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本編のホームページでは毎月、TOPの写真を更新しています。今月の表紙の写真を紹介します:ホームページの表紙ですhttp://cf916626.cloudfree.jp/index.html写真は、2017年10月に訪れた香嵐渓・香積寺です。こちらは英語版のホームページの写真です:http://cf916626.cloudfree.jp/HandE_Japan/HandE_Japan.htmlこちらも、2017年10月に訪れた時の丹波篠山と雲海の竹田城です。http:/
英語版のサイトにRuinsofNajimaCastle,Fukuokaのページをアップロードしました:http://cf916626.cloudfree.jp/HandE_Japan/TravelDestinations/Kyushu/NajimaCastle_E.html名島城は、福岡市の北東にあったお城です。1587年(天正15年)に豊臣秀吉が九州征伐の為にこの地を訪れた際、この場所に築城するように、小早川隆景に命じたそうです。小早川隆景は1595年(文禄4年)に、三原城
7月25日から28日まで岩手・青森・秋田への旅に行ってきました。帰宅後の記事はこちらです:https://ameblo.jp/shanehashi/entry-12974151929.html第1日目の様子はこちらです:https://ameblo.jp/shanehashi/entry-12975129578.html第2日目その1の様子はこちらです:https://ameblo.jp/shanehashi/entry-12976036521.html第
本編のホームページに、AnnArborの散策記をアップしました。本編のホームページはこちらです:http://cf916626.cloudfree.jp/index.html今回は17年ぶりに北米の散策記をアップします。ミシガン州のアナーバです。アナーバはデトロイトの西30mile程のところにあります。ミシガン大学を中心とする大学町で、綺麗な街です。アメリカでは珍しく街中や、ミシガン大学のキャンパスをのんびりと歩くことが出来ます。1994年から1996年にデトロイト郊外に駐
本編のホームページに、相模佐原城と怒田城の登城記をアップしました。本編のホームページはこちらです:http://cf916626.cloudfree.jp/index.html鎌倉時代の御家人・三浦氏の本拠地だった衣笠城を訪れた後、三浦氏関連の史跡を訪ねながら東に向かって歩いてきました。この先に、衣笠城の東を固めていた支城の相模佐原城、怒田城がありました。衣笠城址の登城記はこちらです:http://cf916626.cloudfree.jp/Oshiromeguri/Ka
英語版のサイトにTomonourainFukuyama,Hiroshimaのページをアップロードしました:http://cf916626.cloudfree.jp/HandE_Japan/TravelDestinations/Chugoku/Tomonoura_E.html鞆の浦は、古くから汐待の港として知られ、北前船の寄港地でもありました。江戸時代に幕府を訪れていた朝鮮通信使も鞆の浦に寄港しています。鞆の浦は、また風光明媚なところで、美しい瀬戸内海の景色が広がっています。日
本編のホームページに、衣笠界隈の散策記をアップしました。本編のホームページはこちらです:http://cf916626.cloudfree.jp/index.htmlJR横須賀線の衣笠駅から南に1km程の所の丘陵地が衣笠という地名で、ここに衣笠城址があります。衣笠城址の登城記はこちらです:http://cf916626.cloudfree.jp/Oshiromeguri/Kanto/KinugasaJyo.html衣笠城は、三浦半島の中央部のやや南に位置し、村岡為通が10
本編のホームページでは毎月、TOPの写真を更新しています。今月の表紙の写真を紹介します:ホームページの表紙ですhttp://cf916626.cloudfree.jp/index.html写真は、2017年9月に訪れた平等院鳳凰堂です。こちらは英語版のホームページの写真です:http://cf916626.cloudfree.jp/HandE_Japan/HandE_Japan.htmlこちらも、2017年9月に訪れた時の宇治川と宇治上神社です。http://cf91
本編のホームページに、衣笠城の登城記をアップしました。本編のホームページはこちらです:http://cf916626.cloudfree.jp/index.html衣笠城は、三浦半島の中央部のやや南に位置し、村岡為通が1058年から1064年の康平年間に築城したと言われています。村岡為通は、1050年に起きた前九年の役での戦功で、衣笠城のある相模国三浦郷を授かり、以降、三浦氏を名乗ることになりました。衣笠十文字からのバスを下車し、衣笠城址に向かいました。周囲は丘陵地が広がり、衣笠
