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※「国史跡松代城跡」本丸内石垣と案内板…松代城には、本丸部分のみ石垣が築かれています田丸直昌は、蒲生氏郷の妹婿でもあり、蒲生氏郷が手掛けた多くの築城にも携わっていたと考えられます松代城の石垣も、田丸が連れてきた石工集団(近江穴太衆)によるものであると考えられ、非常に高い石垣築造技術が見られます松代城3️⃣100名城No.26松代城には、今回初めて行きました。松代城は、平城に属しますが、「甲州流築城術」が随所に見られる「名城」です。明治期
※「国史跡松代城跡」復元北不明門桝形と案内板…北不明門は本丸北側を守る表門と櫓門によって桝形を形成しています北不明門桝形も、平成16年(2014)当時の絵図に基づき、忠実に木造復元されています松代城2️⃣100名城No.26松代城には、今回初めて行きました。松代城は、平城に属しますが、「甲州流築城術」が随所に見られる「名城」です。明治期の廃城令により、建物は壊されてしまいましたが、櫓門などが木造復元され、在りし日の松代城の姿を取り戻しつつあ
今年の初ブログは既に書いたつもりでしたが、見返してみると前回はナント12月31日の更新だったんですねってわけで今年初ブログです!今年こそブログ更新のギア上げてくぞヽ(゚∀゚)ノ☆ホントカ…松平さんと一緒に決意表明!(娘ちゃん撮影)のりりんがネカマでない事をここに証明いたしますえーと、今回はネカマブログではなくて松代城のブログですよ〜パンフレットより松代城の説明です前回からの続き…龍岡城から北へ向かい、真田宝物館前に車をとめます。私…館内に入ったんだろうか?全く覚えていませ
山寺家は松代藩の中級武士で、幕末には佐久間象山らとともに「松代三山」と称される常山を輩出した。江戸時代の建築物は表門だけだが、大正時代の書院が公開されている。
出浦盛清(いでうらもりきよ)戦国時代から江戸時代前期にかけての武将。真田氏の家臣。実名は昌相(まさすけ)。幸久(ゆきひさ)・頼幸(よりゆき)とも伝わるが誤伝である。信濃国更級郡の上平城主(出浦城主)や、上野国岩櫃城代などを務めた。江戸時代後期に松代藩の家老を務めた河原綱徳が記した『本藩名士小伝』の記載に甲州透破(三ツ者・甲州忍者)の棟梁とあり、忍者として知られるが、後述の忍城攻めにおける活躍を「忍」と誤伝された可能性が指摘されている。
※真田信之公の墓と案内板…高さ3.3mある巨大な「宝篋印塔で、正面に「大鋒寺殿」と信之の法名が刻まれています信之公はここで、荼毘に付され、遺灰の一部を真田家菩提寺松代長國寺に、残りを埋め宝篋印塔を建てましたお寺は、その後一時荒廃し、野ざらしとなっていた信之公の墓所の荒廃ぶりを嘆いた8代藩主幸貫公により寄進された鳥居、灯篭、土塀が現在も残っています真田信之公の墓大鋒寺3️⃣戦国武将、大名の墓・供養塔シリーズ戦乱の時代は、おおまかに言う
※大鋒寺真田信之公霊屋標柱(長野市指定文化財)真田信之公の墓大鋒寺2️⃣戦国武将、大名の墓・供養塔シリーズ戦乱の時代は、おおまかに言うと応仁の乱(1467年応仁元年)から大坂の陣(1615年)までで3つのカテゴリに分類されると思います。1️⃣戦国時代応仁の乱(応仁元年1466年)から室町幕府の滅亡、織田信長政権の成立(天正元年1573年)2️⃣安土・桃山時代織田政権(天正元年1573年〜天正13年)豊臣政権(秀吉関白宣下天正13年〜
