ブログ記事156件
住宅街に突如現れた、堂々とした総茅葺入母屋造の表門(長屋門)。土蔵や高札場も連なっています。門をくぐると大きな主屋がありました。足を踏み入れると規模の大きさに驚くと同時に、江戸時代へタイムスリップした感覚になりました。全景模型重要文化財(旧国宝)吉村家住宅江戸時代初頭の民家を代表する建物で、主屋、表門(長屋門)、土蔵、および土塀が国の重要文化財に指定されています。吉村の祖は丹下一族とよばれる豪族でしたが、近世に吉村と改め帰農しました。天正19(1591)年に
江戸時代に造営されたもので、書院からと回遊式庭園の両方から鑑賞できます2026年03月27日2019年03月25日
武家屋敷の書院造りの建物の周りに、池泉回遊式日本庭園のある公園です2025年10月29日2017年11月19日
伊勢神宮から実家の京都に帰り、翌日はお伊勢参りとは別の友達二人と一緒に重森三玲庭園美術館に。重森三玲は昭和を代表する庭園家・作庭家。有名なのは東福寺方丈庭園だろう。本坊庭園(方丈)-臨済宗大本山東福寺八相の庭沿革庭園概要重森三玲の想い八相の庭方丈とは、禅宗寺院における僧侶の住居であり、後には相見(応接)の間の役割が強くなりました。当初は“東福寺方丈「八相の庭」”という名称でしたが、2014年に“国指定名勝”[…]tofukuji.jp今回訪問した庭園美術館は重森三
代官山にある「旧朝倉家住宅」へ。(訪問したのは初夏)大正8年(1919)に建てられた旧朝倉虎治郎邸。2004年に重要文化財に指定。朝倉家は主に精米業を営んでいて、虎治郎は東京府会議員まで務めた人物。先ずはお庭から。先ずはと言うか、この日は庭が主目的。無性に緑が見たかったのだ。こちらの庭は西渋谷大地の崖線部にあるため、傾斜がかかっている。かつて母屋からは富士山まで見渡せたらしい。もともと植えられていた木が大木化したり、実生が繁茂したりと、当時の様子はあまり留めていないそう。だ
通りがかりの旧控訴院。通りがかりの聖堂。旧春田鉄次郎邸。和館玄関に続く敷石。円いのは石臼であるとの説明を受けた。本物を埋めてある?それとも石臼デザインなだけ?同邸和館玄関前。こちらは裏玄関で表玄関は洋館側にあるそうだ。玄関のひさしに確認できる「こけら葺き」。板を重ねて作る伝統的な屋根葺き。家族の居間として使用されていた和室。居間と食堂を仕切る襖は洋風デザイン。段違いになった飾り窓が特徴的。子供の視点に合わせ低い位置の窓を
このブログは、私(鯛)の元に現れてくれた様々な偉人・神々との会話を記していくものです。現れた偉人たちは皆、口をそろえて現代の日本人に伝えたいことがあると言っています。神々には日本の行く末が見えてはいますが、あくまでも人間の意志を尊重していると言います。神々に救ってもらおうと考えるのではなく、人間が自分たちの手で社会をどう変えるかが大事なことのようです。信じる、信じないはあなた次第。一つの物語としてお楽しみください。清少納言シリーズ前回のお話はこちらから『清少納言①「私よぉ、わた
*庶民住宅史1~5*特権階級住宅史1~4*古民家の類型化1~3*古民家の多様化1~8*日本住宅集合論1~12*居場所の最小限は4畳半~6畳~・~・~■前提建築は、環境に影響され、環境は、自然環境と、社会環境に、大別できます。日本は、自然環境では、四季の変化がある、比較的温和な気候と自然で、モンスーン(季節風)の影響により、夏には、熱い南東風が吹き、高温湿潤、冬には、冷たい北西が吹き、低温乾燥です。そのため、日本建築は、夏の湿気対策で、通風よくし、南側を開放的
さて…我が町、小田急・鶴川駅前です。信号の向こうに森みたいのが見えますが…こんな感じ、、ここが日本庭園・香山園です。かごやまえん…と読むらしい。。昨日、土曜にオープンしたので早速行ってみた。広いですねぇ。。日本庭園と書院造りの建物があります。おお、ケーブルテレビのJコムが来てる~~オープン日ですからね、テープカットとかもあり。日本庭園…奥に石垣みたいのがあり。階段で上に行けます。散策路になってます。縄文時代の横穴住居や円墳もここにあったとか。多摩丘陵の谷戸は縄文時代に
飯塚の病院に1ヶ月検診の帰りに立ち寄ってみました大正末期に建てられたといわれている麻生大浦邸数寄を凝らした入母屋書院造りが美しい邸宅秋の一般公開中です現在は麻生グループの迎賓館として利用されています紅葉にはまだ早く来週かな?参考までに…去年次女と別邸の畳廊下を歩いたところです落ち葉の紅葉もまだでした
