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歌の中山、清閑寺[せいかんじ]は、音羽山南中腹にある小寺院。しかし、かつては多くの伽藍と広大な寺域を誇っていました。周辺の地名にそれがよく残っています。足利尊氏や、代々の天皇家とも深いつながりを持っていた由緒と伝統のある寺院です。六条・高倉天皇陵https://ameblo.jp/ranjyatai/entry-12583652303.html■道標■山門■宝篋印塔高倉天皇の寵愛を受けた小督局[こごうのつぼね]の供養塔。
一般の参拝の方が通られる北側に、塔頭の並ぶ参道があります。大伽藍こそありませんが、ここが清水寺運営の中枢とも言えます。まずは仁王門前の善光寺堂から・・・卍善光寺堂洛陽三十三所観音霊場第十番札所。古くより六地蔵を本尊とした地蔵堂が所在。鎌倉時代に如意輪観音を安置し、清水寺塔頭「地蔵院」に改名。明治中期、奥の院南庭にあった善光寺如来堂を廃したことにより、本尊を当地に移し「善光寺堂」に改名。1984年(昭和59年)改修。寄棟造、本瓦葺。本
おはようございますm(__)m今朝はちょっと真面目なお話からのスタートですm(__)m1858年の12月20日、月照という僧侶が亡くなられた日でございますm(__)m安政の大獄を機に追われる身となり、西郷隆盛と共に薩摩へ行くも、薩摩藩からは日向へ向かうように命じられました。薩摩藩としては、尊王攘夷派の月照との関わりを持ちたくなかったのでしょう。日向と薩摩の国境付近で月照を殺害するつもりだったと聞いております。命の危険を感じた月照は、西郷隆盛と共に海に身を投じます。西郷隆盛は
見るにだに迷ふこころのはかなくてまことの道をいかで知るべきある日の夕暮れ、お寺の前を行き交う人を眺めていた真燕僧都。1人の美女が目に留まり、たちまち恋心を抱く。言葉をかける理由がみつからず、思わず清水寺への道を尋ねた。美女は真燕の俗心を察し、戒めるように歌を詠んだ。美女が歌を詠んだ所を歌の中山と言う。この美女は寺の本尊・十一面千手観音の化身だった伝える。歌中山清閑寺在清水寺南五町計本堂西向千手観音菅神作天台宗古山門末寺今属
おはようございます。昨日は、今季、一番の冷え込みだったようです。これからは、今季一番を更新して行くのでしょうね。早くもインフルエンザが流行しだしたとか。手洗いうがいをしっかりとなさってくださいね。さて、本日は清水寺にて「落葉忌」が行われます。【落葉忌(おちばき)とは】有名な清水寺の奥に続く道を登ると美しい池が見えてきます。そこが庭が美しい成就院です。塔中(たっちゅう)成就院の第24代、25代住職月照、信海両上人の忌日法要が「落葉忌」です。月照上人は「安政の大獄」によって九州に下り西郷
『明治東亰恋伽~ハヰカラデヱト~』好男子から一世一代の「プロポーズ大作戦」イベント開催電撃オンラインMAGES.より配信中のアプリゲーム『明治東亰恋伽~ハヰカラデヱト~』にて、6月12日より期間限定イベント「プロポーズ大作戦」が開催されます。産業春秋/明治維新の思惑日刊工業新聞明治維新は革命だったのか―。明治維新をめぐっては、いくつもの謎がある。日本だけではなく、アジアの国際秩序をも変えた大事件だったにもかかわらず、実は...明治時代に持ち込まれた概念「Right」は権利?
