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(2007年11月アメリカ・コスタリカ・エルサルバドルへの旅)11月16日(金)シレンシオ村からサンホセへ戻るシレンシオ村を早朝5時出発のバスに乗るため、まだ真っ暗な4時起きです。着替えていると、ご主人がシャワーを浴びている音が聞こえました。日本人と違って、こちらの人は朝シャワーを浴びています。サンホセとは異なり、シレンシオ村は低地なので暖かいですが、真水のシャワーには本当に閉口でした。妻もシレンシオ村の唯一の欠点?は、真水のシャワーだっ
(2007年11月アメリカ・コスタリカ・エルサルバドルへの旅)11月12日(月)コスタリカ・シレンシオ村1泊目サンホセからシレンシオ村への中継地ケポス行きのバスは、12時半に出発のため11時半にバスセンターでJICAのミクさんと待ち合わせしました。一昨日ドロボー市場で購入したバックです。中国製で1つが約400円でした。妻もバックパッカー並みになって、この小さなバック(帽子の大きさでサイズが分かると思います)の他は、貴重品を入れ
(2007年11月アメリカ・コスタリカ・エルサルバドルへの旅)11月11日(日)サンホセ4泊目サンホセ日本人宿オーナーの荻野さんはスペイン巡礼(サンチアゴ・デ・コンポステーラ)が『生きがい』でした。既に10回以上も歩いていました。荻野さん曰く、サンチアゴ・デ・コンポステーラのルートはフランス北部から出発するのが知られているが、スペイン南部やポルトガルからも数多くのルートあると言います。また同じルートでも季節によって趣が異なるようです。
(2007年11月アメリカ・コスタリカ・エルサルバドルへの旅)11月10日(土)サンホセ3泊目朝食前に『サバナ喜多側』の周りを荻野さんと少し散歩しました。とても静かな場所で、家の前の道路は広いですが、車はほとんど通りませんでした。赤い平屋が『サバナ喜多側』です。家の中のリビングは日本風にしてあります。寛げる場所が幾つかあり、とても助かりました。荻野さんには申し訳ないですが、滞在者
(2007年11月アメリカ・コスタリカ・エルサルバドルへの旅)11月8日(木)ダラスを朝7時出発便に乗るため、4時45分に起きました。5時にクロワッサンとコーヒーで簡単な朝食です。ナミさんが後で食べてと、おにぎりを握って下さいました。おにぎり等の準備のため、ずいぶん早起きさせてしまいました。早朝のためご主人はまだ寝ているので、ナミさんの運転でまだ暗い中を空港に向かいます。ダラスの空港に着いた頃、やっと薄暗くなってきました。
モロッコで有名なダマスクローズ1年に4月から5月のわずかな時期に咲きますが作り出される香りはとっても爽やかです。モロッコでもカスバ街道沿いの村ムゴナはバラの産地です。この町に入るとロータリーにはバラのお花が飾られていますそしてタクシーもなんとピンクなんです。モロッコは町によってタクシーの色が変わるんです。この町の大きなタクシーは白とピンク、小さなタクシーはピンクなんです。収穫されたバラは昔ながらの方法でローズウオーターやエッセンシャルオイルなどになり古くから人々のスキンケアと
皆様こんにちはモロッコのマラケッシュにてリヤドを主人と経営しております。来年の2026年の1月19日から28日までマラケシュに滞在します。この間ですがマラケッシュまたは郊外にて日本語でのご案内可能でございます。お買い物の付き添いや市内観光、郊外へ遠足など様々な手配は可能です。モロッカンスパ、気球体験、アガファイ砂漠などなど。ご興味のある方はお問い合わせください。また今のリヤドカナタの近くに2軒目のリヤドを建設中です。今度はリヤドの中に小さなプール、マッサージ、スパなども
