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かつて明治末期から昭和にかけて長く日本の電力業界において活動した実業家であり「電力の鬼」と呼ばれた松永安左エ門氏は、「人間は、浪人、闘病、投獄の『3つの節』を通らなくては一人前ではない」と述べました。若い時は買ってでも苦労をせよ、とは言います。しかしそんなことを率先してするわけがありません。ただこのような経験は人生においては大きなプラスの転換点となっていることが多いようです。『浪人』とは、組織に属さず、自身の真価を問われる場に身を置くこと。『闘病』とは死に直面し、人生の価値を自
東京国立博物館茶の美術一期一会茶の湯は中国宋よりもたらされた抹茶による喫茶法が室町から安土桃山、江戸時代にかけて僧侶や武家、町人のあいだに広く浸透するなかで遊芸として発展しました。茶の湯の集まり(茶事、茶会)では亭主と客が心を通わせ一度限りの時をともにします。ここでは秋から初冬の茶事を想定し月にちなんだ道具やその年に摘み取られた新茶をいただく喜びを皆で分かち合う「口切の茶事」にふさわしい厳かな道具を取り合わせました。茶の湯文化を通じて作品との「一期一会」
下記をクリックお願いします人気鉄道ブログはこちら➡伊東温泉で芸者さんの踊りを楽しんだ後、小田原で下車箱根登山鉄道の箱根板橋にある松永安左エ門美術館に紅葉見学に立ち寄りました。茶室の前に紅葉が紅葉していました茶室の中から紅葉を撮影しました多くのカメラマンさんが撮影していましもう少し早ければ黄色や緑の葉があって良かったと思いました下記をクリックお願いします人気鉄道ブログはこちら➡鉄道大好き撮り鉄おやじ2025年12月1日小田原にて
新座市立歴史民俗資料館(れきしてらす)2025年11月1日〜12月27日複合施設というより保健センターの一角という趣。なんで新座で松永安左エ門?と思ったが、サンケン電気って東邦産業研究所から独立して、東邦産業研究所の敷地設備が慶應義塾に寄付されてそれが志木高なのか~そして平林寺とも関係あるのね。自画賛文人画の趣。常設展示室の中にむりくり企画展示してる感じですが近所を通られる方には面白いと思います。
こんばんは☆彡倖田來未/I'llbethereつづきです8月3日(日)国民宿舎壱岐島荘の温泉お部屋到着後少し休憩し17:00頃に行った。親子連れが居たが少し待ったら出てきたのでそこから独泉に。海を見下ろす素敵なロケーション行った時は給湯は止まってた。給湯口入ります(´∀`)
夫が行ってみようと言ったので、平林寺様に行った後道を隔てたお向かいにある睡足軒に、私達は立ち寄りました松永安左エ門さんが平林寺内に江戸時代の民家をお茶室として移築して、ここでお茶を楽しんでいたそうです。今は平林寺様から新座市に無償貸与されているそうです。https://www.city.niiza.lg.jp/site/bunkazai/shitei-suisokuken.html睡足軒-新座の文化財-新座市ホームページ平林寺が所有し、新座市が管理する睡足軒は、
時系列が前後して誠に申し訳ないのですが、11月30日の記録です区の互助会の斡旋でお得なチケットを購入して、新座市にあるゆとりの郷にいざ温泉に夫と何度か出かけています♨️https://www.niizaonsen.com/にいざ温泉トップページ|埼玉スポーツセンター武蔵野の大地から湧き出でる天然温泉は、お肌にやさしく、思わずにっこりしてしまうほど優しい湯ざわり。にいざ温泉は埼玉スポーツセンターの他の施設とは場所が異なりますのでご注意ください。〒352-0022埼玉県新座市本
