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ひな祭りまで、あと1週間!お嬢様をお持ちの皆さん、もうお飾りは済まされましたでしょうか?さて、前回のつづきですが、残りの“ひな人形”の前に調度品について、お話をしたいと思います。前回も申し上げた通り、ひな飾りは、平安時代のお内裏様とお雛様の結婚式の宴をイメージしており、調度品はつまり、おひな様の嫁入り道具となります。▼六段目嫁入り道具嫁入り道具として、家紋の入った品を置きます。我々から見て左から、以下の通りに並べます。箪笥(たんす):当時の箪笥は衣裳の多い上流階級
大僧正天海(191)「(寛永十一年七月)十七日、勅使、院使参り、重ねて太政大臣に御昇進の叡智を傳ふ。こはすでに天下を統御まします事三世に及び、四海昇平の化に浴する事、ひとへに威徳の致すところなり。しかのみならず父祖みな相国にのぼり給ふ。芳躅連綿として絶べからず。よてあながち御推認の詔を下さるるとぞ聞えし。」(「大猷院殿御實紀」)「7月17日、勅使と院使が参上し、重ねて太政大臣に昇進させるという天皇の思し召しを伝えた。これは、家光公がすでに三代にわたって天下を統
青漆爪紅台子は、元伯宗旦が東福門院のために好んだ、華やかさと風格を感じさせる棚ですが、東福門院とはどのような人物だったのでしょうか。東福門院像光雲寺蔵東福門院(諱は和子まさこ)は、1607年に徳川家康の内孫として、江戸城大奥で徳川秀忠と江との間に誕生しました。1612年に後水尾天皇が即位すると、家康は和子の入内を申し入れ、1620年に女御として宮中に入りました。家康は徳川家が天皇の外戚になることを期待して和子の入内を申し入れましたが
明正天皇陛下明正天皇(めいしょうてんのう)諱:興子(おきこ)幼名:女一宮1624年1月9日(元和9年11月19日)生まれ、1696年12月4日(元禄9年11月10日)、72歳崩御。日本の女性皇族、第109代天皇。在位:1629年12月22日〈寛永6年11月8日〉~1643年11月14日〈寛永20年10月3日〉後水尾天皇の第二皇女。母は太政大臣征夷大将軍徳川秀忠の五女の源和子(東福門院)。徳川秀忠と崇源院の外孫、在位当時の将軍徳川家光の姪にあたり、徳
第百九代明正天皇は、江戸時代の天皇、女帝です。御父は後水尾天皇、御母は徳川和子(まさこ)、徳川秀忠と織田信長の妹お市の娘お江の子です。つまり、徳川家康の曾孫で、三代将軍家光の姪でもあり、織田信長の家系の血と信長に滅ぼされた浅井家の血も引いています。御名は、興子、女一宮。元和九年(1623年)生。在位、寛永六年(1629年)から寛永二十年(1643年)。後水尾天皇は第三皇子でしたが、徳川幕府の後押しがあり天皇に即位されたといいます。和子の入内はその家系や、不遇な時代の
12月4日が命日・忌日の有名人・著名人1679年満91歳没(?)トマス・ホッブズさん哲学者⇒『トマス・ホッブズ(1588年4月5日生~1679年12月4日没、哲学者)』1696年(元禄9年11月10日)74歳崩御(?)明正天皇陛下第109代天皇後水尾天皇の第二皇女1798年61没(?)ルイージ・ガルヴァーニさん医学者、物理学者ガルバニ電池⇒『ルイージ・ガルヴァーニ(1737年9月9日生~1798年12月4日没、医師、物理学者)』1942年33歳没(気管支
大僧正天海(131)「高虎命を聞き、泪を流し、拝謝して曰く、恩眷一に斯に至る、敢て勉強せざらんやと言ひ、明日疾を力め入り謁す。」(「名将言行録」)高虎は、利勝の話を聞いて、涙を流し、手を合わせた。「まさか、そのような御言葉を頂けるとは思いませんでした。これほどの恩恵を受けたからには、一層の研鑽、努力いたします。」と決意し、「明日は気力を奮い立たせ、お目に掛かりに参ります。」と述べた。秀忠は大層喜び、三の丸まで出迎えた。高虎は秀忠の歓待を受け、夕刻まで西の
