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多くのヒトが必要になる医療をすればするほど大赤字となるのが常識都立病院機構2024年度当期利益は239億円の赤字都内で14病院とがん検診センターを運営する東京都立病院機構の2024年度決算が7月、明らかになった。医業利益は2023年度よりも44億円改善したが、🔥680億円の赤字で、負担金・交付金を繰り入れても当期利益は239億円の赤字で、2023年度よりも56億円悪化した。医業利益と当期利益のいずれも、🔥全14病院が赤字だ。新規入院患者数や全身麻酔手術件数、
「誰かに命を狙われてる…」実は身近な統合失調症、幻聴や幻覚は薬で治る?【精神科医が解説】DIAMONDonlineに2025/1/20に掲載された記事です。以前お伝えした、統失ドキュメンタリー映画「どうすればよかったか?」。「実際に親が認めず、長い間未受診の末、救急に運ばれる患者さんはいます」と話す、東京都立松沢病院名誉院長で精神科医の齋藤正彦さんに、統合失調症の実情について聞いています。【関連記事】・J&J、2.3兆円で医薬品会社買収統合失調症の薬など取得【
将軍池公園・京王電鉄上北沢駅より徒歩10分程度。・大正期に、松沢病院において、医師、看護師及び患者によって、屋外作業療法の一環として造成。精神障がい者の造ったすばらしい庭園として広く世界に紹介・将軍池の名は、作業に参加した患者で自称「将軍」葦原金次郎にちなむ(この方、辞典にも出てくる有名な患者)。現在でも将軍池自体は病院敷地内で立ち入りできないが、この公園は、どこにもありそうで、時としてそうでもない景観を見せる。有名な三匹のガチョウ・病院敷地内をうろうろ。時
昭和34年の僕は小学3年生で町会の子供会に属して居て、ミソッカス(員数外)で年長者の6年生に従うのみで有る。ハイ其の通り。何でも年長者の言う事を鵜呑みにして夏休みを過ごして居て年長者に後に付いて町内を歩き回る。散歩は良い。お金がかからないで暇潰し出きる。すると家に近い中原街道を歩いて居た時に、町内の子供会の年長者、6年生のナラの兄ちゃんが真顔でお前黄色い救急車見たこと有るか?。そう聞いてきた。幾ら小学3年生でも救急車と言えば白いに決まった物だ~そう言う
土日は遠出できない事情があり、近くを散歩。寒桜が満開。将軍池は、世田谷区将軍池公園と一体だが、都立松沢病院の敷地内にあり立入禁止。また、北沢川(目黒川の源流の一つ)の源流として知られている。元々、湧水があったらしい。この池の水は、さらに井戸を掘ったとどこかで読んだ気がする。松沢病院(大正8年に巣鴨から移転)における屋外作業療法の一環として、加藤医師らと患者によって造園されたもの。関東大震災により築山は崩れ現在のようななだらかな形になった。大正15年完成。将軍池の由来は、自称「将軍
今日は、将軍池のある病院に行きました。思えば、国家資格の勉強中、資格取得後この病院で研修を受けたり、この病院の祖の呉秀三を学んだりしました。久しぶりの将軍池に遥か昔の先達の事を思いました。将軍池広い敷地皇帝ダリアが咲いていました。
接種場所はうめとぴあ斎藤茂吉さんの碑が立っていたのでどうも元は院長をしていた松沢病院の跡地にできた場所のようです。14時40分の予約でしたが、手際よく接種して下さって接種後15分待機した時間を入れても40分くらいで接種できました。今のところ痛みも熱も出ていないです。外に成っていたこの赤い実はライチかな?ライチだったら食べられるみたいですね。インフルエンザの注射はチャーリーとチョコレート工場が終ってから行こうかな?こちらは近所のお医者さんでやってくれるみた
東京都議会の厚生委員会で、精神障がい者への虐待防止について都議会で質疑をしました。陳情内容を受けて、東京都で以下のことが動き出そうとしています。以下に詳しく報告いたします。精神疾患や障害がある人の家族会連合「東京つくし会」からの陳情東京都内では最大の精神障がいのある人の家族会連合「東京つくし会」の陳情に対する審査がありました。陳情内容は「医療機関における精神障害者への虐待をなくし適正な医療へのアクセスを可能とする陳情」です。都議会厚生委員会で東京つく
昨日の都立松沢病院改め地方独立行政法人東京都立病院機構松沢病院(長い!覚えられん!)の中庭。。イチョウの木(オス・メス)2本の葉がすっかり落ち、黄色い絨毯になってました。柿の木も2本ありましたが、葉っぱは全部落ちて赤い実がいっぱいついてました。鳥が食べないってことは、渋柿かナ?