7月25日から28日まで岩手・青森・秋田への旅に行ってきました。帰宅後の記事はこちらです:https://ameblo.jp/shanehashi/entry-12974151929.html第1日目の様子はこちらです:https://ameblo.jp/shanehashi/entry-12974151929.html第2日目その1の様子はこちらです:https://ameblo.jp/shanehashi/entry-12976036521.html7月
英語版のサイトにTakeharaHistricalDistrictinHiroshimaのページをアップロードしました:http://cf916626.cloudfree.jp/HandE_Japan/HandE_Japan.html竹原は、広島県の南中部に位置する街です。古くから瀬戸内海の交通の要衝として栄えたようで、室町時代には港町として知られ、江戸時代に入ると製塩業で栄えたそうです。竹原には江戸時代の町並みが今でもよく残り、安芸の小京都と呼ばれています。Takehara
7月25日から28日まで岩手・青森・秋田への旅に行ってきました。帰宅後の記事はこちらです:https://ameblo.jp/shanehashi/entry-12974151929.html第1日目の様子はこちらです:https://ameblo.jp/shanehashi/entry-12975129578.html7月下旬の北東北の旅の第二日目、7月26日(日)の様子です。この日は、今回の旅のメインの日でした。この日は、新青森7:34発の新函館北斗行の「はやて
本編のホームページに、茅ヶ崎城の登城記をアップしました。本編のホームページはこちらです:http://cf916626.cloudfree.jp/index.html茅ヶ崎城は、横浜市都筑区にあった古城です。現地の案内板によると、茅ヶ崎城は14世紀末から15世紀の初めに築城されたと考えられています。15世紀の終わりごろに北条早雲(伊勢長氏)が、関東支配を進め、小田原城を中心とした領国を形成していき、茅ヶ崎城も後北条氏の勢力下に組み込まれたと考えられているようです。茅ヶ崎城址は横浜
英語版のサイトにHistoricalSightseeingSitesinDowntownTakaokaのページをアップロードしました:http://cf916626.cloudfree.jp/HandE_Japan/HandE_Japan.html高岡の中心地には、山町筋や金屋町といった古い町並みが残り、また高岡大仏もあります。今回は、これらを紹介しています。HistoricalSightseeingSitesinDowntownTakaokaのページへどうぞ:
7月25日から28日まで岩手・青森・秋田への旅に行ってきました。帰宅後の記事はこちらです:https://ameblo.jp/shanehashi/entry-12974151929.html折をみて、旅行の様子をお伝えしようと思います。まずは。第一日目、7月25日(土)の様子です。この日は、最寄りの岡崎駅を6:24の快速に乗り、名古屋から、7:13発の、のぞみ66号で東京に向かいました。名古屋では晴れていましたが、雲が多く、この日は富士山は見えませんでした。東京駅には8:
本編のホームページに、東急電鉄のこどもの国線の乗車記をアップしました。本編のホームページはこちらです:http://cf916626.cloudfree.jp/index.html東急電鉄こどもの国線はJR横浜線、田園都市線の接続駅の長津田から北に向かい、こどもの国に至る3.4kmの路線です。こどもの国線は、こどもの国へのアクセス線として1967年(昭和42年)に開業しています。この路線は、こどもの国を運営するこどもの国協会が線路を保有し、東急電鉄が列車の運行を行っていましたが、2
本編のホームページに、浜離宮恩賜庭園の散策記をアップしました。本編のホームページはこちらです:http://cf916626.cloudfree.jp/index.html4日間の旅行に行っていた事もありますが、約2週間ぶりのホームページの記事の紹介記事となります。最近、仕事もそうですが、作業に掛かる時間が、以前よりもめっきり増えているように思います。仕事のノルマがこなせないことから、残量時間が増える事に加えて、休日も仕事することになって、どんどんホームページ作成時間が削られる
本編のホームページでは毎月、TOPの写真を更新しています。今月の表紙の写真を紹介します:ホームページの表紙ですhttp://cf916626.cloudfree.jp/index.html写真は、2017年8月に訪れた銀閣寺です。こちらは英語版のホームページの写真です:http://cf916626.cloudfree.jp/HandE_Japan/HandE_Japan.htmlこちらも、2017年8月に訪れた長岡京市の恵解山古墳、そしてトヨタ博物館のT型フォードです。恵解
昨日の土曜日、愛知県豊川市の進雄神社の祭礼に出かけてきました。進雄神社と書いて、"すさのう"神社と読みます。その名前が示す通り、進雄神社は歴史深い神社で、701年に創建されています。進雄神社の祭礼では、手筒花火と綱火が奉納されています。手筒花火は、片手で持てる小さめのものと、大人が抱えて持つような大きいものがあります。小さい手筒花火でも、持っている人は火の粉を浴び、大きい手筒花火はより勇壮な雰囲気でした。
