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あのさぁ、3月26日って「カチューシャの唄の日」なんだって。一般社団法人松井須磨子協会が制定したんだって。松井須磨子さんて、大正時代に活躍した日本初の新劇女優さんなんだよね。『カチューシャの唄』は日本近代演劇の父と言われる島村抱月さんが、レフ・トルストイ原作の『復活』を舞台化した公演の中で、ヒロインのカチューシャ役の松井須磨子さんが歌って大ヒットした曲。3月26日が「カチューシャの唄の日」になったのは、『復活』の初演が1914年3月26日だったかららしいよ。
松井須磨子さん松井須磨子(まついすまこ)本名:小林正子(こばやしまさこ)1886年3月8日(戸籍上:11月1日)生まれ、1919年1月5日、32歳没。長野県埴科郡清野村(現・長野市松代町清野)生まれの新劇女優、歌手。日本初の歌う女優。日本初の整形美人女優。日本における発禁レコード第1号となった歌手。二度の離婚、整形とその後遺症に苦しめられながらの名演、島村抱月とのスキャンダル、日本初の歌う女優としてのヒット曲と発禁騒動、そして島村抱月死後の後追い
帰宅してきた島村(山村聡)に、いち子の母(東山千栄子)が彼と須磨子(田中絹代)の関係を問い、叱責する。いち子(毛利菊枝)は坪内(東野英治郎)の妻(岸輝子)から、須磨子は生きていくために島村が必要になったと言っていると聞いたと話す。坪内から島村とのことを断念できなければ、退所してもらわねばならないと須磨子に通告する。訪れてきた島村には、学校でも噂になっているから舞台監督はしばらく休んだ方がよく、「あんな山出し娘に狂っちゃ、君の地位が泣きますわ」と言って笑う。茶屋遊びでもしたらどうかと坪内夫妻。
またもや、田中絹代である。そして、一場面ではあるが、新国劇を創設した「澤田正二郎」が登場する。「殺陣師段平」(昭和二十五年)や「人生とんぼ返り」(同三十年)で会った人。*****イプセンが始めた近代劇について島村抱月(山村聡)が講義する。「形式的な悲壮な道徳にとらわれて人生を律しさることはすべて偽りで、…人生は矛盾だらけな無残なところであるが、あらゆる虚偽を捨てて、悲鳴を上げつつ、またよろこびつつ生きていくときに初めて真に解放された生の歓喜が得られるべきです。よき芸術もまたそこに生まれる
1月5日が命日・忌日の有名人・著名人1858年91歳没(?)ヨーゼフ・ラデツキーさんオーストリア軍人『ラデツキー行進曲』1919年33歳没(自殺(縊死))松井須磨子さん新劇女優『カチューシャの唄』⇒『松井須磨子(1886年3月8日生~1919年1月5日没、新劇女優、歌手)』1933年満60歳没(血栓症)カルビン・クーリッジさん第30代アメリカ合衆国大統領1947年66歳没(急性肺炎)永野修身さん海軍大臣、連合艦隊司令長官、元帥海軍大将1970年満87歳
「犬山焼店を営むペーパークイリング講師のブログ」へお越し頂きありがとうございます。先月の事になりますが、紙の温度でクイリングギルド作品展準備後、一人名鉄百貨店によってこちらのお店でランチしました🍣鮨魯山お値打ちの日替わりランチは売り切れでしたので思い切ってこちらのメニューを注文友の会で支払できるのでなんだかうれしい♬わぁーーー頂きます美味しかった、身に沁みました頂いているとお隣の名駅マダムお二人の会話が耳に入り、夢中になっちゃって!文化のみ
松井須磨子さま。明治後期から大正初期。女優の扉を開き、島村抱月先生と一緒に、近代演劇。今の新劇を、ひとりでも多くの人たちに、届けようと、劇団芸術座を旗揚げされ、全国津々浦々、ロシア大陸まで列車に揺られての旅公演。貴女の生命の煌めきに触れることができて、私は幸せです。名古屋公演。おかげで、温かなお客様に迎えられ、周りのみなさんに、支えられ、無事に幕を閉じることができました。本当にありがとうございました。感謝をこめて。井料瑠美沢木さんの作曲された美し
