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探索日2018/08/18切り替えは1961年1月31日の電化時城山トンネルが新トンネルへ移行した1967年の複線化時には川側にもう一つトンネルが掘られ、現在の形が完成さらに古い時代には、トンネルを経由しない旧々線が存在した白石川氾濫時の被害を防ぐため、山側へ移設したとのこと一度目の切り替えは日本鉄道時代の1889年(明治22年)※下り線はまだない旧線は、現行下り線(右の線)とほぼ同位置を走っていた左は下り線城山トンネル青森駅方口旧線は右の空間へ続く
撮影日2025/02/23旧槻坂トンネルから続く旧兵庫県道5号この先で現行道と合流する旧トンネルへ続く旧県道左が旧県道、右が現行槻坂トンネル東口槻坂トンネル東口左上、車の停まってるとこが旧県道、右は姫新線槻坂トンネル東口姫新線は旧県道をくぐっている廃道状態の旧県道舗装路のはずやけど、枯葉で埋まっている旧槻坂トンネル東(姫路市方)口所在地は兵庫県姫路市西脇竣功は1954もしくは1955年らしい槻坂隧道コンクリートで完
探索日2018/08/14釜石線の西側部分の前身は、岩手軽便鉄道という私鉄国有化後の改軌時に、一部区間でルート変更が行われた切り替えは1943年9月20日写真上部付近が宮守駅方新旧線分岐点旧線は撮影地点下へのびてくる旧線は右の跨線橋枠の位置を通過していた橋は1947年架設なので、軽便時代にはなかったこのレンガは旧跨線橋の橋台か?現在線は右の林の中を走っていた現在線むこう沿いが廃線跡宮守トンネルを抜け出すキハ110系気動車右奥に旧トンネ
探索日2018/08/14釜石線の西側部分の前身は、岩手軽便鉄道という私鉄国有化後の改軌時に、一部区間でルート変更が行われた切り替えは1943年9月20日あそこが柏木平駅方新旧線分岐点岩手軽便鉄道時代の線はここへのびてくる奥へ続く旧線左は現行鱒沢トンネル柏木平駅方口右は軽便時代の鱒沢トンネルたぶん鱒沢隧道と書いてあるトンネル内より柏木平駅方面を見る入ってきたほうを見る中央左にこうもり団体様
こんばんは。トンネル探検をしてきました。2代目大工の三島です。今日は子どもたちとお出かけ。向かったのは白鳥町。そこに住む友人に合う用事があるのです。でもいつも通りに寄り道だらけ。最初に行ったのはココ。門原(かどはら)トンネル。手掘りの荒々しい岩肌。ちゃんと説明板もありました。できたのは1917年。第一次世界大戦中ですね。川幅が狭い峡谷。険しい崖のため超危険。転落事故が絶えなかったそう。そんなわけで2年間に及ぶ大工事。車も通れる大きなトンネル。飛騨地方の夜明けと
房総半島旅行3日目、レンタカーで三島ダムの周辺、梅ノ木台1号隧道、2号隧道、正木1号橋を見学したあと、次の目的地へ移動しました。場所はこの辺、千葉県君津市奥米。てか、このブログ文章を作成するために初めてマピオン地図でここを見たら、まさかのネタバレになってるんですけど。(笑)上の写真に写る隧道の名前は「奥米台隧道」で「竣工昭和四十九年三月」と書いてあります。ちなみに今回はここでUターンしたのでこの隧道は通っていません。近くには「一人歩きはきけん」と書かれた小学校設置の看板が
探索日2018/05/03切り替えは1975年9月17日の複線化時五つのトンネルが廃止、四つの新トンネルが掘られた中編は猿羽根第一トンネル/瀧ノ澤トンネル付近旧猿羽根第一トンネル舟形駅方口長さ138.6mバラストが残る旧猿羽根第一トンネル芦沢駅方口レールを組んだスノーシェッドが接続していた築堤上を進む瀧ノ澤トンネルに接続する落雪覆い瀧ノ澤ト
