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恒例の「地域の春祭り」が行われました。今年は、コロナウイルスの関係でメインイベントの「茶話会」が中止となりました。しかし、延々と受け継げられてきた貴重な行事「旗立て」は行いました。どういう状況であれこういった行事・風習は受け継いでいかねばなりません。↑クリック
臨済宗方広寺派。この地に江戸時代の遊行僧木喰五行上人が83歳の時に立ち寄り、刻んだ像が残されています。木喰上人作の像は「木喰仏」と総称され、素朴で温かみのある作風が特徴で、人気があります。本堂脇の保存施設内で拝観できます。木喰(もくじき1718年(享保3年)-1810年7月6日(文化7年6月5日)は、江戸時代後期の仏教行者・仏像彫刻家・歌人。日本全国におびただしい数の遺品が残る、「木喰仏」(もくじきぶつ)の作者である。生涯に三度改名し、木喰五行上人、木喰明満上人などとも称する。特定の寺
先日(3月6日)、もくれん鑑賞で訪れた岡部町三輪の古刹・十輪寺を参拝しました・山門・六地蔵尊・本堂・寺額・本堂内・木喰仏:虚空蔵菩薩像(左)、子安地蔵菩薩像(右)・庫裡・客殿・御朱印(書き置き)住所:静岡県藤枝市岡部町三輪925山号:寶珠山寺名:十輪寺宗派:曹洞宗本山:永平寺(福井県)、總持寺(横浜市)本尊:延命地蔵菩薩開創:寛永元年(1624年)特記:寛政12年(1800年)、全国を旅して仏像を製作してい
昨日、七福神巡りの第二番布袋尊を祀る福蔵院さんにお参りしたついでに、上条集落を覗いて来ました甲州市下小田原の上条地区は養蚕が盛んな頃の面影を残す切り妻造りの突き上げ式の伝統的な民家が見られます集落一体は平成27年7月8日に国の重要伝統的建造物群の保存地区に指定されたそうです金剛山古道は集落の鎮守、金井加里神社の参道となっています古道は金井加里神社の随神門脇を通っています神社の名前の由来は金山経営者との関りが推定されているようです神社本殿背後には御神木がありま
(日本民芸館所蔵:木喰上人、自刻像)”そのとき容貌を見ると顔色憔悴し、長い顎髭(あごひげ)は雪のように白く、毛が乱れて垂れ下がっていた。土色の衣を身にまとい、錫(しゃく)を握りしめて立っていた。その異様なさまは「実に僧に似て僧にあらず、俗に似て俗にあらず、変化(へんげ)の人かと思い、狂者の惑わしかと疑う」ほど。和尚が尋ねる、「あなたさまはどなたで?」と。答えて言う「私は木喰五行菩薩(もくじきごぎょうぼさつ)である」と。”(『十六羅漢由来記』より)これは木喰上人
昨日から東京に来ています。昨年の10月から入れていただいた「阿の会」もあと2回。ちょうど昨年の今頃きた日本民芸館へ行ってきました。昨年見たときとは違うものに目がいきました。北海道は歴史が浅いので木喰仏や石仏をほとんど見ることができません。特に木喰仏はこちらで初めて実物を見たものの一つです。俑、瓦當、画像磚などもそうです。絵手紙を始める前は名前さえ知らなかったものたちです。かいてもかいてもむずかしくまだまだ勉強中です。民芸館にあった木喰仏です。<麻生地区>
11月7日(木)天気:晴れコース:日生中央駅前→大部峠→阿古谷毘沙門堂→八坂神社八坂神社→青少年いこいの家→天乳寺→東光寺→紫谷(ゆうだ)12Kmを歩きます集合場所の日生中央駅前峠へ向かって登りますのせでんの矢印に従って。大部峠エンゼルストランペット火の見やぐら阿古谷毘沙門堂木喰明満上人が初めて彫ったものらしいです(「猪名川木喰会」の説明)八坂神社風景を眺めて。空気のいい場所で寒天干し風景(毎回のお楽しみの一つです)緩い上り坂が続きますランチ場所に
先日(10月23日)、コスモス畑、玉露の里の帰路、木喰仏が安置されている古刹梅林院を参拝住所:藤枝市岡部町桂島964山号:谷川山寺号:梅林院宗派:曹洞宗本尊:聖観世音菩薩霊場:駿河三十三観音霊場八番札所特記:往古は真言宗寺院、長享元年(1488年)、駿河今川氏の家臣朝比奈氏が曹洞宗に改宗・お寺への農道の両脇に山号標と寺号標・岩で囲まれ守られた祠・境内入り口/地蔵堂・六地蔵・寛政元年(18
