ブログ記事21件
最終更新から7年経ってました…この間色々あったのですが、一度それは置いておいて最近自分の経験に思いを馳せることが多くあり、ふとこのブログを思い出して数年ぶりに開いた次第です。元気です!!!再発もなく経過観察5年終え、今は16歳の発症から9年弱過ぎました。高校時代にがんを経験して、がん研究に携わり続けたいと思い続け、遠回りしながらも今年の春から大学院で白血病の研究に携わっています。(医者は難しくて諦めました💦でもがん研究が目的だったので何も後悔はありません)胚細胞腫瘍だったのになぜ白
すっかり時間が経ってしまいましたが、治療が終わって丸5年が経ちました。まずは1年。次は2年。そして5年。発覚時はその時その時が精一杯で5年後の自分なんて想像もできなかったし「5年後の生存率」…なんて検索しては落ち込みただただ見えない未来に怯えていましたが何とか無事に、5年を迎えることができました。この一年は会社の人間ドックで胃カメラ→いくつかのポリープ血液検査→肝臓の数値(飲酒しないのに。。)あとは心電図やら何かと引っ掛かってはいますが、多少検査に引っ掛か
12月4日、昨日は27度って!?観測史上初らしいけど、夏日とか…泳げるやん!この暖かさで師走気分なんて出ないいっそ、2ヶ月くらい戻らないかな。と思ってしまうこの頃です😅留学生は8月末にトルコ&アメリカgirlsが来て3月末から来てるアメリカboyと合わせて3人になりにぎやか😆8月に娘は経過観察で帰って来ました体調も大腸検査以降良いみたいで経過観察も問題なし国がんのJapancancerforum行くって言うから飛行機&ホテル予約してたのに模試あるからとキャンセル…キャンセル料
昨日は娘の経過観察の診察日でしたケモ後から3ヶ月ごとに診察半年ごとに造影CT今日は普通の診察で血液検査で腫瘍マーカーチェックAFP=1、CA19-9=16.3、CA125=9.5どれも範囲内って、一度も上限越えたことがないんだけどあ、1回だけケモ前にCA125が0.9基準値越えたことあった。最近時々お腹痛くなることもあったのでエコーで診てもらいました。結果「なんにもないねぇ」診てもらうと安心!(^-^)v次回は9月造影CTの予約とアレルギー薬をもらい当日の説明を聞い
気がついたら5月になってました。ついに受験生になってしまって、忙しくなったので更新してませんでしたが、何事もなく元気に過ごしています。笑さて、昨日は国立ガン研究センター中央病院の、第5回希少がんMtEに参加してきました。各回毎にテーマがあって、今回は胚細胞腫瘍でした。参加するきっかけとなったのは、偶然読んだ新聞にがんの特集が組まれていて、それがちょうど紹介されていたのを見つけた、という。学校はPTAで3限まででしたが、担任に許可を頂き、1限で早退して東京に来ました(´▽`
腹腔鏡手術手術の日。朝はとどめの浣腸。病院にお世話になるようになってはや1ヶ月、最初は内診とかびっくりすることもあったけれど、自分の為だと思うともう、無。笑浣腸は、するとすぐにトイレまで駆け込まなければならないのに何故か処置室から大分遠い。。。本当はちょっとびびっていたけれど前日の下剤を耐えたおかげで思いのほか大丈夫だった。(汚い内容すみません。)看護師さんに処置をしてもらって、9:00から始まる手術に備えて待機。やっぱり緊張もしなかったので普通通り、青チャートをして
抗がん剤治療を受けるとなって10年振りに髪を短く切ることにした。ずっとロング→セミロングを繰り返していた私は、緊張した。地元の初めて行く美容院で明るい美容師さんに切ってもらった。ボブ、なんていつぶりかも分からない。切ってもらっての第一印象、若返った、、!ちょっぴり嬉しくなった。髪の毛を洗う時非常に楽だ。乾かすのも楽だ。心も弾む。次の日学校に行くと、友達もびっくり、反応が新鮮だった。学年長が私のもとへ、笑いながら「似合ってるよ」って言ってくれた。1ヶ月も無い間だった
