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このシリーズ、調べていくと各大学の特色があって面白いです。学生さんたちのエネルギーがまぶしい✨もし遠くの大学に進学したら・・・学生寮を調べてみたまだ志望校も志望学部もあやふやな長男。今のうちよ、悩めるのは。だけど、学生寮に入るなら早めに動かないと!ということで調べてみました。わが家は下宿するなら国公立の条件。※間違えていたら一大事!公式ページで確認してください。第5弾は国内唯一の海洋系大学。東京海洋大学第1弾の北海道大学はここ第2弾の東北大学はここ第3
【さらば、白瀬南極探検隊】汽笛が鳴り響く品川芝浦埠頭。漁藤の乗った機帆船「開南丸」がゆっくりと岸壁を離れていく。開南丸は、先の戦争で敵方から接収した機帆船を半払い下げしたもので、南極用に角材と鋼鉄板で補強するなどの改装が施された。吃水重量204トン、長さ33.5メートル、幅7.9メートルの木造船だ。エンジンは小馬力の18HPで、出入港用の補助動力程度に過ぎなかった。よって基本は帆走、すなわち風まかせ波まかせに頼るしかなかった。白瀬を隊長とする南極探検隊27人(隊員9人、船員18人)は、19
「はぁ?引き取らないって、どういうことだね?」春浪は、さる中堅出版社の応接室で声を荒げた。目の前の編集部担当は、困り果てたような顔で眼鏡を押し上げている。「いや、押川さんの才能は疑いようもございません。しかし、この『海底軍艦』、いささか……時代が早すぎると申しましょうか。壮大すぎて、読者がついてこられるか…」手許に置かれた担当者の名刺に目を落とす。「長井代助君か……君はどこの学校の出かね。」「帝大法科を…」「そこまで優秀で、こんなちっぽけな本屋の使いみたいなことしていて、毎日が
【山嵐、来たりて去る】多田健蔵が満州へと旅立ち、神楽坂界隈の活気が幾分衰えてしまったように思えるのは何も近頃センチメンタルに傾斜しがちな春浪ひとりの錯覚でもあるまい。秋が深まり、食欲は増すものの向上心は停滞している。不定愁訴のようなモヤモヤ感がなんとも居心地良くない。理由は、分かっている。その一歩、その一筆がなかなか踏み出せていない。それにすべてが尽きる。ところが、だ。その日の神楽坂はいつもの静けさとは打って変わって、朝から激しい嵐に見舞われた。春浪が身を置く家作の戸が乱暴に開け放たれるた。
【悶々するは身から出た錆】夏目金之助から無期限の出入り禁止を妻の鏡子を通じて申し渡された春浪には、この「無期限」の意味するところが解せなかった。どうせなら、ひとおもいに【破門】を申し渡してくれたほうがスッキリする。土台、金之助先生と自分とは水と油、書斎派の天才と無駄吠えばかりの野良犬の天地の隔たりだ。先生の方から「もうお前さんは要らないよ」と、どぶにうっちゃってくれたほうがマシだ、とさえ思った。今のままでは、金之助先生を恨むにも恨みきれない。肛門から出かかった大便のキレがくて、粘りっこく長く垂
【雑司ヶ谷の下宿にて】夏目金之助から漱石山房への出入りを禁じられ、春浪は雑司ヶ谷の下宿で失意の日々を送っていた。まだ1行とて文章をカタチにして著したことのない春浪は、作家になる理想ばかりが先に立ち、何を書きたいのか自問自答を繰り返していた。従って山房に出入りして文学修行の先輩らと交わるにも、「門下生」を自称する我が肩身の狭い思いをすることばかりだった。しかし、先輩連中からすれば春浪のその豪放磊落な気性と、まず行動ありきの習性が皆から可愛がられる美点でもあった。鈍感な春浪は、そうした自分に対す
夏目門下に居住まいを正しゅうして、研鑽に励むようになった春浪と漁藤の二人。春浪は早稲田で政治を修めながら、漁藤は越中島で遠洋マグロ漁業の効果的運用を実践研究しながら、合間を見ては、足繁く千駄木の漱石山房に顔を出していた。【邂逅、そして手桶の洗礼】多田健蔵は、東京物理学校を卒業し、四国の松山中学で数学教師を務めた後、例の「生卵」事件で辞表を叩きつけ帰京していた。現在は街鉄技師(都電の運転士)として、婆やの清と神楽坂の裏路地でつつましくも平和な日々を送っていた。しかし、その気性は相変わらずの