※真田信之公銅像と案内板…信之公松代藩主就任400周年記念事業で造られました上田城に信之公像がないので嬉しいのは、嬉しいですが…!?「おっちゃん」やん!、もうちょっと幸村公のように「イケメン」銅像にしてあげればいいのに…と思いました実際、信之公は、小柄だった父昌幸に似ず180cmを超える「大男」のイケメンだったようです本多忠勝の娘、稲(小松)姫は、信之を駿府で見たとき「目が♥️マーク」になっていたそうです信之公は、松代発展に尽力し、「名君」として、民衆の尊崇の対象となりまし
大東流合気柔術練心館https://daitoryuaiki.web.fc2.com/大東流合気柔術練心館長野本部(須坂道場)http://daitouryunagano.web.fc2.com/格闘技フィットネススタジオCORESPIRIThttp://corespiritstudio.wix.com/kakutougiHMD飛翔塾元和道場https://hishoujyuku.wordpress.com/村松整骨院http://muramats
自宅近くの私立高校。野球部専用グランド設備が充実していて、週末には近隣各県の強豪校が来校し練習試合が行われています。とはいえ、他校に遠征する機会も多いようで、そのような折には異なる地域の高校同士の対戦が観戦できて。先日は、長野・中信地区の強豪校「佐久長聖」高校と、静岡県東部の高校が対戦していました。甲子園で活躍した高校のユニホームを間近に見ると、やはりテンションが上がりますが。でも疑問に思うのは「静岡VS長野」。中間地点の対戦であれば、山梨・甲府付近と思われるのに、
今日は松本山雅の試合。企業チームではなくて、山雅という喫茶店に集まっていたフットサル選手たちが創設したという地元密着のチーム。試合には、老若男女一万人が駆けつけるという。サンプロアルウィンスタジアムは専用球場で、一体感がある。昨日訪れたレストラン、トラットリアガブリエル(ローストチキン絶品)も、前の反町監督がよくいらっしゃったという話しをされていた。店内に、市民芸術館の総監督を長らく務められていた串田和美さんのポスターも飾られていて印象的だった。優れたリーダーを長期に起用して、街の魅力を高める
もう九年ほど前になるが、真田信之と稲姫の末裔になる信濃松代藩第八代藩主真田幸貫の墓碑に遭遇した話をばご披露☝️😅吾輩のガラケー時代の別ブログ「七面堂九齊のしちめんどうくさい話★とんだりはねたり」から...ってか、何で自分のblogをリブログせにゃならん?😓
旧松代藩文武学校(uchiyama.info)真田宝物館(sanadahoumotsukan.com)松代藩文武学校|信州松代観光協会(matsushiro-kankou.com)『松代藩文武学校』がリニューアル!新体験コンテンツで楽しみながら歴史を学ぶ|_歴史博物館・郷土資料館|_歴史博物館・郷土資料館|トリップアイデア|GoNAGANO長野県公式観光サイト(go-nagano.net)長野県長野市にある文武学校の概要と見どころをご紹介
京都の話の途中ですが、昨日長野へいってきました🚄コロナ渦になっては全くでしたので、めちゃめちゃ久しぶりの松代の町(長野市)。松代藩9代藩主・真田幸教が母のために建てた城外宅として建てた真田邸。文武学校はずっと補修工事していたのでこの姿はさらに久々。親戚2軒回り、最後は少し離れたとこに住むいとこが大信州別囲い純米吟醸番外品生が良いって聞いたと買ってやってきて、日本酒をスイスイ飲む(その前からビール飲んでいた)帰りは長野駅まで送ってもらい、新幹線乗る前にこちらに立ち寄る。草笛食
