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基本的に毎週月曜日の夜に吉祥寺拙宅と近所の公園で、柳生心眼流の稽古研究会と称して練習している。かれこれ一年ぐらい練習につきあってくださっている方がいて、人付き合いとか人集めとかいうのがずば抜けて苦手な私は大変助かっている。おかげでこの一年でいろんなことがわかった。そもそも他系心眼流の方であり、異端の罪は異教より重しというくらいだからどうなるかと思っていたのだけれど、幸いお互いに着地点を見つけたようでなんとなくうまくいっている。と私は思っている。先日太極拳の師範がいらっしゃってくださった
柳生心眼流兵術甲冑柔小具足取というのが流儀の正式な名称になるか。兵法というのは構えのことであり兵術などという名乗りは他に聞かない。もちろん私の無知かもしれないが、それにしても兵の術とは?甲冑柔って?やっぱり拳法のことか?小具足取?兜や甲冑を脱いだ状態のことか?持っている得物は鎧通しのみという設定か?いずれにせよこの流儀が合戦という状況を想定していたのは間違いない。剣術の形は何本か伝わっているが、これは主に首坐流を元にした形だと聞いている。抜刀の形もあるがこれは刀という道具を知るた
柳生心眼流には山勢巌(ヤマセイガン)と称する構えがある。各派によってバラバラだが現在私が取っている山勢巌は、左半身なら左手は前へ右手は後ろに伸ばし、両肘を大きく曲げて左拳は概ね額の前、右肘は右胸の前にくる。両肘はほぼ一直線になる。初めに習う表ヶ条の形において、下から振り上げるタテ肘の肘打ちとしてこの形が使われる。これがどうしてもうまく打てない。既に35年も繰り返しているというのに。一般的にタテ肘で下から打ち上げるときは、もっと強く肘を畳んで、左肘の場合は左拳が左耳の辺りまで振り上
柳生心眼流にも蹴りはある。最初に学ぶ表ヶ条にも蹴りのようなものはあるが、あれは蹴りというより運足だ。蹴りはさらに上位の形である目録ヶ条で出てくる。目録ヶ条は一手七本で二手よりなるが蹴りは二手目だ。ここに至るまでに、表ヶ条、中極意ヶ条、落ヶ条、切ヶ条、切紙ヶ条と学んで目録ヶ条なので、きちんと体に入っていれば立つということに関しては概ね終了しているはずだ。重心はやや前方になり、踵からは体重は抜け母指球と少しその内側辺りに体重は乗っている。この立ち方ができているのが前提になる。基本的に左
フリーで働いている新しい生徒さんに、なんかうちに来る生徒さんはフリーの人が多い気がすると話すと、そんな感じがしますねとお返事をいただいて笑った。もちろんお勤めの方もおられる。どうもその業界で寡占に近いんじゃないかと思われる企業に勤めておられる方と、官公庁に勤務しておられる生徒さんがかなり長く続けてくださっている。おもしろいことに、ふたりとも出世する気が全くない。(笑)以前誰でも知っている上場企業に長年勤め、本人の言葉を借りれば「そこそこ出世して」早期退職してヨガや瞑想を学びだしたと
最近こういう動画を見つけて、大変参考にさせていただいている。-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be無断で借用させていただいて恐縮です。ご寛恕いただけますと幸いです。座波流と名乗っておられるのは座波仁吉先生のお弟子さんということだろう。ご自身の没後もこういうお弟子さんが成長されておられるというのは、指導者としての座波先生の高さの証だ。うらやましい。
dondrupさんがこんなことを書いてくれたので、少し付記しておきたい。元々私がクンダリーニヨガの練習を始めたのは、長年稽古してきていた柳生心眼流と身体の在り方に共通のものを見出したからに他ならない。それは専ら横隔膜の問題に関わる。横隔膜はドーム状でドーナツ形をしていて、その脊柱寄りの部分が姿勢の維持のために緊張している。この緊張をどうやって抜くか。心眼流は胴体の回旋と側屈を激しく繰り返すことでここに対処する。形で言えば、切、切紙、皆伝の形がここに相当する。クンダリーニヨガ
