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おはようございます木簡ってご存じですか?写真をみるとああ、と思うことと。きょうは、そんな木簡のお話です。2003年奈良県明日香村で元嘉暦(げんかれき)による暦を記した木簡を発見したひです奈良県明日香村の石神遺跡で発見された元嘉暦の木簡は、飛鳥時代の宮殿や役所跡から出土したもので、持統天皇3年(689年)の暦が記されていましたこの木簡は、元嘉暦の実物として世界で初めて確認された貴重な資料でした元嘉暦は、中国南朝宋の天文学者・何承天によって編纂さ
〈14文字を縦に積んでみた〉明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。で、年明けなので、所属会派の書初め大会の話題から。今回提出したのは、半切2枚と一字書1枚。で、一字書については、今回は割愛させていただいて、半切2枚について書きます。今回の新規軸は、木簡・竹簡でした。これがどういうものか知らない方のために少し説明しますね。まずは写真から。紙のなかった時代、文字は木札や竹札に書かれていました。その時代の現存物が上の写真です。この字体
☆平城宮推定「内膳司」跡・「大膳職」跡(ないぜんし・だいぜんしき)大和国添下郡奈良市佐紀町(「平城京第一次大極殿」Pよりすぐ)平城宮の北側に隣接して設けられていたと推定される役所。「内膳司」は天皇の膳部を司る部署。「大膳職」は天皇の食膳に供される食材の調達や調理を担当した部署。内裏のすぐ側であることから、夥しい量の木簡が出土しています。「内膳司」推定地からは483点、「大膳職」推定地からは39点。いずれも国宝指定。この木簡に記されるものには食料に関するものが非常に多いことが
先日〔11月4日(火)〕に、このブログのアクセス数が「1,035」にもなりました。多くの方々にご覧いただき感謝申し上げます。お恥ずかしい内容も多いですが、少しでも皆さまのお役に立てましたら嬉しく思います。今後とも、よろしくお願いいたしますm(__)m先日〔11月4日(月)〕、日本書道美術院主催『第70回全国競書大会』の結果通知が届きました。今回展で13回目の出品になります。本競書大会は、半紙作品での出品ですので、誰もが出品しやすく、普段の練習の成果を発表できる書道展でもあ
平城宮跡資料館この秋の特別展ナラから平城(NARA)へ例年、秋の展示は地下の正倉院展と称して埋まっていた奈良時代の物を展示されています。今年は原始時代まで遡りました「なら」という地名の由来はたくさんあります。「平した(ならした)緩やかな傾斜の土地」というところから来ているとか、植物の楢(なら)からとか、昔の朝鮮の言葉で国を表す「ナラ」からきているとか。奈良に都ができるずっと以前は石器を使った生活がありました。法華寺の辺りから出土した石のナイフ。こういう硬い石や角で石を割って
『令和7.10.16.民主党政権の悪夢を忘れるな!』『令和7.10.13.時空を越えてin平城宮いざない館』『令和7.10.15.JR木津駅・鹿・鶏・市民農園物語』『令和7.10.13.平城宮跡』『令和7…ameblo.jp『令和7.10.13.時空を越えてin平城宮いざない館』『令和7.10.15.JR木津駅・鹿・鶏・市民農園物語』『令和7.10.13.平城宮跡』『令和7.10.14.納豆お食べ』『令和7.10.13.伏見稲…ameblo.jp平城宮いざない館in平城宮跡
浮かんだ後木管楽器くらいしか思い当たらなかったのですが、AIの説明で、木簡というものが出てきました。木簡-Wikipediaユーチューブも、木簡に関する動画だったので間違いないと思います。私は木簡を知りませんでした。クマゲラブログへのご訪問ありがとうございます<(__)>スピリチュアルランキングいつもありがとうございます
書作品#027「うちわ」2025/08/25お盆はお休みで今月は1回だけのカフェ書道うちわを作りました8月はプライベートでいろんなことが勃発してて心身ともにヘトヘトん?私にプライベート以外があるのか???・・・ないなぁwwwそれはさておき・・・いつものように大国魂神社に参拝をしてこの日は人形流しもしてきました厄除けを求めて行ったら痛いところや具合の悪いところを人形(ひとがた)で撫でて流すとある。心(