壱岐の旅御神体は岩🪨です-11なにゆえ、あんなに道を間違えたのか?🤔ぐるぐる🌀付近を2〜3周し、女嶽(めんだけ)神社⛩️の御神体である巣食岩に辿り着きました😆こちらはコンパス🧭の針を狂わすほどのパワーを持つらしく😅到着前からぐるぐる🌀するのも無理のない事だったのかも😂😂😂『岩🪨は、どこから来たのだろ?」と、平山佐知子先生が呟いたので、岩に触れてきいてみたら…😉なんと、「空から降りてきた‼️」とのこと🙌隕石みたいな鉄分を感じたのかな〜(実際焦げてた箇所もあり)
福岡・太宰府天満宮御用達の梅園菓子処さん5/22(水)-28(火)大丸芦屋店にやってきます。ーーー宝満山★有名うその餅★有名梅守よろつよ東風梅生菓子各種他ーーーおすすめします★「宝満山」は松永安左エ門(耳庵)、川端康成、大佛次郎、松本清張、吉田茂、三笠宮寛仁親王も愛した銘菓#太宰府天満宮御用達#太宰府天満宮#梅園菓子処#和菓子#銘菓#大丸芦屋店#芦屋大丸#宝満山#うその餅#梅守#よろつよ
明治の元勲、山縣有朋(やまがたありとも)ゆかりの別邸皆春荘(かいしゅんそう)と古稀庵(こきあん)・・・は山門を見ただけでしたが・・・を後にして、ここ小田原市板橋一帯に集まる別邸群の案内図にあった“松永記念館”を訪ねます。松永記念館も老欅荘(ろうきょそう)ももちろん初見なのですが、だからこそよけいに楽しみでもあります。皆春荘から古稀庵へ下る坂道の途中に“旧大倉男爵別邸山月”という看板があり、近隣別邸群の案内図によると、ここは大成建設など大倉財閥の創始者大倉喜八郎(おおくらきはち
いつも読みましたの印にいいね!して下さり有難う御座います。今朝は、一昨日入手したグリンピースでピースご飯を炊きました。白米、玄米、押し麦で炊きました。2枚画像その1、両家仏様お供えです。仏様器は洗うのがめんどくさいので捨てちゃつた。いつか使いたくなったら使えばいい。その2は、炊きたて蓋を開けたばかりのもの。さやも食べれると聞いて興味ワクワク。初さや調理。わからんが何ならご飯炊くときいっしょに蒸すことを閃き早速調理。実験。試食したところ筋がダメ(取除必要でしたね~)食べれません
季節の変化がスピードを上げています。暖冬のせいか!?、葉がなかなか落ちようとしなかったのですが、ここ一週間で総変わりしました。一週間後の今季節は確実に変化しています。同様に人間も変わらなければなりません。“電力の鬼”と言われた松永安左エ門は次のような話をしているそうです。「友情にも、一期、二期、三期と季節みたいなものがある。第一期の青年時代には、互に前途の希望を語り、お
おてつたび、壱岐、全般第11日、8月12日仕事は午前の布団片付。地元の学生と一緒に作業した。彼は熊本の大学に通っていて夏休みで帰省している。前日に大島海水浴場の岩場で泳いだが、手のひらと足裏を切ったようで痛い。ロードバイクのチェーンがリアのギアの内側に複数回落ちたので、ディレーラーを調整した。この日は疲労がたまったのか、遊びに出かけなかった。第12日、8月13日仕事は朝食のサービス。午後からサイクリングに出かけ、黒崎砲台跡、猿岩、鬼の窟古墳に行った。13:48ディス
電力王と呼ばれた松永安左エ門氏の小田原の邸宅での美術収集品や建物が公開されています🍵歴史的な建物や美術品、紅葉を鑑賞🍁美しかったです✨
埼玉・新座で平林寺の境内林をめぐったというお話は終わった…ところながら、もうひとつだけ墓所とそれに絡むお話を。それがこちら、耳庵居士こと松永安左ヱ門(とその夫人)が眠っておられる場所になります。と言って、松永の名前にピンとくる方もそうでない方もおいでと思いますので、平林寺のリーフレットにある紹介文を引いておこうかと。「電力王(電力の鬼)」と呼ばれた松永安左ヱ門は、近代日本の電力民営化を強力に推進した実業家。平林寺第21世峰尾大休老師と親交を持ち、深く帰依しました。晩年は寺向かいの別邸
