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試行錯誤#宅ろう所太陽と月#稼働率80パー越えの道令和6年度も#柏崎消防の皆様、約95名に手話学習会を提供致しました。昨年度より更にグレードアップして#救急でつかえる手話にフォーカスして学習を進めました。終了者からのアンケートでは、・良い学びになった反面、手話は予想以上に難しかった・災害で使える手話が使えるようになりたいなどの生の声を頂き、今後も手話学習を続けていくかについても含めて、話し合いを重ねています。私たちとっては、ろう難聴の高齢者が安心して暮らしていくた
1月4日13時に被災地に向けて出発した柏崎DMAT、2日間のミッションを終えて昨日、1月6日23時40分、帰柏しました。私は後方支援。せめて「お帰りなさい」くらい言おうと思って帰還を迎えに病院へ。DMAT救急車と柏崎消防の指令車、深夜に病院に戻ってきました。お帰りなさい、お疲れ様。消防の2人も、お疲れ様。現地には行かなかった私、荷物を下ろす作業くらいは手伝わないと。小雨。ちょっと寒い。私と同じく後方支援組となった行D師長も、帰還したDMAT隊員たちを出迎えて労を労いました。DMAT
元旦の発災。令和6年能登半島地震。昨日1月4日13時。柏崎DMATは石川県に向けて出発しました。私自身は柏崎に留まって後方支援ですけど。即席のクロノロ、出発までの時系列、残しておきます。2024/01/0316:13新潟DMATへの派遣要請メールを受信。発災2日後の派遣要請。私は??ダメだ、4、5の木金、仕事を抜けられない。6、7の土日も代理の立てられない予定がある。さあどうする、柏崎DMATグループLINEで協議。19:30柏崎DMAT出動の方向で調整。出動医師は
1月8日(土)柏崎消防の出初め式。午前10時からの「車両分列行進・一斉放水」を見に行きました。冬は外出が減りがちな新潟、柏崎。こいつらのスイッチが入る貴重なイベントです↓同じくらいの子供連れがたくさん。空には消防のドローン。桜井市長の挨拶から始まって消防車両の行進、各車両の紹介。男の子は好きだよね「はたらくくるま」。お出かけ嫌がってたくせにこの笑顔。場所を移動して…一斉放水水をかぶって逃げまどう人々。私も双子も逃げまどいました(笑)【教訓】一斉放水は風上で観
その3は自宅と病院の移動の話です。3号のお試しレスパイト入院は月曜の10〜15時。私は病院で仕事です。だけどママひとりで3号乗せてわんさかオマケも載せたベビーカーと荷物全部を運ぶのは無理。助っ人を「柏崎ポーターズ」にお願いしました。柏崎ポーターズは「高齢者、障がい者のための5分100円の御用聞き&介護タクシー」です。写真左の白いパーカーがポーターズ代表の小池勝己さん、お試しレスパイト前日の日曜に自宅まで来てくれました。車に双子用ベビーカーと「オマケ」たちが全部載るか、どう載せればい
中学校の医師講話前半、DMATの話はやっと完結します。長っ!(笑)苫小牧まではすんなり移動。苫小牧市立病院内にDMAT本部がありました。消防とコラボしている柏崎DMATの強み。消防スタッフが現地の消防に問い合わせて現地までの安全なルート情報をゲット。震源地に近づくにつれて道路のアスファルトが歪んでいたり倒壊家屋が目立ってきます。診療所に到着。所長の先生を探さないといけません。あ、いた。ライフライン、医療ニーズの情報収集。入院患者や住人は落ち着いている。ただ穂別町の住民の1割が避難所
