ブログ記事825件
昨日、特別セッション『ヒロイン道の歩き方ver.2026』の受付が終了しました。まずは、たくさんのご縁を本当にありがとうございました。昨日、一歩踏み出した方から「このタイミングでなかったら動けなかった」というメッセージが届きました。運命を変えるには理屈よりもタイミング、その通りだと思います。あなた史上最高の物語の扉を開いて一緒に輝かしい未来へ進みましょう。ですが踏み出せなかった方にとっては募集終了直後の今日は
すっごい顔しておしっこしとる。『ラスボス②やっぱりそれか?』『1番』疲れてた。思ったより疲れていた自分を知る。やっとすっきりしてきました。やっぱりお休みってだけでリラックスできて楽だなぁーとりあえずどうしてもやりたかっ…ameblo.jp前記事⬆️昨今のスピリチュアルビジネスの流行で、自分と向き合うことや心の広がり、魂の覚醒と言う言葉を使うと、とたんに安直なイメージが広がってしまう傾向にある気がして。私もどんな言葉を使えばいいのかしら?と書く時に躊躇してしまうことがある。けど、
みなさん、こんにちは。せしりあです。いつもブログを御覧下さいましてありがとうございます。今回も私のオススメする曲の話なのですが、私のところに自然に降りてくるメッセージソングとは異なるため、もう少し、あと少し行けば・・・という、今の私が感じてる状態を本日のブログのタイトルにしました。今回のオススメ曲は前回に引き続き、〈藤井風さん〉の曲です。タイトル似てるけど、ZARDの曲じゃないよ。ちなみに前回のオススメはこちら。↓↓↓『【改訂版】『もう2度とこんな愛には出
久しぶりにグループカウンセリングを開催します✨ここ数年で、私は『思いがけない奇跡』をいくつも体験してきました!お金、人間関係、仕事、タイミング…「まさかこんな形で現れるなんて!」という出来事が次々と起こっていったのですでもそれは、特別な引き寄せテクニックを使ったからではなく「どう叶えるか?」よりも「どんな自分でいるか?」に意識を向けてきたから叶えるカギは、“整えること”から始まる頑張ることよりも、焦ることよりもいちばん大切なのは整えること✨
サロンやVoicyのご質問によくいただくのが、身近にいる合わない人との人間関係の悩みです合わない、とひとことで言っても自分の自覚意識があるケースと無いケースとあるんですよね。明らかに「合わないなあ」と感じている場合なら無理して付き合わなくていい、と自分に許可を出したり相手も私もこれでよし、と認めるなどの行動が取れると思います。しかし、自分の意識であまり分かっていないケースもありますので、それについて書いてみます。苦手とまで思って
こんにちは!ライフコーチ青葉みきです。今日は【ライフコーチ養成講座】コーチング×現実創造クラスオリエンテーションがありました。新しいクラスのつながりと対話の中でどんな癒しと気づきの時間をみんなと創造することができるのかとても楽しみです♡さて今日は私の体験談から【自由に生きたい女性が、最初に手放すべきもの】というテーマでお伝えしていきます(^^)「もっと自由に生きたい」そう思
人生は、思い通りにならないことの連続です。突然の悲しみ、期待外れの出来事。それらは私たちの意思とは関係なく訪れる。でも、そこで立ち止まって問いかけてみませんか?「この出来事は、私に何を伝えようとしているのか?」と。同じ雨でも、ただ濡れるだけの人もいれば、雨音に心が洗われる人もいる。それは、意味付けが違うから。意味づけは、他でもない自分の内側から生まれます。誰かの価値観ではなく、あなた自身の心の声に耳を澄ませること。そこに、あなたにしか見えない
心理カウンセラー・自己受容マスター・自律神経調律師の咲菜です。カウンセラーとして25年目。自分のすべてを受け容れ愛することから始まる本質とずれない新しい生き方をお伝えしています。詳しいプロフィールはこちらから7月出版のKindle本の朗読配信、今日は2-4それは「私じゃない私」だった『この人生を、この私で、生きていく』2-4それは「私じゃない私」だった今日はここを読ませていただきました。小さい頃に、自分を守るために演じるようになった「私」がい
