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2023年7月6日母の大腸がん切除手術の日。8時54分病棟で受付してエレベーター前で待機。9時半前に母と看護師さんと父と私で手術室前に向かい、母を見送り、私と父は家族待合室に。10時5分手術はじまったと報告あり14時03分今、予定通り順調に進んでいますと報告あり。もう少し目処が立ったら終了時間を連絡できるんじゃないかとのこと。15時31分手術終わりました。摘出部員を見せてもらったけど、拳2個分?もう少し?大きい?くらいでした。この日は術後の集中治療室のような部屋に1日入
2023年6月22日の続き病院に到着し、母にLINEするも返信がない。電話もかけてみる。先に到着しているはずの父も電話に出ない。当たり前の話だけれど、病院は広くどこに行けば良いのかわからない。総合病院ではあるが、それほどの規模ではないのだが建物の改築中で、それもあってよくわからない。総合受付で聞いて、向かった気がする。父は先についていて、簡単な説明を受けたようだが、私に何も説明ができない。この時は今と違って、忘れてしまうわけではなく、パニック状態で聞いているから頭に入っていない感
2023年6月22日いつもと変わらない普通の日だと思っていた。いつも通り、近くの小学校の放課後ボランティアに行く。放課後に小学校の空き教室を借り、宿題をみてあげたり一緒に遊ぶボランティアだ。いつも通りに教室に子供たちがやってきて、受付をする。子供がクラスと名前を言い、出欠簿に◯をつけて、子供は名札を受け取る。子供たちはランドセルから宿題を取り出し、荷物は棚や準備されたシートの上に置く。宿題を済ませた子から自由遊び。記憶が定かではないけれど、この日は多くの子供たちが外遊びに出かけ、ボ
どうしよう!ちょっとパニック。今日、実家に父の衣類の洗濯をする為に寄った。エンディングノートを少し確認。あれ?ない?書いてない!いや?確かに見たはず!どこだ!銀行だったり、年金番号、クレジットカードなど重要なことは書かれている。私が焦っているのはパスワード!母はデジタル終活もしっかりしていた。Googleだったり、Instagramだったり、スマホのIDやパスワードなどもエンディングノートに書いてくれていたはず!まだ母が生きている時に一緒に確認した。ちゃんと書かれていたので
アメブロやり始めたのはいつか遡ったら、こんなにも昔だった!15年前恐ろしく昔、昔の事でした。友達に誘われたのが切っ掛けなんだ。自分でも驚きです。この月日、色んな事ありました。これを機に遡ってブログ読んで私の人生振り返ってみようと思います。皆様、これからも宜しくお願いします😍💕
少しスッキリしている母に会えた治療に後悔はないと言っていたわたしもそれでいいんだと思っただけどいなくならないでほしいなぁと言ってしまった口を開けば涙が出る母の前で泣いてはいけないと思うのに、耐えられなかった誰よりも辛いだろうにでも必ずまたたくさんサポートするからまたわたしを産んでねって無理やりふざけて言った
2025年の8月頃から私の生活は凄く辛い日々の連続だった。姉の癌が発覚し、ステージ4Bの末期で余命3か月と申告を受けた。この時点で生活リズムが狂い始め、子供と夏休み遊ぶこともできずセカンドオピニオンに行ったり、転院先の病院を回ったり、入院や通院の付き添いをしたり、怒涛の日々を過ごしていました。何が辛かったっていうと、当たり前のように使われたこと。こんなことを思う私は異常で冷たい人間に見えるかもしれない。でも、吐き出させてもらうと、あたしって、そうか、ああやっぱり毒家族育ちだ
秋ですねー🍁ここ2週間ほど中小の日本株から資金が引いているのか日経平均よりも成績はボロッボロです高市トレード終了にて週明けはさらにボロボロになる・・・かもただ、私は大型やバブル銘柄の売買が苦手なこともあって今は粛々と買いたい銘柄が下がるのを待つのもアリなのかなーと思っております。あとはそろそろ日本株以外でインフレ対応として投資してゆくスキームの具体的な検討段階に入っています。さて・・・(前置き長い)先日、末期癌の父を夫・
