ブログ記事103件
2024/9/15―10/31北東北3県を巡った1ヶ月半これを第Ⅲ部(奥)とします。よかった所またいきたい所を県ごとにランキングにしてまとめました。前回までは青森県と秋田県でした。そして最後に岩手県です。1位陸前高田市の暗闇復興した山側の建物から海に至るまでの街灯もなく真っ黒に広がる広大な暗闇が、そこにあったものの全てが根こそぎ押し流されてしまったことを静かに語ります。献花台やモニュメント、震災遺構なども多いのですが、津波直後の惨状を実際には見ていないのですが、復興も進んだ現在
★6月某日、新幹線で盛岡へ!盛岡からレンタカーで八幡平へ向かいましたが、カーナビの設定を間違えましたー※毎度お馴染みの岩手山降りるインターを間違え、30分ほどロスするも、無事に八幡平アスピーテラインへ地熱発電所の手前を左折して、激細の道で眺望の良い高台へ!眼下に松尾鉱山新中和処理施設が見えます。遠目には牧場みたいです処理施設の先には、硫黄を採掘していた松尾鉱山の従業員用集合住宅跡地が見えます。ちょっと近くまで行ってみましょうんー、なかなかの昭和の残滓ですねー戦後復興の息吹が微かに
2026年5月2日東北ツーリング5日目06:00起床!盛岡駅南口前東横インの朝朝から風も強いし天気も良くない…朝風呂に入って目を覚ましてからの~07:00チョッとゆっくり目で、東横イン定番の朝飯カレー、欲張ってよそったら溢れそうだった…🍛😛天候が回復するのを待って08:00に出発雲は厚いがもう降りそうでは無い岩手のターミナル駅の盛岡駅前東北きっての大都市、市街地から脱出するのに時間が掛かる八幡平市の松尾鉱山資料館これか
八幡平で何となく気になっていたのがこちら松尾鉱山跡です。松尾鉱山(岩手県のホームページより)硫黄の鉱山で戦前から昭和30年代くらいまでは栄えていたようですが現況はご覧のとおり昭和47年に閉山してから50年以上放置されて廃墟となっています。それでも雪深い岩手の山中に長年放置されてなおこれだけの状態で残っているのだから造りはしっかりとしていることが分かりますし、盛岡から車で1時間以上かかるこの場所にこれだけの街を作り上げていたことにはちょっとだけ歴史のロマンを感じ
夏の北海道から秋の北東北を旅してきた142日間の記録ですもう1年以上も前のことになってて驚きです100/142日目(その4)ラスト大阪を出発して100日め原付を積んだ軽バンで離島を含め北海道全域を走って74日目から本州北東北に入り青森のあと秋田を徘徊そして本日岩手に入りました旧松尾鉱山の廃墟アパート群を外から見学しました。軍艦島には敵わなくても池島炭鉱レベルの観光資源になり得る
秋田県と岩手県の県境にある八幡平から東に向かい地熱発電所がある御在所パーキングで📷して松尾鉱山跡にやって来ました硫黄鉱山で最盛期には13000人が暮らしていたんだそう当時としては珍しいセントラルヒーティングで水洗トイレまで完備してたんだそうですはぁ~美しい当時は雲上の楽園と呼ばれていたそうでも放置されたままなので建物内からも木が生えてきて自然に還りつつありました鉱毒処理の施設へと延びる電線岩手県
秋田県鹿角市八幡平にある大沼紅葉が美し過ぎるので1周してみる事にしました念のために熊装備しといて良かった駐車料金無料でこの景色都会近くの紅葉の名所なら駐車場代だけで1000円とか掛かるので東北凄いぜはぁ~癒されるこの景色草紅葉が綺麗でしたが雲が多くなり風の谷のナウシカに登場する様な黄金の草原は見れずでした↓画像お借りしました対岸の八幡平ビジターセンターしばし待機しましたが雲が途切れないので後生掛温泉近
岩手県から秋田県へ今回のルートはホテル龍泉洞愛山〜いわぎんスタジアム〜安比高原森のホテル〜八幡平アスピーテライン〜玉川温泉〜宝仙湖・玉川ダム〜田沢湖今宵の宿は「ホテル龍泉洞愛山」その名の通り龍泉洞からは車で5分ほど。温泉ではないけれど、龍泉洞の地底湖水を沸かした大浴場がある。ロビーには全長20メートルくらいの大規模な鉄道ジオラマが飾られていた。夕食は和会席、朝食は和食膳で、日本酒は地元・泉金酒造の「龍泉八重桜」をチョイス。この日は団体さんが3組くらい入っていた。翌日は盛岡
地元のものですが、松尾鉱業鉄道の詳しい説明に驚いています。シェアさせていただきます。ありがとうございます😊
