ブログ記事500件
「ナガサキ」の日は、やはりこの人でしょう。そっ、美輪さんは長崎原爆の被爆者なのよね。現場からは4~5キロの距離だったそうな。それでもかなりの衝撃だったそうな。シンガーソングライターの元祖でもある美輪さんがその長崎原爆を題材にした自作曲が存在するよ。それは昭和40年にシングル盤「ヨイトマケの唄」のB面の「ふるさとの空の下で」と云う楽曲だよ。歌詞はこんな感じね。長崎で被曝した青年が苦労の末に何とか東京で生き抜いて故郷の長崎に明るく元気に帰郷したと云う内容だよ。こりが歌詞も曲も素晴らしいの
昭和40(1965)年8月7日(土曜)、スター劇場(日本テレビ)の異色回喜劇あゝ巨人軍の番宣広告。日本テレビのドラマだし、広告の写真からも、一見して本物の巨人軍選手の出演にも見えてしまうが、実は本職の俳優さん。実況の越智正典アナウンサーと、解説の別当薫のみ、野球中継の本職を起用。とくに別当薫は、夜8時からのナイター中継(巨人vsサンケイ)でも実際に解説を務めており、連続登板するという仕掛けとなっている。劇中に登場する巨人軍選手の名前も中島(長嶋)、王子(王)、金山(金田
やはり、楽曲的に美輪明宏さんとなると丸山時代のこの「ヨイトマケの唄」になるよね。そして、そのシングルとなると下のキングレコードからのブツになるよね。しかし、上のブツも存在するのだよ。そっ、これも「ヨイトマケの唄」のシングルなんだよ。発売は本家の昭和40年6月から僅か3ヶ月後の9月なのだよ。発売は朝日ソノラマと云う会社だよ。ただ、シングルといっても通常の硬い塩化ビニール盤ではなくて薄くてソフトなソノシート盤なのだよ。このソノシートはレコードに比べて安く製造できたのだよ。昭和4
あなたこの薬知ってる?だがちがう――。昭和40(1965)年7月、玉川良一(当時40歳)をモデルに起用したキャベジン消化薬コーワの新聞広告。不謹慎ではあるのだけれど、全国各地でのクマ出没関連のニュースを目にするたびに、この人の顔がチラついて仕方がない…。きっとそんな人(たぶん50代後半)は多いことだろう。調べてみたら、そんな玉川良一が亡くなったのは34年も前(1992年10月=67歳没)のこと。クマの着ぐるみで雪山に現れ、見事に逆ドッキリに引っかかり、鉄砲を手にした
瀬戸芸14日目は、男木島に行きました男木島も女木島も人気がある島なので、瀬戸芸春会期の後半に行きました折り畳み自転車を輪行させたけど、男木島の居住地域は自転車禁止だそうですそもそも、道が狭いうえに坂や階段が多いので、歩きの方が移動しやすいけど<男木島の魂><タコツボル><><私たちの島><青空を夢見て><歩く方舟><男木島パビリオン><豊玉姫神社><><男木島路地プ
オメガスピードマスター105.003Cal.3211965年キャタピラブレスエドワード・ホワイトOMEGASPEEDMASTEREdWhite手巻きクロノグラフアンティークヴィンテージ3rdサードモデル昭和40年ジェミニ計画の宇宙飛行士であったエド・ホワイトが史上初の宇宙遊泳を行った際に着用したモデル。近年では復刻モデルも発売され当時の通称EdWhite。リューズガードのない、この時代の美しいオールドな雰囲気のケースにΩマークは立体的。オメガスピードマス
唱和40年代は日産対トヨタのクルマ戦争の時代でした。初めてのクルマを買う前にはレンタカーのブルとコロナを借りて試乗したのです。。日産ブルーバード。カーナビは無い時代でしたのでドライブするには紙の道路地図が必須でした。トヨペットコロナ。これは最初のマイカーだが、装備品はAMラジオ・時計・ヒーター・シガーライターでした。1000ccクラスでは日産サニー対トヨタカローラでした。