室内を整理していた時に、2012年6月13日付けの神戸新聞に表題の切り抜きが出てきました。そこで、内容を要約することで記憶に留めることにしました。太宰府市国分松本遺跡は大宰府政庁の北西、筑前国分寺と同国分尼寺の間にある河川跡でマンション建築に伴う発掘調査で13種の木簡が見つかりました。国分松本遺跡13次調査(2012年3月~6月)地の住所は大宰府市国分3丁目479-1他住所地のGoogleマップを添付しておきます。赤の点線で囲まれた地域が大宰府市国分3丁目の位置です。
ようこそ彩雲(さいうん)のブログへ6月がもう終わりますね。梅雨感が薄いまま明けてしまいました早々と夏日が続き身体がついていけてない感じで疲れやすいです。さて6月の行事と言えば15日は父の日でしたね母の日に比べるとひっそりとした感じですが皆さんはいかがお過ごしでしたでしょうか私はしまじみ父を思い出していました父が亡くなって5年何かにつけて思い出すと悲しかったのがやっと楽しかった事は楽しく日々のことは微笑ましく思い出せるようになってきました仲の
吉野郡吉野町宮滝十二社神社縄文時代の遺跡から飛鳥、奈良時代の吉野離宮跡とされる宮滝遺跡があります。平城宮跡から出土した木簡に「南山の麓に流れざる川あり、そこに唐鬼(天然痘)しか食べない九頭竜あり」「南山」は吉野だそうで、天平7年(735年)頃、聖武天皇の天然痘の終息を願う呪符木簡とされています。気吹雷響雷吉野大国栖御魂神社、神武天皇が出会った「磐排別之子吉野国栖部始祖也」。吉野川下流、和歌山紀の川流域の九頭神社は磐排別命を祀っています。宮滝・夢のわだ(以前の画像です)
昨日の記事と同じ日に行った展覧会。順序としてはこっちが先。墨韵文脉——甘肃丝路艺术珍品展展览时间:2025-03-11至2025-08-17主办单位:中国美术馆、甘肃省文物局展览呈现在中国美术馆三层、五层展厅,其中,“绘塑同光”部分呈现在三层13—17号厅,持续至6月3日;“书刻同辉”部分呈现在五层19—21号厅,持续至8月17日。シルクロードの展覧会、予習記事は5月30日に書いている。展示は3階と5階。3階は6月3日まで。最終日に行ってきた。青空、大好き!加工してないか
木簡の臨書です。画像右の1行9字入っている作品は以前に書いたものです。↑今日書いた作品を北海書人社に提出しました。
本日北海道創玄展に行ってきました。なかなか難しいですが、頑張って、かつ楽しみながら作品作りしました。さまざまな書体に取り組んでいますが、奥深いです。たくさんの作品を見て、刺激を受けた1日でした。
凍る歩道をおっかなびっくり歩きながら、秋田市民市場へ。観光客向けに寄り過ぎていない感じがイイ。しかしのっけ丼の販売は9時からだった‥。仕方ないので、朝からやっている定食屋で朝からビールとマグロ丼。旨い。秋田城跡に来た。街中の久保田城跡よりも、私はこちらですな。紫波城が古代最北の城柵だと思っていたが、秋田城のようだ。733年に庄内地方?からこの地に遷された出羽柵が始まりで、760年頃から秋田城と呼ばれ始めた。清水が湧く丘陵地帯だから高清水と言う地名。日本酒の高清水ってココからだったのか。
12/21土曜日、この日は朝から普通列車に乗って、条幅研究会に出席しました。木簡を画仙紙半截に臨書しました。
敦煌簡牘(木簡)より五文字臨書してみました書作1月号の課題ですhttps://youtu.be/a_YnWd9EKHo-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be
半切課題の創作です木簡を意識しています
中林桐竹書「月入窓」中林桐竹の「月入窓」(つきまどにいる)という書です。中林桐竹は、大変、巧みな書家でありました。私は、近代の書家では、ナンバー1と思っています。他に、この人に匹敵する人はというと、副島種臣・河東碧悟桐が挙げられます。その中でも、近代性、書体の多いこと等多を圧倒していると思っています。子の書は、行書体、いくらか木簡調が入っているかも知れません。意味は、東から出た月が、時間が経過するとともに、家の窓に掛かってきたとでもいうことでしょうか
