ブログ記事124件
←つい先日まで、バンクシーによるシャッターへの動物作品が多数。いろんな解釈が横行している。吾輩の見解は以下:ウクライナやガザでの戦闘。ガザでは子供を含む多数の死者。地球ても、巻き添えを喰らう動物の犠牲をマスコミが採り上げることはない。敢えて云えば、人間が環境破壊で死滅しても自業自得だろう。が、巻き添えとなる動物ら環境が危機的だというのに、民族やら宗教やらメンツやらで争い、民間人が犠牲になってる。が、人間の犠牲は語られはたまったものじゃない。危機は人間だけの問題じゃないのだ…愚か者よ!と動
カ-ネリアンさんのブログへ行ったら。。。銀座・銀座・銀座。。。母は修学旅行で行ったと言うのに、私は京阪神止まり。。。その上、何故か❓鳥取県は高校の修学旅行が無かった。(最近は復活しているらしいが)そんな訳で、私には修学旅行の思い出すら無い。でも銀座って。。。行ってみたい。こんなム-ドの曲が多いけど爽やか系の曲って、思いつかないもんですかねにほんブログ村
1959年(昭和34年)に日本ビクターから発売された松尾和子さんのデビューシングル「グッド・ナイト/東京ナイト・クラブ」のジャケット写真です。「グッド・ナイト」は和田弘とマヒナ・スターズとの共演、「東京ナイト・クラブ」はフランク永井さんとのデュエットです。
♪お金を愛せば苦しみが始まる投票を求められれば見返りを待っているああそれでもなお命懸けて温暖化だ沸騰化だ樹木を伐りながらあなたがなければ生きてはいけないあなたがあるから明日も生きられるああいく歳月…(続く)#替え歌『誰よりも君を愛す』松尾和子https://t.co/JiC3Zdo7rC—羊児。【ヒッピー☮】(@youji1224)July13,2024(つづき)♪ああいく歳月変わることなく何よりも何よりも何よりも樹木を愛す
よく降る雨と蒸し暑さが加わって、過ごしにくい日々だが、暑さには強いチェリーセージ。着飾った赤いドレスがよく目立つ。~赤いドレスがよく似合う君と初めて逢ったのはダンスパーティの夜だった~昭和25(1950)年発表されたこの歌「ダンスパティ―の夜」は、戦後社交ダンス(ソーシャルダンス)が復活、ダンスホールが盛況になり、さまざまな会でダンスパーティが催されるようになった時代・風俗をよく反映している。・・・それから凡そ半
久しぶりにアップしました。
《寸感》男は罪を犯して服役中である。「みんなは悪い人だと言うが」《私》には良い人だった。もしかしたら、《私》を守るために罪を犯したのかもしれない。《私》は、二人の思い出を確かめるために、一緒に泳いだ海へ行く。そして、「指折り数えて」男の出所(再会)を待つ。(2023.11.17)再会松尾和子1960年に、リリースされた曲です。シンプルな伴奏だからこそ、松尾和子さんの歌唱力・表現力の凄さが、より一層、際立っているように思います。www.youtube.com演歌ランキン
Xで「松尾和子さん風」と書いてくれた方がいてやっと検索できました(笑)あ、ほろ酔い満月の出立ちが60代以上ならわかるといういつものご紹介の人物です。そーいえば「再会」の。とおっしゃってましたね。「再会」は冬美ちゃんが以前黒のドレスでBS日本のうたで歌ってくれてあまりにも似合うので知っていましたが、元の歌手の方を覚えていませんでした。ああ、やっとスッキリ!もう忘れません🎵
お見かけしたのは少年時代でしたが、子どもの目から見てもその妖艶さにドキッとしました。世のお父さん方は悩殺されたことでしょう。「イパネマの娘」松尾和子作詞作曲アントニオ・カルロス・ジョビン
今東京に来てるので昭和歌謡シリーズ東京ナイトクラブ(歌手・フランク永井、松尾和子)なぜ泣くの睫毛がぬれてる好きになったのもっと抱いて泣かずに踊ろよもう夜(よ)もおそいわたしが好きだと好きだといってフロアは青く仄暗いとても素敵な東京ナイト・クラブもうわたし欲しくはないのねとても可愛い逢いたかった男は気まぐれその時だけねうるさい男と言われたくないどなたの好みこのタイはやくのはおよしよ東京ナイト・クラブ泣くのに弱いぜそろそろ帰ろうそんなのいや
再会松尾和子1960年作詞:佐伯孝夫作曲:吉田正youtu.be
価格¥100当地での対面受け渡しとさせて頂きます。予めご了承ください。H
