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1983年のマレーシアGPで走ったとされるグループB仕様の60セリカ。他にも見崎清志選手や星野薫選手、舘信秀選手が乗ったという記録もあります。グループBといいながら右ハンドルなのでTTE製作のラリーカーではなく、エアロパーツだけを入手したトムスが東南アジアでのレース向けに作ったのかな?と。純正ボンネットの「骨」だけを使ったかのようなボンネットに目を奪われてしまいますが、何故こんなラリーカーもどきで東南アジアでのプロモーションも兼ねたレース参戦をしていたのかな?などと思うんですよね。空力特
タナベスープラがN1耐久に出ていたりなんだかんだ…な時期ですから、1994年とか1995年あたりでしょうか。80スープラの純正が16インチの頃でブレーキが止まらない!って文句を言われてた頃ですね。後に17インチ版が出てブレーキも大型かつ強力(いうても純正対比)なものに置き換えられましたが。そのスープラでレースに出るか聞かれた「シフトポイント」の代表でもある「トムスの豪傑」こと()星野薫選手。ずいぶんと現実的かつ未来を見据えたことを発言していました。「セリカ(時期的にST20#)にJTCC
このセリカの頃の映像が、ほとんど無い件について。ちなみに元々はなぜかIMSA-GTX仕様として作られ、ル・マンでは赤っ恥をかかされて帰ってきたこちら。「トミカでみたことある!」なんて方も多いんじゃないでしょうか。それが日本に帰ってきてからル・マン用についていたスポンサーと社員ドライバーが撤退し、ウイークポイントを改善したうえでスーパーシルエットレースに参戦したのがこれ。レギュレーション上「点けばいい」だけのヘッドライトは小型化され、リアフェンダー内の冷えないラジエーターはフロントに戻され
グループAのときの70スープラさん。盛大に火を吹いてますが…おケツは熱くないんかな?ほら、ちゃんと右側から排気してるでしょ?7Mはもとより1JZも同じように右排気なんですよね。まあ…断熱材とかが進化しているとはいえ、熱いモノは熱いんでしょうね。こいつの頃からくらべると火を吹いてる時間も短いし、断熱材とかが進化してるんだろうけど。画像はトラスト譲渡後ですが、もともと乗っていた舘信秀現トムス会長は富士の1コーナーで盛大にアフターファイアを吹くと「あちち!」っておケツを浮かせていたものの
レーシングオンの次号は「マイナーツーリング特集」。奇しくも先日鬼籍に入られた「トッペイさん」こと都平健二選手も、マイナーツーリングの名手でした。星野薫さんも…※このマシンには舘信秀選手が乗っていたこともありましたが、シーズンごとに交代で乗っていたようですね。高橋健二さんも…みんな「あちら側」に行かれてしまって。寂しいですね。追悼記事とかも…締切まぎわだろうけど、お願いしたかったりするんですよね。
JSSからJGTCに流れてきたAMUSEサバンナ…ではなく、後ろのグレコスープラwハチマキに「シフトポイント」とありますが、これは静岡にあった星野薫さんのお店なんです。「(スポンサー名前)レーシングチーム」だとか表記されると訳わからなくなりますが、少しでもヒントが出てくると「解答」に近づけたみたいで嬉しいですよね。このグレコスープラと同じようにN1耐久から移籍してきたブリッツスープラは3S-GTに換装したうえで外装もGTっぽくなっていったのに対し、グレコスープラは2JZ-GT&ノーマル外
ポーラミュージーアムアネックス展2023自立と統合へ行ってきました。場所は銀座二丁目の中央通り沿いにある、ポーラのビルの3階です。この展覧会は2回に分けて紹介します。今回はVol.1(前半の紹介。次回は4月16日(日)まで開催のVol.2を。■リーフレット表紙■ポーラミュージーアムアネックス展とはポーラ美術振興財団が、1996年以来続けている「若手芸術家の在外研修助成」を受けた作家さんの研究成果の発表の場です。今
新宿から銀座へミュージアムのはしご。銀座一丁目のポーラのビルにあるポーラミュージアムアネックスで開催中の「ポーラミュージアムアネックス展2023vol.1」今年で21回目になる公益財団法人ポーラ美術振興財団が奨める若手芸術家の在外研修助成を受けた人の研究成果のお披露目展。SOMPO美術館より狭いので前期と後期で3名づつの展示。受付の片隅にも作品。星野薫。瓶ビールを変形させたり、グラフィックな作品からインスタレーションな展開もする。続いて國川裕美。こちらは彫刻家。ハシビロコウさ
