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前回は、模刻問題をめぐる「戸田先生の指導違反」論を検証しました。今回は、現在の論点です。「学会がいま授与している日寛上人の御本尊は、開眼もされていないコピーで、しかも手を加えた偽物だ」──この主張を分解します。主張は実は3つの部分でできています。一つずつ見ましょう。①「コピーだから偽物」──前の連載で決着済み複製であること自体は、偽物の根拠になりません。宗門自身が信徒に授与してきた御本尊の大半が、御形木御本尊という複製だからです。詳しくは前連載の第2回で検証した通りです。②「開眼さ
前回は、「法主の開眼」に御書の根拠がないことを確認しました。今回は、相手の論理に乗ったとしてもなお崩れる、二つの決定的な矛盾を見ます。矛盾その1学会の御本尊は日寛上人書写学会が1993年から授与している御本尊の原本は、第26世・日寛上人が書写した御本尊です。日寛上人といえば、宗門自身が「中興の祖」と仰ぐ歴代法主です。つまり宗門の論理に乗っても──・「歴代法主が書写した御本尊」という条件は満たしている・書写そのものが法主の作業なのだから、書写の時点で当然「開眼」済みのはずそれを「
病魔に負けずに、使命に生き抜く…!2026年も明けて、はや2月。「良い年を…」と声かけあって迎えたわけですが、皆さん如何でしょうか。突然の衆議院議員選挙があったり、冬季オリンピックがあったりで、年明けてからだいぶたったような気がしますね。かく言う自分はというと、昨年11月に行けた職場の健康診断や横浜市のがん検診等で、12月から1月にその診断結果が来ました。その結果、D判定がいくつもありました。難聴、加齢性黄斑変性症・緑内障の疑い、胃の荒れ、肝腎機能低下、PSA数値の上昇等々でした。もうす
ここで、先(せん)生(せい)が日寛(にっかん)上人(しょうにん)の御(ご)指(し)南(なん)をお若き頃からいかにして学んでこられたのかについて少しく触れさせて頂(いただ)きます。まず、日寛(にっかん)上人(しょうにん)とは大(だい)聖(しょう)人(にん)御(ご)在(ざい)世(せ)と広宣(こうせん)流布(るふ)のこの中間にお生まれになって、三(さん)大(だい)秘(ひ)法(ほう)の正(しょう)義(ぎ)を余すところなく顕わされ、将来の広宣(こうせん)流布(るふ)の戦いの準備をして下(くだ)さった
私たち地涌の菩薩は、決して負けない…!2025年もいよいよ残り少なくなってきました。気温40度を超える記録的な暑さが続いた今年の夏。この分では、11月ごろまで暑さが残るかなと思われるほどでした。しかし、秋分の日を過ぎてからは、急に涼しくなり、秋を楽しむ余韻もなく、10月後半からは一気に冬を感じさせる気候に変わりました。体が、気温の変化に順応する間もなく一気に寒さが到来した感じです。これでは、体調を崩す人が多くなっても不思議ではありません。テレビでは、今年は、10月に入ったころからインフル
で、私は日寛(にっかん)上(しょう)人(にん)のこの後世(こうせい)のために残して下(くだ)さった御(ご)法門(ほうもん)の書、これを絶対(ぜったい)と信(しん)じております。なぜか、それは、口先だけの事(こと)ではない。「自分の臨(りん)終(じゅう)を証(しょう)拠(こ)とせよ」と言(い)って、臨(りん)終(じゅう)を以(も)って証(しょう)拠(こ)とせられた。これほどの事(こと)はないでしょう。もしそれが間(ま)違(ちが)っておったならば良き臨(りん)終(じゅう)ができるはずがない
で今日は8月の22日、3日前(まえ)が8月19日。これは、冨士大石寺第二十六世日寛(にっかん)上(しょう)人(にん)の祥(しょう)月(つき)の御(ご)命日(めいにち)であります。で日寛(にっかん)上(しょう)人(にん)というお方は、御自身の臨(りん)終(じゅう)を証(しょう)拠(こ)として「自分が広宣(こうせん)流布(るふ)のために書いた『六(ろっ)巻(かん)抄(じょう)』とか『御(ご)書(しょ)文段(もんだん)』が、一分(いちぶん)も大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)の御(み)心