夏の鎌倉散策の楽しみ方ですが、寺社巡りだけだと体力の消耗が激しいのでテキトーに切り上げて街散策が良いですね。という事でボクたち夫婦も、寿福寺・英勝寺・浄光明寺の三寺院で寺社巡りは終わりにしました。鎌倉駅まで戻ってきて今日こそカフェ・ロンディーノと意気込んだのですが、なんと臨時休業でした。コロナが終わってから、一度も入店出来てません。く~次こそは、、、仕方ないので、西口の商店街を彷徨いました。と、軒下にツバメの巣。もうすぐ巣立ちかな。いつものキビヤベ
私は中国拳法を学んだことは一度もない。体験入門的なものと見学は何回かしたことはあるが。あとはクンダリーニヨガの生徒さんが以前師事していた方のところの槍のセミナーに、一回だけ参加したことがある。ただ入会して学んだということは一度もない。世代的に溯って言うなら「拳児」とかいう漫画の影響で八極拳という拳法が流行っていたことがあった。「少林寺」という映画が上映され、かなり話題になっていた時期もあった。「はあ~はっはっ!」とかいう気合が流行っていた気がする。松田隆智氏が中国拳法に関する本
心眼流の稽古の相手がようやくひとりできて大変助かっている。最大の苦悩の種といってよかった皆伝の形の3本目がおおよそ理解できた。結局私のあの愚かしい師匠が、ちゃんと見ていなかったということに尽きると思われる。今ならあの愚か者にやってみせてやりたい。「あ、そういうふうにやっとった}「あ、そういうふうに言うとった」まだ師匠についていた頃、私がやることやいうことを前に先師の動きや言葉を思い出し、よくこんな言葉をつぶやいていた。自分の弟子を見て先師を思い出すという愚か者。それは
つい2週間ほど前にこんなことを書いた。稽古の相手を務めてくださる方は、ありがたいことに見限ることなく私のところに通ってくださっている。感謝。昨日3回目の稽古をした。私の最大のテーマはリブログした中にある通り、皆伝の形の3本目にある。こちらの片胸を取っている相手の右腕の前腕手首の下辺りを肘を畳んだこちらの左手で掴み、こちらの左肘を相手の肘か上腕に乗せ、下に潰すようにして倒す。しかしこの形には後半と呼べる部分があり、それは相手をお辞儀をさせるようにして前へ倒し、自分の体を入れ替え
先代、私の師匠を先代というなら先々代になるのだが、そのいうところによると。「片手に二俵づつの米俵を両手に持ち、肩の高さまで腕を引き上げる。それぐらいの力がないと柔術の技なんてかからん」「武術の力は術の力であって、馬鹿力、糞力の類いではない」「柔術の受けというものは自分からパターンと倒れるぐらいでちょうどいい」この三つがひとりの人間の口から出たというのだ。この三つが矛盾しない世界に先々代は生きていたということか。ちなみに米俵は一俵60キロらしいので全部で240キロ。
相変わらず金がないので、夜中にトラックの運転をしていくらかの金を稼いでいる。帰社の途中、高速道路のサービスエリアに寄る癖がついている。まっすぐ帰れば早いのだけれど、どうしても一息つきたい。トラックの運転台から降りるときに、胸の上の方が体の内側に引き込まれてくるような感触があって、地面に降りると同時にむせた。胸に圧迫感を感じてせき込んだ。背中を丸めようとして「いてて」と呻き、体を起こそうとしてまた呻いた。痛みの元が胸骨にあるというのはわかった。この2年半、ここを動かす練習を重ねて
⭐️プレオープン①11/29〜12/17🔸施術料通常7,000円のところお試しで半額の3,500円⭐️プレオープン②12/19〜12/24🔸施術料3,500➕2,000(初診料)円※①②とも営業時間は9:30〜13:00受付時間は9:00〜12:00※プレオープン中は水曜日がお休み(土日祝日もやってます✌️)💐グランドオープン以降は施術料、営業時間が変わります☝️⭐️グランドオープン1
私が稽古している柳生心眼流の切紙の形と目録の形は、それぞれ一手七本二手よりなる。切紙の二手目は左半身に立った場合、左腕を腹の前に構え前方に振り出して手の甲の部分で腹を打つ。切紙のひとつ手前の切の形がわかれば、みぞおちの高さつまり横隔膜の高さで体を捻るということがわかってくるので、右に捻った体を左に捻り返すことで打撃力が出せるというのはわかる。目録の二手目は同じく左半身で立った場合、前足つまり左足の裏の母指球で腹を蹴る。目録の一本目の形がわかれば母指球に体重を乗せて立つようになる。