こんにちはマラケッシュにはたくさんのレストランがあり、様々なショーなどもありますがリヤドのお客様におすすめしているレストランのお食事の写真をアップさせていただきますマラケッシュ市内から車で約20分くらいです。とても中は広く、モロッコの民族ショーだけではなく素敵な歌など日本人の方にも楽しめるかと思います。モロッコ料理、アジア料理など選べて以前はモロッコ料理にしてクスクスやタジンをいただきました。今回は始めてお寿司を頼んでみましたモロッコでお米料理を食べるのは始めてなんですがな
・私の写真は某国の日本人宿でのワンシーンですが、20年前ではありますが、やはり許可取りなど、・さまざまなことは、過去のことではあっても今のご時世でいろいろと云われてしまうことにも・なりかねませんので、具体的に採用された写真の内容等はお伝えしないことにしますね。・今はインターネットに情報が溢れていて、ガイドブックもほとんど使うことがなくなりました。・宿の予約も飛行機だけでなくバスや電車も事前にネットで予約も簡単に行えますから、隔世の感。・特にGoogleMapがこれほど旅を容易にしてくれ
・バックパッカーズシンドロームという出版プロジェクトがあって、御多分に漏れず私も旅人の・端くれとして、旅友から懐かしのバックパッカー宿・日本人宿の写真を提供してもらえないか、・とそういう話があって、その頃とてもバタバタしていたので、すぐに応じることができず。・ちょうど引越しとも重なって、銀塩カメラで撮った写真はさすがに段ボールを開けてというわけ・にもいかず、デジタルで残し始めた頃の写真をピックアップして提供することに。だいたい・2004年くらいからデジカメを持って旅をするようになったの
ら(2001年夏~2005年春までメキシコ単身赴任時の見聞と小旅行)***(2003年4月下旬からのボリビアとペルーへの小旅行)***第7日目(2003年5月1日・木)クスコを朝7時15分発の飛行機に乗る予定です。一昨日チケットを購入した時に、2時間前には飛行場に行くように言われましたので、早朝の4時半には宿を出ることになりました。たまたま今日、マチュピチュ遺跡に行く若い日本人1人がいて一緒に宿を出ます。流石に今日は時間的に
(2001年夏~2005年春までメキシコ単身赴任時の見聞と小旅行)***(2003年4月下旬からのボリビアとペルーへの小旅行)***第6日目(2003年4月30日・水)前回の投稿で、クスコの日本人宿『ペンション花田』の宿泊費を記しませんでした。当時の日記にも書いてありませんが、記憶では1泊US5~6ドルだったと思います。朝食付き朝、休憩所に宿泊者分が纏めて置かれてました。パン(苺ジャムあり?)コーヒー(インスタント
(2001年夏~2005年春までメキシコ単身赴任時の見聞と小旅行)***(2003年4月下旬からのボリビアとペルーへの小旅行)***第5日目(2003年4月29日・火)チチカカ湖畔のプーノを前夜に出発したバスは、クスコ市の南部郊外のバスターミナルに、早朝5時30分に着きました。クスコはプーノと比べると標高は低いですが、それでも3360mもありますので気を付けて行動しようと思います。バスターミナルからクスコ中心部への交通手
アパートの住人がうるさく音を立てていたので注意すると「オレは15年住んでいる」と意味不明なマウントを取って来た90年代後半カンボジアに行き始めた頃アンコール・ワットのお膝元に在る2軒の“日本人宿”の常連たちがお互いに自分たちの方がカンボジアには詳しいとネット上でマウントを取り合っていた折角カンボジアに来ているのになぜ日本人宿?と私は不思議でならなかったもしかすると彼らは一度もカンボジア人と言
(2001年夏~2005年春までメキシコ単身赴任時の見聞と小旅行)****(2002年クリスマス休暇は1人で南米へ!)****第10日目2002年12月31日(火)チリのサンチアゴ出発は夜の23時ですから、最終日の今日はサンチアゴを散策しようと思います。ビーニャデルマルの日本人宿『汐見荘』です。汐見荘の裏にバックパッカー達向けに幾つかの部屋があり、そこからビーニャデルマルの街が見えます。
