、確かにお説の通りではあった。」と記している。
八代目桂文楽=1892(明治25)-1971(昭和46)桂文楽(8代目)-Wikipedia―――『素人鰻』の職人が、ガブガブ飲んで、それでだんだん酔ってくる。それを七分か十分以内に、あれだけ酔っ払いを出そうってんですから、計算ずくでいけば、そんなバカな話はないわけでしょ。それでいて、お客が「なるほど」っていうところまでいくには、あァた、五年なり七年なりかかりますよ。(中略)『素人鰻』を習っていたときには、鰻をいっぺんにぎってみなきゃいけないと思って、そいからにぎりましたよ。なか
八代目桂文楽=1892(明治25)-1971(昭和46)桂文楽(8代目)-Wikipedia―――ああいうひとてえものは、さいですな、大正ごろまでの、東京の下町には、たいてい一(ひ)と町内には一人はいましたな。=「八代目桂文楽十八番集」(ビクター伝統文化振興財団)の演目解説(安藤鶴夫)
八代目桂文楽=1892(明治25)-1971(昭和46)桂文楽(8代目)-Wikipedia―――新作も旧作もないんですねえ。とにかくまあ、一生懸命勉強しているってぇことが一番いいんであって、もう、何ですね、だんだん落語でやれないものが多くなってきましたからね。だから若い方は、どうしても新作になりますよね。新作のやっぱりいいものが、結局、代々残ってよきものになるわけなんですかね。=DVD「落語研究会八代目桂文樂全集」(TBS)の「落語協会会長インタビュー」。桂文楽師は落語協会
八代目桂文楽=1892(明治25)-1971(昭和46)桂文楽(8代目)-Wikipedia―――蕎麦は、こんなに(口より)上へ上げて食べるもんじゃァない。(中略)上へ上げんならドンブリも上げなきゃいけないじゃないか。こうやってフーッと吹いたらドンブリも上げるんだ。それをドンブリィ下にあって、こんなに蕎麦ァ上まで上げちゃ駄目じゃないか。それやってごらんよ、食べれるかお前(まい)それでェ?『ときそば』は寒いときに表で食べるんだから、こう食べたら、寒いときに熱いもんを食べりゃァハナミズ
八代目桂文楽=1892(明治25)-1971(昭和46)桂文楽(8代目)-Wikipedia―――羊羹はそんなにいっぺんに口ィ入れないんだよ。羊羹は必ず半分こうやって食べて、あとを食べたら親指をこうやってなめて、こういうように(胸のところで)こするんだよ。親指は羊羹をこうつかんでいるんだから、全部入れたらチョイチョイッとなめて、ちょっとこういうように拭かなくっちゃァ、その感じが出ないんだから。わかったかい?じゃァそれを演(や)ってごらん。………駄目だよ、そのなめかたが。人差し指か
八代目桂文楽=1892(明治25)-1971(昭和46)桂文楽(8代目)-Wikipedia―――(「明烏」で)甘納豆を食べるんでも、口へ入れて食べ終わったら、いっぺん手を払うんだよ。(中略)砂糖を払うんだよ。それから、『やく(厄)払い』の豆は堅い豆だから、これァ口を大きく動(いご)かして、皮が歯にはさまったところでプッて吹くと、豆の堅い感じが出るんだから。=川戸貞吉編「対談落語芸談2」(弘文出版)の「対談雷門福助・川戸貞吉」で、文楽に稽古してもらった雷門福助=1901(明治34
八代目桂文楽=1892(明治25)-1971(昭和46)桂文楽(8代目)-Wikipedia―――お前(まい)、隠居さんの家も八ッつァんの家もおんなじじゃねえか。隠居さんの家は必ず腰を上げて「ごめんください」――腰をちょっと上げて「いますかァ隠居さァん?」。隠居さんは「誰だい?八ッつァんかい?さァお入り」と、これでなかへ入ってくんだ。(中略)で、八ッつァんと熊さんは長屋だから、腰を上げなくてもいいン。「おい、いるけェい?」「上がんねえィ」ッて、これでいいン。こういうことは、きち