【令和7年12月8日投稿のアーカイブです】三浦の浜で全裸になり、開放感に浸る春浪と漁藤。地元巡査らの職質と制止を振り切り、堂々とその場を後にしようとした二人を「挙動不審、公然猥褻」の咎で巡査らが捕縛しようとする。気が短い春浪は堪忍袋の緒が切れ、浜辺での押し問答の末、春浪が巡査の一人に手を出したことで、一気に大きな騒動へと発展してしまった。【静かなる介入、そして運命の出会い】騒ぎを聞きつけ、野次馬が集まり始める中、その場に不似合いな、涼しげな顔をした一人の男が静かに近づいてきた。盛暑にも関わ
【令和7年12月8日投稿のアーカイブです】「おう、漁藤!約束通りだ。今日は俺の行きつけの洋食屋でうまいもんに舌鼓を打とうぜ!」漁藤の寄宿する越中島に行くのは初めてだった。3階建て木造の寄宿舎の中庭から春浪は声を張り上げた。一斉に窓があき、怪訝な坊主頭たちが春浪を見おろした。漁藤が慌ててオモテに飛び出した。ひどく迷惑そうな顔をしている。しかし、春浪は意に介さない。漁藤の肩を抱き、意気揚々と行きつけの洋食屋・煉瓦亭へと向かおうとしたが、漁藤は少し困った顔をして笑った。「すまんな、春浪。その
【令和7年12月7日投稿のアーカイブです】明治三十年代も末の東京は、古き良き時代の名残と、西洋から押し寄せる近代化の波が混沌と入り混じる、活気に満ちた街だった。早稲田大学の学生である押川方存(おしかわ・まさあり→後の押川春浪)は、その最前線で「新時代」を謳歌する気鋭の青年の一人だった。とにかく血気盛ん、精力の塊のような男で、高田馬場から箱根まで一昼夜通しで歩き、そのまま休まず帰路を歩き抜くような偉丈夫である。天狗倶楽部なるスポーツ愛好団体を拵えて、六大学野球の端緒をつけ、同門の金栗四三の陸上競
【令和7年12月6日投稿のアーカイブです】高校生の頃、現代国語のオマケで学ばされる「文学史」の中で、その後も永く僕の記憶に残った不思議なジャンルが幾つかあった。その中のひとつが「明治武侠小説」と分類される一団である。40年前、日吉の大学図書館で誰も借り手のないホコリの被った「明治武侠小説選集」を探り当て、その文語調を残した読みにくい文章と格闘したことがある。「三国志」に代表される中国の武侠小説の影響を大きく受けていると見え、講談や歌舞伎、擬古物草子の類で庶民文化の中に脈々と受け継がれてきた中
【令和8年1月10日投稿のアーカイブです】【深海潜航艇・『銀河号』の夜🌠】そこは「地球の裂け目」と呼ばれる場所でした。世界でも名だたる深さで知られる日本海溝。その底には、マントルの上をとてもゆっくりとした速さで太平洋の中央から西へ、日本に向けて進んでゆく地殻があります。プレートと呼ばれています。例えてみると、それは茹で玉子のオモテの殻です。トントン叩くと、ヒビが入ってスルリと滑るように剥けますね。その薄皮のような殻(プレート)が、ぶつかり合う場所が、高いヒマラヤとかアルプス山
【令和8年1月13日投稿のアーカイブです】【スヴァールバルの孤島で聞いた話】「……ええ、これは、もう10年も前の話です。雪という言葉が北極から消え去った2026年の冬、スヴァールバル諸島の無人島から命からがら逃げ帰ってきた、ある老船員が震えながら語った実話です………でもこの話を聞いたら、あなたは私を気狂いだと思うに違いありません。それでも結構。話に付き合ってくださるだけで気が晴れる。一度聞いてしまったことの後悔を…………」男は、私がついだウオッカのショット🥃を立て続けに三杯平らげた。
【令和8年2月10日投稿のアーカイブです】『果てしなき未来の追憶』すべての生物が等しく死に絶え、地球という名の青い奇跡が、灼熱の塵芥(ちりあくた)と化した後の世界。人類の終焉は、自業自得の「熱」と、冷酷な「ある宇宙的な事変」が重なった瞬間に訪れた。人類が追い求めた「発展」という名の業火が、気候変動(温暖化)を暴走させ、海を煮立たせた。そこへ、太陽系近くの超新星爆発によるガンマ線バーストが追い打ちをかけ、地球の大気を一瞬で宇宙へと吹き飛ばしたのだ。生き残ったのは、奇跡的に機能を保っ
