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R8年2月14日(土)晴れ倉庫の中から「ルービックキューブ」が出てきました。今では当たり前のように売られており、簡単に入手できる玩具となりましたが、発売当初の人気ぶりは凄まじく、田舎育ちの私にとっては夢の玩具と言っても過言ではありませんでした。時は1980年(昭和55年)7月・・。見た事もない不思議な玩具が宣伝されるや、日本国内ではルービックキューブ現象とも言われる大ブームが巻き起こります。ちなみに昭和55年の主な出来事を紹介しますと「巨人軍の王貞治選手が引退」「山口百
昭和55(1980)年2月、読売新聞テレビ欄に寄せられた投書より。この手の投書において、苦情か批判こそが定番だったドリフ(の番組=ここでは『8時だョ!全員集合』)に対して、称賛やねぎらいの言葉まであるという大変にレアな内容となっている。しかもドリフ批判の定番であり、常套句でもあった「子どもに悪影響」という点についても、「その場で子に教えるのもテレビの利用法」とピシャリ。きっとこの東京・目黒区の理容店経営男性(41歳)は世の中を冷静に見渡せるオトナの人格者だったに違いない。「女子プ
本日は、挿絵・・・というのはおこがましいのですが、謎の手書き文書の絵を描きました。文書の絵を描く・・・なんかもやっとしますねw小学1年生の時の自分の文体を思い出しながらXP-PEN(Artist12Gen2)で描きました。次回は主人公の胸像を描いてみようと思います。
今日は5日なので「5」にまつわるちょっと不思議なお話しますいつの頃からか昭和55年の100円玉がやたらやってくる様になったワタクシの財布(お釣りで貰うお金の中にいるのです)意識してるからやたら目にすると思われるかもしれませんがそうではないんです毎度気にはしてないしいくら出回ってるとはいえ昭和55年かなり古いお金ですしねぇその時はフト「今財布に55年の100円がいる気がする」と直感的にやって来て確認するとほぼ100%いるのです100円玉がないな~と思う時は10円玉
.あなた色のマノン/岩崎良美1980年8月21日(3rd・シングル)◇https://ja.wikipedia.org/wiki/あなた色のマノン【作詞:なかにし礼/作曲:芳野藤丸/編曲:大谷和夫】#あなた色のマノン#岩崎良美#1980年#昭和55年#なかにし礼#芳野藤丸#大谷和夫
ドヤ、ドヤ、ドヤ----大阪名物パチパチパンチご存知吉本新喜劇脇役・島木譲二の最大ギャグである。ポコポコヘツドに、カンカンヘッドは男のロマン。困った困ったコマドリ姉妹、しまったしまった島倉千代子・・・・・・等々のギャグを持つ。強面のキャラクターが、一転愛嬌タップリに変貌するところが可笑しかった。私の知るところ、異色なキャラ
1980年三沢基地航空祭(1980年9月7日)過去のネガフィルムの整理したなかで、航空祭にて自分自身で撮影したものが三沢基地航空祭だった。フィルムは保存状態も悪く、薬品焼け、傷等により修復に時間を要したものの、自信がない状態での投稿1971年から八戸基地から三沢基地に移駐して、第81航空隊が基地業務を行っていた。1978年(昭和53年)小牧基地から三沢基地に第3航空団が移駐し第81航空隊は廃止第3飛行隊は第3航空団に編入され第8飛行隊と2個飛行隊態勢になった。天候は晴れ、第3飛行
勢いで書いた”たからしまのちズ”をろくに校正もせずに掲載してしまったために、誤字脱字のみならず支離滅裂な言い回しのところが多々あり、大変読みづらい恥ずかしい文章になっておりました。大変申し訳ございません。本日は小説:たからしまのちズ#537人のイケニエ『小説:たからしまのちズ#537人のイケニエ』※ここに出てくる地名・人名は架空のものであり、実在する地名、人名、団体名とは全く関係がありません。7人のイケニエシマオの母親(ははおや)が控室(ひかえしつ)…ameblo.jp