探索日2018/05/03切り替えは1975年9月17日の複線化時五つのトンネルが廃止、四つの新トンネルが掘られた前編は猿羽根第三/猿羽根第二トンネル付近この先が舟形駅方新旧線分岐点旧線はここへのびてくる旧線は写真左へ進む右は現在線猿羽根第二トンネル舟形駅方口この道が廃線跡猿羽根第三トンネル舟形駅方口長さは263.7m激湿気で、ストロボ光らせるとこんなんなってしまう猿羽根
探索日2018/05/02切り替えは1966年11月岩崖トンネルを放棄、新たに岩瀬トンネルが掘られた複線化は1968年9月29日、電化は1975年10月13日この先が及位駅方新旧線分岐点旧線はここへのびてくる旧線は擁壁沿いを走っていた路盤跡ここにあった落石覆いは新線切り替え時に撤去されたのか消えている左の道が廃線跡右は現在線第一雄勝川橋りょう現在線を701系電車が通過あそこを電車が走ることはもうない擁壁跡中央部は切り取られ
探索日2018/05/02切り替えは1963年11月2日第三及位トンネルが新トンネルへ移行した①②区間は電化時の切り替えやけど、ここは旧トンネル変状によるもの電化は1975年10月13日あそこが大滝駅方新旧線分岐点旧線はここへのびてくる左は現行第三及位トンネル大滝駅方口旧線はあの右へ続く現行トンネルは110m旧トンネルはこれより短い新旧第三及位トンネル旧第三及位トンネル大滝駅方口坑門前から大滝駅方面を見る幸い、
探索日2018/05/02切り替えは1975年10月13日の電化時第二及位トンネルが新トンネルへ移行した新線と並走する旧線跡新旧第二及位トンネル大滝駅方口現行トンネル銘板旧第二及位トンネル大滝駅方口吹き付けられたコンクリートもかなり剥落しているレールを組んだ落石覆い(スノーシェッド?)が接続している旧第二及位トンネル及位駅方口手前は残雪覆いは劣化して消えている
探索日2018/05/02切り替えは1975年10月13日の電化時第一及位トンネルが新トンネルへ移行したあそこが大滝駅方新旧線分岐点旧線はここへのびてくる踏切跡築堤が残る築堤上切り取られた築堤道は旧線時代にはなかった奥へ続く旧線左は現在線第一及位トンネル大滝駅方口旧第一及位トンネル大滝駅方口坑門前から大滝駅方面を見るこのトンネルもレンガの剥落が進んでいる福島駅から183.5
探索日2018/05/02切り替えは1975年10月13日の電化時左右にのびる旧線築堤築堤上左に現在線国鉄の境界標切通しに入っていく標識跡廃線跡歩きはこの季節に限る夏や秋ならこんなとこ絶対歩けん冬は雪積もってるし旧権現山トンネル釜淵駅方口下にむかって広がっていくタイプの壁柱坑門前から釜淵駅方面を見るレンガの剥落が顕著劣化は現役時から始まっていたようで、コンクリートが吹き付けられ
探索日2007/06/04、2018/04/30切り替えは1977年10月18日の複線化時五十川駅旧ホーム新線切り替えにより、駅は若干移動した左は現行五十川駅、右は旧ホーム砂利道が旧線の跡右奥は現在線新五十川トンネル『新五十川トンネル』撮影日2018/04/30羽越本線新五十川トンネル鉄道道路共用になっているトンネルを走るのは上り線トンネルの先にあるのは遭龍寺という寺のみ道路ト…ameblo.jp五十川に架かっていた橋梁の橋台
先日、youtubeで善波峠の旧道の旧道というものを見た。それを見て思い出したのが伊勢神トンネルである。学生時代に実習施設が愛知の奥にあったので夜間肝試しでみんなで旧伊勢神トンネルまで出かけたことがある。善波峠では旧道のトンネルの上に本来の峠道がある話だった。だとすると伊勢神トンネルも旧トンネルの不便を解消するために作られたのだが、もっと昔はトンネルではなくて山を越えていたんだよね、と思った。とりあえずそういう峠とトンネルがほかにもあるか知りたくなった。