さる1月21日に拝聴した日曜勤行の指(し)導(どう)において先(せん)生(せい)は日寛(にっかん)上人(しょうにん)の御(ご)事(じ)蹟(せき)を御(ご)指(し)導(どう)下(くだ)さいましたが、有難(ありがた)くて有難(ありがた)くて涙が止まりませんでした。先(せん)生(せい)は「大(だい)聖人(しょうにん)様(さま)の御(ご)書(しょ)の極理は、日寛(にっかん)上人(しょうにん)の御(ご)指(し)南(なん)を頂(いただ)いて初めてその御(み)心(こころ)が分かるのである」と仰(おお
そして、極限(きょくげん)の大(だい)謗(ほう)法(ぼう)から9年を経て、学(がっ)会(かい)は池田大作の死亡を発表した日に発刊した今般の教学(きょうがく)要綱(ようこう)において「日蓮(にちれん)大(だい)聖人(しょうにん)が久(く)遠(おん)元初(がんじょ)の自(じ)受(じゅ)用身(ゆうじん)・末法(まっぽう)下(げ)種(しゅ)の御(ご)本(ほん)仏(ぶつ)」であられる事(こと)をも否定したのであります。その内容について詳しく説明します。例えばこの本には日蓮(にちれん)大(だい)聖人(
日寛(にっかん)上(しょう)人(にん)はこの『撰(せん)時(じ)抄(しょう)』の大意を2つに分けておっしゃっておられる。これは長いですね。この『撰(せん)時(じ)抄(しょう)』は『開目(かいもく)抄(しょう)』と同じほどの最(もっと)も長い部(ぶ)類(るい)に入(はい)る御(ご)書(しょ)であります。まさに、蒙(もう)古(こ)襲(しゅう)来(らい)の8ヶ月後に大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)がそれを背景として大(だい)事(じ)な事(こと)を顕(あら)わされた。1、「今(い
日(にっ)寛(かん)上(しょう)人(にん)こそ、大(だい)聖(しょう)人(にん)御(ご)入(にゅう)滅(めつ)後(ご)400年に出(しゅつ)現(げん)されて、やがて来たる広(こう)宣(せん)流(る)布(ふ)の日のために完璧(かんぺき)なる御(ご)用(よう)意(い)・御(ご)準(じゅん)備(び)をして下(くだ)さったお方(かた)であられる。偉(い)大(だい)なお方(かた)であられる。顕正会が御(ご)遺命(ゆいめい)守(しゅ)護(ご)の御(ご)奉公(ほうこう)に立てたのも、日(にっ)寛(かん)
で、私は日(にっ)寛(かん)上(しょう)人(にん)の御(ご)法(ほう)門(もん)書(しょ)を絶対(ぜったい)と信じております。なぜか、日(にっ)寛(かん)上(しょう)人(にん)は口だけで仰(おお)せになったのではないんですね。「御自分の臨(りん)終(じゅう)を証(しょう)拠(こ)としてこれを信ぜよ」とこう仰(おお)せになられたから私は絶対(ぜったい)と信ずるわけであります。日(にっ)寛(かん)上(しょう)人(にん)の御(ご)遷(せん)化(げ)は享(きょう)保(ほ)11年の8月19日
で、日(にっ)寛(かん)上(しょう)人(にん)というお方(かた)は重(じゅう)大(だい)な使(し)命(めい)をもって御(ご)出(しゅつ)現(げん)されたまさに不(ふ)世(せい)出(しゅつ)の大(だい)学(がく)匠(しょう)・大(だい)智(ち)者(しゃ)であられる。いつ頃出(しゅつ)現(げん)されたかと申しますると、大(だい)聖(しょう)人(にん)御(ご)入(にゅう)滅(めつ)後(ご)400年頃ですね。歴史で言(い)うと徳川(とくがわ)の中期。将(しょう)軍(ぐん)はあの有名な八代(はち
まことに、この『観(かん)心(じんの)本(ほん)尊(ぞん)抄(しょう)』の甚(じん)深(じん)の御(ぎょ)意(い)というのは、日(にっ)寛(かん)上(しょう)人(にん)の御(ご)指(し)南(なん)がなければ我等凡(ぼん)夫(ぶ)では到底(とうてい)窺(うかが)い知(し)る事(こと)ができない。そこに、日(にっ)寛(かん)上(しょう)人(にん)の恩徳(おんとく)があるんですね。大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)の難しい甚(じん)深(じん)の御(ぎょ)意(い)が、日(にっ)寛(かん
『観(かん)心(じんの)本(ほん)尊(ぞん)抄(しょう)』に宣(の)給(たま)わく一(いち)念(ねん)三(さん)千(ぜん)を識(し)らぬ者(もの)には、仏(ほとけ)、大(だい)慈(じ)悲(ひ)を起(お)こし、五(ご)字(じ)の内(うち)に此(こ)の珠(たま)を包(つつ)み、末(まつ)代(だい)幼(よう)稚(ち)の頸(くび)に懸(か)けさしめ給(たま)う。只今(ただいま)拝読(はいどく)の御(ご)文(もん)は『観(かん)心(じんの)本(ほん)尊(ぞん)抄(しょう)』の一番最後の結(むす)び