ロレックスオイスターデイト6694リベットブレス1965年アンティークヴィンテージウォッチROLEX昭和39年光の角度で輝く魅力あるダイヤルは12時王冠クラウン、さりげなく幅広になったインデックスとその他のインデックスで、この年代のヴィンテージロレックスだからこその雰囲気でデイト付きの程よい大きさで人気も高くビンテージモデル特有の洗練された調和は飽きず楽しめます。アンティークロレックス1965年製。
このブログは、午後12時0分頃に作成したものです。さて本日は、5月9日、土曜日です。2026年5月も、ついに9日目になりました。この時間は「今日は何の日?」を紹介していきます。本日5月9日は「アイスクリームの日」だそうです。社団法人日本アイスクリーム協会が1965(昭和40)年に制定したそうです。日付は1964年(昭和39)5月9日に、東京アイスクリーム協会が記念事業を行い、諸施設へアイスクリームをプレゼントしたことに由来してます。ちなみに吾輩が好きなア
さかい学の妻です。私もスタッフの一人。「生まれた年の硬貨を持ってると、いいことがありますよ」と、地元の方がお守りを届けてくれました。昭和40年の50円玉(写真右)。今のもの(同左)よりも大きいです。ありがとうございました!
ロレックスチェリーニ3653レディース1965ホワイトゴールド金無垢WGアンティークヴィンテージオーバル昭和40年CelliniアンティークレディースROLEXの中でも贅沢な金無垢素材でセレブリティな雰囲気で素敵。ホワイトゴールドにシャンパンシルバーの組み合わせで人気の高いオーバル型になり、このモデルの中でも希少なタイプで全体的な雰囲気もとても可愛らしさもある女性らしい逸品。ロレックスレディースウォッチ1965年製
門沢橋の自家製麺橋はし本でいただいた後、遠くまで行ったので連食も考えておりましたが、腹具合がもう一つだったので地元に戻ってきました。1時間40分電車に揺られて帰ってくると、少しお腹に余裕が出来たので地元の町中華へ。「ますや」に伺うと14時過ぎで外待ち6人だったので諦めて「いこい食堂」へ。いこい食堂は昭和40年頃創業と聞いているので50年続いている老舗食堂ですね。場所は、駅西口から県庁通りを西進して6分くらいかな。表通りにひっそり佇む姿がタイムスリップしたようです。入店す
ロレックスビッグオイスターRef.6424アンティークヴィンテージ時計1965年製昭和40年ROLEXウォッチロレックスヴィンテージのオイスターの中でもビッグケースの位置づけの希少モデル。ベルト幅も20mmあり存在感あるアンティークならではの質感の良いハイコストな仕上がり。REF.6424でも希少な3-6-9時位置のアクセントも魅力な太クサビインデックスにアルファ針も含め絶妙のアンティークロレックス1965年
ROLEXオイスターパーペチュアルデイトRef.1500ヴィンテージ1965年Cal.1570昭和40年ロレックスアンティーク時計光の角度で輝くこの時代のオリジナルフェイスが特有の洗練された渋い雰囲気。精密かつ高コストな12時位置の王冠にアンティークならではの高コストな比較的少ない統一アプライドインデックスも良い雰囲気で魅力。名機1570も搭載。ロレックスアンティークヴィンテージウォッチメンズ時計の逸品。1965年製
ロレックスエアキングRef.5500自動巻きROLEX1965年ROLEXリベットブレス昭和40年アンティークAir-Kingヴィンテージ時計光の角度で輝く魅力あるサンレイのダイアルはこの時代の、少しグレーがかったシルバーフェイスが特有の洗練された渋い雰囲気。今尚受け継がれているモデルでノンデイトのバランスも良く自動巻き。アンティークロレックスだからこその魅力と風格のROLEXエアキングの逸品で、リベットブレスを装備。1965年製