探索日2007/06/04、2018/04/29切り替えは1982年9月23日複線化を前提にした移設やけど、現行線もいまだ単線※三つのトンネルが放棄された勝木駅方新旧線分岐点旧線は左へ分かれていく左奥に旧大崎山トンネル南口、右は大崎山トンネル砂利道が廃線跡現在線を485系電車特急いなほが走る現在線をEF510形電気機関車が走る大崎山トンネルは複線型やけど、単線のまま羽越本線特有の、鎌のような架線ビーム左の波よけは鉄道時代のもの旧線から撤
探索日2003/02/02、2013/12/22、2018/01/07切り替えは1960年10月1日の電化時児島トンネルが新トンネルへ移行した備前田井駅新旧線分岐点旧線は写真右へのびてくる路盤跡旧線上から八浜駅方面を見る旧線は切通しで通過しているここからのトンネルアクセスは無理あれは現行線新児島トンネル宇野駅方口あの左に旧トンネル口がある旧児島トンネル備前田井駅方坑門アーチ部分がレンガで、他は石積みになっている坑口上から
探索日2013/10/13、2017/11/05電化にともなう線路移設児野トンネルが新トンネルへ移行する切り替えは1986年5月(電化開業は1986年10月29日)右端は現在線畑川橋りょう橋の先で旧線は手前へ分岐するあれは現在線児野トンネル下夜久野駅方口あの左に旧児野トンネルがある笹林に覆われて、坑門はまったく見えない架道橋手前のレンガ橋台上を旧線は走る奥は新線の架道橋左が旧線児野トンネル西口右は現在線児野トンネル
探索日2017/11/05電化にともなう線路移設多田山トンネルが新トンネルへ移行した切り替えは1983年11月30日(電化開業は1986年11月1日)あのカーブしてるとこが黒井駅方新旧線分岐点旧線はここへのびてくるガーダー橋跡左は現行線多田山トンネル黒井駅方口旧線は写真中央付近へ進む旧多田山トンネル黒井駅方口アーチ部分はふたをされているオリジナルはレンガ/石積みやったはず坑門前から黒井駅方面を見るモルタルが吹き付
探索日2017/11/05電化にともなう線路移設阿草トンネルが新トンネルへ移行した切り替えは1984年9月(電化開業は1986年11月1日)この先が下滝駅方新旧線分岐点旧線はこのへんにのびてくる旧線跡は川代公園キャンプ場に取り込まれた阿草川に架かっていた橋梁の西岸橋台上部はカットされている東岸の橋台も健在写真中央に橋梁跡左右に流れるのは篠山川奥に流れるのが阿草川東岸橋台上から下滝駅方面を見る橋梁
探索日2017/03/201930年開通の青山トンネル長さは当時の私鉄最長の3,432m切り替えは1975年11月23日の複線化時トンネルを示すような山上のライン現在そこには送電線が走っている当時もそうではないかと下に青山トンネル東口廃山岳鉄道トンネルとしては日本で2位の長さ1位は明延鉱山専用鉄道(明神電車)第二(三)隧道の3,937mそっちは両口完全封鎖されているので踏破は不可能トンネル出たとこは旧東青山駅3.5kmのトンネルに
探索日2017/03/20二川トンネル西口~滝谷トンネル西口の区間切り替えは1975年11月23日の複線化時トンネルの位置を示すようなラインが山上に引かれている二川トンネル西口上から大阪方面を見るあれは溝口トンネル橋梁跡昭和に入ってからの開通なので構造物はすべてコンクリート制御盤の土台ハイキングコースとして整備されたよう溝口トンネル東口長さ931.1m上本町駅から90.5kmコウモリ