講話は「中越沖地震の話」から「柏崎DMATの話」に進みます。*中越沖、本当は関係者のいろんなドラマ、災害急性期を超えた後のエピソードや後日談、もっともっとあるんだけど講話用に切り取って凝縮しました。被災の影響は薄れ日常が戻ってきましたが…月日が流れる中でどうしても記憶は薄れていくものですが、被災のあとからずっと思っていたこと「助けられたままでいいのか?受けた恩を返さなくていいのか?」震災から5年もかかりましたが、厚労省が「災害拠点病院はDMATを持つこと」という指針を出したことが
交通事故の重傷者は運転席と助手席の親子。柏崎消防の救急隊とDMATが事故車両からの救出に向かう。助手席にいた娘はDMATがトリアージ、頭から出血している。ぐったりしつつも「お父さんは?お父さんは大丈夫なの?」運転席にいた父を心配している。「お父さんは大丈夫。安心して。」DMATは救急隊に救急車への搬入を指示。運転席に閉じ込められた父親も救出。DMATがトリアージ。腹部骨盤外傷と右大腿骨の開放骨折だ。失血による外傷性ショックのリスク、ドクターヘリで救命センターに運ぶ必要がある。ヘリが近
10月19日(土)病院祭。2年ぶりに企画したドクターヘリイベントでした。2年前と同様、ドクターヘリを絡めた搬送訓練とドクターヘリ紹介、搭乗体験という流れで企画しましたが…2年前とまったく同じにはしたくない。一昨年のシナリオにもう少し肉付けをしました。2年前と比較したリアルな変化は、柏崎消防との連携協定からDMAT救急車が誕生したこと、DMAT隊員が増えたことです。シナリオに消防による事故車両からの傷病者救出、DMATのトリアージ、初療を足すことによって、ドクターヘリだけでなくDMAT
10月19日(土)当院の病院祭。今年は2年ぶりにドクターヘリイベントを予定してます。今回はこのイベント企画の裏側についてのお話です。2年前の2017年にやった時、何もかも初めてで準備はかなーり大変でした。企画の発端はドクターヘリ症例検討会の後の懇親会(飲み会)。まだ運行開始したばかりだった長岡ドクターヘリ。運行スタッフと話をしていて…つよ「今年のうちの病院祭、病院開設80周年だそうで、何か目玉企画が欲しいと言っていて…。ドクヘリが病院祭に飛んでくるとか、無理ですかねぇ?」スタッ
来週、10月19日(土)、うちの病院は病院祭。病院を市民に開放してさまざまなイベントが開催されるんですが、今年はドクターヘリイベントやります2017年のドクターヘリイベント、フライトドクター(私)がヘリの解説中↑2年前の病院祭では、長岡ドクターヘリが参加、訓練や搭乗体験を企画実行して大好評でした。都合で来場できなかった人、終わった後から噂を聞いてドクヘリが来たのを知った人、病院祭の他のブースを担当していてヘリを見られなかった職員、たくさんの人から「次の病院祭でまたやって!」とリクエス
6月18日(火)22:22山形県沖で地震、新潟で震度6強。DMAT待機基準で自動待機。6月19日(水)01:14DMAT派遣要請。病院に参集、消防に連絡。03:40柏崎DMAT出動。白車と赤車に医師1看護師1ロジ2消防2の6名。06:28村上総合病院到着DMAT本部へ被災状況、避難所の情報収集。傷病者や避難者が少なければ状況確認して解散?ならいいけど…。待機中です。
9月10日の朝は北海道から新潟に戻るフェリーの中、海の上です。9月9日19:30苫小牧発、秋田経由で10日15:30新潟着の新日本海フェリー。20時間は長い!活動を終えて、もう特別DMATのミッションもないので7人で振り返りのミーティングをしました。ちょっとだけ…と思ったら課題、反省点、検討項目などなど箇条書きにして50以上。2時間以上かけて反省会的な。でも50以上もの「気づき」があった貴重な出動経験だったということです。持ち帰って対策、検討、改善していきます。ミーティングも終わ