せいかさんの生まれた1965年(乙巳)3月28日はどんな十干十二支でどんな年でどんな日だったんでしょうか。振り返ってみましょう。乙巳まずは乙巳の年にはどんなことがあったのかを振り返ってみましょう。一番大きくて分かりやすいのは大化の改新(645年)ですね。最近では中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を殺して蘇我蝦夷を滅ぼした事件を「乙巳の変」って呼称して、その後の中大兄皇子主導の改革の事を「大化の改新」って分けて呼ぶようになってますね。他に「乙巳」がつく歴史イベントとしては、第二次日韓協約
昭和40年(1965年)小学校で戦争映画が観れる・・と、誰彼となく情報が流れた。「戦争映画、見に行こう!」五年生の私は、四年生の山田を連れて、ワクワクしながら小学校へ行ったのである。行ってみると、本館(鉄筋コンクリート3階建)2階の教室で、20、30人の大人がいて、8ミリの記録映画を観ていた。私等は、教室の戸口(一番後ろ)傍で立ったまま、それを見ることにしたのである。然し、それはつまらなかった。私は勇ましい戦闘シーンのある戦争映画だとばかり想って
ロレックスオイスターパーペチュアルデイト15011965年製ROLEXアンティークヴィンテージ腕時計Cal.1570自動巻昭和40年さりげなく特徴のあるエンジンターンドベゼルと呼ばれファンも多い魅力あるディテール。アンティークロレックスのエンジンターンドベゼルはヴィンテージモデル特有の雰囲気を楽しめ、堅牢なオイスターケースを含めた剛健さあるステンレスケースのフォルムは何とも言えない魅力の自動巻デイト付モデル。1965年
昭和40年(1965年)1月のベンチャーズ・日本公演此が因で『エレキブーム』が始まる。日本中、それはもう大騒ぎとなった。大騒ぎ・・大流行とも謂うベンチャーズの『ダイヤモンドヘッド』『パイプライン』・・当時11歳、小学五年生の私でも知っている曲である。『トレモロ、グリスダウン』「「自分等は、もうとっくに飽きてしまって、(将棋は)していないところに、(自分は)将棋ばっかりして、押しかけてくる。必死にやっているんだから、強くなるのはあたり前で、
『若いいのち』江田島の海軍兵学校、予科練の青春を描いたテレビ映画昭和40年(1965年)日本テレビPM7:00~7:30に放映された。『青春の城下町』を歌った歌手の梶光夫が主演私の故郷は、江田島・呉軍港に近く、伯父が予科練だったこともあって、予科練に特別の感慨を持って視ていた。海軍士官の凛々しい姿に、11歳の少年は「カッコイイ」・・と、そう想ったのである。そして、劇中で唄われた『若鷲の歌』『同期の桜』、私は、得意になって唄ったのである。『若鷲の
「おとうちゃん、おそいな」なんとなく、淋しい想いで以て、母と二人、テレビを視ていた。親父はまだ帰ってこない・・・♪見知らぬこの町さまよい来れば遥かな想いで胸によみがえる友を求めゆく旅ははてなしさすらい♪テレビ映画『名犬ロンドン物語』の主題歌読売テレビ、毎週木曜日午後9:30~10:00昭和38年~40年放映昭和40年(1965年)巷では、アイビールックが流行したこの年、そんなものなんか程遠い、家族五人で寄りそって生きていた
♪義理と人情を計りに掛けりゃ義理が重たい男の世界幼なじみの観音様にゃ俺の心はお見通し背中で吠えてる唐獅子牡丹高倉健主演の『昭和残侠伝』昭和40年(1965年)公開の映画である。『花田秀次郎』役の唐獅子牡丹は、昭和41年(1966年)からの映画。鶴田浩二、北島三郎、里見浩太朗の『兄弟仁義』藤純子の『緋牡丹博徒』・・と、親父達の好んだ東映任侠映画全盛の頃の映画である。さて昭和40年(1965年)夏の夕暮れ、仕事を終えた親父が職