探索日2017/03/20垣内信号場~二川トンネル西口の区間切り替えは1975年11月23日の複線化時二川トンネルのラインが地上に浮き出ているここも開削工法で建設したか?垣内信号場跡廃線跡は車の通行路になっているここは信号場なので複線になっていた信号機の土台信号場に並走していた安全側線の跡これは末端の車止めやと思う枕木が残る右の道が本線跡側線との高低差に注目左が本線、ここが側線跡本線上にもどる右の土
探索日2017/03/19谷奥トンネル西口~伊賀上津駅までの区間切り替えは1973年12月10日の複線化時谷奥トンネル西口より伊賀上津駅方面を見る橋梁跡ガーダーも鉄道時代のもんか?北山トンネル東口ここも上に山がない山を削り取ったかトンネルというより、落石除けやなトンネル内は投棄物の山北山トンネル西口上本町駅から82km新線と並走右は現在線新北山トンネル
探索日2012/05/04、2016/11/05切り替えは1966年3月8日の複線化時電化は同年5月14日10/11号トンネル編写真左端付近が古虎渓駅方新旧線分岐点211系電車の走っているとこが現在線旧線は右へ分かれていく左は現在線諏訪トンネル古虎渓駅方口旧線はあの右を通過このへんが分岐点旧線は右へ曲がっていく橋梁跡橋梁跡から分岐点方面を見る10号諏訪第四トンネル古虎渓駅方口
探索日2016/08/11切り替えは1968年9月27日の複線化時①区間同和鉱業花岡線線路橋付近が大館駅方新旧線分岐点旧線はここへのびてくる旧線は東能代保線技術センター右へ続く保線技術センター前の道が旧線跡舗装道路になって続く廃線跡の道はここで途切れるコンクリート橋跡樹木のラインが旧線の築堤右下に上写真の橋桁林となって続く築堤跡旧線築堤に沿って黄色い花が咲いているここを左右に旧線が走っていた奥
探索日2016/08/10切り替えは1971年8月5日の複線化時第一~第四小繋トンネルが放棄され、きみまち坂、太平山トンネルが掘られた701系電車の走ってるとこが二ツ井駅方新旧線分岐点旧線はここへのびてくる境界標の左が旧線跡右下は警報機もしくは遮断機の基礎か旧線は車の後ろを通過橋梁跡ガーダーが残る左は国道7号線二ツ井バイパスバイパスの位置がほぼ廃線跡藤琴川を渡る国道きみまち大橋の手前に旧線の橋が架かっていた写真右端に旧
探索日2016/08/09切り替えは1971年9月17日の複線化時②区間は2021年5月に調査記事にするのは5年以上先になる①区間第一鶴形トンネルが廃止、鶴形トンネルに移行したこの先が鶴形駅方新旧線分岐点旧線はここへのびてくる701系電車の走ってるとこが現在線道が旧線跡奥に旧トンネルが見える左は新線鶴形トンネル鶴形駅方口右が旧線第一鶴形トンネル現在線はトンネル一つになったので、単に「鶴形トンネル」トンネル前に橋梁跡枕木が
探索日2016/08/07切り替えは1975年9月17日の複線化時船岡トンネルが新トンネルへ移行したあそこが羽後境駅方新旧線分岐点旧線はここへのびてくる左は現行船岡トンネル写真右端に旧トンネルがある道が旧線跡(旧)船岡トンネル羽後境駅方口(旧)船岡トンネル大張野駅方口スノーシェッドが接続する支柱以外は剥がれ落ちている
探索日2016/08/06切り替えは1982年11月15日(12月1日?)の電化時①区間第二刺巻トンネルが新トンネルへ移行写真左付近が田沢湖駅方新旧線分岐点手前が旧線架道橋跡両側に橋台が残る奥は現在線現在線架道橋の銘板竣工1981年3月、新線切り替えは1982年11月田沢湖駅方の橋台刺巻駅方の橋台架道橋跡ここも橋台のみ残る現在線架道橋の銘板竣工1980年4月田沢湖駅方橋台刺巻駅方橋台(