奈良市にある平城宮跡資料館で、特別展「聖武天皇が即位したとき。―聖武天皇即位1300年記念―」が開催中です!聖武天皇が平城宮で即位してから今年でちょうど1300年。ニュースにもなった神亀元年の紀年をもつ大嘗祭関連の木簡や、木簡と一緒に出土した土器、聖武天皇の内裏に使われた瓦などが展示されています。入館料無料ですし、ぜひ訪れてみてください!令和6年度平城宮跡資料館秋期特別展「聖武天皇が即位したとき。―聖武天皇即位1300年記念―」[開催期間]~令和6年(20
おはようございます。大人の生徒さんの毎月の課題「木簡」木簡を課題として学びはじめてもうすぐ二年が経過しようとしています。大人の生徒さんは古典と実用書コースの2つに分かれていますが、毎月みんなで共通の課題に取り組むようにしています。何か課題をやるにしても一年では短かすぎるため、最低二年は期間を設けるようにしています。古典の法帖の中には、一冊の法帖をやり終えるのに十年近くも年月を費やしてやられている方々もいらっしゃいます。やっと終わったと思ったのに、また同じ法帖を最初から学びなおす
秋の研究会は古典研究会です。私は、創作研究コースを担当しました。20名ほどのクラスとなりました。今年は書燈で勉強している楷書高貞碑からスタート、行書は空海の風信帖、草書は懐素の自叙帖難しいですが、皆さんからの熱量がすごいです^^さて、二日間の創作研究コースでは今年は木簡、隷書、楷書などをベースに創作までいってみよう〜!と、始まりました。先ずは半切にニから五文字を各々墨場必携より選び出し、木簡風に書いてみる、あるいは造像記風に書いてみると…提出時間を決めているので、かなりの集中で
ずーと昔、日本酒は濁った酒で今でいうにごり酒だった!それがいつからか澄んだ酒「清酒」になったかということは、こんな逸話が伝えられている。こちらを読んでもらえばより分かりやすいです!⇒灰を投げ込まれて生まれた酒技術!澄んだ酒を売り出し、大儲けをした浪花の造り酒屋の逸話は、江戸時代の「摂陽落穂集(せつようおちばしゅう)」や「浪花の風」という本に掲載されるほど有名な話。日本酒は江戸時代まではにごり酒で、そのにごり酒に灰を入れて澄ませる
臨【敦煌簡牘】木簡https://youtu.be/G2yNGfKvaUs-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be
奈良県橿原市の藤原京(669年~710年)跡から出土した掛け算が書かれた木簡について奈良文化財研究所から発表がありました。木簡とは細長く平らに削った木に字を書いたものです。この出土した木簡は役人が徴税の計算などに使った最古級の早見表と見られるそうです。1300年以上前ですが「木簡」はいろいろな情報の宝庫です。この木簡は2001年に出土しましたが最新の赤外線装置を使用して再検討したところ今回の発表となりました。
おはようございます。大人の毎月の課題お稽古。臨・木簡。今回の木簡では、起筆に変化を与えてみよう!ということを課題にあげてみました。木簡を書くための基本の線として最初にやるのが、蔵鋒(逆筆)の書き方です。筆の穂先が見えなくなるため起筆の先端部分が丸くなる特徴があります。これができるようになると、次に様々な角度から筆を入れて線を引く練習をしていきます。慣れてくると蔵鋒だけではなくて、露鋒の線も多様した書き方ができるようになります。蔵鋒と露鋒の両方の線が引けるようになった
おそようございます。(5月4日分)藤原京跡地から掛け算の九九の木簡が発見されたというにゅーすがあった。興味津々なニュースだったなあ。漢字かし子「いらっしゃいませ、今日のおすすめメニューです。ごゆっくりどうぞ」♦︎年満作♦︎国根性区♦︎之心後♦︎大事♦︎神電鉄♦︎出鬼没東奔♦︎走文♦︎両道緊急逮♦︎鬼♦︎仏心空前絶♦︎♦︎査法人♦︎促手続⇧?5月2日分の解答龍野市生三保ヶ関