細長く100m以上続く公園の一角に10本あまりの金木犀が並んでいる。家から駅までゆく動線からはすこし外れたところ。いまは金木犀の最盛期。途中で公園を出ていってもその芳醇な香りはついてくる。だから、急いでいない帰路はすこし♪遠回りして帰ろ、である。「彼女ら」の甘い視線を感じながらその傍を通りぬけるのはなかなか快適。まぁ、桜もそうだけどあと何年かすればTHEENDとなるのだから仲よくしようよ。ここのところ今年の秋は最短かと思うほどの寒さだが、きのうなど公園の各所にタンポポが咲き始めていた
こんにちは♪みよしピアノ教室です。10月23日我孫子駅前「けやきプラザ」南近隣センターで行われる、うたぱれっと「みんなで楽しく歌いましょう」無料体験会の、10月の歌をご紹介します。第15曲目は「ゴンドラの唄(吉井勇作詞・中山晋平作曲)」です。この曲は、1915年に発表された歌謡曲で、芸術座「その前夜」の劇中歌として生まれ、松井須磨子が歌い、大正時代に流行しました。みなさんで懐かしい歌を一緒に歌いましょう♪うたぱれっと「みんなで楽しく歌いましょう」無料体験会では、参加者募集中です。男性
ずいぶんと涼しくなりましたね🍁もうすぐ、名古屋公演。心よりお待ちしています✨✨「沢木座・公演」📕10月19日(日)📕13時開演17時開演@メニコンシアターAoi(東山線千種駅より徒歩4分)一部ソロミュージカル女優・松井須磨子出演井料瑠美作曲沢木順脚本さらだたまこ演奏長谷川幹人二部お楽しみコンサート🎵出演沢木順さらだたまこ井料瑠美演奏長谷川幹人公演のプログラム⬇️さらだたまこ最新エンタメ情報作家・アーティスト・
【お知らせです🕊️】名古屋での再演まで、あと一月近くとなりました✨近代演劇の黎明期。島村抱月と共に芸術座を立ち上げ、彗星のようにあらわれ、その生涯を駆け抜けた女優・松井須磨子。女優さんとしても、女性としても、一瞬、一瞬を、ひたむきに、生きた松井須磨子。初めて、女性が女性の役を帝劇で主演し、歌った女優さん。「わたしは、ただわたしとして生きていきたいと思うのです。」須磨子さんの大好きな言葉です。昨年末、深川で初日の幕をあけました。内容も、ブラッシュアップし
残暑が続いてますね。皆さま。お元気でいらっしゃいますか。✨名古屋。秋の舞台のお知らせ。をさせてください。昨年12月。沢木座・第二回公演。深川で初演の幕が開きました。「わたしは、ただ私を生きたいと思うのです。」男性しか舞台に立つことが出来なかった明治後期。彗星のように現れて、初めて、女性が舞台に立ち、女優という地位を開拓して、帝劇にて、主演女優として舞台に立つ。近代演劇のフロンティア。新しい価値観を生きた女性。近代演劇の黎明期。島村抱月さんと共に
2022年に閉店した甘味処神楽坂の『紀の善』さんが再オープンされるそうですうれしい☺️祖父も通ったお店でこのお店の看板が飯田橋駅から遠くに見えるといつも祖父のことを思い出していましたあの抹茶ババロアがまた味わえる、神楽坂の老舗「紀の善」が再オープン惜しまれつつ暖簾を下ろしてからおよそ3年後の復活www.timeout.jp記事を読んでいたら江戸時代に薬草店としてオープンしたとあり興味津々‼️当時の様子も見てみたかったなって思いますタイムワープとかねお店の看板の名前だけを
前のブログご覧下さいhttps://ameblo.jp/katika12044この方達、美しい。素晴らしい!人はかく有りたい💖🤗🫠☝徳川四天王の子孫庄内・酒井家の片喰紋丸にカタバミ紋です『2追想のイケメン侍幻影連想妄想耄碌朦朧懐かしさ優しさ強さ幻想か』どうぞご覧下さい現代人のイケメンでも通用しますよ鬼玄番と呼ばれた酒井了恒のりつね殿・優しげななで肩の一見、決して強く無さそうなお写真📸でもお強かったの…ameblo.jp☟