さらばシベリア鉄道太田裕美太田裕美の12月の代表曲さらばシベリア鉄道昭和55年(1980年)♪哀しみの裏側に何があるの?涙さえも氷りつく白い氷原誰でも心に冬をかくしてると言うけどあなた以上冷ややかな人はいない作詞・松本隆作曲・大瀧詠一編曲・萩田光雄映像はこちらでyoutu.be/rN7c_CSDZYQ?si=PVm9NPb3myBqiwOs筒美京平の曲が多い太田裕美ですが、これは大瀧詠一作曲詞は、太田裕美に提供多い松本隆「木綿のハン
※ここに出てくる地名・人名は架空のものであり、実在する地名、人名、団体名とは全く関係がありません。~川村早希(かわむらさき)~川村早希(かわむらさき)は3年(ねん)ほど入院(にゅういん)した後(のち)、完全(かんぜん)な寛解(かんかい)とはいかないまでも大幅(おおはば)な改善(かいぜん)が見(み)られたとして退院(たいいん)する。3年(ねん)間(かん)の監察期間(かんさつきかん)の間(あいだ)も田島美紀(たじまみき)が彼女(かのじょ)のところに足(あし)しげく通(かよ)って援助(え
今日、レベルが1つ上がり45歳となりました。多くの方々に、お祝いメッセージを頂き、感謝でございます。ゆっくり返信していきたいと思います。また、昨日、県議会10年の表彰を受けました。お支えいただいた皆様のおかげです。#田村ゆうすけ#瀬谷区#誕生日#45歳#申年#1980年#昭和55年#お祝い#表彰
※ここに出てくる地名・人名は架空のものであり、実在する地名、人名、団体名とは全く関係がありません。彼女《かのじょ》の退院前(たいいんまえ)の日曜日(にちようび)、麻生家(あそうけ)は田島美紀(たじまみき)のお見舞(みま)いに行(い)くことになった。息子(むすこ)の命(いのち)の恩人(おんじん)ということもあって全員(ぜんいん)余所行(よそい)きの服装(ふくそう)で菓子折(かしお)りを持(も)って行(い)く。病室(びょうしつ)には美紀(みき)の母親(ははおや)がいた。一通(ひととお)り
※ここに出てくる地名・人名は架空のものであり、実在する地名、人名、団体名とは全く関係がありません。事件《じけん》の顛末《てんまつ》警察《けいさつ》が来《き》た後《あと》、川村早希《かわむらさき》は田島美紀《たじまみき》に対《たい》する殺人未遂《さつじんみすい》と暴行《ぼうこう》の容疑《ようぎ》で逮捕《たいほ》されて県警《けんけい》に収監《しゅうかん》された。何故《なぜ》県警《けんけい》が来《き》たかというと、宝田大橋《たからだおおはし》周辺《しゅうへん》での溺死事故《できしじこ》の多《
※ここに出てくる地名・人名は架空のものであり、実在する地名、人名、団体名とは全く関係がありません。シマノ美容室で翌日《よくじつ》、玲也《れいや》はシマノ美容室《びようしつ》の開店《かいてん》に合《あ》わせて家《いえ》を出《で》たのだが、1階《いっかい》のエレベーターホールには待《ま》っていたかのようにフジショーがいた。「よぅ!」と声《こえ》をかけてくるフジショーに「やぁ」と返《かえ》すと、フジショーは「もうそろそろ出《で》てくるころかなと思《おも》ってな」とキザったらしいセリフを垂《た
※ここに出てくる地名・人名は架空のものであり、実在する地名、人名、団体名とは全く関係がありません。幕引き子供《こども》の溺死《できし》を防《ふせ》ぐための祭儀《さいぎ》の最中《さいちゅう》に子供《こども》が溺死《できし》するなんて縁起《えんぎ》でもない。地元民《じもとみん》は必死《ひっし》で玲也《れいや》たちの救助《きゅうじょ》を行《おこな》い、一番《いちばん》家《いえ》が近《ちか》い地元民《じもとみん》は万一《まんいち》に備《そな》えてレスキューと救急《きゅうきゅう》と警察《けいさつ
