ブログ記事30件
宇宙人はいると思う?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう宇宙人。いないわけはないですよね。太陽系すらまだ全然探索しきれていない。ましてや銀河系、さらに大宇宙。地球に生命体がいるつーことは、この広い大宇宙にいる可能性は大アリ。推して知るべしなんだが、斯くなる思考回路はそこはかとなく「科学」に毒されて(?)いるのかもしれません。と、申しますのも。以前書いたように中坊時代、理系大好きの友人がいまして。ブルーバックスを佳くする。彼が言うに、「科学とい
学生時代は、右翼の学生だった。日学同の集会に参加をした。大東亜戦争肯定論の林房雄の本や、生長の家の谷口雅春総裁の復元憲法改正論、三島由紀夫の反革命宣言、文化防衛論を読んだ。徳富蘇峰の近世日本国民史を全巻購入。学生時代は、右翼の学生だった。日学同の集会に参加をした。大東亜戦争肯定論の林房雄の本や、生長の家の谷口雅春総裁の復元憲法改正論、三島由紀夫の反革命宣言、文化防衛論を読んだ。徳富蘇峰の近世日本国民史を全巻購入。さらに、財務省のパペット、メディアに媚び、ワイドショーに左右されている。即刻
8月になると、テレビは、くまなく大東亞戦争は侵略戦争で懺悔の報道をしかしない。大東亞戦争は、世界史的には日本は自存自衛の戦争であり、東亞の解放の戦争である。原爆ドームの中央の石室には原爆死没者名簿が納付。その石棺の正面にある。「安らかに眠って下さい過ちは繰返しませぬから」と刻まれている。この碑文は削除すべきである。作家林房雄は、この碑文に激怒をした。終戦の日が近づくと、鶴田浩二の同期の桜を聴く。
この40巻では、林房雄・武田麟太郎・島木健作の三氏の作品集です。日本の文学〈40〉林房雄,武田麟太郎,島木健作(1974年)(アイボリーバックス)Amazon(アマゾン)7,000〜7,004円
《これが内村鑑三の言う「東方(→東邦)経略」であり、勝海舟、福沢諭吉、岡倉天心、頭山満、内田良平の理想ともつながり、後に石原莞爾(いしわら・かんじ)の「東亜連盟論」を呼びおこした。大東亜戦争に敗れたりとは言え、日本国民の健闘が人類最大の罪悪である植民地主義に止めを刺したことは、戦後の歴史の示すとおりであり、今は何人も否定できない》(林房雄『大西郷遺訓』(新人物往来社)、p.61)が、亜細亜から欧米帝国主義を追い出したのは、偏(ひとえ)に日本の奮闘によるものであって、東亜連合によるものではな
《当時の西郷が考えた「国家の大業」とは、まず日本の統一を完成して、独立国家として、欧米諸国の侵略(植民地化の野望)に対抗できる実力を養うことであった》(林房雄『大西郷遺訓』(新人物往来社)、p.61)おそらく明治維新に関わった人達は同じ認識だったのであろう。《幕末から大東亜戦争までという、90年ほどの歴史の時間をとってみますと、その内答というか、その道筋は、言ってみれば攘夷戦争というのが一貫して流れる一つのテーマであったろうと考えております。つまり外国を打ち払うということです。幕末か
《世評は日々に変る。それを気にしていては、自分の天職に心をうちこんで最善をつくすことはできない。天は動かず、変らない。日々のお天気は変っても、「天行健なり」で、変化そのものが不動なのである。天行の不動を信じることができれば、心も不動になる》(林房雄『大西郷遺訓』(新人物往来社)、p.54)が、「天」とは何か。それは、古代シナの思想家が架空した絶対善の世界であって、現実と乖離(かいり)した世界である。現実を踏まえぬ正義論に惑溺(わくでき)してしまっては、現実と衝突せざるを得なくなる。また、「
宣長没後の門人、平田篤胤(ひらた・あつたね)は自分の学風を古道学と称した。「儒仏の道、いまだ御国へ渡り来らざる以前の純粋なる古えの意と古えの言をくらべて、天地の始めよりの事実を、すなおに説き考え、その事実の上に真の道はそなわってあることを、明らむる学問である故に、古道学と申すでござる」(「古道大意」)。平田学を国学の異端と見る人もあるが、私の知るかぎりでは、篤胤は多くの点で師宣長の説を正しくうけついだ宣長正統派である》(林房雄『大西郷遺訓』(新人物往来社)、p.48)此方(こなた)の學風