【舞台のお知らせです🕊️✨】昨年12月。沢木座・第二回公演深川で初演の幕をあけました。ソロミュージカル「女優・松井須磨子」10月19日(日)名古屋での再演が決まりました✨メニコンシアターAoi落ち着いた素敵な劇場です。(地下鉄東山線千種駅より徒歩4分)すこし、気の早いお知らせですが、応援していただけましたら嬉しいです。心よりお待ちしております。どうぞ宜しくお願い申し上げます✨井料瑠美✨公演プログラムです⬇️さらだたまこ最新エンタメ情報作家・アーティ
カチューシャの誕生<松井須磨子協会公式>松井須磨子主演イプセン『人形の家』の舞台先日、ヤフーニュースで、現代劇の女優第一人者として活躍していた松井須磨子のことが取り上げられていた。2「不倫愛」の果てに女優人生と1億円超の財産を捨てて自死…愛に生きた松井須磨子の悲しすぎる最期(歴史人)-Yahoo!ニュース■不倫がバレても女優業は順調劇作家・島村抱月との不倫スキャンダルが日本中の知るところになっても、女優・松井須磨子はくじけることなどありませんでし
弾いてみてなかなか奥深いので、しばらく大正時代に作られた楽曲の勉強しようかと思う『ゴンドラの唄』ピアノで弾いて載せてみた。大正4年の流行歌で、今も知っている人の多い名曲。(8分の6拍子で書かれている)大正4年吉井勇作詞中山晋平作曲一、いのち短し恋せよおとめあかき唇あせぬ間に熱き血潮の冷えぬ間にあすの月日のないものを二、いのち短し恋せよおとめぃざ手を
1919年に32歳で自殺した、新劇女優で歌手の松井須磨子さんを、趣味の姓名判断で、占ってみました。松井さんには、幸福。人の上に立つが、不和や失敗に注意。浪費や異性に注意。浮き沈みに注意。といった暗示があります。引き続き松井須磨子さんの本名、小林正子さんを、趣味の姓名判断で、占ってみました。小林さんには、強情さに注意だが、友人・知人・仕事に恵まれる。幸福だが、障害や不和・家族縁・病気に注意。虚栄心や異性に注意。不安定運。といった暗示があります。常盤英文です。皆の幸せを願います。また、
信州の実家にいます。旦那のテレワーク終了後、散歩がてら昼食に。歩いて20分ほどの場所にあるのは、六花亭さん。六花亭(戸倉/レストラン)★★★☆☆3.13■予算(夜):¥1,000~¥1,999tabelog.com木と花に囲まれた素敵な外観。私は社会人になってから、このお店に通い始めて、何十年にもなりますが、変わらぬ美しさ。店内は大正レトロの雰囲気で、たくさんの小物が雑然としているように見えて、実は計算し尽くされて飾られています。落ち着いた照明で、静かな時間が流れる、とても心地
Kindleで読了。渡辺淳一は初めて読んだかもしれない。松井須磨子に関する本。松井須磨子の調べたままを書いたのかもしれないけど、どっちつかずの書き方が多くてなんか変な感じ。ひどい女だなーと思いきや肩を持つような記述があったり。全体としてはなかなか面白く読みました。
一平さんいいですねえイラスト世界旅行のびやかですね大正デモクラシー時代の雰囲気がよく表れていますね女性の活躍の予兆ベネチアのゴンドラでしょう🎶「ゴンドラの唄」(^^♪が松井須磨子さんで大正に流行。ベネチアってどんなところ?の皆様に答えましたよ視覚化出来ましたね。「命短し恋せよ乙女」なんて、新時代を表しているようです「家制度」から飛び出したい新しい女性たちモボモダーンガールのことですその皆様に視覚で夢を
『日本怪談実話〈全〉』田中貢太郎❲河出書房新社❳【1】日本怪談実話〈全〉田中貢太郎河出書房新社ウェブサイトより《怪談実話の先駆者にして第一人者の田中貢太郎の代表作の文庫化。実名も登場。「御紋章の異光」「佐倉連隊の怪異」「三原山紀行」「飯坂温泉の怪異」「松井須磨子の写真」など全二百三十四話。》日本怪談実話〈全〉:田中貢太郎|河出書房新社日本怪談実話〈全〉:田中貢太郎|河出書房新社日本怪談実話〈全〉怪談実話の先駆者にして第一人者の田中貢太郎の代表作の文庫化
44年ぶりに読了。『三四郎』、『それから』、『門』の三部作を順番に読んでみよう。1909(明治42)年刊。日露戦争が終わって4年。この頃帝大生と云えば、とんでもないエリートである。殆どが尋常学校で学校を終わる時世に、23歳にもなって、親のすねかじってふらふらしている。ナンバースクール高校に入った段階で帝大は約束されるので、甘いこと甘いこと。何とも子供らしい世間知らず。同世代の女性から見ると、とても結婚相手には見えなかったろうと思う。そりゃフラれます。名言と感想。●僕が女