朝の3時に起きてしまったので今頃うとうと眠いです。母のがんがわかってから1年7ケ月。治療の副作用から入院して寝たきりになりそれからリハビリを頑張って車椅子生活にもなり化学療法を先月までして生きる希望をずっと失わなかったけどもうやれる治療もなく在宅での看取りをすることになりました。予後をはっきりいう主治医だったので母はショックを受けていたけど一度も泣くことはありませんでした。在宅なんてひとりで看るのじゃあ無理ですよ。緩和ケア病棟に入りなさい。と言われ
カップ入りゼリーの好きな味は?ゼリーノヒノーリゼ健康長寿金運上昇幸運絶好調成功繁栄平和感謝▼本日限定!ブログスタンプ
こんにちはゆかいなふぁみりーamoreblueのゆきです🌈昨日から続いて斜頸(とくに左側)がキツくて頭まで痛い左手は固まったままは変わりなく…開けないといけないから頑張るけど痛いゎ笑右手も左手と同じ感じに拘縮が入る時間が長くなってきて…ちょっと嫌だなぁと不安が( ̄▽ ̄)食事も困るし…何よりアラフィフ近くなるとスキンケア❣️今さら遅いけどwやりづらいったらありゃしなーい🤣弛緩した時を狙ってスキンケアしてます最近は洗顔が大事
思う…がんいつも押して下さっている皆様、感謝です!!(=⌒▽⌒=)連絡先090-2647-1556E・メールinfo@kousenchiryouin.com息子を承諾殺人、有罪介護続けた82歳父、滋賀共同通信社2025年3月11日(火)滋賀県野洲市の自宅で寝たきりだった息子の承諾を得た上で首を絞めて殺害したとして、承諾殺人罪に問われた父親督永勝次(とくなが・しょうじ)被告(82)に大津地裁は10日、懲役3年、執行猶予4年(求刑懲役4年)
新しいドアを開ける。その時、必然的に今いる世界には背を向ける。意志を持って、その扉に手をかける。力を込めて扉を開ける。少し、振りかえるとしても、まずは、今までいた空間に別れを告げる体勢になる。昨日、娘のナナは高校の卒業式だった。ナナも新しい世界へ扉を開ける。彼女の四年間。ナナの顔はいつも、青白かった。それを隠すための化粧も覚えて、時に四つん這いで藻掻きながら支度をし、高校へ登校していた。毎日、恐ろしいほどの努力を四年重ねて、昨日を迎えた。ナナも、そして、私も自分を生きることで精一杯だった四年
ここ数日腹水が溜まっていてあまり慣れていない様子で父も寝不足気味大丈夫と言うけど大変だと思うから今日は実家に泊まることにして父にはちゃんと寝室で寝てもらうことに。そして早朝からCARTの先生がきて自宅で抜いてくれてたなんで神!1時間ほどで抜けてそれを病院へ持って帰り濾過出来次第訪問看護師が持ってきてくれるその間に白川先生に来ていただきヨウ素水をチューブからダイレクトにいれてもらった。途中痛いと言いましたが先生は痛いことないんだけどなーと言いながらも様子を見て入れてくれたそして、
こんにちは、パーソナルスタイリストの中原聖子です。皆さんの親御さんがもし入院されたとしたら何を着て病院へ行かれますか?病院だから目立たない地味な格好でしょうか?病院だから洗濯機ですぐ洗える洋服でしょうか?コロナの時は当然そうかもしれませんね。現在、私の母は転院を2回経たのち療養型の病院に入院しています。3番目の病院では介護士さんや看護師さんに「お母さんは何がお好きなんですか?」そう聞かれることがよくありました。母が
こんにちは、パーソナルスタイリストの中原聖子です。気がつけばこのブログも3ヶ月ぶりの更新です。いつも読んでくださる皆さまご無沙汰してしまい申し訳ありません。今日は少し長くなりますがこれからの活動や近況について少しお伝えさせてください。母の病気実は、9月半ばに実家の母が倒れ救急搬送されました。結果、末期の癌であることがわかりました。母が倒れる1週間前から私は大阪の実家に戻っていました。その頃、母の体調が思わしくなく認