第百十代後光明天皇は江戸時代初期の天皇です。御父は後水尾天皇、御母は園光子、また異母姉は明正天皇であり、当時の将軍徳川家光の姪で家康の曽孫でした。寛永十年(1633年)生。御名は、紹仁(つぐひと)。在位は、寛永二十年(1643年)から承応三年(1654年)。徳川家光から家綱の時代にあたります。後水尾上皇は第四皇子の紹仁親王が十一才になると、明正天皇に譲位させました(後光明天皇)。東福門院(徳川和子)が養母となっていたため、徳川幕府は外戚の立場を保ち、後水尾上皇が引続き院政を敷きました。
「3歴代ノ天皇(その109」今日は、福島正則みなさん、おはようございます昨日の土曜日も浜村淳氏はラジオをやっていましたすごいことです一生懸命、楽しませようとしている姿勢学ばせていただきました今日から東京はお盆ですねご先祖様と語り合ってくださいふるさとを護る文月、七月恐るべし国賊、朝敵(笑)楽しく國史を学びご家族のためご自身のためにお役に立てれば幸いですコメントお待ちしています!7月13日は福島正則が亡くなりました秀吉の部
イチゴは最初に食べる派?最後に食べる派?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう1629年の今日は紫衣事件で後水尾天皇が明正天皇に譲位した日です。称徳天皇以来859年ぶりの女性天皇が誕生した日でもあります。紫衣事件-Wikipediaja.wikipedia.org後水尾天皇-Wikipediaja.wikipedia.org明正天皇-Wikipediaja.wikipedia.orgで、思い出したことが一つ。【愛子さま
「113第百九代明正天皇」今日は、土偶の日みなさん、おはようございます10月9日は土偶の日語呂合わせです土偶は12000年前の縄文時代の土人形埴輪は4~7世紀、古墳時代です第百九代明正天皇(めいせい)後水尾天皇(百八代)の第二皇女ですつなぎの女帝です秀忠の娘の徳川和子からお生まれになりましたよって家康のひ孫家光の姪です女帝であった第四三代の元明天皇第四四代の元正天皇から一字ずつ取られました紫衣事件などで幕府による干渉に対して
愛子さまが皇太子になるべき100の理由No.80明正天皇(めいしょうてんのう、1624年1月9日-1696年12月4日は、日本の第109代天皇(在位:1629年12月22日〈寛永6年11月8日〉-1643年11月14日〈寛永20年10月3日〉)。諱は興子(おきこ)。幼名は女一宮。後水尾天皇の第二皇女。母は太政大臣征夷大将軍徳川秀忠の五女の源和子(東福門院)。徳川秀忠と崇源院の外孫、在位当時の将軍徳川家光の姪にあたり、徳川家綱・綱吉の母方の従姉。徳川将軍家、ひいては三大幕府
葵の帝明正天皇小石房子あらすじ天皇家の乗っ取りを企む家康の野望。幕府を利用しつつ徳川の血を断固拒む後水尾天皇。東福門院と後水尾という強烈な個性の宿命の確執を、政略に翻弄される娘の視点より鋭く描く。好評の描き下ろし女帝シリーズ第4弾!グッときたポイントダンケーからはかわいそうな女帝、として語られやすい明正天皇。読んでみると、そんなこたあない!周囲の人からも愛されていたことがよくわかります!愛子さまが皇太子になるべき理由シリーズの中で、改めてブログに書きます!こんな人におす
皆様こんにちは。沙貴誉(さきほまれ)です。私は歴史関係のテレビ番組をたまに見るのですが、とても興味深い内容のものがありました。BS-TBSで毎週土曜日12時から放送される、『関口宏の一番新しい江戸時代』という番組です。「徳川家光と春日局!時の鐘・紫衣事件・山田長政毒殺」という回から、番組を参考にさせて頂き、私なりにまとめながら書いてみます。まず、徳川幕府2代目将軍徳川秀忠と江との間に生まれた娘の和子(まさこ)は、後水尾天皇に入内します。
5月3日は👇のLIVE『福山雅治のWBT24.神戸』コロナ禍後、初めてのLIVE〜5月3日は快晴!暑い🥵よ〜神戸三宮からポートライナーにのって会場へ🚃車ではポートアイランドに空港✈️に行ったことはあるけれど、…ameblo.jpチケットはファンクラブでとったので、かなり前からの楽しみ😊始まると一瞬で終わってしまうけれど、やはり無いよりは嬉しい😃です。1.2日と異動した先での仕事、覚えることばかり💦💦頭が2倍にも3倍にも腫れあがっているのではないかと、思ったくらいだったけれど、