一昨日。深川の劇場にお運びくださったお客様。お心をよせてくださった皆さま。ありがとうございました。女優・松井須磨子さんの人生を、ひとりで、演じ、歌い、語ることができるのか、正直もうしあげると、落ち着かない日もありました。けれども、無事に、「松井須磨子物語」という新しい物語をお客様に届けることができました。座長の沢木さん。ピアニストの長谷川さん。脚本のさらだたまこさん。スタッフの皆さま。サポートくださった皆さま。ありがとうございました。それから、歌う舞台女優という
【お知らせです🕊️】近代演劇の黎明期。島村抱月さんと共に芸術座を立ち上げ、彗星のように駆け抜けた女優・松井須磨子さん。女優さんとしても、女性としても、一瞬、一瞬を、ひたむきに、生きた松井須磨子さん。新しい女性と言われたすま子さん。ぜひ、観に来ていただけたらと思いご案内させて頂いています^^🌸12月20日(金)🌸14時開演19時開演@深川江戸資料館小劇場(清澄白河駅から徒歩3分)🌸チケットのお問い合わせFBメッセンジャーまたは、オフィシャルサイトの
【お知らせ🕊️】先日のカラリアコンサートにてソロミュージカル「女優松井須磨子」すま子さんのヒット曲。カチューシャの歌ゴンドラの歌を歌いました。「私はわたしでいたいと思うのです。」彼女の大好きな言葉。松井須磨子さん。明治後期から大正にかけて、日本で初めて、女性が女性の役を演じ、帝国劇場を観客でいっぱいにした女優さん。ハムレットのオフィーリア、人形の家のノラ、復活のカチューシャ、故郷のマグダ、サロメ、海の夫人のエリーダ、カルメン。など。多数。その演目の多さに驚
先日、現在79歳の栗原小巻が久しぶりにテレビのトーク番組に出演して近況を語った。今、舞台でエディット・ピアフと松井須磨子を演じているという。79歳、実にパワフルである❗(大きな拍手)コロナ禍では大工仕事にも取り組み、木材から買って家具をいろいろ作ったとか。↓すごい❗❗そして、近頃は朝食を作ることもやっているとか。↓栗原小巻は私が小学生の頃、テレビの中に見た人生ではじめてあこがれ好きになった女性だ。テレビの向こう側の初恋の女
メディアで南海トラフ地震とか巨大地震注意の文言が飛び交うなか、大きな疑問がひとつ。注意の範囲は正確にはどの県までなんだろう?地図を見ると東京も赤い色がついてるけど・・‥そんな矢先、NHKが疑問を払拭してくれた。検討会会長/名誉教授の会見後、質疑応答でのこと:NHK:巨大地震注意の範囲は、今回地震があった宮崎を中心とした南海トラフエリアととらえていいのか?会長:答えは、No。全体が注意地域になる。(でもわたし、その南海トラフの正確なエリア広がりを把握していない
東京都新宿区にある「余丁町」は新宿区の東部に位置し、牛込地区に属する。大久保四丁町に由来する江戸時代当初は大久保村の中にあり、後に旗本の組屋敷となった。その地に横町が四本あったことから「大久保四丁町」と呼ばれていたが、1872年(明治5年)に大久保前町と合併した際に縁起の悪い「四」を「余」に改めて「大久保余丁町」としたことに由来する。『断腸亭日乗』の永井荷風が約10年住んだ町。また坪内逍遥もこの地に住み、演劇研究所を設置した。その第一期生に松井須磨子がいた。
松井須磨子本名:小林正子生年月日1886年3月8日(月)日干支丁卯同じ日干支の人物(ブログに掲載済みの人物)・足利義尚1465年12月11日(水)いて座・黒田忠之1602年12月22日(日)やぎ座・東郷平八郎1848年1月27日(木)みずがめ座・正岡子規1867年10月14日(月)てんびん座・武者小路実篤1885年5月12日(火)おうし座・知里幸恵1903年6月8日(月)ふたご座・トーベ・マリカ・ヤンソン1914年8月9日(日)しし座・森光