【これは令和8年5月1日投稿のアーカイブです】飛龍山・迷走の果てにかつて田部重治が、木暮理太郎が、あるいは深田久弥が、その重厚な深山幽谷に魅せられ、魂を削るようにして歩いた道。私もまた、一時期、関東の奥座敷と呼ばれる「奥秩父山塊」に、取り憑かれたように通い詰めていた。当時の私は三十代末。トライアスロンやトレイルランニングに心血を注ぎ、肉体の限界を更にその奥の限界まで押し広げることに、ある種の陶酔を覚えていた。日本中の名だたる峻嶺を歩き、テント山行においてはいかなる状況変化にもフレキシブルに
【これは令和8年5月3日投稿のアーカイブです】白馬大雪渓・クマよけ鈴の音それは、私が四十代半ば、峠を越え衰え始めた体力とは裏腹に、山への情熱が最も盛んだった頃の忘れられない記憶である。北アルプス、白馬三山。その夏、私は一週間に及ぶソロキャンプを贅沢に楽しみ、心地よい疲労感と共に下山の途についていた。行きも使ったルートの帰路。尾根から一気に白馬尻を目指す、日本最大級の万年雪が堆積する「白馬大雪渓」。雪渓の歩行は危険と常に隣り合わせだ。そこには「クレバス」と呼ばれる深い氷の裂け目が口を開け
【令和7年5月14日投稿のアーカイブより】西丸さんの動物に注ぐ視線は、きわめてポジションが低い。しかも、対象は野生動物にほぼ限られる。ギリギリにまで寄っては、ヒョイヒョイ平気で手を伸ばす。飼い犬とか、観賞魚とか、家禽のたぐいは、あまり論じない。(時々、ネコかな?)迷い込んできたスズメや、捕獲した手負いのミミズクを短期間面倒見る、なんてことは、その例外範疇だ。そこより奥には進んでいかない。大半は、深山幽谷、未開のジャングル、高層湿原や海浜、絶海の孤島などで、世間に馴染みのない動物の生態を西
【令和7年5月9日投稿のアーカイブより】僕の独断偏見だが、まず、作家・西丸震哉先輩を“この1編”で語ろうとするならば、山の不思議体験記録のうちのどれかを筆頭に持って来るのがよいと思う。僕の西丸ワールドへの入り口がココだったからでもある。西丸先輩は、スーパーナチュラルな空気をまとって地上に降臨した、コンピューター付き原始人である。西丸先輩の著書は、だいたい全分野読んだ。心残りなのは、生前に1度だけでもお目にかかリたかったこと。叶わなかった。これは今となっては取り返しがつかない僕の失態だ。
はい今日は東京海洋大学客員教授のさかなクンのお誕生日だよとと教えてくれた我が子供wそうでしたかさかなさんおめでとうございまーす!祝!これからもさらなるご活躍を楽しみにしておりますwわたくしは今日朝から広島の事を考えておりましたあの日もさかなさんと同じように広島で日本に誕生した赤ちゃん達が居たであろうに…と子供の話を聞いてとっさに思いました戦後81年今年はあまり報道が無いように思うのですが気のせいでしょうか?※テレビ見て無いか
【令和7年7月11日投稿アーカイブ】座間味島サバニレース⛵️からそろそろひと月が経つ。思い出した事があるので、書いてみる。僕の所属大学チームのゲストクルーとして応援に来てくれた1人の紳士と宿を共にし、夜遅くまで車座で泡盛を酌み交わした。彼は僕より少し若いが、大手航空会社の国内線旅客機の機長をしている人物だった。飲むほどに酔うほどに彼は快活明朗さが増し、僕らはすっかり意気投合し、翌日レースがあることなど忘れてしまった。日付をまたいで、幾つもの瓶をカラにしてしまった。饒舌な彼と、ヒトから
過去の投稿(初投稿日:令和7年6月1日)のアーカイブです。長嶋茂雄という人が、草創期の日本トライアスロン界に貢献した功績は計り知れない。誰かがいつかは書くだろう、と永いこと待った。しかし誰もやらない。段々知らないヒトが増えてきている。だから、僕がやる。おそらく、コレは、公開立ってキチンとまとめた最初のエッセイ(本当はエッセイではなく、本格的なドキュメントにしたいが、用意も時間も体力もない。記憶頼みのエッセイで、茶を濁す)にはなるだろう。僕が一番乗りになる。昭和55年に第1次巨人・長嶋政権