2023.7.4〜125日韓国旅行2日目ー3安東編안녕하세요〜読みにきてくださりありがとうございますバスを待つ間近くにあった黙漢書院へ묵계서원日本と同じお花が咲いてました어서오시게これもサトリ方言でしょうか?어서오세요って事ですよねろくに韓国語も話せないのに釜山語の本を買って面白く見てますのどかでいいですね💖だ〜れもいなかったからここにごろっとして空を眺め素敵💓な時間⏰急いでバスに乗ってたらこんな事できなかったぼーっと雲の動きを眺めてましたカフェ
全国の城郭建造物「御殿(居館)シリーズ」は、現在番外編として、天下人となった三大英傑の内、二大英傑(秀吉、家康)が居城としていた「伏見城」(京都府京都市伏見区)の「御殿」の紹介をしています。以前にも記載したことがありますが、「伏見城」と呼ばれているモノは3城ありました。まず「秀吉」が築城した初代の伏見城は「指月(しげつ)城」と言われ1596年に地震で倒壊したものの、「指月城」で使える櫓や門などを移築して、早くも1597年に近くの「木幡(こはた)」に二代目の「伏見城(木幡(こはた)城
「昭和11年築登録有形文化財特別室吉野の棟」日本画家安田靫彦画伯考証の建物。設計は早稲田大学中村鎮先生安田画伯曰く「東山文化の書院造りを模す」こちらには「裏玄関」が置かれています。その玄関を出て、小川のほとり。「コムラサキ」が可愛らしい紫の実をたくさんつけています。新井旅館のホームページもどうぞご覧下さい。Welookforwardtoyourvisittoourwebsite.歴史
埼玉建築士会デザイン小委員会にて「数寄屋造り」の第一人者である建築家吉田五十八(よしだいそや)が設計した「猪股邸」見学会を先日開催しました。埼玉建築士会に所属されている元水澤工務店設計部長加美山先生の案内で当時の吉田五十八によるディティールや隠しワザなどし直接請け負っていた施工者しか知りえぬ拘りを学ぶことができました!また、茶室においては京都の施工会社が携わったそうで、関東と関西の違いも比べられたので、「和の達人」に一歩だけ近づけた気がいたします♪
全国の城郭建造物「御殿(居館)シリーズ」をお届けしています。御殿については、「はじめに」の中で、軽く触れましたのでどうぞご覧ください。全国「御殿」を巡る”はじめに”↓『全国「御殿」を巡る”はじめに”』「近世城郭」における「城郭建造物」には、「天守」を始め「櫓」「櫓門」「門」「御殿」「番所」「蔵(金蔵)」「馬屋」その他に「御殿」を構成する「茶室」「能舞台」「…ameblo.jp今回は、「五稜郭(箱館奉行所)」の木造復元「奉行所庁舎」をお届けします。幕府の機関である「奉行所」
先週、米国フィラデルフィアでコンサートを開いたTheRollingStones(ザ・ローリング・ストーンズ)。アメフトのプロチームであるフィラデルフィア・イーグルズの本拠地のリンカーン・フィールドというスタジアムが会場だったみたいだ。そういえば、私もフィラデルフィア留学中にストーンズのコンサートに行ったなぁ。あの時は野球場だったかな?それはさておき、昨夜寝ていると午前3時ぐらいに、フィラデルフィア時代にTheKinks(ザ・キンクス)のコンサートで知り合った女性からメッセージが
古民家には、立派な古材が使われているケースが多く、中には200年近い樹齢の大径材が使われていることも珍しくありません。私達は「古材鑑定」により、どれくらい古材が使われているか、またどれくらい価値があるか等を調査します。天井裏に潜り、梁の状況を調査します。床下の大引の状況を確認します。折置組の状況を確認します。内装を確認します。お茶室としても使われていた古民家。なかなかのものです。古材鑑定結果が楽しみです。
朝からお出かけ夫が駅まで送ってくれるので車窓の写真を撮れます7:13発の在来線8:15発の新幹線に乗って9:43到着✌️大阪天満宮ですとても大きな門境内は色んな見所がありますそして今❗梅を見ましょう❗❗地植の梅鉢植えの梅この「八重野梅」の樹齢約100年幹がすごい❗書院造り百畳敷きの参集殿に入ると梅の香りいっぱい💕この梅は樹齢約300年❗❗❗すごいーこちらのは枝が下向き❗松も立派です樹齢約250年❗❗❗すごい✨すごい✨金屏風の前には両
大河ドラマ「どうする家康」もいよいよ明後日で終わりを迎えます。今年中に「”家康”のでき事と所縁ある”お城”を振り返ろう」というテーマでブログをお届けしようと思っていましたが、つい「お城巡り」に足が向いてしまい「お城紀行」のブログを優先してしまうので、このシリーズは度々中断してしまい、「今年中」どころか「今年度中(2023年度)」に延長しそうです。しかし、暫くの間お付き合いくださいませ。「家康」の歴史を8期間に分けて、「家康」のでき事と併せて所縁ある「お城」を紹介しています。8期