5月17日生まれの歌手城之内早苗松尾和子井ノ原快彦(V6)菊池まどか坂井真紀岩本照(SnowMan)オススメ曲は…レコードシティ松尾和子・フランク永井「東京ナイトクラブ」1959年発売のヒット曲作詞佐伯孝夫作曲吉田正松尾和子のデビュー曲のB面(A面は和田弘とマヒナスターズとのデュエット『グッド・ナイト』)wikiによると…松尾和子は戦後、進駐軍のキャンプやナイトクラブなどで歌ううち徐々に人気が上がってい
ひとつ前の当ブログで書いたように、『現代やくざ・血桜三兄弟』(1971中島貞夫監督)で前年デビューしたばかりだった渡瀬恒彦さんは、共演した荒木一郎さんに刺激を受け「芝居にめざめた」とトークショーで語っていました。中島貞夫監督も、荒木一郎さんの芝居についていけなくて渡瀬さんは結構リハーサルをしなくてはいけなかったとおっしゃっていました。この『現代やくざ・血桜三兄弟』は、菅原文太さん主演の『現代やくざ』シリーズの一本で、当然ビリングのトップを飾るのは文太さんですが、思いのほか出番が少なく、しか
今は夜は父に付き添って寝てるけど、父は深夜でもラジオつけっ放しで寝てるよっ♪毎晩「ラジオ深夜便」流して寝てるよっ♪今夜の2時台は「ジャパニーズ・ポップス:甲斐よしひろ(甲斐バンド)作品集」だったよっ♪<セットリスト>甲斐バンド「感触(タッチ)」甲斐バンド「シーズン」カイ・ファイヴ「風の中の火のように」甲斐よしひろ「渇いた街」甲斐よしひろ「風吹く街角」甲斐バンド「ティーンエイジ・ラスト」甲斐よしひろ「今宵の月のように」甲斐バンド「破れたハートを売り物に」(ライブ)甲斐
ヴェテラン歌謡曲歌手と新進気鋭のフォーク・シンガーの邂逅だな。良いジャケット写真だよね。松尾和子本人の子供時代の写真かしらん。このアルバム『ラプソディー』は昭和50年にリリースさりたのよね。従来の松尾和子とは異なるニューな波を感じるね。松尾と言えばムーディーでハスキーなヴォイスの歌謡曲の歌手だよね。しかして、こりは一味違った作品だよね。まっ、当時、新進気鋭なフォーク・シンガーの泉谷しげるが全面的に絡んでいるのよね。全曲が泉谷しげるの書き下ろしなんだよね。まっ、泉谷のソロ
先日は、「ものまね昭和歌謡史」の司会をつとめました。会場は、新橋のスペース天。出演は、はたけんじ先生と永峰ゆう子先生です。昭和を彩る、ものまね界のレジェンドお二人!!夢のような競演に、私もワクワクしました。今回は、「昭和歌謡デュエット特集」をお送りしました。たくさんのご来場ありがとうございました。【たけ平今日の一曲】~フランク永井・松尾和子「東京ナイトクラブ」~今回のものまね昭和歌謡史は、今日の一曲からスタートしました。昭和34年の作品です。レ
今日3月7日はらじおんぱの日でした☆radikoでは聞きのがしても1週間以内は聴くことができます!ぜひ1度聴いてください!2024年3月7日(木)20:00~20:26|岡崎泰正の届け生唄らじおんぱ!|OBCラジオ大阪|radiko----------------------------------------番組メールアドレス:onpa@obc1314.co.jp---------------------------------radiko.jp****
子供のころ小倉行きの電車から丸いドームをよく目にしたが、キャバレーなるものとは思いもしなかった。今はパチンコ店になっており、子孫か同族の経営であろう。参考キャバレー月世界(現砂津のチャチャタウン裏)小倉今昔写真館昭和40年代小倉にはビッグバンドが演奏するキャバレーが5店ほどあった。バンドマンは小倉に300人程いたといわれる。チャイナタウン月世界新世紀ヤマトシスコ等。そうだ!そうなんだ!小倉はJAZZの街だったんだ!「月世界」は日本で最初に出来たキャバレーと言われ、その後
今から数十年前の日本は元気だった。そんな世代を代表する曲にお座敷小唄とまつのき小唄がある。忘年会などで誰でも参加できる曲として人気があった。こんな替え歌まで登場したお座敷小唄(作詞:不詳作曲:陸奥明編曲:寺岡真三)は和田弘とマヒナスターズ&松尾和子が歌って有名になった曲で作者が不詳とされることから多くの替え歌が生まれた。二宮ゆき子と三島敏夫が競作で出したまつのき小唄などの小唄ブームに広がっていった。今年は正