こんにちは!ブログにお越しくださりありがとうございます🍀西洋占星術であなたの本質と才能を読み解き、潜在意識とエネルギーを整えて、“本当のわたし”で夢を叶える力を引き出す潜在意識クリアリング&占星術コーチの川﨑さちこです。今回は、「どうして、頑張っているのにうまくいかないんだろう?」そんなふうに感じている方へ向けて、星からのメッセージをお届けしてみたいと思います。「もう、
自己紹介メニュー一覧スピリチュアルセッション7月8月分は以下のお日時が可能です。お申込み時には変わっている可能性もあります。フォームよりご希望のお日時を3つご記入ください。7月27(日)11時~14時29(火)13時~15時8月1(金)11時~16時6(水)13時~15時7(木)11時~14時12(火)13時~16時15(金)11時~14時
私は訪問看護の現場で、“相手の望むことを気づいて言葉にする”力を意識している。でも、同じくらい大事にしてるのが「感情の先取りをしない」ということ。たとえば──「寂しいですよね?」「つらいでしょう?」って、つい言いたくなることがある。でも、それは私の中にある“仮説”であって、その人の“真実”ではないかもしれない。寂しくても「寂しいと言いたくない人」だっている。悲しくても「それを言葉にする準備がまだない人」もいる。私は、相手が言葉にするまで、その人の“沈黙”や“間”
「悲しいときは、悲しいと言っていい」この言葉を聞いたとき、ふっと胸の奥が緩んだ気がしました。大人になってからの私は、「がんばらなきゃ」「強くならなきゃ」と思うあまり感情を置き去りにしていた気がします。泣きたくても笑って。苦しくても「大丈夫」って言って。それが“かっこいい自立”だと思ってた。でも本当は、誰かにどうにかしてほしいんじゃなかった。「そうか、悲しかったんだね」って、ただそこにいてありのままの私を受けとめてもらいたかったんです。悲しみを感じることも、ちゃんと生き
先日、訪問看護でガン末期の方のお宅を訪れました。とても穏やかにお話しされる方で、ふとした瞬間に、こんな言葉をこぼされました。「家族には迷惑をかけたくないんです」この言葉、終末期の方がよく口にされるものです。でも私は、この「迷惑をかけたくない」の奥にどれほどの感情が詰まっているかを、たくさん見てきました。悲しみ、苦しみ、怒り、悔しさ、喜び、そして…恐れ。得体の知れない“死への恐怖”。それは、「苦しみたくない」「孤独になりたくない」そんな身体的な恐れもあるけ
私は昨日、槇原敬之さん(マッキー)のコンサートに行ってきました。そこで何気なく放たれたある一言に、涙がこぼれそうになったんです。『私なんか…』『どうせ私なんて…』そんなふうに思うこと、きっと誰にでもある。私も正直、まだまだそう思ってしまう時があります。でもマッキーはこう言ったんです。「ここにいるだけで、存在してるだけで、誰かのインスピレーションになってるんです!」その瞬間、心がじんわりと震えて、涙がにじみました。なぜかって──この言葉、最近いろんなところ
「辞めたいけど、辞められない」「お金のためだから」そう自分に言い聞かせながら、本当は…「ここを手放したら、私は誰にも必要とされないかも」そんな、見えない不安を抱えていた。でも思い返してほしい。私たちは、何かに“価値を証明”するために生きてるんじゃない。ただ在ることに意味がある。評価されること。結果が出ること。それらが私たちの価値じゃない。たとえ今、何かがうまくいっていなくても。人に認められていなくても。あなたの存在そのものが、宇宙にとっての奇跡。だから「