先日、NHKで東京都の公立精神科専門病院である松沢病院の特集を見ました。松沢病院は世田谷区にある精神科メインの都立病院です。(現在は内科や外科などもある総合病院になっています。)精神科病床を1174床も抱える巨大公立病院で、150年の歴史がある病院です。コロナ禍において、東京都内とその近郊の精神科病院からコロナ感染した精神障がい者を一手に引き受けたドキュメントを番組では放送していました。健康な人がコロナに感染してもなかなか入院ができない中、精神的に不安定または不穏な
大家好!最近何週も連続で土曜日も東京都に進出しています。それだけやること、やりたいことが多いのです。自分のことが済んだら街ブラを再開したいので、早く街ブラしたいです。この日猛暑が続いていましたよ。本当に6月後半から夏の到来ですよ。いや、真夏の到来ですよ。まぁ、それでも私は定時で移動。休日はこれより早く移動するのは無理です。朝起きれません。休みの日くらい休ませて!まぁ過去に9時後半に移動したことはありますが…。いつも
こんばんは早いもので、今年(令和3年)も残り2日になりました。あさってはもう、新しい年(令和4年)ですね。今日の京都は洗濯日和でした新型コロナウイルスのオミクロン株の感染拡大が広がっている様子の日本。新型コロナのワクチンを接種していても変異型のオミクロン株に感染する可能性が高いということで、今日一足早く、初詣に行ってきました。賀茂御祖神社(下鴨神社)は今日はまだ空いていました。ただ、年越しの大晦日から来年(2022年)1月4日の蹴鞠はじめにかけて、混雑する予想で
おはようございます。SUNAO-COOKiEです。本日も、SUNAO-COOKiEのブログにお越しくださったあなた様を歓迎いたします。本日は、変なタイトルで、申し訳ありません。今回は、SUNAOーCOOKiEにとって、危機をかんじましたので、両方のアカウントで、同じ内容の記事を投稿させて頂きます。これは、アメブロで目立ちたい為ではありません。殺されない為の予防線を張るために決意して投稿させていただくのです。すみません。本日は、真面目空気一色で、お送りいたします。画像は、SUN
先日、「ドキュメント精神科病院×コロナ~最前線からの報告~」というテレビ番組を見た。NHKの番組である。感想を述べると、NHKの番組としては、予想以上の上出來と思った。現在における、精神病院醫療の實態が、よく取材・表現できていたものである。番組中、四つの精神病院が登場した。主役(?)の、都立松沢病院、一般精神病院の武蔵野中央病院、X病院、Y病院である。まず、都立松沢病院、これは元々、明治時代にできた東京府癲狂院がその前身だ。それが、後に、松沢に移轉、松沢病院となり、都立松沢病院となって、
精神科病院の死亡退院問題。ついに国が動く!:東京都議会議員上田令子のお姐が行く!敬愛し、長年国と地方自治とで連携して政策課題に取り組んできました、三人のお子様の母であり医師でもある薬師寺みちよ参議院議員が、平成29年4月25日の厚生労働委員会にて、精神病院の死亡退院の多さを指摘、塩崎厚生労働臣が実態を把握していないことを認め、原因究明blog.livedoor.jp精神病院に入院して、「死亡退院」という形で退院されるかたが結構多いことを、上田令子都議のブログで知りました。たまたま
一つ前のブログ記事で都立松沢病院に言及しているのですが、今回はその続きになります。都立松沢病院と東京都医学総合研究所とは同一の敷地に立地しているのですが、下記のリブログに示すように東京都医学総合研究所の研究者、新井誠氏とは2014年11月に学会でお会いしていました。より正確には、新井誠氏の講演を聴講したのは確かなのですが、新井誠氏と会話をしたか否かまでは覚えていないのですが…多分、会話まではしなかったのではないのかな。新井誠氏の研究成果は統合失調症の患者さんの栄養状態、特にビタ
この年末年始に岩波書店から2020年11月に出版された「都立松沢病院の挑戦」という本を読んだのだが、実に興味深い。本書の著者は、都立松沢病院院長という要職に就いているのだが、その立場で都立松沢病院について執筆している。都立松沢病院の挑戦:人生100年時代の精神医療Amazon(アマゾン)1,625〜5,461円本書の第2章は都立松沢病院の歴史に言及しているが、都立松沢病院の歴史は日本の精神医療の歴史でもある。第2章は、そのような観点からまとめられている。医学はいずれ
その昔、井之頭病院を退院してまた頭がおかしいと思い松沢病院に入院をしたことがありました。入院中はオーラや音に色が視えたり文字から何か視えたりしていて障害のある人や健常者の人などがいて派閥もあったりして大変でしたデンパチがあった噂も聞きました。精神病院なんてものすごい数の薬を飲まされるので何を飲んでいたかもわかりません。松沢病院で飲んでいた薬を仕事の関係の人に言ったら教えてくれましたね。違う部屋では首吊りを図った子もいて騒然としていました。
松沢病院と東大病院、京大医学部についての私見。私は理科三類を目指していた時期がある。東京にいたので、松沢病院にはいったことはないが東大病院に罹っていた。東大理三生にもあった。東大理三生は自分が一番危険なはずの感染症医になりたいと言っていた。そこには夢しかなかった。使命感しかなかった。全共闘時代、東大精神科病棟は自治を始める。私は今でも病棟医と外来医は喧嘩しているのか確かめるべく、東大病院に入院したいと言った。しかし紹介されたのは街の病院。今でもやはり仲が悪いことが透け
急に裏運気全開になりゆっくり読書もできないのですが、十二国記も怖くて手を出していないのですが、毎日お風呂で少しずつ読んでいます。この本の眼目は99歳で好奇心豊かで知性溢れる精神科医ではなく、それはそれで素晴らしいのですが、彼の精神科医師になるきっかけや実践がそのままで精神科医療の歴史を思考することになるのです。特に三章の石田昇と蘆原将軍の章は非常に興味深くまた、この病気の悲劇について久しぶりにおもいを巡らせました。石田昇は明治8年に生まれ東京大学医学部を卒業し、29歳で精神病の古典と