※ここに出てくる地名・人名は架空のものであり、実在する地名、人名、団体名とは全く関係がありません。狂気そこまで美紀(みき)が話(はな)し終(お)わった時(とき)、土手(どて)の上(うえ)から「お前(まえ)は何(なに)をしてる!!」と言(い)う女性(じょせい)の怒声(どせい)が響(ひび)いた。2人(ふたり)が見上(みあ)げると、そこには憤怒(ふんぬ)で鬼(おに)のような形相(ぎょうそう)になった川村(かわむら)早希(さき)がいた。彼女(かのじょ)は土手(どて)の階段(かいだん)を駆
※ここに出てくる地名・人名は架空のものであり、実在する地名、人名、団体名とは全く関係がありません。蛮行島神社(しまじんじゃ)の境内(けいだい)に上(あ)がってきたのは美紀(みき)の兄(あに)をリーダーとする地元(じもと)の少年(しょうねん)たちだった。田舎(いなか)ではいまだに「本家(ほんけ)」の権威(けんい)が強(つよ)いので、誰(だれ)も本家(ほんけ)の長男(ちょうなん)には逆(さか)らえない。殆(ほとん)どの地元(じもと)の少年(しょうねん)たちはこの年頃(としごろ)で本家(
※ここに出てくる地名・人名は架空のものであり、実在する地名、人名、団体名とは全く関係がありません。馴れ初めそんなある日(ひ)、美紀(みき)は、和彦(かずひこ)がメモ帳(ちょう)に何(なに)かを一生懸命(いっしょうけんめい)に書(か)き込(こ)んでいるのを見(み)かけて声(こえ)を掛(か)けたと言(い)う。「何(なに)を書(か)いているの?」と聞(き)きながら彼(かれ)のノートを覗(のぞ)くと、公園(こうえん)のフェンス越(ご)しに見(み)える多嘉良島山(たからじまやま)を描(えが)い
※ここに出てくる地名・人名は架空のものであり、実在する地名、人名、団体名とは全く関係がありません。田島美紀の話「田島(たじま)美紀(みき)」と名乗(なの)った少女(しょうじょ)は、まず、玲也(れいや)が話(はな)していたノートの「たからしまのちズ」という記述(きじゅつ)について、そもそも、その記述(きじゅつ)自体(じたい)が間違(まちが)っており、あれは本来(ほんらい)、「ちズ」ではなく「千呪(ちじゅ)」と書(か)いて「ちじゅ」と読(よ)むのだそうだ。ただし、幼少期(ようしょうき)の
※ここに出てくる地名・人名は架空のものであり、実在する地名、人名、団体名とは全く関係がありません。思いがけぬ出会い下宝田(しもたからだ)集落(しゅうらく)の地元民(じもとみん)の墓(はか)は多嘉良(たから)川(がわ)上流(じょうりゅう)の方(ほう)側(がわ)の山腹(さんぷく)にある、地元民が墓参(はかまい)りをするにしては、村の墓地(ぼち)とは反対(はんたい)方向(ほうこう)に行くのは変だ、と、玲也(レイヤ)の直感(ちょっかん)が告(つ)げる。玲也は道の反対側(がわ)を俯(うつむ)き加
※ここに出てくる地名・人名は架空のものであり、実在する地名、人名、団体名とは全く関係がありません。行き違い身支度(みじたく)をすると、と言っても、体操着(たいそうぎ)から余所行(よそい)きの服に着替(きが)えただけだったのだが、滅多(めった)に着ない薄青色(うすあおいろ)の半袖(はんそで)シャツとデニム地の短(たん)パンを着て通学帽(つうがくぼう)を被(かぶ)り「いってきます!」と両親(りょうしん)に声をかけるものの、父親は気(け)だるげに少しだけ振り向いて「おう」と応じ、母親はつけっ
※ここに出てくる地名・人名は架空のものであり、実在する地名、人名、団体名とは全く関係がありません。気掛かりまるで地獄(じごく)のような張(は)り詰(つ)めた雰囲気(ふんいき)の夕飯(ゆうはん)を終えた玲也(レイヤ)は、自分が使った食器(しょっき)を洗って水切(みずき)り籠(カゴ)に入れるとそそくさと自室(じしつ)に行く。だが、その途中(とちゅう)、親夫婦(おやふうふ)が息子(むすこ)の教育方針(きょういくほうしん)で揉(も)めている様子(ようす)が玲也の視界(しかい)の隅(すみ)に入っ