暑いけど、先週からアチコチ歩き始める。さすがにカメラ持って歩く気になれず、スマホのみ。昨日は大阪から出張で来ていたバンド仲間と言うか先輩と新橋で昼飲み。今朝はしっかり体重が増えていた。また歩こう。
今年は、海の日が7月20日だったので、久々に海の日な感じ。と言っても、海無し県の奈良に行ってたけど。7月20日が海の日になったのは明治天皇が東北・北海道巡幸から船で帰られ、横浜港へ到着した日だから。この航海に使われたのが明治丸で、今は、我が母校の校内に保存されている。そんな訳で、海の日は、同級生がボランティアで明治丸を案内してるようで。暑くて大変だったとか、いちいち、ラインしてくれますが、嫌ならやめれば良いのに😝明治丸というか船が好きなんでずよね😍🥰この明治
こんにちは猛暑です所により酷暑です血圧計を見るため錦糸町のヨドバシカメラに行きました普段は多くの人が待つバス停、なんか少ないヨドバシカメラもアルカキットもガラガラ閑古鳥が鳴いていましたああまりの暑さで危険だからみんな出かけないようにしている?おかげで何処も空いていてゆっくりと見ることが出来ました血圧計は秋葉原に行かないといけないかな?と思ったのですが予想以上に沢山あって迷いました急がないので暫く検討することに・・・写
こんにちは~今日は三連休の最後10年は使った血圧計が不調なんで錦糸町のヨドバシカメラに買いに行くか・・・ところが朝ごはんのとき夫が「今日は海の日で、海洋大学の明治丸が開放だって!」私は高校卒業後に就職した職場が、東雲だったため門前仲町からバスでしたバスは必ず、「東京商船大学前」を通りましてそれから月日が流れ12年前に清澄白河に越して来たら、豊海水産埠頭に行くバスが「海洋大学前」を走り、大興奮いつか中に入ってみたいと、ずっと思っていまし
朝のサイクリング本日は5時起床、5時半ライド開始中央区石川島公園内「パリ広場」月島方面へ向かう途中、近代的な街並みの美しさに惹かれて寄り道した場所に、思いがけず向日葵夏の日のサイクリングにぴったりの写真が撮れました奥に見えている橋は「永代橋」ですこちらは佃から八丁堀方面に向かう「中央大橋」橋の上からリバーサイドが好きですいい景色が見られてよかった朝6時の「中の島公園」屋形船のポート東京海洋大学内にある明治丸東京のまだ見ぬ風景と出会いにまたライドしたいです
久しぶりの参加。膝の調子を見ながら、無理なく動くか確認です。蒸し暑い中、12名参加。基本練習が中心でしたが、最後のシャトルランは、死ぬほどきつかった。20.40.60メートルを、1分間でシャトルラン。30秒休憩で、3本でした。何とかよれよれながら、完走しました。それから今日は、5年以上ぶりにK山さんが、参加しました。ブログをチェックしてくれているようです。嬉しいですね。それからそれから、今日は珍しく隣で、川崎キッズヒーローズが、東京海洋大学と合同で練習していました。上位ブロ
もうすぐ夏休みだねーという話をぽんちゃんとしていたらなぜか、「夏休みやだなぁ…」と言い出しまして。理由を聞いたら、担任の先生と会えなくなるのが寂しいとのこと。大好きなんだってーちょっと前まで登校渋りしてたのに一体。。。まぁよかったけど。今は、私の出社日と、くもんに行く日以外は学童に行かずに家に帰ってきているのですが夏休みは、私が在宅の日も学童行ってくれるのかなせめて午前中だけでも行ってくれないと、仕事が…とはいえ、私も何日かは有休を取るつもりなので色々計画したいです話は
いつも楽しみにしているウォーキングイベントですが、雨降りの日は不参加のことが多いです今回のコースは西武有楽町線の新富町駅から東京メトロ東西線の東陽町駅まで興味深いコースだったので、色々と調べて楽しみにしていました「佃島」辺りはギラギラした炎天下より、薄曇りくらいのモノトーンが似合いそうなイメージがありました家を出る際は、まさかの土砂降りそれでも「行ってみよ~」の気分新富町に到着した時は、どんより曇り空でしたが、雨は上がっていましたこんな感じ中央下に見える白い建造物は石川島灯台
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