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枚方市「くらわんか餅」購入日2023/03/16製造・販売巴堂入手方法店頭で購入価格不明「くらわんか」とは、諸説あるようですが、東海道五十七次の五十六番目の宿場「枚方宿」で、淀川を行き来する三十石船に対してお酒や煮炊きもの(ごんぼ汁など)を売る小舟から発せられた言葉で、「食べないか?」という意味の言葉です。その船で売られていたかどうかは定かではありませんが、私たちが子どもの頃、秋になると必ず出掛けた「枚方大菊人形展」が行われる「ひらかたパ
下記は私が書いた小説です。良かったら、どうぞ。登場人物楓月(主人公、父と妹を亡くしている)咲良(幼馴染、友人を亡くした過去を持つ)絵画を狙う人物たち(絵麗、荒木、ネズミなど)由香里(絵麗の姉)カルア(毒親から逃げた女の子)etc……舞台門司港、宗像、大津空と海のキャンバスAmazon(アマゾン)桂塩鯛(しおだい)さんの落語を聴きに行きました。みすや針江戸時代、この店のことが落語で語られていたほど人気があった。場所は東海道五十三次の始発点(厳密には異なる)である京
先日、歴史街道枚方宿を歩きましたスタートは、京阪・枚方公園駅。ひらパー(遊園地)へ行く時に下車する駅です枚方宿ひらかたしゅく江戸と京都を結ぶ東海道五十三次は有名ですが、1615年の大坂城落城後、東海道は延長され、東海道五十七次になりました整備された宿駅は、54次伏見(ふしみ)55次淀(よど)56次枚方(ひらかた)57次守口(もりぐち)そしてゴールは、大坂の高麗橋です。(京橋ともいわれますが、江戸時代の大坂の起・終点は高麗橋)
京街道をゆく2日目②の続き。京阪電車の線路沿いに進みまくります。一本道なので迷わないのは嬉しいことです(笑)京阪樟葉駅が見えてきました。国史跡楠葉台場跡。慶応元年(1865年)に完成した要塞。幕末期に大阪湾にやってくる異国船が、淀川を通って京都に侵入するのを防ぐ為に造られました。また、京街道を通る尊王攘夷派を取り締まる為の関所の役割も果たしてたようです。堀があり区画整備された砲台場だったことが伺えます。旧幕府軍の駐屯地でしたが、新政府軍に破られてしまいました。今は凧揚げしてる子供達
2023年1月21日(土)天気晴れ時々粉雪本日は、「京街道をゆく1日目」のゴール地点「大阪メトロ守口駅」より枚方宿を経て岩清水八幡宮を目指して走ります。久しぶりの街道走りです🏃♀️💨すぐ守口街道の道標。守口宿の案内板。守口宿は街道に沿って案内板が多い印象です。守口市の意気込みでしょうか?この先へ進むと街道の道標少ないです一里ごとに置かれた目印✨一里=4キロです。守口市浄水場。イルカの壁画🐬ここを通ると目の前に淀川が広がります。河川敷をランニングするのは贅沢でした🏃♀️
京街道をゆく1日目①の続き。地図を見ながら進むと旭通商店街へ入ります。人通りも多く活気ある商店街です。カツ屋さんでコロッケ買おうか迷いました商店街を抜けて義天寺の方の坂道を上がると…目印があります。守口宿に到着です。この守口宿は堤の上にあります。そこが面白いなと思いました橋が二つあり、一つ目の守居橋。この下は道路で、川ではありません。守口宿アピールされております✨この堤は文禄堤と呼ばれ、豊臣秀吉の時代に伏見城と大坂城を繋ぐ最短ルートとして造られました。二つ目の橋。本町橋。橋
旧東海道五十三次で日本橋から三条大橋まで、そこからは「京街道の一部」を歩き大阪・高麗橋までの五十七次、最後は神戸海軍操練所跡までを歩き切った日から月日は経った。そんな日々の中で、時期を見てまた挑戦したいと思っていたいくつかのやり残しがある。そのやり残しの一つ、「京街道をすべて」歩く、を今回やってみることにした。・京街道とは京都と大坂を結んぶ為に整備された街道。東海道五十三次の先に、伏見宿・淀宿・枚方宿・守口宿の4宿ががある。この京街道は東海道の延長とみなされ、東海道五十七次という
■11月23日6時30分前日宿泊すたホテルから電車で枚方市駅まで戻る。枚方宿跡からの再スタート。だいたいこの辺。枚方宿には、旧街道の名残がいっぱいある。この京街道歩きでは、数少ない貴重な宿場である。標識は、「東海道」の記載もあり、懐かしい。街中の街灯早朝だけど・・・。出発から雨模様。でも、その分趣はあると思った。普段の生活では何とも思わないんだけどな、とか思いつつ。路の分岐の標識。読めない。右:??左:??