(2001年夏~2005年春までメキシコ単身赴任時の見聞と小旅行)****(2002年クリスマス休暇は1人で南米へ!)****第9日目2002年12月30日(月)さて最後の宿泊先はどこにするか考えました。もう1泊ここバルパライソにするか、どこか良い所がないか”地球の歩き方”を見ていると、”日本人宿”が、隣の街ビーニャ・デル・マルにあることが分かりました。朝食後、早速ビーニャ・デル・マルの日本人宿(汐見荘)に電話すると、空いていた
今までにも何度か同じことを書いてきたが、日本人宿には一種独特のものがある。特にアジアやアフリカの日本人宿と比べて南米の日本人宿は更に特殊だ。他の地域の日本人宿はたいてい「日本人が多い宿」であり、経営者も現地の人である場合が多いが、南米の日本人宿は「日本人しか泊まれない宿」であり、経営者もまた日本人である場合が多い。一歩宿の中に入ると、もう完璧に日本が広がっている。張り紙はすべて日本語だし、日本の本や雑誌、それに新聞も大抵そろっている。南米を旅するパターンとして、中米から南下するケ
ニュージーランドクライストチャーチホームステイ再開2020年コロナ発生以来、しばらく無期限休業状態でおりましたが、再びホームステイの受け入れ再開することとなりました。このブログを書くのももう何年かぶりです。この数年で自分自身が置かれている状況を含め、世の中が全く変わってしまったように感じます。新たな気持ちで始めて行きたいと思っております。よろしくお願いします。クライストチャーチは今は秋綺麗な綺麗な紅葉の季節に向かっていっています。モナベ
↑頑張りやさんの日本国民の全皆様、ぜひ読んで♡名文「人生に疲れ果ててしまった方へ」を書き残した音楽家、堀江怒さんドイツの音楽大学でトランペットを専攻し、出会った当時はエジプトの首都カイロにある伝説の日本人宿「サファリ」に滞在しながらナショナルオペラオーケストラで唯一のアジア人首席奏者として活躍されていましたが…なんと43歳でブルガリアのオペラハウスでホルン奏者に転向し、わずか1年後にヨーロッパのナショナルオペラハウスのホルン奏者に就任(演奏経験のある方なら、これがどれだけ凄まじいことなの
余裕のできる3月のはずなのにこの1週間バッタバタです‼️先日はコロナ以降、初のオールJapaneseで満室満床✨✨✨嬉しい‼️‼️ありがとうございます✨✨✨延泊、延泊してくださっていたアイルランドの方に「ごめんなさい。今日は予約が入っていて満室で延泊できません」と、お断りしなくてはならず、心苦しい思いでした。昨日もチェックアウト、チェックインが入り混じり足の踏み場もない有様とっ散らかっていたのでチェックアウト時にお支払いいただいたお客様にツアー代金を1つ請求し忘れるミスを
修学旅行の楽しみといえば夜にあった。昼間は元気が無い皆も、夜になると、にわかに元気を取り戻してきて、一晩中語り合ったものだ。好きな異性を告白しあったり、猥談を繰り広げたり、普段の教室では出来ないような会話を思う存分に楽しんだ。それまで、それ程仲が良かった訳でもないような友達とも一気に打ち解けて、この修学旅行の夜という空間は一種独特の物があった。昨日、仲間たちと深夜の街角で小声で会話を重ねていて、そんなことを不意に思い出した。まだたった三日ではあるが、お互いにここにやってきた時期が
地図はこちら◆旅跡(タビアト)◆■0日目(2023/10/05):羽田~バンコク~(コルカタ)■1日目(2023/10/06):(羽田~バンコク)~コルカタ~(ハシマラ)■2日目(2023/10/07):(コルカタ)~ハシマラ~ジャイガオン■3日目(2023/10/08):ジャイガオン~チャングラバンダ~シリグリ~(コルカタ)■4日目(2023/10/09):(シリグリ)~コルカタ~ダッカ~コックスバザール■5