今回は、埼玉県新座市にあります平林寺にあります電力の鬼・電力王と言われた松永安左エ門の墓参りです。松永安左エ門とは明治から昭和期の実業家、電力企業家。明治8年12月1日、長崎県壱岐の素封家2代目松永安左ヱ門の長男として生まれ、1893年(明治26)3代目安左衛門を襲名。幼名亀之助。1899年慶応義塾中退ののち慶応閥を頼りに職を転々としたが、1909年(明治42)福沢桃介の助力を得て創立した福博電気軌道で成功した。以後次々と電力会社の吸収、設立、経営関与を進め、急速に事業を拡大した。また1
同じ物でも考え方一つ。やるやつはやるように考えるし、へこたれるやつはへこたれるほうに考えてしまう。~松永安左エ門・(日本の実業家)~人生すべて考え方一つのところがある。だから、人生において悲観すべきことはないのかもしれない。例えば、戦争というものは大きな被害を生み、死者も多く出す。だからといって、それが終わったとき、国の敗戦を嘆いているだけではしょうがない。ここをチャンスと捉え、すぐに立ち上がった人は戦後に政治や経済を牽引した人が多い。松永安左エ門や出光在三の
川崎安民の作品を求めて慶應義塾福澤研究センターを訪問しました。初めての慶應義塾大学に入門しました。自分が通った別の大学を思い出しました。近代的なビルの校舎の他に煉瓦造りの古い建物が現在も月使われていてます。福澤研究センターの2階では、企画展が開催されていて福沢諭吉先生の業績、遺品や資料が展示されていてゆっくり見学できました。その中で興味を持ったのは、福澤諭吉は3度海外旅行をしたこと。その旅行中の写真の中に浜口興右衛門(はまぐちおきえもん)がいた事です。濱口梧陵(はまぐちごりょう)
加筆修正更新!!こんにちは玄龍です。刑務所って皆さん宿泊した経験はありますか??おそらく‥ないですよね??刑務所って一般的には悪いイメージがすると思うんですけど(基本そうです笑)でも‥刑務所で様々な体験した方って結構いることを知ってましたか???例えば現在の電力を民間の力で!!!と猛烈に推進してきた松永安左エ問の有名な言葉がある。1948年(昭和23年)奥村綱雄(おくむらつなお)が45歳の若さで野村證券の社長に就任した時に、「電力の鬼」松永安左エ門(
神戸阪急で松永安左エ門(耳庵)、川端康成、松本清張、大佛次郎、吉田茂が愛した銘菓ーー福岡・大宰府「梅園菓子処」さんの「宝満山」を購入しました。4月5日(火)まで、神戸阪急の地階で福岡・大宰府「梅園菓子処」さんが催事出店していて(関西初出店!)「千載一遇のチャンス!絶対にいただかないと!」と買うことにしたのです。こんな感じです。(半棹で105mm*40mm*25mm)材料がシンプル。卵、寒天、砂糖、水あめ。この4つだけ。
老欅荘に向かいます。松永安左ヱ門(耳庵)が小田原の板橋に移り住んだのは昭和21年のことでした。敷地内にある老木の欅から邸宅を「老欅荘」と名付けました。こちらが⬆️その推定400年とも言われるシンボルツリーである欅の巨木です。その欅の根元に腰をおろすかのように据え付けられているのは10t以上はあろうかという黒部川渓谷の自然石です。黒部ダム建設に松永翁が携わった経緯もあったのか昭和30年代中頃にこの場所に運び込まれたそうです。東京観光のおすすめスポットは?教えてくださ