ゴールデンウィーク中に撮影した動画が府議団ちゃんねるにアップされました。今回のテーマは「地元紹介」です。世間では東海道五十三次と云われていますが、守口市では東海道五十七次が主流です。江戸から京都までの五十三次から、その最後の京都を経由せずに、大津宿から伏見、淀、枚方、そして守口となり、高麗橋(大阪市中央区)までの最後の宿場町が守口宿です。三重県の亀山市にある関宿のように昔ながらの町並みが残っていればそちらもご紹介したかったので
■2022年3月11日いよいよ最終日。長かった。昨日は夜中に目が覚めた。エアコンの調整方法が分からず暑かった。目が覚めた時、足も疼いていて、少し心配。最後まで楽しみたい。■今日の予定神戸、海軍操練所まで■出発6時40分■今日の朝ごはん久しぶりの立ち食い蕎麦、以前よく食べていた店都そば、わかめ蕎麦とおかかのおにぎり出発後、まもなく。良い天気。淀川広い。8時20分、ようやく兵庫身体の痛みは無いが、進まない。全然進まない
■2022年3月10日■今日の予定枚方宿から大阪城そして高麗橋へ多分30数キロ■出発6時半、枚方宿を目指す。散策ガイドに従って歩いてみる。まずはホテル近くの淀城跡公園へ、何もない。良い天気になりそう。河津桜がさいている。淀川の大きな橋を渡り、石清水八幡宮方面へ。お参りしたかったが、ケーブルに乗る必要があり、色々考えて断念。■今日の朝ごはん7時半くらい近くの公園で朝ごはん。前夜スーパーで購入。リュックから出して歩きながらたべる。
東海道五十七次(江戸日本橋〜大坂高麗橋)における、五十三次(江戸日本橋〜京都三条大橋)に対する延長部分にあたる京街道(HPからの借り物です)髭茶屋追分から大坂高麗橋まで、2021年11月から12月にかけて4回に分けて歩いたので、記録の為に全行程のブログを整理します旧東海道(五十三次)の全行程のブログは一番最後に◇◇ウォーキング記録◇◇★髭茶屋追分〜伏見宿2021.11.27★伏見宿〜淀宿2021.11.27★淀宿〜枚方宿2021.12.4★枚方宿20
旧東海道五十七次京街道ウォーキング京街道4回目(最終回)の12/25は、守口宿から旧東海道五十七次のゴール、高麗橋まで先日の守口宿から京橋駅手前の京橋商店街までのブログ★の続きです『旧東海道ウォーキング五十七次:京街道守口宿〜高麗橋その1』旧東海道五十七次京街道ウォーキング京街道4回目はクリスマスの12/25前回の誕生日も歩いて過ごし、クリスマスも歩きに出かけて…年末のイベント、もう少し違った…ameblo.jp京橋商店街を出た所で、JR大阪環状線のガードをくぐります京橋
旧東海道五十七次京街道ウォーキング京街道4回目はクリスマスの12/25前回の誕生日も歩いて過ごし、クリスマスも歩きに出かけて…年末のイベント、もう少し違った楽しみ方もありそうですが(苦笑クリスマスウォーキング(?)は、前回★のゴールの守口宿から、旧東海道五十七次・京街道の終点(起点)の高麗橋まで『旧東海道ウォーキング五十七次:京街道枚方宿〜守口宿その2』旧東海道五十七次京街道ウォーキング京街道3回目の12/19は、枚方宿から守口宿まで前回の枚方宿を出た所★からの続きで
そうだ、京都行こうと言っても仕事で…京都市内への配送業務を終えて、帰路竹田街道R24を南下してちょい寄り道。毎月一日にお参りしている伏見稲荷大社を越えたあたりより京都市伏見区の中心部となります。京都外環に入り京阪中書島駅付近にある「伏見港公園」の駐車場に停めて、付近をてくてく歩いてみたいと思います。この伏見区は、東海道五十三次の54番目の宿場町となります。東海道五十三次は、53番目の「大津宿」を越えて三条大橋が終点とされていますが、のちに大阪高麗橋まで延長され最