【本記事は、かつて存在したXWINIIWeblogに2012年2月23日掲載した記事をほぼそのまま転載したものです。】前回のタイトルに「続・」と付けてみたが、素材が同じだけで「町」の読み方云々ではなく、それ以外に気づいた点を徒然と記していこうという試み。まず、昭和40年(1965年)という時代は住居表示制度が始まって2年程度が経過したほどで、多くの地域ではその途についたばかりのところがほとんどだった(東京都荒川区のようにモデル地区となったところは別)。東京都渋谷区も同様で、住居
【本記事は、かつて存在したXWINIIWeblogに2012年2月22日掲載した記事をほぼそのまま転載したものです。】公式資料であったとしても、それだけを鵜呑みしてはならない。古くはIntel社の8080マニュアルであったり、最近では東京急行50年史であったり…と。とどのつまり、公式とはいってもいわゆる中の人や執筆委託を受けた人が詳しい人でなかったなら、その内容は推して知るべし。で、今回採り上げるのは、昭和時代の渋谷区の町名について調べる中、参考にしようとした昭和40年版の渋谷区政概
昨日は、毎年恒例の八王子同期の三枝番長招集の予定通り行われた。参加者は、写真右から金沢明(川口中卒)、石岡祐司(八王子6中卒)、奈良本健司(横山中卒)、鍋村一郎(八王子5中卒)、三枝孝充(四谷中卒)、佐藤明(アキラ四谷中卒)のメンバーだった。みんな自分で商売・経営をしたり外資系企業で活躍したりと未成年の頃の心構えで当時の頑張りを形を変えて貫いている。奈良本は、昨年までは海外各地で寿司屋さんを経営をしていたので、この会には初めての参加だ。いつも電話でこの会のメンバーと話
ファン必見‼今夜8時独占放送!――。ちょうど60年前の昭和40(1965)年12月9日(木曜)、シリーズ第4作『007サンダーボール作戦』の公開を控えての007ジェームス・ボンドのすべて(NETテレビ)の番宣広告。これまでの全作品…とはいっても、まだ「007は殺しの番号(ドクター・ノオ)」「007/危機一発(ロシアより愛をこめて)」「007/ゴールドフィンガー」と、まだ3作しか過去作のない時代ではあるが、数々の名場面、サンダーボール作戦に登場する新兵器を紹介するほか、前
ちょうど60年前の昭和40(1985)年12月、レコード7社(クラウン、ポリドール、ビクター、キング、コロムビア、東芝、テイチク)共同による今月のヒット盤新聞広告。今やすっかりスタンダード曲として定着している若大将(加山雄三)の「君といつまでも」も、健さん(高倉健)の「唐獅子牡丹」も、すでに60年も前の楽曲になっていることに驚かされる。加山雄三は弾厚作名義で、A面「君といつまでも」、B面「夜空の星」の両方を作曲しているが、こういった場合、当時は「自作・自演による~」という表
ちょうど60年前の昭和40(1965)年11月15日(月曜)、英国産のスパイドラマ秘密諜報員ジョン・ドレイク(フジテレビ)第7話「潜入」の番宣広告。昭和35年から日本で放送されていた『秘密指令』の続編となり、NATO(北大西洋条約機構)の腕利き諜報員、ジョン・ドレイクの活躍を描いたスパイ物。主演は『プリズナーNo.6』や刑事コロンボシリーズへのゲスト出演で知られたパトリック・マクグーハンが務めている。現在、このドラマが語られることはほとんどないが、米国放送用に作られた主題歌『シー
松本城のっとり――。ちょうど60年前の昭和40(1965)年11月9日(火曜)、近衛十四郎主演の時代劇素浪人月影兵庫(NETテレビ)の第4話「黒い霧が流れていた」の番宣広告。年代的に番組が始まってすぐにカラー化された後番組『素浪人花山大吉』(昭和44年~)のほうが再放送の多さからも、圧倒的に記憶に残っているのだけど、こちらの月影~こそが元祖となる。これら初期のエピソードを観てみると、月影兵庫(近衛十四郎)と焼津の半次(品川隆二)によるマシンガントークのような口喧嘩