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今日から日曜日まで、ネタの取材に行くので、ブログ更新はありません。なので、今夜の更新を早めの昼にしています。今回からは松前城(日本100名城)の紹介です。正式名はは福山城です。下図は松前城になる前の、陣屋福山館の屏風絵図です。松前屏風の中心部にある福山館です。龍円斉児玉貞良によって、宝暦年間(1751~1763年)に描かれました。約260年前の松前城下の古絵図です。商人の蔵が並んでいる地割は、現在の地割と比較して、ほとんど変わっていません。また、屋根瓦建物が多
ゴールデンウィークもお仕舞い。今までは、お仕事か、遠出でした。年末からのヘビーローテーションで、身体が悲鳴をあげてたようです。ハードスケジュールからの転勤。慣れないお仕事に進まない部屋片付け。ここに来て、肩凝りや血流の鈍さが目立ち、帯状疱疹まで出たようです。入院レベルではなかった(多分)ので、お休みすることにしました。買い物とか軽いお出かけはありましたが。それで『三國志Ⅴ』や『サガ2』などの未消化ゲームは更に負担をかけるので、『武将風雲録』をプレイすることにしました。『【戦国の
『武将風雲録』のことを書いたので、『天翔記』についても書かせていただきます。以前、スーパーファミコン版でプレイして、楽勝‼︎と調子に乗り、ガラケー版(だったかな)でプレイしたら、ボロボロに苦戦していました。プレイ方法に慣れると、なんとかクリアしました。そんな、前にプレイしていたスーファミ版では、織田家や毛利家、珍品クラスで秋月家や土佐一条家と約10の大名家で遊んでました。その中でも、大名の能力は低くないけど上級者向けの大名が蠣崎家でした。後に、蠣崎慶広が徳川家と前田家の苗字を一文字
うっちーこと宇都宮芳綱です7月7日、今日は七夕ですねだからと言ってこれ以上話は広がらないのですがさて、1-8鯖の本城主でも引いてみましたまずは夏くじですグフッ!><極は1枚出ましたが、ランクアップ素材は★3止まり、それよりも小姓の隠し玉が1枚も出てないここでは小姓の隠し玉は少し余裕がありますが、1枚も補充出来ないとは予想外でしたちえちゃんは兎も角、志能備は5枚もいらねー
うっちーこと宇都宮芳綱です新年あけましておめでとうございます本年もよろしくお願いいたしますさて、昨日9-15鯖でのことですが、新年最初のつづらでやらかしましたグフッ!><これにはガッカリまあ仕方がないですねさて、昨日1-8鯖の本城主で砦23を攻略したので、それで天上くじが引けるようになりましたそこで運試しで自分で引いてみたのですがグフッ!><残念、天は引けず
1600年5月現在の真田領(信濃・上野・遠江)です。史実ならあと少しで関ヶ原の合戦が始まります。着実に技術力を上げてますが、お金・兵糧・兵力のバランスを取るのがなかなか難しいです。際限なく使ったら、ゲームオーバーです。慌てずにコツコツ増やしていきます。(現実の貯金はカツカツですが(笑))この時点でさ迷ってる浪人は、能力に不足が見られる武将ばっかりになってますが、意外な掘り出し物が真田領の上野にやってきました。オールマイティーにも思えますが、政治面で活躍できる名将です。蝦夷地の南(
安東実季(1576-1660)秋田城介という役職の家柄から、のちに秋田氏を称した。関ケ原の戦いでは東軍に属したが、転封・蟄居と居場所を転々とした。支配国羽後戦術看破・鎮静・流言難易度☆☆☆☆攻略案父・愛季に比べたら、かなり見劣りする。しかも家臣は浪岡(北畠)顕村のみ。分家筋の松前慶広が流れ着いてくれれば、と思うばかり。地道に国作りするのが正解。襲われたとしても、看破で相手を返り討ちにすればいいだけ。
※2018年8月1日訪問※本丸内堀から歩いて行くと、天守を望む広大な広場が視界に飛び込んで来ます現在は芝生に覆われたこの広場には、かつて広大な【本丸表御殿】が建てられていました写真の奥には本丸御門が見えますね本丸御門、天守とともに昭和まで残存していた表御殿は、1875年開校の《松城小学校校舎》として利用されましたが、1900年の新校舎建設に伴って取り壊されてしまいましたしかし、玄関のみは新校舎に取り付けられて引き続き利用される事になり、玄関部分は曳家して現在も保存されている事は以前の記
※2018年8月1日訪問※東郭隅櫓跡から北西に歩いて行くと【本丸内堀】が見えて来ます二ノ丸と三ノ丸を隔てる堀には水が張られていませんでしたので、松前城で見られる水堀はここだけですね下の写真、少し石垣がお堀に出っ張っている部分が有りますが、江戸時代の絵図によるとこの場所には木橋が掛けられていたようですね内堀越しの天守は画に成りますよね◆蝦夷国・松前城(福山城)本丸表御殿跡/国指定史跡◆に続く