9月9日、我々柏崎DMATが北海道入りして3日目です。08:00苫小牧DMAT本部の全体ミーティング。ミーティングの中身を要約すると、苫小牧は避難所の数はあるが医療ニーズは少ない。DMATチームは平取に合計5チームを投入して、あとは本部機能の維持に当てる。余ったチームは待機。避難所は集約しつつあり、保健所に業務移譲していく。昼頃のミーティングのあと苫小牧はDMAT本部撤収に向かう方針。とのこと。ミーティングのあと、統括リーダーが各DMATから隊長だけを集めて任務の割り振りを決め
取り急ぎアップ。明日の朝NHKローカルで柏崎DMAT帰還の話題が放送されます。20時間フェリーに乗って北海道から新潟へ。そして柏崎に戻ると、急遽?企画された「DMAT任務終了報告会」が。集まった病院、消防関係者の前で、北海道でのDMAT活動を報告しました。院長と消防長が労いの言葉。そして、いくつかテレビ局(NHK、NST、UX)も新聞社(新潟日報、柏崎日報)も来てくれていてインタビュー受けました。取材受けるほど立派な活動はしてないんだけど…(^_^;)と言うこ
2018年9月6日(木)未明0308北海道に地震発災0351DMAT事務局から待機要請のメールを受信しました。ん?テレビを付ける。北海道で地震だ。震度6強(のちに最大震度7と判明)。0430EMIS(災害医療情報システム)に取り敢えず自分だけ「準備中」とDMAT登録しました。当院DMATのグループラインで「準備、待機可能なメンバーは登録を」と呼びかけ。皆まだ寝てるよな〜。ま、テレビで見る限り震度6強で今の被災状況のままなら新潟にまでは出動要請はないはず。0700ち
JA柏崎の月間広報誌「もっと!JA」1月号で柏崎DMATを紹介しました。そのときから「次はDMAT救急車のことを書いてください。」と依頼されていて、3月号に第2弾、寄稿しました。かな〜り削ぎ落として本文381文字。伝えたいことを全部盛り込んで、医療関係者じゃない人にもわかりやすく、少ない文字数で簡潔に、って長文書くより難しいですね。患者さんへの病状説明と同様です…精進すべし…( ̄▽ ̄;)リンクDMAT紹介〜もっと!JA〜(つよぽんの避難所)JA柏崎ホームページ広報誌「もっ
12月7日のDMAT救急車譲渡式は1.開会、出席者紹介(病院総務課長)2.桜井柏崎市長の挨拶3.消防長の挨拶4.藤原病院長の挨拶5.レプリカキーの贈呈6.DMAT隊長の救急車解説7.閉会の挨拶(病院事務長)の順に粛々と進みました。1〜5は報告①の柏崎日報記事を参照。ということで…ここは私の個人ブログですし、今日のエントリーは、譲渡式での「DMAT隊長つよぽんの救急車解説」です。事前の原稿作成、この式典で伝えたいことを溢れるまま書いたら2200字。長い…と
12月7日(木)AM10:30〜。晴れたら病院駐車場で実車を前にして開催、雨なら7階の講堂で、スライドで車両を映して開催。ということになってました。月曜の時点の天気予報では…木曜は雨。その前後も雨。式典の日程を逆算して、せっかくデザイン決めて、外装の仕上げも間に合わせて、実車も来たのに、写真を映すだけでお茶濁して屋内でやるのは嫌だな。でも来賓のスケジュールも含めて式の日にちは変更不可。うーん。そして迎えた当日。奇跡的に…木曜だけド快晴っ!(・∀・)v翌日、金曜日の
病院祭ドクターヘリイベントの後半です。大根役者のリアルフライトドクター(FD)、フライトナース(FN)、そしてDMAT、救急隊、病院医師も総動員した訓練は無事終了。訓練終了のアナウンスのあと、病院スタッフが安全確保のコーンの位置を変更。見学の人たちに近づいてもらいます。この日のドクヘリ搭乗スタッフは…・FD1:私(ただのおっさん、残念ながらやまPではないw)・FD2:FD研修中、ドクターG出演歴のある可憐な若手女医・FN:年齢不詳美女ナース、実は救命センターの切れ者看護師長