八代目桂文楽=1892(明治25)-1971(昭和46)桂文楽(8代目)-Wikipedia―――(落語を)聞かせようなんて了見出しちゃいけないよ。うまい下手なんて、そんなことは後でだれかが言ってくれることだ。―――仲間に褒められたからって一銭も金(カネ)はくれないよ。お客に褒めてもらいなよ。お客は金を出すんだから。=「CDブック完全版八代目桂文楽落語全集」(小学館)の「継いでよかった『桂文楽』」(九代目桂文楽)
八代目桂文楽=1892(明治25)-1971(昭和46)桂文楽(8代目)-Wikipedia―――芸人は売れなきゃ駄目だ。何をやってもいいから世の中へ出ていけ。お前が歌をうたいたいならうたえ。司会をやりたけりゃ司会やれ。芝居やりたかったら芝居やって、世の中へ出て行け。ただ、世の中へ出てったときには、自分が噺家だってことは忘れるなよ。=「CDブック完全版八代目桂文楽落語全集」(小学館)の「継いでよかった『桂文楽』」(九代目桂文楽)
八代目桂文楽=1892(明治25)-1971(昭和46)桂文楽(8代目)-Wikipedia―――おれのまねはするな。人間皆それぞれなんだから、自分に合った噺をしていくんだよ。それを早く探すんだ。それ間違っちゃうと生涯食いっぱぐれるよ。=「CDブック完全版八代目桂文楽落語全集」(小学館)の「継いでよかった『桂文楽』」(九代目桂文楽)―――人と同じことをやってちゃダメなんですよ。=柳家小満ん著「べけんやわが師、桂文楽」(河出文庫)
八代目桂文楽=1892(明治25)-1971(昭和46)桂文楽(8代目)-Wikipedia―――落語というものは、芝居のように、きちんとした台本がありません。むろん、昔の名人の速記本というものは、たくさん残っておりますし、現在活躍しているはなし家の高座を、テープから活字にした本も発売されております。しかし、それらはあくまでも一つの記録にすぎません。実際に、新しく話を仕込む時に、その活字どおり、あるいは昔の師匠の型をそのままうつすというのではなく、やる人の頭で、その時代々々にあうよ
八代目桂文楽=1892(明治25)~1971(昭和46)桂文楽(8代目)-Wikipedia―――私ども永年日本間のお茶屋の味しか存じませんものに、バーとかキャバレーとかカフェーとか銀座あたりのああいうところの気分を、はじめて味わわせて下すったのは、坂入虎四郎先生でございます。(中略)一流二流から三流のカフェーに至るまで、根気好く御案内してくださいました。私などは古典の落語ばかりやるものですが、いくら古典でも、その中でどこか今日の空気にフレていなければ、お客さまには血がかよいません
八代目桂文楽=1892(明治25)-1971(昭和46)桂文楽(8代目)-Wikipedia―――あのね、世の中は色気を離れたらダメですね。(中略)女と関係しなくたっていいんですね。女の肌にさわっているというだけでもいいんですね。それが芸の上にも非常にプラスになります。あたしも、もう体はききませんが、女の子を誘ってごはんを食べに行くとか、どっかに行っても、その土地の芸者衆を呼ぶとか、そういうことをやります。女の子がいなくちゃいけないんです。ご機嫌が悪いんです(笑)。気にいった婦人と
八代目桂文楽=1892(明治25)-1971(昭和46)桂文楽(8代目)-Wikipedia―――バレ噺てえものは、若いものにはできません。助平噺は(頭をなぜて)テカでなくちゃいけません。テカに白髪でなくちゃいけない。世の中に、バレ噺くらいむずかしいものはないんですから。(中略)ナンにしても、バレ噺は若い人には無理ですね。枯れなきゃダメなんですよ。あたしなんざ、もう枯れきって(笑)=「CDブック完全版八代目桂文楽落語全集」(小学館)の「お茶の間放談色ごとも芸のうち」(文藝春秋