英語版のサイトにZuiryujiTempleinTakaokaのページをアップロードしました:http://cf916626.cloudfree.jp/HandE_Japan/HandE_Japan.html前田利長墓所から西に八丁(約870m)の道を歩くと瑞龍寺があります。瑞龍寺は前田利長の菩提寺で、加賀藩二代目藩主・前田利常が1640年頃の正保年間から伽藍整備に取り掛かり、山門、仏殿、法堂などの壮大な七堂伽藍が完成したのは着工から約20年後の1663年(寛文3年)だったようで
本編のホームページに、湘南モノレール乗車記をアップしました。本編のホームページはこちらです:http://cf916626.cloudfree.jp/index.html湘南モノレールは、JR東海道本線の大船駅から南に向かい湘南江の島までの6.6kmの路線です。この区間には大正時代に大船-片瀬間の鉄道計画がありました。この鉄道は実現されませんでしたが、1926年(大正15年)に日本初の有料の自動車専用道路として開業しています。この道路は1950年(昭和25年)に京浜急行の所有
本編のホームページでは毎月、TOPの写真を更新しています。今月の表紙の写真を紹介します:ホームページの表紙ですhttp://cf916626.cloudfree.jp/index.html写真は、2017年7月に乗車した三江線の石見川本駅の様子です。三江線は残念ながら2018年3月に廃線になっています。三江線の乗車記はこちらですhttp://cf916626.cloudfree.jp/Train/Japan/JR/Sanko.htmlこちらは英語版のホームページの
英語版のサイトにMausoleumofMAEDAToshinagaのページをアップロードしました:http://cf916626.cloudfree.jp/HandE_Japan/HandE_Japan.html前田利長は、前田利家の長子で加賀藩の初代藩主です。利家が亡くなった後、家康によって前田家滅亡の画策があったようですが、それを回避して加賀百万石の礎を築いています。前田利長廟所は駅の南側の住宅街の一角にありました。MausoleumofMAEDAToshinaga
本編のホームページに、鎌倉・御霊神社から極楽寺の散策記をアップしました。本編のホームページはこちらです:http://cf916626.cloudfree.jp/index.html2012年10月、高徳院の鎌倉大仏を訪れた後、南に向かい御霊神社に向かいました。高徳院の散策記はこちらです:http://cf916626.cloudfree.jp/Travel/Japan/Kanto/Kamakura.html#Daibutsu観光客で賑わう、高徳院から長谷駅に向かう道
本編のホームページに、鎌倉・明月院の散策記をアップしました。本編のホームページはこちらです:http://cf916626.cloudfree.jp/index.html円覚寺から南東に向かい、建長寺に向かう途中に明月院があります。撮影:2012年9月明月院は、平安末期に創建された明月庵が始まりだそうです。13世紀の半ばの文永年間に、8代執権の北条時宗が父・北条時頼の建立した最明寺跡に禅興寺を創建しました。1380(康暦2)年に鎌倉公方の足利氏満の命で、関東管領・上杉憲方が禅
英語版のサイトにRuinsofToyamaCastleのページをアップロードしました:http://cf916626.cloudfree.jp/HandE_Japan/HandE_Japan.html富山城は富山市の中心部に位置するお城です。1582年(天正10年)には織田信長家臣の佐々成政が入城したのですが、本能寺の変の後、佐々成政は秀吉との争いに負け、富山城は一旦廃城になったようです。その後、加賀藩二代藩主の前田利長が整備し、隠居後の居城として入城したそうです。しかし、大
本編のホームページに、江の島の散策記をアップしました。今日はその第2回目、江島神社辺津宮から江の島岩屋への様子です。本編のホームページはこちらです:http://cf916626.cloudfree.jp/index.html辺津宮から中津宮を目指します。その途中、湘南海岸を見渡せる展望台がありました。撮影:2012年9月こちらが中津宮です。撮影:2012年9月中津宮は、853年に慈覚大師が創建しています。1689年(元禄2年)に徳川綱吉が社殿を再建し、1996年(平
本編のホームページに、江の島の散策記アップしました。今日はその第一回目、江の島大橋から江島神社辺津宮の様子です。本編のホームページはこちらです:http://cf916626.cloudfree.jp/index.html江の島は、湘南海岸に浮かぶ島です。人気の観光地となっていて、多くの人が訪れています。周囲を海食崖に囲われ、南側には岩屋と呼ばれる海蝕洞があり、古くから修行の場だったそうです。2012年9月に、江ノ島電鉄に乗車した際に、江の島を訪れました。江ノ島電鉄には何度か
皆さん、こんにちは孝ちゃんです。日本全国の観光地の情報を発信してます。今後の旅行にお役立てくださいね!!香川県の金刀比羅宮を訪れました。前回は見逃してしまった景色を見たくて再訪。一番印象に残ったのは、やはり長い石段です。結局2度目も登るのを断念しましたが登った息子の話では景色は本当に素晴らしかったらしいです50代になって感じるのは体力は少しずつ変化していくということ。だからこそ、行きたい場所は元気なうちに行っておきたいですね。旅は思い出だけ