柳生心眼流に切紙の形というのがある。左半身に立って振り上げた左の手刀を振り落とす。振り落とす左手刀で、掴んできた、または打ってきた相手の腕を打ち落とす。同時に右手も手刀にして右耳の高さに振り上げる。これが切紙の形の前半部分で要するに手刀を振り落とすだけだ。単純明快。私の師匠は木を見て森を見ない人間だった。いや、葉っぱを見て木を見ないし、葉っぱの先っちょを見て葉っぱ全体を見ないような人間だった。切紙の形はあの男の頭の中では、なんでもいいから手刀で相手の手を叩き落とせ
ある人が私に話したことなのだけれど。この人物の知人の女性がインドにいるある有名な大聖人と称される人物のところに、かれこれ20年行ったり来たりを繰り返しているらしい。20年目のあるとき、この人は大聖人に、自分はどうすればいいのか?と泣きながらたずねたのだとか。この先どうすれば?なのか、この状況をどうすれば?なのか。いずれにせよ20年の結果がそれか、と思うと憂鬱になり毒のひとつも吐きかけたのだけど、「あの人はあれで報われてるんだあああ!」とこの女性の話をしてくれた”ある人”は罵声を張
今月の月刊秘伝にて知る。島津兼治先生と言えば、柳生心眼流を修める武術家ですが、私のような月刊秘伝読者としては、日本武術史に詳しい研究家の大先生の1人という認識でもあります。生涯をかけて自分の学ぶ流派を極める武術の大先生は多く居れど、【武術史】を研究している方はそんなに多くない。年齢を考えると驚きはしませんが、また一人、武術研究家がこの世を去ったことになります。さて、私が島津兼治という存在を知ったのは、週刊少年ジャンプにて連載されていた『真島くんすっとばす!』が最初です。にわのまこと先
こんな動画を見た。ボクシングの元ヘビー級チャンピオンマイクタイソンの半生記。【マイク・タイソン】“地上最凶の生物”人生の大半を悪魔と過ごした男の壮絶な物語一晩で23人を抱く狂った性欲1回の買い物は30億円!?抜け出せない快楽生活...No.7000:00OP01:23不良少年の覚醒04:51恩師との出会い10:37最高の教え14:26死別と偉業23:01狂気の性欲29:40堕ちてゆく王者36:22世紀の大番狂わせ41:19復活の予兆45:08レイプ事件の真相4
昨日何人かの生徒さんに話したことを再録しておきます。こういうことの学び方は、つまり私のところだとクンダリーニヨガや柳生心眼流のことだけど、練習している内容と習得する内容は直接的にイコールではないということ。キルタンクリヤはSaTaNaMaのチャンティングと一緒にムードラをギヤンムードラからシュニムードラ、スーリヤムードラ、ブッディムードラへと変えながら、頭の中にサハスラーラチャクラとアジュニーチャクラを結ぶL字形の線を引く。やることはそれだけなのだけれど、功が積もればL字と一緒に眼
バガヴァッド・ギーターというのは主人公アルジュナが戦いにのぞんで、敵軍に身内や友人や師の存在を知り、悲嘆のあまり崩れ落ちるところから始まる。「アルジュナはそこに、父親、祖父、師、叔父、兄弟、息子、孫、友人たちが立っているのを見た。更に、義父、親友たちを見た。両軍の間に…。」「クリシュナよ、戦おうとして立ち並ぶこれらの親族を見て、私の四肢は沈みこみ、口は干涸び、私の身体は総毛立つ。ガンディーヴァ弓は手から落ち、皮膚は焼かれるようだ。私は立っていることができない。私の心はさまようかのよう
心眼流得物の稽古会は、ヨガのクラスに参加してくれている方お二人からお申し出をいただいて、少々指導を試みている。心眼流は本来、表、中極意、落、切、切紙、目録、甲冑、小具足、皆伝の形を通じて身体を作る。元より心眼流は剣術居合の流儀ではないから、得物はある程度体を作ってからで十分だ。それを全部すっとばして挑戦するのだから、教える方も習う方も四苦八苦している。もっとも得物の稽古会ではまずは楽しむことで良しとしているので、四苦八苦しながらも楽しければそれでよし。形はとりあえず坐居合の形を
合祀碑のある白鬚神社に行くには仙台から石巻に向かわなくてはならない。昨夜駅で調べておいたので、8時20分発の快速電車に乗り込んだ。石巻駅からバスでイオンモール石巻に向かい、そこで乗り換えて神社のある桃生町行きに乗り換える。ところがGoogleマップの乗り換え案内を見ていても今ひとつ要領を得ない。石巻駅に着くのが10時なのに桃生町に着くのが15時とか表示される。何のことだろうと思っていたのだけど、イオンモール石巻のバス停で時刻表を見ていて気がついた。桃生町は相当に辺鄙なとこだと見えて、