「宇宙は失敗がつきもの。宇宙は失敗を試せる場所。」この言葉を聞いて、私はなんだかほっとした。今まで、失敗は怖いもので、避けなければいけないものだと思ってた。でも、宇宙の視点で見たら…「むしろ失敗しない方が不自然」そんな風に感じて、ふっと肩の力が抜けた。さらに、ふと思い出したのが「人生は100年の夏休み」という言葉。本気で生きていると、いつの間にか“義務”や“成果”に縛られてしまうけれど、魂の視点で見たら、**人生はただの「自由研究」**なのかもしれない。失敗してもいい
“忙しい”は、正義じゃない。“忙しい”は、時に本音を覆い隠す仮面になる。私はこれまでずっと「忙しい人」だった。遅くまで仕事をして、帰宅はいつも夜遅く。それを誇りにすら思っていたのかもしれない。でも——昨日の帰り道、私は後輩を職場に残して帰った。その瞬間、胸の奥にチクリとした感情。それは、罪悪感だった。「先に帰るなんて悪いな」「ちゃんとフォローできてなかったかも」そんな気持ちを私は“忙しさ”でかき消そうとしてた。でも今朝、ふと気づいたの。その罪悪感を見たくないから
昨日ふと、小さい頃の夢を思い出した。「お花屋さんになりたい」って、何の迷いもなく言ってた自分。なんでやったんやろ?子どもながらに、人を喜ばせたいとか、感性を活かしたいとか──そんな想いもあったかもしれへんけど、たぶん一番の理由は、ただ、お花が好きやった。それだけやったんよね。特にひまわり。まっすぐで、明るくて、見てるだけで元気になる。(背面からも好き🌻)でも春にはチューリップ、夏はアジサイ、秋はコスモス、冬はシクラメン。季節ごとに「わぁ…」って心を奪われ
今日は、大切な後輩Yちゃんのラスト勤務の日。もうすぐ、彼女は新しい命を迎えにいきます。彼女と出会ったのは、今の職場。気づいたら自然と仲良くなっていて、社長を囲んでの“母性の会”や、時々のお茶時間でたくさんの話をしてきました。一回り以上年下の彼女だけど、不思議なくらいフラットに心を交わせる関係で。職場の垣根も、年齢の差も、エネルギーの共鳴には何の意味もないんやなって思う。本気であう人とは、引き合うスピードが、驚くほど早い。ということは、ホンモノしか繋がらないし、ホンモノし
「なんで、こんな終わり方なん?」数年前、仲間との関係が壊れたとき、私は本当に苦しかった。でも、あれは“関係の終わり”じゃなくて、私が握りしめていた前提の終わりだった。「ちゃんとしなきゃ」「いい人でいなきゃ」「相手を優先しなきゃ」そんなふうに、いつの間にか自分より“周りの期待”を優先していた。でもそれって、いつも誰かの顔色を伺って、自分の本音にフタをしてる生き方だった。壊れたあと、悲しさも悔しさも全部味わって、その奥にあった「もうやめていいよ」って声に、やっと気
私は訪問看護の仕事が好きです。目の前の人の小さな変化に気づいたり、言葉にならない気持ちを汲み取ったり、人の人生の一部にそっと寄り添えるこの仕事が、私は好きです。そして私は、今の社長のことも、尊敬しています。大きなビジョンを掲げて、まっすぐに前を向いて生きてる姿に、私も背中を押してもらってきました。でも、それでもなお——私は、しんどかったんです。人の批判が飛び交う空気。問い詰めるような言い方。正論で人をねじ伏せるような関係性。その中に長くいるうちに、私は、私を見失い
こんにちは!今日のわたしは「本格的に方向転換の時期がきている」そんな感覚を感じてる長く心のどこかで思っていたことが、どんどん言葉になり始めているような感覚それは小さな頃のわたしの人生を誰かが背負ってくれることはなかった——っていう事実頼りたかった大人たちもその時々の自分のことで精一杯で私の人生まで背負える余裕なんてなかったのかもしれないそして大人になった私はやっと気づくその小さなわたしを背負ってあげられるのはほかでもない大人
「どうやったらうまくいくんやろう?」そんな風に悩んで立ち止まるときって、多くの場合、“やり方”に行き詰まっていることが多い。だけど最近、ふと思ったんです。ほんまにやりたいことって、方法の話じゃないよなって。どれだけスキルを学んでもどれだけノウハウを詰め込んでも心が動いてなかったら、しんどくなるだけ。そもそもなんで、それをやりたいと思ったんやろ?最初に湧いた想い。あの、まだ何も知らなかった頃の“きっかけ”。「この人みたいに生きてみたい」「目の前の誰かを、救いたい」