探索日2018/08/12花輪線大更駅と東八幡平駅(旧屋敷台駅)を結んでいた12.2kmの鉄道路線一般には松尾鉱山鉄道の名で知られる廃止は1972年10月9日砂利道沿いが廃線跡赤茶けた路盤周囲より盛り上がった路盤が続く舗装路になる鉄道時代のカーブは昔のまま岩手山を望む道路が廃線跡奥へ続く路盤跡林の中に開けた空間が続いている鹿野駅跡駅跡には南寄木集落センターが建っている道路になった松尾鉱業線東北自
探索日2018/08/12花輪線大更駅と東八幡平駅(旧屋敷台駅)を結んでいた12.2kmの鉄道路線一般には松尾鉱山鉄道の名で知られる廃止は1972年10月9日花輪線大更駅左に松尾鉱業の大更駅があった駅跡保線車両の停まっているレールは当時のものかホーム跡?ホーム端のスロープ部ここを松尾鉱業線が走っていた林の中を抜ける築堤が残る路盤跡バラストも残るコンテナが乗る路盤跡コンクリートで舗装された廃線跡土盛りが
岩手県大更駅と東八幡平駅を結んでいた鉄道路線が1972年(昭和47年)に廃止となった松尾鉱業鉄道一昨年GW北東北を旅した時に廃線跡散策してきました【八幡平市松尾鉱山資料館は必見】松尾鉱業鉄道の資料が豊富鉱山専用鉄道から地方鉄道への変遷がよくわかりますお土産に硬券を終着駅・東八幡平駅は松尾八幡平ビジターセンターに跡形もありません…【資料館屋外に電気機関車が】凸型のED25形1号機です東芝製で構内入換用に使用実はもう一つの形式・ED50形が~廃止後、秩父鉄道で
岩手県大更駅と東八幡平駅を結んでいた鉄道路線が1972年(昭和47年)に廃止となった松尾鉱業鉄道一昨年GW北東北を旅した時に廃線跡散策してきました【鹿野駅は南寄木集落センターに】当時の面影はありません…実は1962(昭和37)年夏には国鉄上野駅から臨時夜行急行列車・八幡平が乗入れたんです【廃墟のような建物を発見】松尾鉱業鉄道の変電所松尾鉱山の硫黄の輸送量の増加で1951年(昭和26)年に直流電化砂利道の廃線跡脇にありました次回も松尾鉱業鉄道の廃線跡へ~
岩手県大更駅と東八幡平駅を結んでいた鉄道路線が1972年(昭和47年)に廃止となった松尾鉱業鉄道🚋一昨年GW北東北を旅した時に廃線跡散策してきました【始発駅だった大更駅】花輪線の駅で1922(大正12)年開業松尾鉱業鉄道の面影はありません松尾鉱山で産出される硫黄の輸送のため専用鉄道が建設され1948年に旅客営業に【今も待合室が残る田頭駅】農地の真ん中にあり〼駅跡の標柱が目印大更駅からの路盤跡も残ってます旅客営業することで八幡平の観光客輸送も担ってました次回
出品画像を見て、すぐさま頭に浮かんだアレにすべくどうしても欲しくなり(いろいろ手を出しているものがあるにも関わらず)人気車種でも無かったことから競合相手もなく落札。詳しい寸法は分からないから画像検索してそれらしく工作。いいんですよ「模」型ですからね〜♫それにしてもなげ〜なぁ、20米車わ。
「ともぐい」が面白かったので、続いて借りた本ですこの本も期待を裏切らず、描写がすごいというか、話に引き込まれてしまう私は、食レポの「おいしい」というつまらない感想と同じく語彙不足なので本を読んでも、「面白い」「描写がすごい」くらいしか出てこない(笑)この話は、明治18年に囚人が樺戸集治監(刑務所)に送られる船から始まり巽という若者が主人公のような形で進んでいくが、本当の主人公は石の正体を知っている大二郎なのでしょうそして無味無表情の中田という看守が二人の引き立て役のように登場して
2023.9.17松尾鉱山と奥は岩手山でしょうね。①②岩手山③ここには1枚目の写真のように住宅がひしめき合っていました。④緑ヶ丘住宅と右側にあるのは独身寮の至誠寮です。⑤現在の緑が丘アパート群1951年(昭和26年)の竣工です。⑥⑦⑧⑨この階段もどんどん自然の力で崩れ、いつかは階段も落ちてしまうんでしょう。⑩軍艦島のコンクリートのアパート群は、塩害で崩壊していくのでしょうけど、松尾鉱山のアパート群は雪の力で崩壊していくのでしょう。いずれにしても自然の力は、いかに人間が強固
天皇皇后陛下がイギリスを国賓として訪問され、素晴らしい成果を収められました。テレビでは詳細な報道がされていないため、YouTubeを見てましたよ。私は一度だけ天皇陛下を拝見したことがあります。天皇陛下が小学生の時ですその時のエピソードをご紹介します。盛岡の実家に帰省中、電車で駅に到着したところ、大変な人混みで溢れかえっていました。何事かと思い聞くと、学習院の生徒たちがスキー学習のため、岩手県松尾村にある寮に向かうとのことでした。その中に、天皇陛下がいらっしゃいました。