アユタヤからスワンナプーム空港までバスで行き、エアポートリンクでパヤタイ駅まで。BTSに乗り換えてプロンポン駅から徒歩5分くらい。ちなみに電車の外はすごい雨バンコクは9月は雨期。土砂降りです。バンコクで泊まるのは、日本人経営のゲストハウス「日本人宿その名もjp」。猫がお出迎えバンコク日本人宿その名もJPアクセス抜群!快適なバンコクライフをサポートします2014年新装オープンのバンコク中心部駅から徒歩3分の日本人宿。歓楽街のど真ん中にありますが夜遅くまで人通りが多いのでお
寝台列車で年越しをした予測不可能なインドなのでカウントダウン前後での騒音、危険も覚悟していたが気づいたら朝だった2024年迎えていたある意味、これも予測不可能であった実感のない「明けましておめでとう」をこどもたちと交わす朝10時半パキスタンの国境にもほど近いタール砂漠の入り口ジャイサルメール駅に到着インドを旅をしているとお決まりのうざいスポットが何個かあるのだがその1つが鉄道の駅着いたばかりの客へのリキシャ…タクシーの
世界一周千夜一夜🌎地球を旅するマッサージ🛳下平のぞみ|noteマッサージをしながら世界一周してました🛩当時から「世界で一番参考にならない旅ブログ」と呼ばれた捨て身の旅行記を更新しています🌈linktr.ee/tokyoheadrnote.comなんだかね、世界一周をしていた頃って晴れの日は灼熱の陽射しの中で思いっきり遊び、信じられないくらい美しい景色や素晴らしい遺跡を見て、そのへんで取った果物や魚みたいな美味しいものをいっぱい食べて、お腹が満たされて、幸せに包まれながら眠る。雨の日は
ヤーマン今年2024年も、ReggaeSumfest(レゲエサンフェス)の季節が近づいてきました!普段はのんびりなアフリカン・シンボル・ゲストハウスも、この時期ばかりは集中的に忙しくなるのです。サンフェスを見に行く方、是非早い目にご予約お待ちしています!今年のサンフェスの目玉は、今レゲエ界で最もアツいYGMARLEYそして、R&B界のレジェンドBABYFACEローリンヒルもYG君と一緒にジャマイカ来たりしたらーー?!!VIPチケット買っちゃいましょう!!
賃上げ交渉部屋掃除、バイクレンタル、ランドリー、ツアーをお客様に購入していただいたりすると1件につき10.000キープだったお給料の娘お小遣いは渡してないずーっと『値上げくれ!!』って言ってたんだけどお給料をUPさせるためには、自分のスキルや値上げの根拠を示して、母を説得してねって伝えてる最近、お客様のアテンドで出かけることも多くなり自信がついたのかついに、お給料交渉してきたよ!!英語の方が自己主張しやすいんだって『お給料が上がらない...』って政府のせいにするだけじゃだめ
■今夜の若者の“シェア飯”は、「BBQ」だそうだ!…[アンティグア]以来の、和の“晩餐”に出会えた!■さぁ~!整体の痛みにかこつけて少し長居したようなので、そろそろ移動をしなければと考えている。そこへ、どう云う訳か若い日本の旅人が次々集まって、賑やかに為って来た。その上お互いが顔見知りも多いらしい上に、この宿が何度目かの方も居た。その為か、リビングで情報交換に余念がなく賑やかだ。こうなると可哀そうなのが、おっちゃんの長期滞在組、情報が古すぎたり話がしつこいので
■今日からの“お宿”、右か?左か?さぁーどっち!…住宅街よりは、“セントロ(旧市街)”の方が断然良い!■この[カンクン]の“セントロ(旧市街)”近辺には、二軒の名の知れた日本人宿(ゲストハウス)が在る。面白い事に“一等バスターミナル”を起点として、距離感的にはほぼ同じ。ターミナル横の海と平行に走る幹線道路を挟んでの、対局と云う不思議な位置関係にある。“ガイドブック”によると、深く掘り下げての紹介はしていないが、お宿の特色も背中合わせの様に異なるようである。バスタ