今仙台にいる。免停中ずいぶん優雅だなというちくちくした言葉も聞こえてきそうな気がするが、こういうときしか時間が自由にとれない。ちなみに免停講習に出て免停期間は30日となった。来月6日から出社できると会社にメールを送ったら、ではよろしくと返信が即座に来た。10日ぐらいまでは予定が決まっているからそれ以降にしてくれとか言ってくるかと思っていたのだけど相変わらず全く余裕がない。柳生心眼流は仙台藩に伝承された流儀なのでここはいつか来なくてはならないところだった。やっと宿願がかなった。朝の8
一昨日2019年の映画「ジョーカー」を見た。ジョーカーというのはバットマンの敵役だそうで、別にアメリカンヒーローとかアメコミに興味はないのでスルーしていた。それが見てみるとおもしろい映画で、驚かされたのはテーマが格差社会にあったということ。見ていない方にネタバレするとまずいので内容は書かないけれど見て損はない。ていうより見た方がいい。今現在の日本では見ておいたほうがいい。かなり重い映画だということは指摘しておくけど。なんで今頃ジョーカーを見たのかというと、鈴木エイト著「山上徹也
頭頂部から頭上に向かって放つ。これがどれほど重要なことかということがわかってきたので。少しメニューに手を入れたいと思う。これまで8回1セットのメニューを維持してきた。クラスを始めた頃も今も、何より重視しているのは身体性だ。そこからメニューを組み立てた。加えて1回2000円8回1セットならとりあえず16000円でひととおりできる。交通費をいれて20000円ぐらいなら、まともに働いていれば大体誰でもなんとかなるだろうとも考えた。しかし私自身が頭頂部から気とかプラーナとかい
同じことを何回もかくので恐縮ではあるけれど、自分の中での整理も兼ねてまた書く。少し前にラヤヨガメディテーションの練習で、私は頭頂部のサハスラーラチャクラから何かが頭上に抜けていくのを感じ取った。それははっきり自分でわかった。何かが頭の中から頭上に抜けていった。そのとき不思議な多幸感を感じていた。同時にアジュニーチャクラに視線を据えるという感覚に変化が生じた。目を開けて前を見たまま同じことができる。またアジュニーチャクラに視線を据えるということが心の動揺を抑えることになると直感的
かなり前のことだけど、造園業を経営なさっておられる方の奥様からお伺いした話。元々はその造園業者のお嬢様なのだけれど、ご結婚後奥様おかみさんの地位につくことになられたらしい。バブルが始まる前は実家で家屋兼業で経営なされておられたのだそうな。それがバブルの発生と共に営業所がだんだんと増えていった。最盛期は都内に6カ所の営業所を持ったとおっしゃっておられた。やや自慢が鼻についていたか。しかしバブルの崩壊と同時にだんだんとその営業所を畳んでいかれた。そしてバブルが完全に消え去って、気がつい
60日の免許停止処分を食った。くそいまいましい。7月のある日の夕方、仕事を終えて帰社の途中。左端を走っていた2台の自転車を追い抜いた。前方に交差点があり、交差点の中で自転車と絡むのは嫌なのでこの2台を追い抜いた。もちろん接触を避けるためにセンターラインいっぱいまで車を右に寄せた。車はワンボックスだったから左端に充分なスペースはあった。路面の左端には自転車の絵が描かれている。対向車線には右折車線があり、その車線は大きくこちらの車線に飛び出している。センターラインに沿って走
私のクラスに来たスピ系第1号の女性。年は当時42才という話だったか。童顔の部類に入る顔立ちだったから少し若く見えたのは事実。「お若く見えますね」というと喜色満面になって喜んでいる。大概の男性はそうだと思うけど、こういうセリフはお世辞半分で口にする。また老けてみえますねえええ、とは思ってても言わないのは当然である。それが練習に来ると頻繁に「若く見られる、若く見られる」と勝ち誇って自慢するのでいいかげん面倒くさくなって、「大体40かそこいらに見えますよ」と答えたら烈火の如くに怒