江戸時代、東京日本橋と京都三条大橋を結んだ東海道五十三次は皆さん知るところだと思いますが実は「五十七次」と表現することもあります。最終は三条大橋ではなく、大阪まで続いていました。54番目は伏見。(今の京阪中書島駅付近)55番目は淀。(今の京阪淀駅、京都競馬場のあたり)56番目は枚方。大阪と京都の中間に位置する街で、「ひらかた」と読みます。ひらかたパーク(通称:ひらぱー)でご存知の方も多いと思います。「まいかた」と違いますよ!57番目は守口。(今
歌川広重作東海道五十三次がマスクになりました(๑¯◡¯๑)素材はガーゼの手ぬぐいです。浮世絵をまとう。お洒落‼️女将作お客様からのオーダー品です。#女将マスク
昔から出かけるとこが好きだった。知らない町、知らない道が好きだった。自転車に乗れるようになったら、自転車で知らない町に出かけてみたりした。高校の時は、電車通学で定期があるにも関わらず、たまに自転車で通学してみたりした。電車で片道20分を自転車で60分。特に意味はないんだけど、いつもと違う道を通りたくなったりした。熊本の大学への進学が決まると、福岡から鹿児島まで電車でいき、鹿児島から熊本までママチャリで行ったりもした。鹿児島-熊本は2日間の旅だった。
2019.12.30(月)枚方のホテルでしっかり朝食をとり、ドラックストアでシップを買ってから京阪に乗り込む。守口市までは急行淀屋橋行きで移動。かつて枚方市駅から急行で大阪や京都へ行っていた身からすると、急行淀屋橋行きという響きが懐かしく、安心感を覚えてしまう。守口市駅8:54→太子橋今市9:07→森小路駅近辺9:25→関目高殿9:34→野江内代9:48→京橋10:10→片町10:19昨日の終了地点、守口市駅からスタート。しかし、歩き始め以前からザーザー降りの雨・・・駅から歩き
2019.12.29(日)つづき樟葉モール12:33→牧野駅13:05→御殿山駅13:30→枚方市駅前ビオルネ13:55樟葉駅のあたりで線路を越えるのですが、線路を越えるポイントが見つからず少し時間を食いました。京阪本線沿いに住宅地の中を歩いていきますが、旧街道らしく道はまっすぐついてはいません。こうして街道歩きをしていると、車を通すために道路のルーティングから改良が積み重ねられてきたんだな、と思うことがよくあります。牧野駅の手前では、京阪本線の線路のすぐそばを歩きます。お、電
2019.12.29(日)早起きできたので、歩きはじめる前に伏見稲荷大社へ。年明けには関西へ行かないので、年末に参拝となりました。さすがに朝7時だと写真も撮りやすかったです。昼間に行くと千本鳥居でいい写真は撮れないので・・・伏見稲荷から京阪電車で中書島へ向かい、近くのコンビニのイートインで朝食をしっかりとって、いざスタート。中書島駅8:00→淀駅9:10→御幸橋9:38~9:45→石清水八幡宮駅9:48中書島駅を出て西に向かい、濠川を渡ると左折、川沿いに進みます。やがて宇治川
2019年5月5日、私はついに京・三条大橋へたどり着きました。しかーし、東海道踏破の旅は、まだ終わったわけではありませんでした。京都と大津の境目にある髭茶屋追分から伏見宿・淀宿・枚方宿・守口宿を経て大坂にある高麗橋へ至る道ーその区間も東海道として、江戸幕府は正式にみなしています。そのため、東海道五十七次と言われることも増えてきました。というわけで、その区間も歩いてこそ東海道踏破だと思い、今回踏破してきました。ゴール近くには、どんな風景が待っているのか・・・と言いながら、今回歩くところ
昨日のお散歩は、前日BSで見た「東海道五十七次」のバス旅番組に刺激され、五十七次目になるらしい「守口宿」に行くことにしました普段自転車や電車では行くのですが、歩きは2回目くらいかな?まぁまぁあります(笑)東海道五十七次?にも興味があり、紹介していた樹齢500年の大イチョウの紅葉にも誘われて(イチョウの葉はすでに↓散ってました…でもイチョウの黄色い絨毯もきれいです)大阪府の天然記念物に指定されているそうですが去年の台風でかなり上の方の枝が被害を受けたそうです