「岩手県の怪談」暗い部屋の中、jabさんの怪談がスタートした。jabさん「岩手県には、日本三大廃墟の1つがあるって知ってる?」パンダさん「日本三大廃墟??」jabさん「松尾鉱山…昔は東洋一の硫黄の鉱山として栄えていたけど、今は硫黄が必要とされなくなって廃墟に…そこで、「神隠し」と呼ばれる行方不明事件がたくさんあったんだって。」じゅんな「神隠し…💦」フォンさん「怖いなぁ💦」jabさん「霊を見たという、目撃情報もあるみたいだよ。」りょうさん「それはやばいね\=
みちのく一人旅も5日目、小坂に近い大湯温泉に泊まった翌日の最終日は大湯環状列石や尾去沢鉱山跡に行くつもりでしたが、大湊線でお会いした方から「五能線のリンゴの白い花が満開ですよ」と教わったので再び青森県に逆戻り。これがぶら鉄のなせる業です。<5月6日(月)五能線・八幡平ドラゴンアイ・松尾鉱山資料館>①五能線藤崎-林崎岩木山とリンゴ畑GW最終日はお天気が崩れ模様②五能線藤崎-林崎リンゴの花びらが~♪この歌知っている人古い(笑)③岩手県に戻って八幡平鏡沼ドラゴンアイ
早くに起きたので朝から一風呂浴びる、朝風呂はいいその後朝食夕食と同じで緑が多い朝食後、ゆっくり用意してから出発。ここに泊まる方々、八幡平に登る登山客が多いためか出発時は静かだった。本日は、盛岡、花巻経由で秋田空港まで戻る行程ただ、同行者の体調はいまいち…岩手側に山を下る。まずは中腹にある松尾鉱山跡へここの景色はいつ見てもいいゆっくり、見たいが雨模様なので山を下る八幡平を降り、盛岡へ福田パンへ行こうと思ったのだが、娘さんが行きたがらず断念…次に行きたかった、ハンバ
マンガン鉱物鉄マン鉱中のテフロ橄欖石(TephroiteinFe-Mnore)高知県香美市香北町川ノ内松尾鉱山Locality:Matsuomine,Kawanouchi,Kahoku-choh,Kamicity,Kohchiprefecture,Shikokuisland,Japan.(非売品)Tephroiteテフロ橄欖石Mn2+2[SiO4]直方晶系今回は2024年新春交流会でサンプル購入した石を挙げました.
みなしゃんお元気ですか、momojiroなんだワン先月の27日の金曜日八幡平で市の職員さんを捕まえてpapaさんは観たい景色の情報を仕入れて走るよ走る、momojiro号~~~お山を下る途中で止まったでごじゃるよ・・・・・by文汰あっ、文汰殿何か見えるのでございますのよbyしずか廃墟でごじゃるかの~~~by文汰どうやら、こちらがpapaさんが観たかった東北の軍艦島と呼ばれている松尾鉱山跡でございますねbyしずかスノージェットというトンネルを抜けて先の
こんばんは😀今回は田沢湖と玉川ダム、八幡平です。田沢湖のたつこ像田沢湖・漢槎宮(浮木神社)こちらは寄り道した玉川ダム冬季閉鎖になる前に行きたかった場所で八幡平はガスが出てるので山頂までは車は止まっては駄目の看板があります。ちょっと硫黄の臭いがしてた。山頂手前にあった看板です。八幡平山頂レストランハウス八幡平山頂からの風景八幡平・北の軍艦島?八幡平・松尾鉱山緑ヶ丘団地跡こんな所に学習院校舎跡地が?利用した道の駅は山形県の道の駅・にしかわ秋田県の道の駅・十文字岩手県の
旧松尾鉱業鉄道。名前のとおり、鉱山の関連する鉄道です。運んだのは硫黄です。大更駅から東八幡平駅まで接続する、貨物を渡す国鉄の花輪線が今も非電化なのに、全線電化されていたことから、気合の入れ方がわかります。ただ、もちろん、松尾鉱山の閉山とともに、廃業となりましたED50型2両は秩父鉄道に譲渡。今も現役ED25は八幡平市松尾歴史民俗資料館に保存されています。八幡平市松尾歴史民俗資料館無料で見れます。松尾鉱山と鉱山鉄道の展示品ずらり。撮影禁止なので、
盛岡・八幡平方面から🚙で♨蒸ノ湯方面へ行くにはルートは基本2つあり、距離は大体同じ。1つは北側を通る①「八幡平アスピーテライン」もう1つは南側を通る②「八幡平樹海ライン」。2つのラインは「見返峠」で合流する。※クリックして拡大①八幡平アスピーテラインは、松尾鉱山跡~源太岩、山の稜線を通る。松尾鉱山跡付近松尾鉱山過ぎると急こう配が続く。源太岩源太岩を過ぎると、蒸ノ湯ゲートまではずっと霧に包まれた。峠に近いところでは1m
ViewthispostonInstagramApostsharedbyTMO幸手(@nagaokatmo)