おはようござます😊今日は、ブログを頑張りましたよ!あはは昨夜のお月様、残念ながら日が暮れるとだんだんと…柔らかな白い光になって…記憶のブルームーンではなかったみたいですでも、綺麗なお月さんでしたよそして、もうすぐ満月🌕ですね♬きなこもちUruさんに出会ってから…気がつけば…口をポカンとあけて…よく月を見上げるようになりました😆駅前で車を降りて…さて、😙今回は、正月三箇日に行われる伊予十三佛新春すごろく参りを紹介しますね♪伊予十三佛霊場は、心願成就と、ご先祖様
こんばんは大河ドラマ「西郷どん」最終回見ましたか?絶対泣くだろうな、と覚悟して見始めましたが、もう涙がポロポロと止まりませんでした。悲しい最後でしたね。主役の西郷どんを演じた鈴木亮平さんの笑顔が素敵でとても魅力的なこともあり、毎週欠かさず見た大河ドラマは初めてだったかもしれません。いつも人に優しく人望の厚かった西郷隆盛本人も、鈴木亮平さんのように、きっと魅力的な人物だったのでしょうね。清水寺に近いところにある清閑寺には、西郷
おはようございます。昨日は、今季、一番の冷え込みだったようです。これからは、今季一番を更新して行くのでしょうね。さて、本日は清水寺にて「落葉忌」が行われます。【落葉忌(おちばき)とは】有名な清水寺の奥に続く道を登ると美しい池が見えてきます。そこが庭が美しい成就院です。塔中(たっちゅう)成就院の第24代、25代住職月照、信海両上人の忌日法要が「落葉忌」です。月照上人は「安政の大獄」によって九州に下り西郷隆盛と薩摩湾にて入水、上人が入滅された忌日です。翌年、江戸・小塚原にて非業の死をとげた弟
おはようございます。史跡探訪88善通寺市出身の偉人?皆さんはご存じですか、もちろん弘法大師空海。そして、もうひとりは西郷隆盛と親交があった月照上人。お~だれですかNHK大河ドラマ西郷どん(せごどん)でも取り上げられ注目されています。月照上人幕末の尊王攘夷派の僧侶であり京都において、清水寺・成就院の住職となり行き詰っていた財政の立て直しに尽力され近衛家・天皇家とのつながりを深めていかれた、また西郷隆盛が尊敬する。島津斉彬が急死したとき殉死をやめるよう諭したと
「月照墓前作」西郷南洲★「月照墓前の作」西郷南洲相約して淵に投ず後先なしあに図らんや波上再生の縁頭を回らせば十有余年の夢空しく幽明を隔てて墓前に哭す鹿児島県の英雄と言えば筆頭に上げられるのが西郷南洲こと西郷隆盛公でしょう。鹿児島藩士の西郷は名を吉之助、後に隆盛と称しました。島津公に仕え藩政に参画、総督府参謀となり、明治六年陸軍大将に任ぜられました。征韓論を唱えましたが意見が入れられず、故郷の鹿児島に帰国します。明治十
こんばんわ〜今朝、大雨警報解除というテロップを見て、あらっ警報が出ていたの知らずに熟睡していたみたいです。★今日の夕景昨夜は対コロンビア戦のサッカーの試合で盛り上がり、勝利の結果に日本中が歓喜して美酒に酔っていた方も多かったのでしょうね。私はスポーツは疎いので、何人かの選手の名前は分かるけど日本のレベルとはか分からなくて、どこかの解説者の方が話してらして、世界で活躍してる選手たちだから、選手は世界レベルですよって言ってらしたのを聞いて、そうだな〜って思いました。さて、前日の続きです。
清水寺の島田左近が建てた常夜燈の側に立つ四体の首のない石仏。アップにしたのが下の写真です。いずれも首の部分で切断されているのがわかります。中でも驚いたのが前列真ん中の石仏です。他のものは切断面がゴツゴツしているのに対して、これは非常に滑らかでした。わざわざ磨いたとも思えないので、この石仏は刀で文字通り一刀両断したのではないかと思われます。だとしたら、実行者は凄まじい剛力の持ち主だったかも知れません。やはり実際に左近本人を殺害した田中新兵衛が有力候補でしょうが、左近を狙い