※2018年8月1日訪問※多聞櫓跡に有る入場券売場で入場券を購入し、いよいよ天守の内部へ向かいます松前城の天守へ向かうのには、一度地下に下りて、通路を抜けて行くという珍しい構造現在見られる天守は、1961年(昭和36年)に再建されたもので、鉄筋コンクリート造りの地上3階・地下1階天守内部は【松前城資料館】として、松前藩に関する貴重な資料が展示され、アイヌ民族に関する展示も有りました【松前藩主装用甲冑】兜の吹き返し部分には、松前家の家紋である《丸に四菱》の紋が確認出来ました【桐章】
※2018年8月1日訪問※天守のすぐ側には【多聞櫓跡】の標柱が建てられています絵図によると石垣上に多聞櫓が設けられ、搦手門の枡形を守る、堅固な要塞で有った事がわかります【多聞櫓跡】の標柱のすぐ側には松前城の歴史を解説する案内板もそして、【史跡松前城】の石碑が建てられていましたこちらの建物は、天守への入場券売場ですかつての多聞櫓跡に建てられているとの事ですが、形状などは当時の物とは違うそうです現在の建物は入場券売場、トイレ、管理事務所などを兼ねた施設として使用されており、受付では松
※2018年8月1日訪問※搦手二ノ門をくぐった先には、かつて【搦手門】が建てられていました江戸時代の絵図を見ると、とても立派な門であった事が伺い知れます現在は何も残っていませんねさて『松前城の搦手門』と聞いて、幕末ファンの方々は、ある人物を思い浮かべるのではないでしょうか??そうです、御存知、新選組副長・土方歳三です1868年(明治元年)秋、新政府軍に追われた旧幕府の榎本武揚を首領とする軍勢は、官軍の拠点である箱館の五稜郭を制圧新政府軍に恭順の意を示していた松前藩を制圧すべく、18
※2018年8月1日訪問※松前旅行二日目前日は夕方に松前に到着し、沖之口坂~湯殿澤口~三ノ丸~台場跡~馬坂~天神坂と、城への登城路や三ノ丸を中心に散策宿泊した旅館の温泉に浸かり、ぐっすりと睡眠を取り、旅館のおいしい朝食を頂き、英気を養う事が出来ましたさて、松前城散策2日目は、【搦手枡形】からスタートです現在、搦手二ノ門をくぐると、目の前には天守への入口が見えて来ますが、かつてはこの場所は石垣に囲まれた枡形になっていたようですこちらは、江戸時代の松前城の縄張り図ですこの絵図を見ると、
※2018年7月31日訪問※三ノ丸番所跡の脇にある木橋を渡ると、目の前に飛び込んで来るのが【搦手二ノ門】です2000(平成12)年に木造で復元された、高麗門形式の立派な門ですね門の脇の石垣は、隙間無くキッチリと積まれていますねそして、この搦手二ノ門の目の前には【三本松土居】と呼ばれる円形状の土塁が置かれていました文字通り三本の松が植えられた土塁ですね攻め手から搦手二ノ門を見えにくくする工夫なんだそうですよこの後、日が暮れる中、本丸方面へ向かい、ライトアップされた天守を堪能松前城散
※2018年7月31日訪問※天神坂を登った先には【天神坂門】が建てられています門の脇を固める立派な石垣2002年(平成14年)に木造で復元された立派な門ですね松前城といえば、屋根が銅板葺のイメージが有りましたが、この天神坂門は普通の屋根瓦で葺かれていますね◆蝦夷国・松前城(福山城)搦手二ノ門・三本松土居/国指定史跡◆に続く
※2018年7月31日訪問※馬坂から一度城跡の外に出て、本日お世話になる旅館にチェックイン夕食時に、ご丁寧に挨拶に来てくれた宿の女将さんから、『夜はお城がライトアップされていますよ』というお話を伺い、夕食後の散歩に再度城跡へ今度は城の南東部の【天神坂】から城内へ向かいます石垣に囲まれた登城路ですね先程の馬坂は直線的で広々とした印象ですが、この天神坂は狭い道をジグザグに登って行きますしかし、石垣は見事ですね◆蝦夷国・松前城(福山城)天神坂門/国指定史跡◆に続く
※2018年7月31日訪問※馬坂を下ると、木橋がかけられた【大松前川】が見えて来ます城のすぐ東側を流れる大松前川は、松前城の天然の外堀の役割を担い…と御説明したいところですが、名前とは裏腹に、細い川筋です橋の側には【馬坂】の由来についての案内板が設置されていました◆蝦夷国・松前城(福山城)天神坂/国指定史跡◆に続く
※2018年7月31日訪問※三ノ丸番所跡の脇の木橋を渡ると、二ノ丸・本丸への道なのですが、あえてこちらには向かわず、城の東側、馬坂門方面へ向かいたいと思います整備された【二ノ丸・三ノ丸南東部案内図】が設置されていましたそして、こちらは馬坂門跡周辺の堀の石垣です堀というよりは水路といった感じで、城外への排水の役割も担っていたようですねこちらの写真奥の木の柵が有る当たりが【馬坂門跡】です門に続く登城路は、石垣や土塁でしっかりと固められていました蝦夷国・松前城(福山城)/国指定史跡馬坂
