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「中仙道歩き改訂版贄川宿から塩尻宿まで①」の続きです。本山口留番所跡から200m程進むと古い街並みが続いています。出格子の二階建ての家が立ち並び、今でも当事の面影が色濃く残っています。その先に本山宿脇本陣、上問屋跡脇本陣、上問屋場は兼用で花村家が勤めています。上下問屋場は月の上15日が花村家で上問屋、月の下15日が小林家で下問屋を受け持っていました。本山宿説明板によれば「説明板によれば「和銅5年(713)に開通した吉蘇路(きそじ)において、本山は木曽谷から松
令和4年5月20日歩いた時間4時間30分歩数26,180歩美乃坂本駅を7:30に出て贄川駅に9:27に着きました。贄川駅前の説明板によれば「木曽路は、「これより南木曽路」の碑が立つ桜沢からはじまる。ここから山は急に近づき澄み切った奈良井川の清流が深い谷間をぬって下るところから旅人と自然との語らいが始まる。ここ贄川宿は、中山道69次の33番目の宿場である。また、木曽路の北の防衛拠点として建武2年(1334)に関所が設けられ、木曽福島関所の副関として当時重要な役
6月30日、梅雨の時期なので歩き旅は控えていましたが、雨は殆ど降らず早々と「梅雨明け宣言」となり、これ幸いと中山道歩きを再開しました。さて「木曽平沢駅」に戻り「平沢地区」の旧道を進みます。平沢は江戸初期から「木曽漆器の産地」として栄えた町で、漆器を扱う商家等の個性的な建物が並び「漆工芸の町」としては、唯一「重伝建地区」となっています。かっては「生活必需品」だった漆器製品は、生活様式の変化等により、苦戦しているようで「廃業している店」も、多かったです。街道は、平沢地区の外れに
4月30日は下諏訪宿から木曽福島駅まで54キロ??前日の夜から陽子ちゃんが参加。今回中山道の醍醐味ともいうべき美味しい宿場町狙いで。1日単位で参加可能なため、そんなこともできちゃうのがありがたい。前半の方はその日がラスト。最初の末さんエイドは平出遺跡公園古代の集落が復元されています。まさかエイド食に生春巻きを出してくださるとは。ちゃんと海老入りです。木曽路に入りました。桜と美女の後姿贄川宿で2回目の末さんエイド。唐揚げ。な、なんと海
前回【4日目-⑦】奈良井宿~贄川宿『《オフ折車&ランで行く》中山道六拾九次【4日目-⑤】奈良井宿~贄川宿』前回【4日目-④】藪原宿~奈良井宿『《オフ折車&ランで行く》中山道六拾九次【4日目-④】藪原宿~奈良井宿』前回【4日目-③】宮ノ越宿~藪原宿…ameblo.jp贄川関所跡を出て、本来の中山道はJR中央西線の東側を並走するのですが廃道となっているので、JR中央西線に架かる跨道橋関所橋を渡り、国道19号に迂回しなければなりません。大名行列
本山宿の外れ、線路の脇にある「本山そばの里」屋根に掲げられた看板旧道は、かつての中山道本山宿「そば切り発祥の地」と言われている本山そばの里は、塩尻市宗賀本山にある。ここはかつて中山道の宿場の一つ本山宿で賑わった場所で、今でも往時の面影を残している。店内の様子おすすめの宿場御膳大盛り1500円(普通は1300円)そばのほかにそば団子の汁物やそば餅、そばの実、漬物などがつきボリューム満点。そば団子の汁物そば餅とそばの実そば湯単品の天ぷら(季節の野菜盛り合わせ)400円ピー
CF中央本線贄川駅←日出塩駅→洗馬駅2024年10月12日(日)に訪問した、CF中央本線日出塩駅の画像をUPします。相対式ホーム2面2線の地上駅で、無人駅です。中央本線で最も利用客が少ない駅です。長泉院と中山道本山宿と是より南木曽路の碑の最寄り駅です。改札口です。日出塩駅の駅名標です。以上です。CF中央本線贄川駅←日出塩駅→洗馬駅
洗馬宿へ向かう。10分ほど歩いたところで、牧野という交差点に出た。交差点のあたりで左に入る道があった。ここから、国道19号線を少し離れ、左に入る道を歩くようだ。国道19号線を離れ、グーグルマップやガイドブックに従い、道なりに歩く。道なりに10分ほど歩いたところで、左手に一里塚跡の碑が設置されていた。これは牧野の一里塚跡というそうだ。残念ながら現存していないようだが、このように石碑を建てて頂いていると往時の旅人の気分を味わうことが出来、有難い。一里塚跡から5分ほ
宿泊地から公共交通機関を乗り継いで昨日たびを終えたところまでやってきた。ここからたびを再開。ただ、やはり脚が痛い(TT)。昨日の峠越えが日頃運動をしない私には相当こたえたようだ(TT)。JR木曽平沢駅を降りたところに公衆トイレを設置頂いていたのだが、木造でつくっておられており木の香りがし、またたいへんきれいなトイレだった。さすが木材の名産地と思いつつ、また脚を引きずりつつ(^^;、旧中山道を歩く。10分足らず歩いたところで、道が分かれていた。グーグルマップに従い、ま