携帯の写真を観てる方に写真をタップして観て欲しいですよりお星様が鮮明に観られますブログ訪問いいねコメント読者登録宜しくお願い致しますm(__)m4暗いうちから6/2朝んぽ!。。。東の空。。小さいボール好きです小さいボールで遊びますお散歩終わりに壁にボールを投げて跳ね返ってきたボールをキャッチして遊びます犬は遊んでくれる人を一番好きになるらしいです。。。小さいボールで遊びます☆持って!と☆ポ
平成30年(2018年)5月20日(日)、坂東三十三観音第19番札所の天開山大谷寺の参拝を終えた私とK井さんは、ロードバイクで、栃木県栃木市出流町の満願寺へと向かいました。◇満願寺大谷寺の参拝を終えたのが13時過ぎだったので、大谷寺から2kmほど走ったところにあった「二八そば・うどん・天ざる」という蕎麦屋さんで蕎麦を食べてから、満願寺へと向かいました。満願寺までは30kmほどで、しばらく平坦な道だったので、2時間ぐらいで着けると思っていたのですが、そう簡単にはいきませんで
こんばんは。今年(2018年12月9日)の第15回京都検定の公開テーマが発表されていますが、3級は「きぬかけの道」、1級は「京都御苑と御所・離宮」であるのに対して、今年も受けることになった2級のテーマは「明治150年」。何とも漠然として的が絞りにくいテーマだなぁ~。なんてボヤきたくもなりますが、とりあえず西郷さん関係はしっかり押さえておこうということで、清水寺の子安の塔(三重塔)の方から出て、歩いて5分ほどで清閑寺に到着です。初めての訪問ですが、こじんまりとした感じ
こんにちは☆いつもお読みくださりありがとうございます!10日と24日は夜の部の歌舞伎座へ。24日は幕見席から出て空を見上げるとちょうどお月様が。こんなときは更に気分がいいそれにしてもバタバタしているわたし。いつもありがとうございます。幕見席スタッフのみなさまさて!前後しますが『喜撰』の感想を!10日は昼の部『女伊達』から夜の部を通しで見てみたらば目の弱い私は完全に眼精疲労に挫け気持ちが挫け舞台を目で楽しむことが出来ず…でした☆歌舞伎座の照明が時々目に鋭
西郷隆盛生誕の家雪中待柏愈々青々扶植綱常在此行夫天下久無龔勝潔人間何獨伯夷清義高便覚生堪捨礼重方知死甚軽何八男児終不屈皇天上帝眼分明戊午の冬~橋本紀橋本左内が安政5年10月ごろ揮毫したもの~私事土中の死骨にて、忍ぶべからざる義を忍び罷り在り候次第、早御聞届け下され候わん。天地に恥ケ敷儀に御座候え共、今更に罷り成り候ては皇国のために暫く生を貪り居り候事に御座候。御笑察成し下さるべく候。~西郷さんが長岡監物さんに宛てた書簡安政5年12月29日~
今回は、月照さんの回でしたね。月照さんは「眉目清秀、威容端厳にして、風采自ずから人の敬信を惹く」と伝えられているそうで。肖像画ではこんな感じ。今回、演じられたのは、尾上菊之介さん。まさに、ぴったりな人探してきたな~と。歌舞伎の女形されているだけあって、たたずまい、動きが本当に美しく、なんか神々しかったです。歌舞伎の人が出てくると、やっぱりドラマがしまります。最期、西郷どんと手と手をとり合ってのシーンは、男女のそれにしか見えない。今回、林真理子さん原作では、二人はただならぬ関係にな
ってことで久々の「西郷どん」ネタ。先週放送の「西郷入水」では、幕府に追われた月照様を薩摩へ連れ帰ってきた西郷どんですが斉彬亡き後の薩摩は、幕府に楯突こうなどという気概はなく…西郷と月照を“日向送り”とすることに…ドラマでは西郷どんが月照さんに「オレとこ来ないか」的な感じで誘って有村俊斎と一緒に、京から薩摩まで逃げたようになってますが実際は、西郷隆盛、有村俊斎、平野国臣、白石正一郎の助けを借りて京を抜け出し、旧知の仲であった、甲突川沿いにあったとされる「存竜院」を頼