ここ3年ほど、出版や裁判で、疲労困憊で唯一の気分転換である、釣りにも、まともに行けなかった。若干の燃え尽き症候群解消の為に、釣りへ…心のリハビリ…永の円安で、アメリカからルアーを買う気も失せてしまい、何を血迷ったか、去年の冬、ヤフオクで釣りキチ三平のネズミスプーンを購入。このスプーンの詳細は、コチラで。泳いでいるシーンのバックミュージックのセンスは、私、ムリですが…笑(ちなみに、永年ルアーに関わっている私が言いますが、問題は「すうたいの大きさや重さ」ではありません、また、0:21の
《本居宣長は「学問して道を知らむとならば、まず漢意(からごころ)を清くのぞき去るべし」とくりかえし説いた。理知を偏重し、道徳的批判を好む儒学の道々しさと、禁欲をすすめ、人の真心(まごころ)(篤胤はこれを本情といった)を曲げて人の世を住みにくくする仏教をしりぞけた》(林房雄『大西郷遺訓』(新人物往来社)、p.49)學問して道を知らんとならば、まづ漢意を清く除き去るべし。漠意の清く除こらぬ程は、いかに古書を讀みても考へても、古の意は知り難く、古の心を知らでは、意は知り難きわざになんありける。―
24道は天地自然の物にして、人は之を行ふものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給ふゆゑ、我を愛する心を以て人を愛する也。(道というものは天地自然のものであって、人はこれにのっとっているものであるから天を敬うことを目的とすべきである。天は他人をも自分をも平等に愛したまうから、自分を愛する心をもって人を愛することが肝要である)―渡部昇一『「南洲翁遺訓」を読む』(致知出版社)、p.166まず蛇足であるが、「平等」という言葉は、優れて抽象的なものであるから、具体的なものにこ
21道は天地自然の道なるゆゑ、講学の道は敬天愛人を目的とし、身を修するに克己を以て終始せよ。己に克つの極功(きょくごう)は「母レ意呼レ必母レ固母レ我」(論語)と云ヘり。(道というものは、天地自然の道であるから、学問を講ずるという道は「敬天愛人」を目的として、身を修めるには己に克つ(すなわち自分の欲望を抑える)ことと思って終始しなさい。そして、己に克つことの真の到達点は論語にあるように、「わがままをしない、無理押しをしない、固執しない、我をとおさない」ということである)中村敬宇は、『敬天愛
子謂子夏曰。女為君子儒。無為小人儒。【雍也第六】(子、子夏に謂つて曰く、女は君子の儒と為れ。小人の儒と為る無かれ。)茲(ここ)に掲げた章句にある「君子儒」とは如何なるものか、「小人儒」とは如何なるものかに就(つい)ては、古来随分議論がある。苟(いやしく)も道徳あり文芸ある者は総て是れ「儒」と称せらるべきであるだらうが、そのうちにも、文芸を以(もっ)て立つ儒者と、道徳を以て立つ儒者との別がある。文芸を以て立つ儒者は是れを称して小人儒と謂(い)ひ、道徳を以て立つ儒者は是れを称して君子儒と謂ふべ
《鹿児島隠退後の生活は質素を極めた。だが貧乏を好んだわけでも、売物にしたわけでもなかった。弟子たちと共に鍬(くわ)をとって畑を耕し肥桶(こえおけ)もかついだが、家族の暮らしを困らせるようなことはせず、狩りや釣りや湯治にはしばしば行っている。ただ維新の戦で倒れた「地下の同志に相済まぬ」というのは西郷の口癖であった。思いあがった藩閥政府の中に幕府政治の再現を見てとり、第2第3の維新の必要を痛感して、そのたびに「地下の同志」たちを思ったのが、西郷の涙の源泉であったにちがいない》(林房雄『大西郷遺訓』(