がんの宣告を受けて、先生の診察を待ってる間、母がこの一連の流れを学校に伝えた。連絡すると学年長が出た。少し驚いていたみたいだが、午後から面談をするように予定を入れてくれた。学校に着くと、来客用スリッパと普段でもあまり入ることのない面談用の部屋でお出迎え。学校でもVIP待遇か、恐縮。学年長、担任、保健室の先生も交えて、病気、病状、これからの治療について母が説明する。私はそれを聞いて「あはは~ガンになっちゃいました~」のような感じで笑うと「無理に笑わなくていいんだよ」と学年長
卵巣がんの宣告を受けても驚くほど冷静だった。思っていたことが本当になる時もあるんだ。そんな第一印象。これからのことについて説明を受ける。癌が見つかってしまったので、前回の開腹手術では右卵巣の腫瘍の部分だけを摘出していたが、妊孕性温存の為に残してくれていた右の卵管もとっておくことに。手術後の様子を見て抗がん剤(BEP療法)を始めるとのこと。質問が無いかを聞かれても、よく分からないので、「まだ分からないです」とだけ言っておいた。主治医と看護師が私と母だけにしてくれた。が、そのお気
10月も終わる頃。なんだかお腹が痛い日が続く。母親に相談するとその週の水曜日に、診察を入れてくれた。病院で待っていると、看護師さんが「個室を用意しています」と言うので、馬鹿な私は「え?何?今日VIP待遇??」と何も疑わずにいた。個室に案内されると、主治医の先生がくる。先生が座ってから体調などを聞かれた。それから少し間があったと思う。そして、「先日手術で取り出した腫瘍の病理検査の結果は悪性でした」一瞬時が止まった気がした。「卵巣癌で、そのなかでは5%の胚細胞腫瘍、またそ
ごきげんだったのは、多分その日だけだった。大学卒業後の進路は決まったとはいえ、肝心の大学選びについては振り出しに戻ってしまった。やはり、悔しい。ついこの間まで目指していた大学はもう、選択肢から無い。不安になってきた私は欠席から次の日、放課後に担任のもとへ行き、「第一志望の大学の受験資格が無くなったのですが、どうすれば良いですか」と尋ねた。平常心でいたつもりだけれど声は大分震えてしまったと思う。返答はあっさり、作業をしながら「進路相談室に行って進路決めなさい」の一言。聞くんじ
母親から防大の受験資格を失ったことを知った私は次の日学校を欠席した。ショックだった。16年間、その時まで何事もなく普通に生きてきた。事実を受け入れ難く、何もする気がおきない。少し落ち着いたあと、母が地元の自衛隊の事務所でも確認してみようと言ってくれたので、午後から急遽行くことにした。落ち込んでいても仕方ない、まだどうにかなるかもしれない、そう思って行った。自衛隊の事務所の皆さんはいつも丁寧で優しい。姉が自衛隊の試験を受ける時にお世話になって以来、私も母もちょくちょくお邪魔してい
10月の退院から約2週間後。海上自衛隊の観艦式が横浜で行われるとき、ちょうど父が横浜へ出張。それを聞いた母はとーちゃんだけずるい!ってことで急遽、横浜行き決定した。突然の小旅行に私もわくわくした。大きないずもに乗って、満足。その日の晩母親が、ディナークルーズ空いてるかと言い始めるので、今日リッチやな~ラッキー!と思いつつ検索したら空き有り。乗船して食事を楽しんだ。すると母親が、突然、神妙な顔をして「言わなきゃいけないことがある」と言い始めた。何をイキナリ、ちょっと驚いた私は
母親の勧めで復活し(させられ)ました。笑アメブロやめてからの私は中学校時代はUSJにハマり、高校1年ではステージ1cの卵巣がん(胚細胞腫未熟奇形腫grade3)と診断され約4ヵ月ニート状態でした←卵巣嚢腫茎捻転で緊急開腹手術を受け、右卵巣の腫瘍部分を摘出、その後の病理検査で癌が発覚し、妊孕性温存と念のために右の卵管を取りました。それからBEP療法を3クール終え、現在は経過観察につき、将来に向けてどうにかこうにかしているところです。期末考査前なのに何してんだ私。。。今回は年末