前回の大獄開始から、吉之助らの逃避行。熊本まで来れたみたい。久しぶりに西郷家勢揃いか。篤姫が天璋院になった。久光や由羅も久しぶり。斉興も。同じ子役でも家茂、茂久の方が席が上なのね。トメはいよいよ直弼かと思ったら死んでる斉彬。う~ん。吉之助ら西郷家に到着。バァ様がボケてる。斉興由羅、薩摩に帰国。久光、斉彬の遺言として、久光が子の茂久の家督相続を願い認められる。久光は茂久の後見。内容と久光の立派な態度に、斉興由羅は喜ぶ。もっと斉興由羅が見たかったけど、これで終いかな?篤姫、
尾上菊之助さんの月照さん紫の袈裟の衣装が、お似合い。お坊さまですが色っぽい。
脳みそついていけねぇ。。浮かれていたのも束の間、一昨日の凶みくじの作用が予想もしないカタチで発動。降りかかってくるの早えよ(´ロ`lll)。雨の日はせやからキライなんや(つД`)!ホンマはアップするはずが保留にした記事、アップするのを留まったのには、この事件を目の当たりにしてからアップしろとの予兆だったのか。いずれにしてもどんな角度で書いたとしても、空しさしかなかったし、コタエも見出せなかったからね。こうなってわかる。残されたTOKIOのメンバーの葛藤と決断と涙。そ
皆様おはようございます。2018年5月6日(日)のNHK大河ドラマの西郷どん『西郷入水』を視聴し終えました。島津斉彬が亡くなり、甥の島津茂久が藩主になります。父親の島津久光が後見人になる遺言でしたが、島津斉興が実権を握ってしまうというストーリーでした。そして幕府に恭順することを明言します。「島津に暗君なし」という言葉があります。薩摩藩の島津家は代々優れた明君であったことを表現しています。また、戦国時代には島津義久や島津義弘らの島津四兄弟がいました。島津斉興も薩摩藩の財政再建に手腕
曇りなき心の月も薩摩潟沖の波間にやがて入りぬる大君のためには何か惜しからん薩摩の迫門に身は沈むとも~月照辞世歌~ふたつなき道にこの身を捨小舟波立たばとて風吹かばとて~隆盛辞世歌~西郷さんが口ずさんだ歌は肥後藩の長岡監物さんが月照をかくまうために薩摩に変える途中の西郷さんに面会した時に与えた歌君がため身は捨て小船捨ててまた思えばさわぐ浪風もなしこちらの歌の焼き直しだともいわれているようです。(東郷實春の文献より)この時の船にのっていた大槻重助が
晩ごはん食べながら「西郷どん」見てましたいやあ(。゚Д゚。)泣けますなあ音羽屋には「水の旅人」でも泣かされたけど月照さんも泣かせるなあ!前回、山伏姿になってふざけてたから心配だったんですがさすが梨園の御曹子。まいりましたそれにしても西郷さん、大久保にもコクられるし(ちがう?)モテまくりですな(。-∀-)♪でも今回は篤姫と幾島の別れや(幾島役の南野陽子さん、良かったです)島津久光役の青木崇高さんの熱演もあり、見応えありました小柳ルミ子さんのお由良が久光に「お久しぶりねぇ」
今週も、日曜の夕方、大河ドラマ「西郷どん」BSプレミアムで拝見しております。もうレギュラーで拝見することはないかと思っていましたが....惰性で見始めてしまいました...でも、やっぱり拝見して後悔が....天璋院さまが、徳川の女として生き切る覚悟?唐突に言われてもな....篤姫さまと家定さまの絆の描写がほぼ皆無斉彬さまの遺言も唐突だしな....奄美編に期待....するのは無理だろうな....愛加那さまとの下りは気になる。西郷どんと月照さまの入水は、ちょっとしたクライ
勤皇僧月照の攘夷と赤誠の末の薩摩錦江湾への入水決断に冥福を。本日夜八時放送「西郷どん」より。
皆様おはようございます。2018年5月6日(日)のNHK大河ドラマの西郷どんは第17回『西郷入水』です。井伊直弼が行った安政の大獄で、西郷隆盛と月照は罪人として追われる身となりました。逃げ場を失った二人は入水をします。そして月照は亡くなりますが、西郷隆盛は助けられて島流しにされて薩摩藩によって幕府から隠されました。安政の大獄で恨みを買った井伊直弼は桜田門外の変で暗殺されます。戦国時代は人の命が軽視されましたが、江戸時代は、文治がされた時代とされています。しかし、幕末も権力で敵対者