八代目桂文楽=1892(明治25)-1971(昭和46)桂文楽(8代目)-Wikipedia―――血どめに煙草の粉を少々いただかして下さいッてえますがね、あの一(ひ)と言で、なんともすうーッとこの話の時代色てえものが出ますですね。あたくしどもは、ちょいと怪我なんかすると、袂くそをこすッとき、なんていわれた頃に育ってきたんですからね。=「桂文楽十八番集」(ビクター伝統文化振興財団)の演目解説(安藤鶴夫)
八代目桂文楽=1971(昭和46)年12月12日、79歳で没桂文楽(8代目)-Wikipedia―――特に演出に苦心したのは、時次郎を仲ノ町の引手茶屋から送り出す所。茶屋の女将の仕草。翌朝、源兵衛と太助が時次郎を起こしに行く所。甘納豆を食べる所など。そして最も楽しく演(や)れる所は、酸いも甘いもかみ分けた父親が、跡取息子があまり堅くては商売上困るし、といって道楽者になってはそれこそ大変だと、あれこれ心配しながらも時次郎を出す所。=矢野誠一著「落語手帖」(講談社)
三代目三遊亭金馬『堪忍袋』より長屋に住む大工の熊五郎夫婦は夫婦げんかが絶えない。今日も「かかァ出ていけ!」「出てったらいいんだろッ!」、「このアマ蹴殺すぞ!」「蹴殺してみやがれ!向こうずね食らいついてやるッ!」と修羅場を展開中。出入り先の旦那が用事で来あわせ、長屋の住人に様子を聞くと今朝からこれで五度目だという。見かねた旦那が仲裁に入り・・・おかみさんへ、「おかみさん、どっちの肩を持つわけじゃないが、お前さんよくないよ。・・・女じゃないよ、ブルドッグだよまるで。女らしくしたらどうだい。『ら
八代目桂文楽=1971(昭和46)年12月12日、79歳で没桂文楽(8代目)-Wikipedia―――どのくらい失敗したかわかりません。どう演(や)っても型にならないンですからねェ、一度やめちゃったんです。船をこぐ型、船宿のお女将の姿が本寸法になってなきゃァ出来ないんですよ。待ち合いや料理屋のお女将とおなじようになってはいけないン。=「落語研究会八代目桂文樂全集」(TBS)の演目解説(川戸貞吉)より
八代目桂文楽=1971(昭和46)年12月12日、79歳で没桂文楽(8代目)-Wikipedia―--小言ってものはね、いちいち云ってたんではダメ。小言の種をためといてから、一番小さなことで、短く、大きく叱るんです。するとね、この人にはこんなとこまで見抜かれていたのかと思ってね……。これもみんな五代目の師匠〔注・柳亭左楽〕の教えですよ=柳家小満ん著「べけんやわが師、桂文楽」(河出文庫)より
八代目桂文楽=1971(昭和46)年12月12日、79歳で没桂文楽(8代目)-Wikipedia―--画でもそうだろ、牡丹と獅子と両方描いちゃっちゃダメなんですよ。どっちかを主にして、片っぽは添えにする、それでないと噺は生きてきませんよ=柳家小満ん著「べけんやわが師、桂文楽」(河出文庫)より
八代目桂文楽=1971(昭和46)年12月12日、79歳で没桂文楽(8代目)-Wikipedia―--昔はね、噺は三度笑わせればそれでいいと云われてね、笑いを三ヵ所に絞るということなんだが、こりゃぁなかなかできないことでね……=八代目桂文楽(「べけんやわが師、桂文楽」柳家小満ん著、河出文庫より)
四万六千日(しまんろくせんにち)お暑い盛りでございますこれは黒門町の師匠(八代目桂文楽)が、舟遊びの落語「船徳(ふなとく)」で語った、短い言葉で夏の暑さを表現した名フレーズです。場面展開のシーンで「四万六千日。お暑い盛りでございます」と語る。こんなに短い言葉で一瞬に真夏の暑い状況を客に伝える。文楽が工夫して考え出した言葉です。落語家はバカにはできないんです。真剣に考えて、考えて、考え抜いて、よしこれだと云うフレーズが出来た時に、初めて高座に掛けて演じるんです。それが八代目桂文楽大