※2018年7月31日訪問※沖之口坂を登って、天守へ向かうにはこの道を右に曲がるのですが…あえて、左側の石垣を追ってみることにしましたこの辺りはかつての三の丸の西側にあたる部分のようです三の丸西側には【湯殿澤門】という門が有ったようですが、この石積みはその遺構でしょうか?少し進むと、城の西側にあたる【堀廻】が整備されていて、散策コースになっていたのですが、やたらとセミやハチに襲われるので今回は散策を断念しました湯殿澤坂の両脇にはしっかりと石垣が残されていましたよ◆蝦夷国・松前城(福
※2018年7月31日訪問※JR木古内駅から松前行きのバスに揺られる事約1時間30分市街地中心部の『松城バス停』で下車し、城跡の方へ歩いていると、小さな広場を発見ここにはかつて松前藩が設けていた【沖口役所】という建物が有り、旅人、諸物資、船舶の出入を管理し、徴税を行うために設置され箱館、江差も含めた3港に設けていた役所なんですね沖口番所と称された時期もあったようですが、松前藩復領(1821)以後に改称全国的にも藩領への出入りを規制する機構は諸藩で設けているが、蝦夷地(えぞち)交易の独占
※2018年7月31日訪問※北海道南西部の松前町にある【松前城】を訪れました個人的な話ですが、私が人生で初めて訪れたお城がこの松前城でして、今回は約20年振りの再訪問となります日本最北、そして北海道で唯一の和式城郭である松前城は、安政元年(1854年)に完成し、我が国で最後に築かれた天守を備える城郭でもあります城を築いた松前氏は、若狭武田氏の流れを汲む武田信広を祖とし、若狭武田氏当主信賢の子とされる武田信広が宝徳3年(1451年)に若狭から下北半島の蠣崎(むつ市川内町)に移り、その後
こんにちは今回で、白石市の最後の紹介です。さて今日は、傑山寺の片倉小十郎の墓や松前家の墓を紹介します↑傑山寺の入口です。この寺は、1608年に、片倉小十郎景綱が、妙心寺第十一世天心智寛大和尚を開山として建立した寺です。↑傑山寺の本堂です。↑本堂の前には、片倉小十郎の銅像が、あります。↑本堂から少し歩くと、一本杉の片倉小十郎の墓が、あります。↑この一本杉が、初代片倉小十郎の墓です。片倉小十郎の墓は、敵にあばかれないように、ここに墓石が無い墓、を作りました。
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【問題】蠣崎(松前)慶広は豊臣秀吉から蝦夷地支配の朱印状を受ける前、誰の代官として同地を治めていたか?【選択肢】戸沢氏最上氏安東氏伊達氏【正解】安東氏【解説】蠣崎慶広は安東氏の支配下にあって蝦夷地を管理していたが、奥州仕置と前後して秀吉から同地の支配権を認められ安東氏の影響下から次第に離れたとされる。
うっちーこと宇都宮芳綱ですしばらく前ですが、1-32で古満姫の合成をしました素材として溶かしたりもしましたが、弓騎馬適正が高いので、1枚は弓防として育成しようと思った次第です果たして結果はグッジョブ♪('-^*)/見事に第2候補を引き当てました更に行きますもうどちらが付いても良いです果たして結果はグッジョブ♪('-^*)/ノーミスで完成何て素直な姫さんなんでしょう
うっちーこと宇都宮芳綱です33-48の駒姫さんはモガミンと義姫と組んで、馬防としてガンガン活躍してくれてますが、1-32の駒姫さんはちょっと放置状態でした素材としても優秀なので溶かしちゃうかとも思いましたが、考えた末に育成することにしましたまずは松前さんから戦國下剋上狙いグフッ!><失敗まあ変なの付くよりは良いかな次は堀さんが2枚あるのでトライしてみたらグフッ!><あえて1枚ずつ合
うっちーこと宇都宮芳綱です57-58で天上くじから降臨した利家さんですが(詳しくはこちら)、白くじから引いた素材がけっこうあったので、スキル追加にトライしましたまずは松前さんから戦國下剋上狙いグフッ!><まあありがちですね次は堀さんから名人・背水之陣狙いグッジョブ♪('-^*)/これは良い方が付きました堀さんは後3枚あるので背水之陣は難なく付くと思われましたがグフッ!><3連敗
うっちーこと宇都宮芳綱です17-32で以前に天上くじから引いた大内義隆さんですが、前期にスキル追加&強化が完了しましたまずは戦國下剋上を狙ったらグッジョブ♪('-^*)/何度か失敗した末にようやく付いたんです初期スキルが3兵種対応なので、3枠目も同様のスキルにしたいと思い、この方を生贄にしました本命はもちろん名人ですが、そうじゃなくてもまあ良いかな果たして結果はグッジョブ♪('-^*)/