三井記念美術館に行ってきた。本展覧会は、「ゆるくとぼけた味わいのある表現で描かれた絵画」を、「素朴絵」として紹介している。上の看板に、『雲水托鉢図』(南天棒筆大正時代)が使われている。このような「素朴絵」、「へそまがり日本芸術」展以来、大変気になるようになった。うむ。南天棒・・・今後注目したい。絵巻も展示されており、『つきしま絵巻』(室町時代・16世紀日本民藝館)があった。『かわいい絵巻』で紹介されており、大変気になっていた作品である。私が密かに注目し
柏崎市に移動してきました西光寺さん先に訪問した寶生寺で撃沈したので、ドキドキしながらおぉぉぉオープンなお寺さんじゃないですかっ失礼しまぁす粗相のないよう静かに入り、感激timeありがたや十二神将をありがたやuのお気に入りは…ソフトクリーム坊やこうやって自由に撮影させて頂けると、いつでも手元で感動が蘇る本当に大満足2019.8.17翌日あと2ヶ所木喰仏巡りをする予定だったが、(予約してないし、手を加えられた作品らしいし)西光寺さんで大変気分が良かったので…良い思
小栗山から次にやってきたのは寶生寺さんこちらにも木喰仏があるみたいですが…閉ざされているウロチョロウロチョロ5分くらい迷った後、勇気を振り絞ってピンポ~ンと呼び鈴を…ご住職らしき男性がでてきて、「予約制なんですが~」「ま、いいですよ」はい、ここでテンションさがってますただこちらの木喰仏はすんばらしかった全像黒髪だったし、配置と照明具合がよくできてた正座して合掌が、背後に立って待たれているので居心地悪し「ありがとうございました」と退散一丁前にこんなプリントが置い
5~11月の17日が御開帳日ということで、今回の旅の目的地小栗山木喰観音堂闘牛場の駐車場にとめてトポトポ山に入っていきますウシさんの臭いを嗅ぎながら歩くとぉホッとひと安心の到着8時ちょい前に到着してしまい、1人ぽつんと待ちぼうけすると軽トラに乗ったおじちゃまがいらして、開けてくれた「お盆だから忙しいんだ」が、開口一番そこから「どこからきたの」とお喋りが…ここは開けないよ、といいんです格子にスマホ突っ込むから撮れるもんちょっと説明してくれましただけど、あとは愚痴木喰
朝1でやってきたのは、長岡市小国にある真福寺さんお目当ての山門歩いている時からテンション上がりっぱなしぴゃーーーっなんて可愛らしいんだろぉ吽形像100貫375kg阿形像140貫525kg二体とも丈は8尺2.42m諏訪井白山神社にあった一本の欅から寺内で刻んだらしい素晴らしい本当に素晴らしすぎるっ本堂にも二体作品があるみたいなんだけど…ごめんくださいというには早すぎるから…潔く退散っ仁王像で大満足
今日は、木喰上人が開かれた薬師堂の御開帳日です。時間は9:00~12:00まで。少し前に〖日曜美術館〗でも紹介されていたので来ている人が多かったです。薬師如来像と十二神将立像、月光菩薩立像が一堂に揃います。初期の頃の薬師如来像木喰上人時に63才!!十二神将立像表情がそれぞれ豊かで親しみがあります。地元の方が代々ずっと大切に守っています。4月、8月、1月の第一日曜日が御開帳日。また微笑仏様
今回の栃木ドライブの目的は、こちら木喰薬師堂1.4.8月のみのご開帳地元の方々が準備をしてくださっており暑い中本当にありがたいことですそれでは拝見何とも可愛らしいっ真ん中を飾るありがたや狭いし、その中写生をしてるおババグループもいるし居心地もよろしくないので…とっとと退散鹿沼のお宝を拝見できただけで大満足ただ…木喰仏は1人静かに対面するのがよい
昨日のTV、“日曜美術館”にて、木喰上人の“微笑仏”のことを再放送していたんです。こちらの“木喰上人の作った『木喰仏』のことは知っていたんだんですが、実は、円空仏と混同していた上に、(円空仏)木喰上人が、山梨県の身延の出身だということも初めて知ったのです。山梨県の身延の“丸畑”というとろには、この方の生家が今でもあり、そこに『木喰の里微笑館』なるものがあるのだ、と。へえええ?全然知らなかった!そうなの?3月末だったかしら、身延の桜を見に行って、桜は見ずにフ
さ、ここが本命梅林院さん藤枝市岡部町桂島964の曹洞宗寺院。本尊は聖観世音菩薩。かつては真言宗寺院であったという。長享元年(1488年)、駿河今川氏の家臣朝比奈氏が曹洞宗に改め、高尾山石雲院七哲の一人である界巖繁越が開山。境内の観音堂には、江戸時代の寛政12年(1800年)に木喰上人が製作した市指定文化財の木喰仏2体が安置されている。お目当てはこちらなんだけど…勝手に開けるのは気が引けただって本堂の方から声が聞こえるからさとりあえずひと声かけておこうと出向いたらですねお