そば切り発祥の里ここでランチいただきます宿場御膳と五平餅とそばがきをいただきましたもちろんビールもありますおそばそば団子の汁物そば餅そばの実そばがき五平餅鳥居峠の石碑中山道本山宿牧野一里塚跡洗馬宿高札場跡芭蕉の句碑洗馬宿脇本陣跡荷物貫目改所跡洗馬宿本陣跡あふたの清水中山道と善光寺道のわかされ肱縣松この後は平出遺跡です
本山宿に入りました本山宿高札場跡桜が満開です^-^本山口留番所跡中山道の石碑中山道本山宿の看板本陣跡本山宿の街並みこの後は昼食です♪
中山道6日目「洗馬宿〜奈良井宿」その③景色にうっとりしながらの歩きだ。こえして歩いているのは、何一つとして当然なものはない。夫婦で歩く・・中山道を歩いてみたいと言う同じ価値観時間・体力・経済などの歩ける状況作り27年続けて行けた家族や夫婦での山歩き沢山の努力や、今までの日々の積み重ねなんだと思う。だから、こうして楽しめている。・・・はずだ!木曽暮らしの工芸館道の駅木曽ならかわで、トイレ休憩と漆器見学をする。漆器工房や漆器店が立ち並び、ふと「二十三夜様」の石碑漆器工房や問
中山道6日目「洗馬宿〜奈良井宿」その②青空が素晴らしい!舗装道路歩きこそ、現代中山道の真髄なり!ひたすら距離を稼ぎ、自分の体調と対話する。いよいよ「木曽路」に突入!ますます中山道の楽しみが、これからもまだまだ増えてくる期待大だ!振り返っても楽しかった道中だが、これからへのワクワクがある。車道でなく、本来の山道を探って通った。少しルートを探ってうろついたので、薮を往来した際、ママが転がって手を擦りむく。手の擦り傷で良かったが、先があるので、より慎重な意識が必要だと再認識した。桜
中山道6日目「洗馬宿〜奈良井宿」その①足腰痛いが、気持ちはすこぶる快適だわ!今日は、名高い「奈良井宿」に行く。奈良井宿は、中山道69次の宿場中34番目の宿場だ!難所鳥居峠越えを控え栄えた宿場で、当時の街並みが保存され、多くの観光客が訪れるそうだ!松本駅から中津川行きの電車に乗る。7:43発。塩尻駅からはワンマン運転になり、運転席裏に,両替機が登場する。いわゆるPASMOなんかの電子チケットが使えない区間だ。昨日の洗馬駅から、今日の中山道歩きの6日目が始まる。昨日、この駅から同
さて先週の【中山道六十九次】歩き旅2日目、京都を出て通算11日目。中山道の難所のひとつ、鳥居峠を越えた安堵感の中、奈良井宿とその先の平沢の集落をゆったりと進み、「道の駅ならかわ」の裏を抜けて国道19へ合流。天候は徐々に回復、雨はすっかり上がって時折陽が射すまでになりました。そうなると、今度は暑さ対策。標高差で鳥居峠から300mも下って来ましたので、何だか暑い。押込の一里塚の先、民家の軒下のような道になった所でルートロス。どう見ても道がありません。草の斜面しかあり
中山道を日本橋から塩尻宿まで、走行中です。現在69宿中、30次。まだ、先は長いぜ。しかし、中山道の難所、「碓氷峠」、「和田峠」はクリアしています。今回は信濃路から、木曽路を走ります。自転車を組み立てて・・・いってきま~す今のところ雨は降っていません。雨が降る前に先に進みましょう。(31)洗馬宿平出の一里塚です。一対で現存する貴重な一里塚です。そして、平出の一里塚の裏には平出遺跡がありました。縄文時代の住居です。中はこんなかんじ。結構居心地が良さそう少し走ると、洗馬宿に到
9:15耳塚9:27平出一里塚跡周辺地図反対側の塚10:00肱懸松(ひじかけまつ)そろそろ洗馬宿です。10:03中山道と善光寺街道のわかされ10:05少し進んだところに現在の追分。10:09あふたの清水10:19旧道を外れて洗馬駅に寄り道。10:23本陣跡10:25荷物貫目改所跡10:26脇本陣跡10:28萬福寺10:32高札場跡高札場があると
中山道を西から東へ歩く旅4/23は奈良井宿から洗馬宿まで木曽路の北の端まで歩き終わった前回★の続きです『中山道を歩く奈良井宿〜洗馬宿その3』中山道を西から東へ歩く旅4/23は奈良井宿から洗馬宿まで中央本線の贄川駅まで歩いた前回★の続きです『中山道を歩く奈良井宿〜洗馬宿その2』中山道を西から…ameblo.jp信濃路に入って最初の集落日出塩町並みの終わり近くにある日出塩一里塚跡新型コロナウイルス感染拡大防止・終息を願い、とあるので最近出来た石碑です日出塩の町並みを振