今回は松代の城下町を歩きます。下手にクルマで動いて住宅街に入り込もうものなら昨日の様なことになり兼ねないのでw噂には聞いていたがホントに道が狭くて、そこら中がクルマ一台ギリギリ通れるくらいの道幅というね。こんな感じで表通りは比較的広いんですけどね。城下案内板そしてその下には…子供までが知っている信之様の偉大なる功績。さすが地元だぜ素晴らしい。しばらく歩いてるとそれっぽい道に出ました。鳥居小路というそうです。←←←あっちかよ!!またしばらく歩きましてその
前回書き忘れてましたが2022年の真田宝物館の企画展は…2022年4月13日(水)~2022年6月26日(日)松代藩士の刀剣/真田家松代に入る2022年7月2日(土)~2022年12月19日(月)真田信之松代入部400年記念令和4年真田宝物館特別展「真田信之―十万石の礎を築いた男―」真田宝物館www.sanadahoumotsukan.com…だったという。あと一ヶ月遅ければ信之展だったわけですよ。萌黄絲毛引威二枚胴具足の展示は無かった様ですが、フラ
続・スズメバチ狩り罠設置から二週間。そろそろ効力なくなる頃だしスズメバチの凶暴化する時期でもある。撤去の頃合いですな。しかし、かなり減ったなぁ…ここ数日暑かったので蒸発でしょうな。結果スズメバチ×2ミツバチ?×1小虫×3おかげ様で最近は辺りからスズメバチの気配も無くなりましてこれは女王ブッ殺したんじゃないでしょうかね。これにてミッションコンプリート。もう来るんじゃねーぞ!!それでは真田宝物館の続きと行きましょうか。ここから企画展この刀…ちょ
長谷川流和術が伝承された信州松代藩(長野市)同流を代々伝えてきた桑原家で保存されてきた分限帳です。分限帳は他の史料とともに真田宝物館に寄託され同館で閲覧できます。詳細は、下記にアクセスして御覧ください。松代藩御家中分限帳−桑原家分限帳(真田宝物館)松代藩御家中分限帳−桑原家分限帳(真田宝物館)kurukuru-net.com松代城松代藩文武学校川中島合戦銅像真田宝物館
松代城三の丸跡。この辺り三ヶ月堀だった様でその先に丸馬出。写真左側の草むらに馬出跡が僅かに残っているそうです。位置的に曲輪の端か、そこへ到る道の遺構ではないでしょうかね。馬出中心部はおそらく手前の電柱あたり。城の近辺に駐車場は無いと思って宝物館から歩いてきたんですが写真右側のスペースが駐車場でした。あったのかよw歩いて戻りますw道中にあった信之400年のぼり。戻りました。今回はこちら、真田宝物館へ。この周辺も元は城の三の丸で、宝物館北側の道路が三の堀だった模
長谷川流和(やわら)術保存会では入門者を随時受け付けております。日本武道館に於ける日本古武道演武大会他、各所演武会にも参加し、無料体験会も実施しております。平成30年2月第41回日本古武道演武大会令和5年2月第46回日本古武道演武大会令和5年4月第10回川越蓮馨寺居合道演武会護身術
続・スズメバチ狩り殺虫スプレー用意!ガスガン用意!電動ガン用意!いつでもこんかいコノヤロー…と、こちらが殺る気満々になると現れなという困った蜂野郎。…という事で試しにスズメバチトラップを作ってました。砂糖+酢+料理酒これでスズメバチが好む匂いが発生するらしい過度に期待はせず、とりあえずな感じで設置。あまり天気がよろしくなかった初日雨降りやがった二日目やはり収穫なしそして三日目。本日快晴なりおお!見事入ってるじゃありませんか(苦手な方もいると思うのでモザイク処理し
11月中旬、一週間ぶりに「長野駅」に戻って来ました。「北国脇往還」旅の再開です。前回の終了地点、「善光寺」の門前から出発です。善光寺の門前町は、宿場町でもありました。右手奥に本陣だった「藤屋ホテル」があります。街道は「善光寺交差点」を右折して、進みますが、その前に善光寺に立ち寄り、旅の安全を祈願しました。お昼前でしたが、善光寺さんは意外と、参拝者は少なかったです。「善光寺交差点」に戻り、街道を進みます。「西宮神社」の角を左折し、すぐに右・左折して「善光寺宿」を後にします。途