扉が閉まっていて誰も居なくてもぉ~、丁寧に開ければいいんだとぉ常楽院さんで味を占めてしまったもんだから…恐れることなく、光泰寺さん前身は真言宗十楽寺で高草山山上の修験道場、しかし十楽院は天正年間(1573頃)に荒廃。文禄年間(1592頃)になり、十楽院が復興され、宗旨を曹洞宗、寺名を光泰寺と改めた。江戸時代に入り岡部の宿が賑わってくると、東海道に近い現在の岡部町内谷に移転。こちらも人の気配がなかったので…Openっまずはご挨拶で、どどーーーんと二体こんなに嬉しいことはないな
藤枝市で木喰仏が拝めるということで...江戸時代後期(1770年頃)日本各地に仏像を残した遊行僧・木喰が彫った仏像を木喰仏と呼ぶ。丸い顔に優しい笑みをたたえた温和なものが多く、親しみを持った庶民的な感覚の木喰仏は、人々の信仰の中に何のわだかまりも持たずにすっと入って行ったと考えられる。大きな寺院ではなく、縁あって巡りあった人々のために数多くの仏像を彫り、日本各地を訪れそれぞれの地で仏を残している。木喰さんは志太地区(藤枝市・焼津市)に寛政12年(1800年)6月から8月にかけて滞在してお
木喰さんの微笑仏を知ってから…すぐに身延の里に行ったり、木喰展を見に行ったりしたけどすべて撮影禁止だったので~ついにこの日が来たよ徳泉寺さん浜松市浜北区にある臨済宗方広寺派の寺院。江戸時代にこの地に、遊行僧である木喰上人が83歳の時に立ち寄った際に刻んだ像が今でも残されており、本堂の脇にある保存施設の中で大切に保存されている。山中の、集落のあの細い道を、心細く走ってたどり着きましたお目当てはこちらに念願のぉ~なま木喰仏初の撮影撮り放題っこんなに嬉しいことはない表情がよく
頭の色あり大満足詳細はまた…
念願の本物撮影まじ感動…
先日(3月16日)、もくれんまつりで訪れた岡部町三輪の古刹・十輪寺を参拝しました・十輪寺の山門/山号額・六地蔵尊/遊化の庭・本堂/寺額・本堂内・木喰仏:虚空蔵菩薩像(左)、子安地蔵菩薩像(右)・庫裡・客殿/お受け処(受付)・御朱印(書き置き)住所:静岡県藤枝市岡部町三輪925山号:寶珠山寺名:十輪寺宗派:曹洞宗本山:永平寺(福井県)、總持寺(横浜市)本尊:延命地蔵菩薩開創:寛永元年(162
日中は穏やかないい天気でした☀️今日は父親の49日法要正月明けに亡くなりあっという間に日が過ぎていった感じです今日はたくさんの人が法要のお参りに来ていただき父親の話にもはながさきました49日法要に際し父の知人が法要にみなさんでどうぞとおまんじゅうを送ってきてくれました兵庫県猪名川町からです猪名川町は兵庫県の南東部に位置しています猪名川町の東光寺には木喰仏像があります江戸時代遊行僧として木喰上人が彫りのこした仏像です上人は全国をまわり彫像をし猪名川町には90才で訪れ
山梨県笛吹市にある山梨県立博物館に行きました。訪問日は平成31年1月某日。http://www.museum.pref.yamanashi.jp/ここの展覧会がどうしても見たかったので、終わってしまう前に、はるばるやってきました。冬の山梨県て、どうなることかと思いましたが、その日は案外暖かくて拍子抜けでした。【周辺の様子】こちらの館の最寄り駅はJR石和温泉駅。そこからバスが1時間に1本あります。この石和温泉駅、1階の観光案内所でワインの試飲(有料)ができます。そして、バ
https://www.nhk.or.jp/tsubo/arc-20060630-10.htmlおっはよっさ~ん♪わたし、木喰仏、好きです。(木喰の用語解説-火の入った食物をとらず、木の実や果実のみを食して、肉類、米穀、野菜を常用しない修行。この木喰戒で修行する僧侶(そうりょ)を木喰(木食)上人(しょうにん)という)私はラコール仏かな?^^鎌田先生で検索したら、樹木希林さんとの対談を見つけました。’がん’細胞って、その本質は木喰仏の様な微笑を称えてい
あなたにハッピーを引き寄せるお手伝いコアラのブログにご訪問ありがとうございます。今日は富士山がよく見えて、空は真っ青紅葉を見に行こうと河口湖へ向かって出発しました。本栖湖を一周したところすでに紅葉が終わっていました。河口湖もダメかなということで下部を通って南部町から身延山に行って途中の道の駅「しもべ」と「なんぶ」に寄って帰ってきました。道の駅「しもべ」に満面の笑みを浮かべた木喰さんの記念碑がありました。我が心を丸く丸く今日の私へのメッセージかな~昨日から始