今日は、誰かの誕生日でも命日でもない。だけど、私にとってはとても特別な日です。43年前の6月25日、生後すぐにチアノーゼを起こし、1年半の入院を経て退院した日。つまり、“社会復帰”をした日です。原因ははっきりわからないまま、ただ「肺が悪いらしい」とだけ。酸素を吸いながらの生活が続きました。でも、両親はそれでも私を家に連れて帰ると決めてくれた。退院時の写真に添えられた母のメッセージにはこう書かれていました。「みなさまのお陰で無事に退院することができました。
最近、よく耳にする「多様性」という言葉。とても素敵な響きを持った言葉なのに、その使われ方に、どこか違和感を覚えることがあるんです。「多様性が大切」「いろんな生き方があっていい」「みんな違って、みんないい」そんな言葉たちが、表面だけをなぞって使われているような、あるいは“都合のいい正しさ”として扱われているような、そんな場面に出会うと、私の中で、静かに問いが立ち上がります。それって、本当に多様性なんだろうか?ただ「違いを認める」っていうのは、本当の意味で「向き合う」
気づけば、2025年も折り返し。時間は、いつも静かに過ぎていきます。でも「書くこと」でだけは、その時間を、しっかりと自分のものにできる──そんなふうに思うのです。私は4〜5年前から「書く瞑想」を始めました。最初は、毎日“感謝することを10個書き出す”という、シンプルな習慣。だけどそれが、気づけば心の支えになり、自分を整える“軸”になっていました。月末には、必ず「来月、どんな自分でありたいか?」という在り方の目標も書いています。目指す肩書きやゴールじゃなくて、叶えた
ある日、久しぶりに訪問した利用者さんのお宅。少し前に、大切なご母親を亡くされたと聞いていました。けれど、ご自身の体調のことを考えると遠方へ行けず、会えなかったそうです。その悲しみを口にすることはなかったけれど、彼女は、限られた言葉とジェスチャーでこう言いました。「元気の出る漢方、ないかな?」と。気分が落ちてて元気が出ない――でも私には、その奥に「元気でいなきゃ」「家族に心配をかけたくない」そんな思いが透けて見えました。気遣いができる方だとわかっていた
ある訪問の現場で、私は一人の利用者さんと、うまく関われませんでした。怒り、拒絶、そして「あなたとは何かが合わない」という言葉。帰り道、胸が締めつけられました。自分が何か間違ったのか、足りなかったのか、信じてもらえなかったのか──私は、自分を責めかけました。でも、その夜、静かにノートと向き合ってみたんです。そのとき、はじめて気づきました。どこかに「自分ならできる」というおごりがあったこと。信頼されて現場に出してもらった。リーダーにも任命された。だからきっと、う
ある日の訪問ケアで、私はひとりの利用者さんと向き合いました。なかなか関係性を築けないと言われていた方。「あなたなら大丈夫」と言われて向かった現場でした。でも、私はうまくできなかった。痛みもケアも、感情の波も受け止めきれなかった。思うように言葉も出てこなくて、相手をいら立たせてしまったんです。それでも、私は最後までその方に聴きたかった。「どうして、あんなに怒っていたのか?」でもその問いに返ってきたのは――「理由もわからないのに謝らないで。」まるで拒絶されたみたいで
葉加瀬太郎さんの【情熱大陸】を聴きながら🎶本日のブログをお楽しみ下さい🥰-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be皆々様☺️こんにちは❣️こんばんは‼️或いはおはようございます🌈✨(スパイファミリーの真似ねっ😊)今日もシーナのブログにお越し頂きまして本当に本当に本っっっっっ当にありがとうございます🥰✨【超意識の学校】の学校長のシ