《問題は大西郷が参議陸軍大将元帥という最高の地位にありながら、この言葉を身をもって実行したという点にある。大久保利通も大隈重信も旧大名の屋敷を下賜(かし)されると、これを大豪邸に改築して、御殿女中風の美女を集め、しきりに宴会を開き、大名振りの贅沢を楽しんだ。大隈、井上馨、伊藤博文の「築地梁山泊」は有名であり、大隈、井上の政商と結んだ蓄財と伊藤の遊蕩は世人の目を見張らせ、大久保の建てた西洋館は世の指弾をうけた。西郷の弟子である桐野利秋は「池の端の御前」、種田政明は「花の左門様」と呼ばれて得意に
政の大体は、文を興し、武を振ひ、農を励ますの3つに在り。其他百般の事務は皆此の3つの物を助くるの具(ぐ)也。此の3つの物の中に於(おい)て、時に従ひ勢いに因(よ)り、施行先後の順序は有れど、此の3つの物を後にして他を先にするは更に無し。(政(まつりごと)の根幹は学問を興(おこ)し、軍備を強くし、農業を奨励するという3つのことである。その他いろいろな事柄は、この3つのものを助けるための手段である。この3つの中で、時代の趨勢によって、どれを先にするか、後にするか、その順序の違いはあるだろうけれど
1廟堂(びょうどう)に立ちて大政を為(な)すは天道を行ふものなれば、些(ちっ)とも私(わたくし)を挟(さしはさ)みては済まぬもの也(なり)。いかにも心を公平に操(と)り、正道を踏み、広く賢人を選挙し、能(よ)く其職に任(た)ふる人を挙げて政柄(せいへい)を執(と)らしむるは、即(すなわ)ち天意也。(政府の中心にあって国の政(まつりごと)をやるということは、天道を踏み行うことであるから、少しでも私心を差し挟んではならないものである。徹底的に心を公平にして、正しい道を踏み、広く賢明な人を選び、そ
身を刺すような寒い日が続いているが、この二日ほど手垢に汚れた『対話・日本人論林房雄・三島由紀夫』を読んでいる。僕が持っているのは、昭和45年12月15日発行の8版である。高校3年のときに購入しており、それから何度読み返しただろう。もう半世紀以上も前の本ではあるが、未だに色褪せてはいない。ポストモダンの陳腐な本と比べると、説得力があるし、三島さんが長いスパンで物事を考えていたのが分かる。対話の相手が林房雄ということで、親身になって語り合っている。僕にとっての関心事は、三島さんが何を言っ
『ちくま文学全集中野重治』に収録されていた「評論家の文体」を読んでいて、さもありなんと思った。中野の思想的な主張など、僕にはピンこないし、共感する部分は少ない。しかし、日本の文学者としての矜持には、教えられるところがある。僕も愛読している清水幾太郎の『私の読書と人生』について、中野は苦言を呈したのである。多くの人が有難がっている清水の文章の特徴を、何と俎上に載せたのだ。中野は、清水が論理的な書き方をしていることは評価する。しかし、その反面、清水の文体の弱点についても、「愛と憎悪とにおけ
共産党の昔のイメージは今と違っていた。清廉潔白であり、正義のために戦っていると思われた時代があった。とくに、敗戦後に刑務所から出てきた徳田球一、志賀義雄らの幹部は、転向せずに信念を貫いたというので、まるで英雄扱いであった。東大の新人会に集まった若者たちも、セツルメント運動として、労働者や貧困の地に入っていって、そこで知り合った女性と結婚した例が多かった。間違っても、貧困ビジネスで私腹を肥やすことなど、考えられもしなかった。権力に牙をむくというのは、潔癖さの証でもあった。保田與重郎の『日本の文学
下記の商品は本日入荷したホンの一部です。『新憲法の基本原理(新憲法大系1)』美濃部達吉著、憲法普及会編昭和22年、国立書院刊売価4,000円『文学的回想』(林房雄評論集第2巻)昭和48年、浪曼刊売価3,300円『巨人頭山満』(藤本尚則)昭和42年、雪華社刊売価1,800円『筑前玄洋社(再版)』(頭山統一)昭和56年、葦書房刊売価1,300円店頭販売もしておりますが、インターネット「日本の古本屋」で御注文いただけます。