年が明けて2016年1月3日入院1月4日から3クール目お正月には初日の出近くの絶景地から夜明け前の輝く金星すぐそばをISSが通過していく地球一周90分のスピードが見えて感激!雲ひとつなくサイコーの夜明けでしたさ、最後の治療!すっかりリラックス睫毛無いのでメガネかけてます体調が悪くてお勉強できなくなったりしてたけどこれで治療が終わりだと思ったら体調より勉強の遅れがすごく気になり出したらしいw仕方ないことだけど、病気になって将来の夢も消えて…年末には防大の先生
1クール目が最初の5日間思ってたより楽勝!!✌とか言ってたらその後、副作用の嵐!(*_*)2クール目は2015年12月14日〜副作用から回復した状態で入院私は最初の5日間毎朝シャワー介助!!朝8時半から9時にシャワー初日から早くも倦怠感気分的なもんかもwとか言いつつ姉と病院内ウロウロw2日目吐き気、便秘と左手のむくみ3日目入院してから食欲がなくなり食べられないのに体重増える(600g)4日目息苦しさと吐き気、微熱眠気で寝ている5日目吐き気と倦怠
BEP療法最初の5日間連続が終わって想像していたより元気でずっと課題をこなしてた娘たぶん、調子良かったのは最初のこの5日間だったような…6日目朝から少し気持ち悪かったらしい「もらった吐き気止めは絶対飲まない記録作る!」とかアホみたいなこと言ってた娘だけどお昼から友達が来るので飲んだ飲んだら元気になってローソン行って豚まん買ってきて食べたら…なんか味覚が変わっててヘンだったらしい午後お友だちが面会に来てくれ2時間ほどお話ししたり屋上行ったりして友達が帰り
2015年10月1日お腹の激痛で開腹手術をした日あっと言う間に感じるけれどずいぶん昔のことにも感じる1年経った今日娘が心境を書いてたそれは淡々と書かれてたのだけれど…開腹手術を受けたことにより防大の受験資格を失ったことはたとえ一般大学を卒業して幹部候補生として自衛官になる道があったとしてもやっぱり悔しくて……「いっそ、とった腫瘍が悪性だったらいいのに…」とずっと思ってて…「主治医の先生からその言葉を(胚細胞腫瘍未熟奇形腫G3)聞いたとき一瞬
内視鏡手術から4日目の朝今日からシャワーの許可がでて早速朝行ってきたらしい久しぶりにサラサラになった髪✨今度はこの後抗がん剤治療が始まるから入院長くなる…そろそろウィッグの準備した方がいいかなと病院のヘアサロンとウィッグサロンのパンフレットもらってきて検討する医療用ウィッグって高いのね…(・・;)娘とあーじゃね、こーじゃねと言いつつ選んでみる学生だから地毛に一番近そうな髪の色ナチュラルブラック長さは後でカットしてもらえるので肩につくミディアムのボブにしま
2015年11月6日前回の開腹手術から1ヶ月と5日今回は内視鏡で!術前の腫瘍マーカーはどれも標準内手術日姉が付き添ってくれた朝病室に行くと相変わらずマイペースな娘が数学の課題をやっていた勘違いされるのだけど娘はヒマがあったら勉強するタイプそう言うとすごく勉強するみたいに聞こえるけれど逆を言えばヒマがないと勉強しない中学の頃から夏休みは毎日朝から晩までUSJに通いつめ朝と夜のヒマな時間のみお勉強それは将来の夢が防衛駐在官だったから防大入ったら訓練と勉強で
2015年11月5日前回の卵巣嚢腫茎捻転での緊急開腹手術後取り出した腫瘍の検査結果が良くないものと分かり(胚細胞腫瘍未熟奇形腫G3)まだ若いからと残してくれた右卵巣と卵管を摘出することに娘は4日まで普通に学校に行き4日の放課後一緒にSGHの研究やってる友達にはがんになったからしばらく学校に来られないのでウェブ上の作業でしか協力できなくなった迷惑かけてごめんと言ってきたらしいお友達はもうすっかり良くなったと思っていてビックリして泣いてしまったらしい心配かけ
昨日の地毛デビュー話からまた過去の話に戻ります2015年10月28日娘には2日前に先生からの連絡や説明を受けたことは言わず「お腹痛いと言ってたから再診予約した」と一緒に病院へ婦人科待ち合いで待っていると看護師さんが「お部屋用意しましたのでこちらへどうぞ」と2階にある部屋へ案内される「え、なにw私VIP?w」娘、訳分からず嬉しそう…明るい部屋にはテーブル、モニター娘に勧められた椅子の背中越しに見えるラックにはがんと言われたら○○がんがんのことが分か