11月21日(日)まで福岡市美術館で開かれている没後50年電力王・松永安左エ門の茶を見てきました。実は没後30年に特別展が開かれたそうでその時は「松永耳庵コレクション展」だったので、ひたすらモノがドーン!という王道のコレクション展示だったそうです。そこで今回は、耳庵さんの福岡時代の功績やら、茶会エピソードを交えて色んな視点から紹介するというコンセプト先月関連の講演会もあったので聞いてみると耳庵さんはお茶会開催回数がダントツ多く戦後も100回以上?!開いたそうです。
富士山は山じまい7月~8月の登山客は66%減少夏山シーズン終了山梨-Yahoo!ニュースYahoo!ニュース標高3000メートルにある富士山7合目の東洋館。...9月10日で夏山シーズンが終わるとあって、東洋館ではその後、布団の天日干しや寝袋の片付けなど...佐渡への修学旅行が人気感染禍、県外回避が影響か|地域-新潟日報モア新潟日報新潟市江南区の丸山小学校は9日、6年生41人が矢島体験交流館(小木)を訪れた。たらい舟とイカの一夜干し作りを体験。児童は手を消
本(もと)と末(すえ)の事であります。本来の幹であったりするものと、枝先等の先端であったりする訳です。本があるからこそ末があるのです。最近特によく使われる「本末転倒」という言葉。大事な事と比較的些細な事が逆転してしまう、本来の物が失われ、どうでもいいことの方を大切にされてしまう、そんな事です。批評や評論家の方々は特にこの言葉を使用なさりますが、連日連日、政治にしても、このCOVID19における対応や対策にしても、転倒しているのは一体誰なのでしょうか。何が転倒して
福沢諭吉の門下生「松永安佐ェ門」彼は、電力の鬼と呼ばれた風雲児であった。福沢諭吉の門下生から気骨のある弟子が数多く輩出している。この項で紹介したいのが九州で電力会社を興し、次いで名古屋、大阪、東京へと進出していく「松永安佐ェ門」である。ざっとその経歴を見ておく。松永安左エ門、1875年(明治8年)12月1日-1971年(昭和46年)6月16日)は、電力業界で活躍した実業家だ。戦前に九州、近畿、中部に展開した東邦電力社長、関東の旧東京電力取締役を務めた。戦後は政府の電気事
おはようございます。2021年6月16日(水)今日は和菓子の日、麦とろの日、ケーブルテレビの日、無重力の日、アフリカの子供の日、ブルームズ・デーです。http://isshokenmeihajimekun.at.webry.info/201501/article_168.html※和菓子の日全国和菓子協会が1979年に制定。848(嘉祥元)年6月16日、菓子類を神前に供え疫病退散を祈ったという「嘉祥菓子」の故事に由来。*今日の名言(1)病人を救うのは医師としての義務である。松
今日は私の敬愛する、慶応義塾の大先輩にして〝電力王〟と異名をとった大事業家、松永安左エ門翁の命日・没後50周年にあたります。どうですか、この眼光の鋭さと迫力・・・さすが〝電力の鬼〟と言われただけのことはありますょネ。1875年に長崎県壱岐に生まれた松永翁は、福沢諭吉先生の著した『学問のすすめ』に感激して慶應義塾大学に入学、父親の急逝で一旦故郷に戻った後に再入学するも中退。しかし在学中に知り合った諭吉先生の養子・福澤桃介氏(↓)の紹介で日本銀行入
今は亡き大学の大先輩から教わった「青春の詩」です。青春の詩サミュエル・ウルマン松永安左エ門訳青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ.たくましき意志,優れた創造力,炎ゆる情熱,怯懦(きょうだ)をしりぞける勇猛心,安易を振り捨てる冒険心,こう言う様相を青春と言うのだ.年を重ねるだけで人は老いない.理想を失う時に初めて老いがくる.歳月は皮膚のしわを増すが,情熱を失う時に精神はしぼむ.苦悶や狐疑(こぎ)
嫌なヤツがみんないなくなったことだと答えたという。