11月26日(土)、二泊三日の信州ひとり旅もいよいよ最終日。こちらが、昨晩泊まったホテルでございます。今から30年ほど前、上高地一泊二日バスの旅にて、朝福山を出て、ひたすらバスは走り、夕方の松本着。翌朝、上高地を二時間ほど散策し、またまたひたすらバスで福山へ~~~★ゆぅバスツアーにGW,さんかしたことがありましたが、その時,泊まった宿がこちら。今回あれ以来、二度目の宿泊です。(当時は、東急ホテルとゆうてたような記憶が)特急しなのからの
真田家というと、関ケ原の折に兄妹を東西に分けて生き残りを図ったと言われますが、その萌芽は豊臣時代からありました。1590年の秀吉の北条攻めの後の仕置きにおいて、徳川家康には関東ほぼ全域が与えられます。その時、大大名徳川家に対する秀吉の遠慮もあるのか真田家は豊臣家に臣従していますが、真田領だった群馬県沼田市周辺は真田領ながら徳川家に臣従する形となり、その当主が三代目世代の兄大河ドラマでは大泉洋さんが演じた「真田信之」です。そして上田城周辺から群馬県
象山神社を後にして目についた立派な門構え山寺常山邸山寺常山邸は江戸末期から明治初期に建てられた表門と大正末期から昭和初期に建てられた書院が残されており表門は長屋門形式で全幅約22mと松代城下に残る門のなかでは最大だそうです表門と渡り廊下でつながり近代和風建築の書院神田川の水を引き入れている池(泉水)を湛えた庭園山寺家は松代藩の中級武士で幕末には山寺常山を輩出し鎌原桐山、佐久間象山とともに松代の三山と称えられたそうです常山は松代藩八代藩主真
☆真田氏松代入部400年(長野市・まつしろ)松代城松代初代藩主「真田信幸(のぶゆき)」が最初に着工したのが、居城「松代城」武田信玄が上杉謙信と戦った「川中島合戦」の橋頭保「海津城」、大幅に修復し居城とした。長国寺(ちょうこくじ)真田氏の菩提寺・上田の「長谷寺(ちょうこくじ)」から住職を招き、松代へ真田家菩
レポート⑤善光寺を後にした私達が向かったのは2日目のメインとした、松代は皆神山です車を走らせ、川中島の古戦場を横目に一路松代へするとなにやら、交通規制があるらしく警察官やら、たすき掛けのおじ様たちがあっち回ってと、、何かと思えば、お祭りみたいで、よく見ると、『松代藩真田十万石まつり』10月9日、まさにお祭り真っ最中の所に突入したようです。皆神山の麓の町のお祭り、かなり大きいお祭りみたいで、シャトルバスまで出ていました。すると、いざ出陣!の如く法螺貝が鳴り響きました!
きょうは快晴でした長袖だと暑かったです。先週の寒さはまだ勘弁ですね。相棒がまた、りんごや柿、ぶどうをもらってきました。ありがたいですほぼ相棒が食べるのだけど。先月だったか、階下の部屋が引越して連休に次の人が入居されました。お会いしたので挨拶だけしときました。みなさま。毎度ご訪問ありがとうございます。松代藩真田十万石まつりに行ってきました。松代までは車で20分少々で行けます。
【長野市】真田信之初代松代藩主400年の節目の年に、4年ぶりの開催!「松代藩真田十万石...号外NET長野以前号外NET長野でもお知らせしましたが、長野市の松代地区では、真田信之松代入部400年を記念して、様々な記念事業が開催されてきました。【柳川藩主立花邸御花とカキモリがコラボレーション】オリジナルインク3種を発売-PRTIMESPRTIMES柳川藩主立花邸御花(所在地:福岡県柳川市新外町1番地/代表取締役社長立花千月香)は、東京・蔵前の文具専門店「カキモリ」