2日目11月27日塩尻のホテルを出発して、洗馬宿、本山宿を歩き、JR贄川駅まで歩く。11月27日2日目の歩行ルート朝、食事してる時、外を見ると小雪が舞っている。出発するときも止まづ、小雪が降る中、8時15分頃にホテルをスタートする。昨日歩き終えた交差点から中山道に入ります。8:27中央本線の高架下を歩き、ほぼ直線の街道を歩きます。しばらく歩いて行くと、両塚が残る平出一里塚59里目に出ます。8:42右塚左塚振り返って見ると、両塚を見ることが出来
日本で一番面積の広い都道府県は、言わずもがなの北海道!ですよね。2番目は岩手県なのは分かってたけど、3番目は福島県だそう。ちょっち意外。そして我らの長野県は、日本No.4の面積です。インディードのCMよろしく、「順位とか気にするよね」って突っ込まれそうですが……(笑)何が言いたいかというと、広いって、ことです。しかも長野は縦に広い県。土曜日の朝、朝食を食べて張り切って出発しましたが、なかなか松本市辺りまで遠いです。下道で行ってるってのもあるんですけどね。国道1
マラニック中仙道、前回(8月8日)投稿の下諏訪宿からの続きです。.7月30日始発電車で下諏訪駅まで来ました。駅前をかr中仙道へ向かいます。下諏訪宿から塩尻宿までは二里三十二町(11.8km)一之宮常夜灯中山道に出て、道標に従って進みます。道標が小さくて分かりにくい所もあります。道標、寛政三年(1791年)こ建立。「右中仙道道左いなみち」百万遍供養塔を兼ねている。東堀の一里塚跡、江戸日本橋より56里目。道標に従い進む。今井番所跡中山道碑「右
京までたどり着いたものの、あと東半分弱が残っています。境川を渡れば木曽路とも別れ「中山道・信濃路」です。このあたりにくると、「木曽路はすべて山の中…」のイメージは完全に消え、空も開け信濃路の雰囲気となるから不思議です。中山道・信濃路は、ここから塩尻~下諏訪~和田峠を越えて、軽井沢~碓氷峠に至る道です。江戸日本橋遥かなり…です。しばらく国道19号線を北上すると、右に「牛首峠」に至る細い道があります。この道は、初期の中山道で、峠を越えれば「小野宿」に
蕎麦の花が満開でした。旧記事旧サイトより木曽路の宿場町②洗馬・本山
左からマイルドセブン200円セブンスター200円ハイライト170円マイルドセブンライト?円マイルドセブン200円キャスター200円調べたところ、昭和58年(1983)5月1日~61(1986)年4月30日の価格です。この価格になった翌年に日本専売公社が民営化したため、一番右の「キャスター」は専売公社として最後の新ブランドだそうです。専売公社の終わりと共にこの自販機も役目を終えたのかも知れません。この自販機、昭和40年代のものと思われますが、100円硬貨専用
マウントから下へ伸びているのはスイッチ配線で、その先にはスイッチが取り付けられていた基台が残っており、これもちょっと前までは前回の個体同様、スイッチが残っていたかも知れません。「今時まさかないであろう」などという思い込みは恐ろしいもので、本山宿には旧サイト初期から数回訪れていますがこんなに目の前にありながら撮影時にはスイッチやその痕跡の存在に全く気付いていませんでした。自身の写真を見直し、ストビューでも確認したところ、集落内にはこのようなスイッチの痕跡の残るマウントが3〜4基
民家の敷地内に立つ専用柱のマウントその2本山宿(2)の木柱のマウントが民家側から電源線が来ていたのに対し、こちらは電柱から来ています。旧記事旧サイトより木曽路の宿場町②洗馬・本山
中山道・本山宿の解説看板マウントの奥にある丸いデザイン街灯、昔よくありましたよね。こちらもマウントに匹敵するほどの絶滅危惧種かも。「各家には屋号が付けられ、当時をしのぶことができます。」塩尻市観光協会HP・本山宿のページより引用https://tokimeguri.jp/spot/1176.php左の小さな表札にこの家の方の姓が、右の大きな表札に屋号が書いてあります家側は近頃流行りの装飾系マウントもどきです。あおいさんがスイッチを発見してくださいまし
ここを発見した当時からある木柱旧記事旧サイトより木曽路の宿場町②洗馬・本山
前記事の「本山宿」の看板の裏にあります。
若神子一里塚を後にして国道を進んで細い片平旧道を斜め左に入ります。この間は短いが左右に昔の面影を残しています。国道に合流した道は片平橋を渡り、桜沢茶屋本陣跡を目指します。この茶屋本陣は谷が狭くいい景色を望まれ、木曾路の一番の立場茶屋がありました。明治天皇の行在所の碑が建って、ここには上段の間と次の間を残しています。この茶屋本陣跡を後にして国道を進み信濃との境にある是より南木曾路まで行きました。ここは木曾路のの北の入口にあたり、江戸時代には尾張藩の北境でありました。是より南木曾路の立派な碑が建