京都旅は、旅友N子さんにルートをお任せした割には〝パン活〟にも付き合ってもらったりで、案外わがままを通してしまってますパン屋さんを見つけたら素通りできないことはN子さんもよくご存知ですので(笑)まあ良しとしましょうホテルには、京都着からそのまま荷物を預かってもらう為一度向かっておりましたので、散策中は身軽なのですが、予定では錦市場→北野天満宮方面脇にあるポルトガル菓子のお店へ向かうことになっていました。そこは、N子さん御用達のお店で、ぜひわたくしを案内したいとおっしゃってくれていたんです。
姫路の整理収納アドバイザー・整理収納教育士、よしなかなおこです。ご訪問ありがとうございます。昨日の続きです。『京都の職人リターンズ②〜作業編〜』姫路の整理収納アドバイザー・整理収納教育士、よしなかなおこです。ご訪問ありがとうございます。昨日の続きです。『京都の職人リターンズ①〜依頼編〜』姫路の整…ameblo.jp京都で建具職人をしている大学時代の友人に義実家の家具の解体をお願いしました。器用で力持ちでマッチョ。ちまちまと釘抜きをするヘナチョコな夫を横目に次々と解体して
明月亭(めいげつてい)は縮景園の北西に建てられており、数奇屋造り(一部書院造り)で、屋根は茅葺き(一部杮葺き)でした。面積は約43㎡、内部は玄関之間、控之間、茶室、水屋となっているそうです。原爆投下により焼失しましたが、昭和49年(1974)に復元されたと書いてありました。大八車の車輪が埋め込んである漆喰の壁に遊び心を感じました。ここから名月を見たらさぞ綺麗な事でしょう。
ということで、南郷温泉しゃくなげの湯に入り旨い十割そばを食った後は、しゃくなげの湯の前にある南郷の曲屋旧鈴木家住宅へ行ってきました。これはすばらしい曲がり屋ですね。鈴木家は、江戸時代に神官として熊野神社建立の為紀州より来村定住し、代々名主、政治家などを輩出している旧家だそうです。築年代は分かっていませんが、1700年代後半の建築ではないかとのことです。中はこんな感じ。すばらしい彫刻の欄間。中もすばらしいですね。上段の間、床の間、付け書院を設ける等、武家の好んだ書院造の手法
洋館の西側通路でつながっている・・・和館畳廊下を坪庭を連想させる小庭書院造りを基調にし完成当時は建坪550坪に及び洋館を遥かにしのぐ規模を誇っていたそうですが・・・現在は、洋館同様冠婚葬祭などに使われた大広間の1棟だけが残り床の間や襖には、幕末から明治時代にかけて活躍した狩野派絵師、橋本雅邦が下絵を描いたと伝えられる日本画など障壁画が残っているそうです和館の施行は大工棟粱として、政財界の大立者たちの屋敷を数多く手がけた大河喜十郎と伝えられています
新緑の輝くゴールデンウィーク☘️アートマーケッツ☘️は大盛況です。⭐️お越しいただいたお客様、🌏外国からの沢山の観光のお客様、🍏新旧🍎の出展者の皆様、楽しい時間をありがとうございます。🎀M様🎀お久しぶりにお目にかかったお客様です。atelierクスクスのハンチングお帽子がすっかりお顔になじみ、美しいシルエットです。10年以上、ご愛用下さっている。とのこと❣️感無量です。😭atelierクスクスのお帽子を、お客様に気に入ってお選びいただき、長い間使って頂けること、作家とし
テーマどんな風に暮らしてみたいclickで、同テーマの他記事もチェック和室とたたみの部屋のちがいは…和室にある床の間格式高い順に大きく分類すると書院造り数寄屋茶室の三種類ぐらいに分かれますでは和室とたたみの部屋は何がちがうか?一級建築士の僕のブログはだれかの家の評価でもなくどの商品がおすすめかどんな間取りがいいのか…そんな話もしないでもあなたにとって過去に経験のないはじめての家づくりを失敗させない
こんばんは。大変ご無沙汰しております。インスタグラムはアップしているのでご無沙汰でない方もいらっしゃるかと思いますが、仕事のタイミングや体調も波があり発作気味になることも多くなっています。寒さや更年期もあるかと思いますが。なのでアクセサリー作りになかなか気持ちが向いていません。それでも食欲はありますし、散歩にも行っていますので元気といえば元気です。久しぶりの投稿でご紹介するのは新しく迎えた古道具です。一昨日奈良井宿の古道具屋さんの旅する古物商hito.toさんに行きました。9月に
トイレ休憩も兼ねて「山本亭」へ。ここは、地元でカメラ部品製造の工場を経営していた山本栄之助翁の自宅だったそうです。建築の観点から有形文化財に指定されており、今では喫茶を伴う区民の憩いの場になっているようです。いちお、保存の経費がかかるためなのか、入場料なるものがありました。今回、喫茶は利用せず、館内の見学です。山本氏は関東大震災後に移り住み4代にわたり使われていたものを、昭和63年に葛飾区が譲り受け、平成3年から一般に公開されたそうです。当時では珍しい二世帯住宅の作りになっているそうで、