2019.5.5(祝)前日は1日歩くのをお休みし、両親とともに祖父母へ会ってきました。左足に水膨れ、右足に痛みを抱えてはいますが、少し落ち着いたので今日ゴールすることに。石山駅前8:50→瓦ヶ浜駅前9:09→義仲寺9:39→石場駅前9:45→滋賀県庁9:52→京町1丁目交差点10:07石山駅前からも道なりに進んでいきます。膳所はかつてお城があったこともあり、道が枡形になっている部分もあります。先の3日間での頑張りのおかげで、今日はゴールまで15kmちょい歩けばOKということで、
2019.5.3(祝)そこそこ眠れたものの、右足が痛い・・・そして左かかとには水膨れ・・・思えば、3日以上連続で歩くのは、今回が初めてだったりする。昼食が遅くなることを想定し、ホテルで朝食をしっかり食べて体力をつけます。うまかったホテルニューミフク、ビジネスホテルにしては珍しくバストイレが別で、お風呂に洗い場もありました。これはありがたかった・・・今日はペースを落としていきます。今日は大津市の石山まで歩くつもりだけど、行けるんやろか水口城北詰9:15→泉西交差点10:07→三雲
2019.5.2(祝)宿泊先の亀山から1駅関西本線で移動し、関で下車。歩き始める前に、「関まちなみ資料館」「旅籠玉屋歴史資料館」を見学します。街並み資料館は町家を復元した建物で、当時の人の生活ぶりを想像することができます。玉屋は関宿の中心を担った旅籠の一つでした。玉屋の向かいには、「深川屋」というお菓子屋さんがあります。ここで売られている銘菓「関の戸」は、江戸時代からの関宿の名物として知られています。この日は店はお休みでしたが、昨日のうちに買っておいたぜ甘い餅菓子でした☆付近には「
2019.5.1(祝)平成から令和へと元号が変わった最初の日。「のぞみ」と近鉄急行を乗り継ぎ、四日市へとやってきました。この先は関東からのアクセスが大変なエリアになるので、この連休に一気に東海道歩きを進めることとしました。さぁ、京都へ向かってレッツゴー!四日市スワマチ商店街9:43→日永追分10:31→内部駅前10:45→采女11:09→国分町(鈴鹿市境)11:17→石薬師11:34前回も立ち寄った「スーパーサンシ」でお茶を購入し、いざスタート。少し歩くと、近鉄名古屋線の高架を
2018さn.12.29(土)前日夕方に18きっぷで移動し、桑名まで移動。東海道線内で踏切安全確認があり、到着が23時に・・・それでも何とか起きることができ、東海道歩きの前に三岐鉄道2路線を乗りつぶす。西桑名7:33→阿下喜8:30(徒歩)西野尻9:26→西藤原9:29、9:38→近鉄富田10:27、10:35(10:33)→桑名10:42(10:40)とまぁこんな行程で無事に三岐鉄道を走破。北勢線の終点から三岐線の駅までは歩いていくと効率よくつぶせます。本来は東藤原駅へ行く予定でし
「東海道中ひざびっくり」、いよいよ終盤。もうすぐ京都に入ると・・・思います(2019年1月5日に歩きました)。この交番を左に入ると旧東海道。すると、あれ?またもやマンホールで市境を察知する男りんりん、京都市のマンホールだ!ということは、ついに、京都市に突入!牛車の車がデザインされていてシンプルながら優雅なデザインですね。私の経験上の
お盆休み登別から高速バスを乗り継いで母と2人、日帰り小樽「龍徳寺」でお盆のお寺参りして小樽芸術村で「浮世絵展第3期」を鑑賞歌川広重東海道五十三次「日本橋之白雨」広重の作品は雨が素敵そして喜多川歌麿正当な美人画が好き浮世絵の後は遅めのランチ小樽市色内2丁目11「花ごころ小樽店」旧・銀行の建物日曜の14時中央のテーブル席には人がいませんでしたが個室には何組かがいる気配靴を脱いで個室に案内され掘