江戸時代の天皇はほぼ全てが、月輪陵、後月輪陵に眠っているのですが、後水尾天皇の親王、内親王で日嗣をついだ方々とその生母との陵墓の位置関係を図で示しました。はじめに第108代御水尾天皇の陵の場所第109代明正天皇第110代後光明天皇第111代後西天皇第112代霊元天皇月輪陵は元々、四条天皇の陵墓として造られて、四条天皇の陵墓は、明正天皇の右隣に有りました。霊元天皇の時には当初の陵墓地は手狭になったので、拡張工事が行われたようです。
12月22日[出来事]1629年(寛永6年11月8日)-紫衣事件で後水尾天皇が明正(めいしょう)天皇に譲位。称徳天皇以来859年ぶりの女性天皇が誕生。→江戸幕府二代将軍徳川秀忠と正室お江与の孫にあたる紫衣事件は江戸時代初期における朝幕関係上、最大の不和確執とみなされる事件。[誕生日]1178年(治承2年11月12日)-安徳天皇、第81代天皇1546年(天文15年11月29日)-黒田孝高(よしたか)戦国武将→通称の官兵衛や隠居号の如水の方が諱より有名なのかも竹中半
「後水尾天皇」冬が来る「11月8日」「後水尾天皇」冬が来るみなさん、おはようございます立冬です冬がやってきました信州(神州)の友人はストーブ、湯たんぽ冬支度に余念がありませんさあ、今日「11月8日」の國史を学びましょう「後水尾天皇、退位」寛永6年(1629年)家光の時代になり幕府は朝廷をもコントロールしようとしました禁中並公家諸法度で紫衣(しえ)を僧侶に授ける時は幕府に相談するよう定めます紫衣は、長い修行を経て徳を身に着けた僧侶に朝廷か
今日の何があった日は、紫衣事件で後水尾天皇が明正天皇に譲位され、称徳天皇以来859年ぶりの女性天皇が誕生した日です1629年のことでした7歳で内親王宣下を受けて興子内親王の名を与えられ、11月8日に父・後水尾天皇の譲位を受けて践祚したそうです女子の即位は男子の不在(夭逝)によるものであり、奈良時代の称徳天皇以来859年ぶりとなる女性天皇であったそうです後水尾天皇の譲位の真意は、はっきりとはわからないそうですが、幕府の制約により何ごとも自由にならないこと、紫衣事件への憤懣が大きな理由ではな
ディルタイディルタイ(1833年11月19日~1911年10月1日・ドイツ)<哲学者>精神科学や歴史学に通じ、そこから「生の哲学」と呼ばれる独自の哲学を創始しました。その業績は大きく、哲学分野のみにとどまらないさまざまな学問分野に影響を与えました。~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~≪Shikako(しかこ)☆のおまけ≫ディルタイ氏以外で11月19
江戸時代から続く恒例「初市」規模縮小し2年ぶり開催山形市-NHK.JPNHK.JP山形市の「初市」は、毎年1月10日に開かれ、多くの露店が並ぶ江戸時代からの伝統行事で、去年は新型コロナウイルスの影響で戦後初めて中止されました.泣き出してしまう子供も…河童退治の伝説にちなんだ伝統行事『息子の酒』子供達の水難事故防止...東海テレビ江戸時代から300年以上続く、三重県紀北町の伝統行事「息子の酒」。江戸時代の庄屋・湊家の当主がいたずらをする河童を懲らしめたところ、一族が水の事
南禅寺で雨がちょっと降り始めちゃいました(;_;)仕方なくタクシーで青蓮院へ…せいれんいんだと思い込んでいましたが、正しくはしょうれんいんさんですって…コチラは今回の京都でσ(^^)が行ってみたかった所青蓮院は門跡で、つまり宮さんが門主を務めてきたお寺さんなわけです実際コチラもその昔、仮御所だったり、今の門主の方は昭和天皇の皇后さまのご親戚とか…へぇ~…なんかすごっさえらがこちらの拝観してみたかったのはこのきれいなふすまを見て見たかったのです