下記の商品は先週末に入荷したホンの一部です。『林房雄著作集』(既刊全3冊揃)昭和43~44年、翼書院刊売価10,000円1、定本大東亜戦争肯定論2、日本よ美しくあれ、東西南北、文学的回想、戦後の履歴書3、獄中記、浪漫主義者の手帖、転向について出版社倒産の為、第4巻『緑の日本列島』と第5巻『随筆池田勇人』は未刊『林房雄評論集』(既刊全4冊揃)昭和48~49年、浪曼刊、初版、帯付売価10,000円第1巻、緑の日本列島第2巻、文学的回想第4巻
今ほど親日派の政治家が待望されるときはない。このことを声高に訴えたのだ林房雄である。『大東亜戦争肯定論』が世に出たのが昭和39年、『続大東亜戦争肯定論』は昭和40年であった。この出版が反日史観から日本人が脱却する一つのきっかけとなったが、進歩派からの攻撃は熾烈なものがあった。しかし、今になって考えれば、至極あたりまえのことを書いただけなのである。林は当時の日本をリアルに分析している。親日派が弱くて、外国勢力に対抗できないことを嘆いたのだ。交戦権なき半人前の国家に成り下がったことに、憤りを覚えた
三島由紀夫対談集の『尚武のこころ』は今読み直しても面白い。昭和45年9月25日初版発行で、何と同年12月15日には七版が発行されている。発行もとが生長の家系の日本教文社であるところが興味深い。団塊の世代に圧倒的に読まれた本なのである。三島と対談した顔ぶれもまたすごい。「天に代わりて」で小汀利得、「サムライ」で中山正敏、「刺客と組長男の盟約」で鶴田浩二、「大いなる過度期の論理」で高橋和巳、「守るべきものの価値」で石原慎太郎、「現代における右翼と左翼」で林房雄、「二・二六将校と全学連学生
いっちょやったる、となれば、つまり傾く(かぶく)平将門、前田慶次(海音寺潮五郎著「平将門」、隆慶一郎著「一夢庵風流記」)ストイックに、公に奉仕するならば、侍(サムライ)河井継之助、土方歳三(司馬遼太郎著「峠」、「燃えよ剣」)八面六臂の活躍ならば、坂本竜馬、福澤諭吉(司馬遼太郎著「竜馬がゆく」、福澤諭吉「福翁自伝」)数奇な運命、徳川家康、黒田官兵衛、大村益次郎(山岡荘八著「徳川家康」、司馬遼太郎著「播磨灘物語」「花神」)日本民族の興隆、使命感(司馬遼太郎著「坂の上の雲」、林房雄「大東亜戦
ドゥーエドゥーエ(1869年5月30日~1930年2月15日・イタリア)<軍人>航空機がようやく兵器として活用され始めた時代に航空戦力の活用や制空権の重要性を説き、以後の戦略理論に大きな影響を与えました。彼の死後まもなく、空の戦力が戦争の行末を左右する時代が到来しています。~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~≪Shikako(しかこ)☆のおまけ≫ドゥーエ氏以外
《(45)三島由紀夫》×《石原慎太郎》/三島由紀夫石原慎太郎全対話<[樋口進]>(再版・2020/9/5)(中公文庫)946円-中央公論新社268p2020/7/25『文學界、風景、論争ジャーナル、月刊ペン、日本、潮、若い女性、婦人公論、婦人画報、毎日新聞』高崎/
心の対話/林房雄・岡潔物質的な考えに偏っているからこそ、情緒的な感覚をより大切にしたい。心の対話-読書のすすめdokusume.shop-pro.jp1,998円商品を見る
江戸期、田沼意次時代があり、松平定信の寛政の改革(反動)がある。ロシアは日本海に近づき、林房雄史観ならば100年戦争、1945年終戦までの武力衝突、戦争の時代に入り、日本は武装せざるを得ない時代に入る。特に20世紀は戦争と革命の世紀。宗教を使う、宣教師を使い、土着、国家と権威を相対化、低下させ、宣教師とのトラブル、或いは商人とのトラブルを口実に武力行使と言うのがヨーロッパのパターン。イギリスはスペイン方式を改良し、文明化を基準とし、条約で締め上げていく手法を使う。日本が世界だとまで仰ぎ
憂国忌も50年ですか、三島由紀夫世代や小説家(文士)はいない。でも、宮崎正弘氏の精悍な顔を見ると若き日の民族派の活動家である。憂国忌も三島由紀夫烈士と森田必勝烈士の日本への諌言は日本人の心を揺さぶる。