※ここに出てくる地名・人名は架空のものであり、実在する地名、人名、団体名とは全く関係がありません。ずぶ濡れでの帰宅玄関(げんかん)に入るとすぐに母親がリビングから出てきた。彼女は「フフッ、ビショビショじゃないの、どこに行っていたのよ」と言いながら手に持っていたタオルを玲也(レイヤ)に手渡(てわた)す。玲也は受け取ったタオルで頭を拭(ふ)きながら「ちょっとね」と言ってごまかした。川村(かわむら)玲子(れいこ)と一緒(いっしょ)に多嘉良(たから)橋(ばし)まで行ってたなんて死んでも言えな
.悲しき友情/西城秀樹1980年1月5日(31th・シングル)◇https://ja.m.wikipedia.org/wiki/悲しき友情◇https://ja.wikipedia.org/wiki/西城秀樹の作品・出演一覧◇https://ja.wikipedia.org/wiki/西城秀樹【作詞:山川啓介/作曲:筒美京平/編曲:水谷公生】#悲しき友情#西城秀樹#1980年#昭和55年#山川啓介#筒美京平#水谷公生
※ここに出てくる地名・人名は架空のものであり、実在する地名、人名、団体名とは全く関係がありません。真相玲子(れいこ)が落ち着くまで待ってから、玲也(レイヤ)はこれまでのことを話した。フジショーがたからしまのちズのメモを持って来てから、その内容について自分たちなりに調べていたこと。その一環(いっかん)で島神社(しまじんじゃ)にも行ったこと。図書館(としょかん)で宝田村(たからだむら)の歴史(れきし)や7年前の事件(じけん)についても調べていたこと。7年前の事件を詳(くわ)しく調(しら)べ
※ここに出てくる地名・人名は架空のものであり、実在する地名、人名、団体名とは全く関係がありません。兄の形見玲也(レイヤ)は反射的(はんしゃてき)に玲子(れいこ)の後を追った。フジショーはあっけに取られていたものの、母親にせっつかれて取り急ぎ出てきた。玲也にとっては玲子までの50〜60mが100m・200mのように感じられた。それでも、追いつかなければなにか良くないことがあるような予感(よかん)が衝動(しょうどう)となって、体育の授業でも出したことがない程(ほど)の本気(ほんき)を出して走っ
ロレックスデイトジャスト16014希少リネンダイヤルROLEXDATEJUSTRef.160141980年昭和55年ヴィンテージ自動巻Cal.3035光の角度で綺麗に輝くダイヤルはこの時代の魅力ある希少なリネンダイアルになり交差した美しい質感が独特な魅力でありながらもさりげなく、光の変化をも楽しめます。WGのフルーテッドベゼルのオイスターケースのフォルムも何とも言えない、デイトジャストの中でも希少なタイプで魅力。ROLEX1980年製の逸品。
未完成/伊藤咲子1980年4月20日(15th・シングル)◇https://ja.wikipedia.org/wiki/伊藤咲子【作詞:阿久悠/作曲:三木たかし/編曲:萩田光雄】#未完成#伊藤咲子#1980年#昭和55年#阿久悠#三木たかし#萩田光雄
.明日なき暴走の果てに/THEALFEE1980年3月21日(7th・シングル)『無言劇』B面曲1980年5月21日(3th・アルバム)『讃集詩(さんじゅうし)』収録曲◇https://ja.wikipedia.org/wiki/無言劇_(アルフィーの曲)◇https://ja.wikipedia.org/wiki/讃集詩◇https://ja.wikipedia.org/wiki/THE_ALFEEのディスコグラフィ◇https://ja.wikipedia.org/wik
<※ここに出てくる地名・人名は架空のものであり、実在する地名、人名、団体名とは全く関係がありません。もう一つの無くしモノエレベーターの窓越(まどご)しに、黄色い通学帽(つうがくぼう)に男子用の体操着(たいそうぎ)の上下(じょうげ)を着たシマオと同じくらいの背丈(せたけ)の少年が乗っているのが見えたが、エレベーターの扉(とびら)が開くとその少年が顔を上げてこちらを見た。その瞬間(しゅんかん)、その人物が彼ではなく、彼女であるとわかる。川村(かわむら)玲子(れいこ)だ。玲也(レイヤ)はエ