JGTC創世記に参戦する予定だったWESTコルベット。参戦前から自社開発版やIMSA車両などを用意していたものの、結局参戦には至らず。幻のGTマシンという存在に。WEST自体がコルベットなどを扱うチューニングショップであるために、ノウハウも生かせると踏んだのでしょうね。当時のスポーツモデルZR-1をベースに参戦する予定だったようですが…写真に写ってんのは市販車なんすけど。それでも暫定エントリーリストには名を連ねていて、ドライバーが「関谷正徳/星野薫」組とかトヨタ車と勘違いされる布陣に。
37年前/26歳の時、静岡市内にあった「星野自動車」さんで入手したアシックスのドライビング・シューズ。ショップのオーナーであり、レーシングドライバーとしてツーリングカーレース等で活躍され、トムス(TOM’S)からル・マンにも挑戦された星野薫さんが11月21日に75歳で亡くなられたとYahoo!ニュースで報じていた。ショップではARDの4点式シートベルトやトムス(TOM’S)のスタジアム・ジャンパーを入手したりと、当時の愛車AE86トレノで何回か訪れたなぁ🤔伺う度、オーナー星野薫さんがニコニ
トムスで70年代から90年代にかけて、ツーリングカーを中心にグループCなどでも活躍された星野薫さんが亡くなられたそうです。享年75。早過ぎる。早過ぎる旅立ちでした。星野薫さんといえばセリカCにも乗り、トヨタのグループC活動の先鞭をつけてくれたんですよね。シートに座ってるのが薫さん、話しかけてるのが舘信秀トムス現会長。そんな星野薫さんといえば、舘信秀選手(当時)から受け継いだ3K-R搭載のKP47スターレット。クワハラ自動車のスターレットと同じように思われてますが、トムスの方が数段速か
みんな大好きセリカLBターボ。またレーシングオンですけどもwこんなのが載っていたんですけども。トラストのでも、こんなカラーリングなんて知らんのですけども。そしたら、めっけたwドンズバですな。さっきのがおそらく富士でのシェイクダウンで、コレがスポンサーステッカーを貼った実戦版という予想でございます。ようわからんスポンサーばかり付いてますが…。トラスト大阪?仙台はモータースポーツに積極的だったけど、大阪て…。超スプリントレースなのでライトを点灯させる必要も無く、とうとうTRDのス
1985年のル・マン24時間耐久レースで12位完走した、トムス85C-L。こないだトヨタがル・マン5連覇しましたが、その足跡の第一歩目はコレ…というのはさすがに言い過ぎですけども。関谷正徳・星野薫・中嶋悟のトリオで走ったマシンがレストアされ、7月1日・2日のル・マンクラシックに出るもよう。こちらが公式発表。関谷正徳選手のコメントもあります。そしてこちらがエントリーリスト。ちゃんとゼッケン36で登録されています。その走りが今から楽しみですね。
TVアニメ「かげきしょうじょ!!」エンディングテーマ③「薔薇と私」星野薫(CV.大地葉)2021年8月25日発売定価:¥1,430(税抜価格¥1,300)☆「星の旅人」先行配信https://lnk.to/kageki_music【収録予定内容】1.星の旅人渡辺さらさ(CV.千本木彩花)×奈良田愛(CV.花守ゆみり)2.シナヤカナミライ杉本紗和(CV.上坂すみれ)×山田彩子(CV.佐々木李子)3.薔薇と私星野薫(CV.大地葉)×沢田千
本日四回目のブログ更新です。この歳になるとこの演説を聞いていて「こっ恥ずかしい」思いが先立ちます。「口だけではなく、手本になる」と言う実践は地に足を付けた「心の教育」です。教育勅語我家を振り返って子供を育てるときにどうだったのでしょうか?子供と話は良くした方でしょう。叱るときには夫婦の役割を決めていました。普段は家内が叱ります。「今度、こんなことをしたら、お父さんに言うよ」とワンクッションを置きました。「もうしないから、お父
本日三回目のブログ更新です。「朕おもうに・・・」と言う出だしだけは聞いたことがあります。親父からですが、悲惨な戦争体験を経て、戦後生活の中で苦しい時代を思い出す言葉だったのでしょうか?深くは子供に伝えることもありませんでした。GHQの介入で「教育勅語」は戦前教育の思想的支柱と忌み嫌われたのでしょう。教育勅語には触れることも禁止されたのです。日教組も180度教育方針を変えてGHQの指示に基づく教えに私は毒されていました。改めて見れ
本日二回目のブログ更新です。こんな動画で「消された国の歌」と言うのを知りました。曲の一番、二番は今もそのまま歌い継がれていますが、三番、四番はGHQの占領政策によって消されたそうです。「里の秋」と言う懐かしい曲のことです。戦前の日本の心の復活を恐れたのでしょう。私も戦後の教育を受けました。親からも昔の話はあまり聞いた記憶がありません。まだ、まだ生活が苦しかったのでしょう。日本全体が生きることに必死だったのと、