アッ、さ~て・・・午後10時から寝床に入ってユーチューブの音楽を聞いたり、TVのニュースを見たりしておりますね~っ、午前0時頃~豆乳をコップ(やや小さめ)一杯とワイン(赤または白)を盃一杯飲みます。~口をよくゆすいでおく!~そして先ずはNHKのラジオを聞きながら就寝~ラジオの内容がつまらない時はCDで松尾和子やフランク永井に切り替えて、午前2時頃~もう一度~豆乳&ワインを飲み~口をよくゆすぐ!~NHKのラジオに切り替えて~音量小さめ~~~これで朝までぐっすり良く眠れます。~~~以上、報告終わり。
おはようございます。本日のおうちごはんナポリタン明日、早めの出勤の為チャチャっとすぐ出来るナポリタンにしました。自分の好きな所は?無い。はっきり言って自分、キラいです▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう松尾和子嫌い嫌い嫌い松尾和子/和田弘とマヒナスターズ誰よりも君を愛す日本の流行歌スターたち(2)松尾和子グッド・ナイト~夜がわるいAmazon(アマゾン)${EVENT_LABEL_01_TEXT}日本の流行歌スターたち(
昨日は「銀座バーキュウ寄席」でした。今回で、70回!!バーで70回、落語会を開催するというのは、なかなか大変なことです。主催者のキュウさんこと、羽角さんと。支えてくださっているお店や、ご来場のお客様のおかげです。来年もまたどうぞよろしくお願いします。キュウさんの目標は、100回開催!私も引き続き、精進していきたいと思っています。来年は、1月20日、開催です!【たけ平今日の一曲】~松尾和子・和田弘とマヒナスターズ「銀座ブルース」~
今夜、明日のイベントの準備(ポスター・チラシなど)をしながらTVを懐かしのムード歌謡?(徳光さんの指名で若い女性が・・・)「再会」「グッドナイト」をやっぱり<松尾和子>の方が昔(10代で)ネオン街を徘徊してた頃の想い出が・・・その後で視たTVでは「窓際のトットちゃん」の黒柳さんが・・・丁度<〇〇なんて・・・・>のエピソードを「どうせ〇〇だから・・・」と同じで言わないように(注意している)聞きたくないフレーズ
LoveReunion(KazukoMatsuo1960)-TetsuyaGen(Composer,Singer)-GuitarPlayingandSinging再会(松尾和子1960年)-弦哲也[ギター弾き語り]LoveReunion(BigHitSongs)-KazukoMatsuo(Singer.Passedawayatage57)再会(大ヒット曲)-松尾和子(歌手。享年57歳)松尾和子(1935年5月17日-1992
9月下席は、浅草演芸ホール夜の部、私がトリの興行でした。昨日、千穐楽を迎えることが出来ました。たくさんのご来場ありがとうございました。9月下席・私のトリネタは以下です。初日・休演2日目「お見立て」3日目「明烏」4日目「片棒」中日「鹿政談」6日目「目黒の秋刀魚」7日目・休演8日目「妾馬」9日目「井戸の茶碗」千穐楽「幾代餅」色々なネタをやらせていただきました。舞台袖にて記念撮影!柳家㐂三郎師匠、蝶花楼桃花師匠、林家あずみさんと。打ち
38年間におよぶストレスフルなサラリーマン生活から解放されたのはいいとして、ただ、毎日毎日こうも刺激のないひとり暮らしをしていて、しかも人里離れた山の中でしていて、これでほんと大丈夫なんだろうか、といささか心配になってきています。もっとも、本人的には煩わしい世事ともきれいさっぱり縁は切れて、かといって全然退屈しているわけでもなく、いい感じなんですけど、先々のことを考えると、はたしてこの状況は頭にとってどうなんだろうかと。なかなか意識を完全に「今」、にフォーカスして暮らすことは難しいです
グラス片手に二番もお付き合いくださいねフランク永井さん松尾和子さん東京ナイト・クラブ2番
だんだん盛り上がって参りましたお付き合いいただけますかこの曲もフランク永井さん松尾和子さん東京ナイト・クラブ一番
舟木一夫と「グッド・ナイト」~2023.5.26-28京都・南座での選曲~舟木一夫さんが2023年5月26日から28日まで、京都・南座で行ったシアターコンサート第一部「ブルースのか・け・ら」の11曲目に選んだのは、松尾和子さんが1959年に和田弘とマヒナスターズとともにリリースしたデビュー曲の「グッド・ナイト」(作詞・佐伯孝夫、作曲・𠮷田正)でした。B面はフランク永井さんとのデュエット曲「東京ナイト・クラブ」です。松尾さんは進駐軍のキャンプやナイトクラブで歌っていま