こんにちは🙂本日は、『ラスボスヤバい女ひろみ』のお話でございます。。ひろみは、父の再婚相手です。何年も憎んで、恨んでを繰り返し一生許さんリストに入っておりましたが、本日ようやく心の整理をする決心がつきました。コーヒー飲みながら、書いていきますー次会う時は、黒いフレームに収まってる時だ!と思いますが、文字に起こして、セルフお焚き上げしてやろーと思います。我が家の歴史は、過去ブログに書かせて頂きましたが、ヤバい女が来るまでは、母マチは自宅にほぼ居ないので、平穏な
土曜日今日は朝6時に早く気持ちよく目が覚める昨晩、夜に運動を兼ねて汗だくになって実家の押し入れの整理整頓をしたからいい具合にお腹が空いてそのおかげだと実感する。寝起きがいい娘はまだ爆睡していたので、下に降りて母と朝食を済ませる。洗濯物を干し、朝食の片づけをし、2階に戻りメールやラインの返信をしていると下から「ドシン」という小さな音が。娘がパッと目を覚まし「じいじが倒れたかもしれないから見に行って」と言って急いでいくと本当にじいじが倒れていて、急いで車いすに乗せる。
入院5日目娘の点滴がついに取れた主食が流動食→おかゆ→ソーメンになったら主食は完食するように。おかずは、好き嫌いがあって1割~3割程度。のどの痛みはもうないけど、食べ物を食べるときだけ少し痛いらしい。午前朝6時起床娘は電動ベットを動かして遊び、その後オンラインソロバン。朝の診察を受けに耳鼻科の病棟に行き、経過は順調と聞き、診察2分で終わる。帰りは院内の地下のコンビニでアイス。私は、コロッケなど温かい食べ物を食べる。その後、アイロンビーズ→英語アプリ→そ
昨日は朝早くに出て福島に。父があとわずかな命なので、兄弟対面😊天気は最高!夏みたいに暑くて😊桜はもうないけど、、緑爽やかで😊懐かしのくまたぱん↓も今やこんなふうに変わって…元祖のはもっとでっかくてすごかったけど、今は個包装でお砂糖みたいのもこぼれないよう袋に入ってる。そして、コシアブラをいただき。摘みたて!これを洗い並べてキッチンペーパーにくるみ、明日の昼ごはんに。あとは大量のうるいを洗い下ごしらえし…疲れた🥱お米やら、自家製山葡萄焼酎やらをたんまりといただき🙏山葡萄漬
何度も書いて…何度も消して…父への思いを色々な事を書くとそれが苦しくて、本当に苦しくて結局消してしまう納得いかない事も頭では、納得してる事も沢山の方のブログを見て励まされる事も本当にそうなんですよ!!っと怒りに満ちる事もどうしても父の事になると苦しくなって泣いてしまって書けない…ただ、願うのは、穏やかなんてムリだけど少しでも穏やかな時間がありますように…もう一度お父さんの笑う顔がみたい
叔母にあたる女性、65歳の京子さん。離婚してからゴミ屋敷に住んで、親戚やご近所など、周囲との交流を全て断絶し、自分ではない、親族名義の一軒家に居座って、引きこもること10年。先日、「道端で倒れた」と病院から俊に連絡があった。身寄りの無い京子さんは、俊を頼ってきた。なんと京子さんは肝臓癌の末期で、既に手遅れ。がんの大きさは、拳大どころの大きさではなく、直径20センチにもなってるそう。もう手の施しようも無いところまできているそう。そして京子さんときたら大の病院嫌
今日は父の主治医との面談でした。娘を保育園へ送ってから朝早く実家へ行き、実家の頼まれごとを済まして母と病院へ。最近は父と母が出来ない家電の接続類や用事を実家へ行くたびに済ませてます。主治医の先生とは父の状態や今後のこと、訪問治療などのことを聞きました。父はすでに末期がんと診断されて、今後の身体の変化などを詳しく教えていただきました。父は食欲もあり痛み止めの効果もあって今は元気な状態です。先生いわく、食欲があるのは末期患者に処方される食欲増進効果のある薬の効果だと言