学会内で使われる『魂の独立』の真意をご存じだろうか?あくまで、私の考えと前置きしてのことだが、、、日蓮正宗からの破門をキッカケに、【日蓮の】魂から独立したと見ている。ちなみに、【】内は深くは触れられないので、参考までに次の一文を挙げてみる。「日蓮がたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ」つまり今は、創価学会作のご本尊です。破門されたのだから、当たり前ですけど。(-。-)ボソッ日寛上人は、日蓮正宗の人なので、破門の身が、そのご真筆を使えるはずもなく・・・です。現在の
いいですか、正応3年に日興(にっこう)上人(しょうにん)が富(ふ)士(じ)大(たい)石(せき)寺(じ)を建立(こんりゅう)されてより今日(こんにち)まで706年間ですね。この長き富(ふ)士(じ)大(たい)石(せき)寺(じ)の歴史において「日蓮(にちれん)正宗(しょうしゅう)」と名乗ったのは最近のわずか84年間の事(こと)だけなんです。それまで正系(せいけい)門(もん)家(け)を顕わす名称は全(すべ)て「富(ふ)士(じ)大(たい)石(せき)寺(じ)」であったという事(こと)ですね。い
昔、カルト・顕正会では「日寛上人の前に日寛上人なく、日寛上人の後に日寛上人なし」と息巻いて会長・浅井昭衛の『六巻抄』解釈を絶対視していたが、今、日蓮正宗の一信徒となって冷静に考えると、日寛上人が説いていない教義が一つあるじゃないか、と私は気づいた。それは「折伏・布教の行軌」だ。開目抄文段などに「末法は折伏を正規とする」ということは説かれているが、「どのように折伏を実践するか」つまり、心がまえや規範ということまでは説いておられない。ご住職に確認した際、言われていたが、江戸時代は折伏自体
収納ボックスチェスト収納ケース引き出し5段幅56cmHG-555R2個セットプラスチックケース透明収納引き出し小物プラスチックおしゃれリビング収納収納収納ボックス衣装ケースウッドトップチェストクローゼット楽天市場15,800円奉安堂においても「御戒壇説法」を二大法要の時だけやりますその時、日寛上人の『法華取要抄文段』のなかの「この所すなわちこれ本門事の戒壇、真の霊山、事の寂光土」の部分を「この所すなわちこれ本門根源事
今この故事(こじ)にちなんで日(にっ)寛(かん)上(しょう)人(にん)御自身の臨(りん)終(じゅう)を証(しょう)拠(こ)とせられた。臨(りん)終(じゅう)だけは自分の意思(いし)でどうにもなるものじゃないです。警(けい)固(ご)しようとしたってできないでしょう。でこの事(こと)を日(にっ)寛(かん)上(しょう)人(にん)は前もって戯(たわむ)れのごとく本心(ほんしん)でもって「このように、蕎麦(そば)を食してから、そして唱(しょう)題(だい)のうちに臨(りん)終(じゅう)を迎える」と
で、日(にっ)寛(かん)上(しょう)人(にん)が御(ご)遷(せん)化(げ)されたのが享保11年の8月19日。御年(おんとし)62歳の時でありまするが、この年の2月に、日(にっ)寛(かん)上(しょう)人(にん)は正月から江戸(えど)に下(げ)向(こう)してこられて、大(たい)衆(しゅう)の熱願(ねつがん)によって『観(かん)心(じんの)本尊(ほんぞん)抄(しょう)』の講(こう)義(ぎ)をあちらの寺で一回、こちらの寺で一回と行(おこな)った。そして、2月に最後江戸(えど)の常(じょう)在(ざい
で、今日は8月19日、冨士(ふじ)大石(たいせき)寺(じ)第二十六世日(にっ)寛(かん)上(しょう)人(にん)の祥(しょう)月(つき)御(ご)命日(めいにち)であります。よって、御(ご)命日(めいにち)にちなんで日(にっ)寛(かん)上(しょう)人(にん)の偉(い)大(だい)な御(お)徳(とく)を少しばかり拝し奉(たてまつ)りたいと思(おも)っております。日(にっ)寛(かん)上(しょう)人(にん)というお方は、大(だい)聖(しょう)人(にん)御(ご)入(にゅう)滅(めつ)後(ご)400年
無糖博英です。本日8月19日は『六巻抄』『御書文段』等の重要な御指南を下された富士大石寺第26世日寛上人が享保11年に御年62歳で安らかな臨終を迎えられた重大な日であります。日寛上人は臨終の年の2月に江戸常在寺において『観心本尊抄』講義をされた後において「自分の諸説が日蓮大聖人の御心に叶う事の証明として、臨終の時に日ごろ好む蕎麦を食べ、一声笑った後に唱題の中に臨終を遂げる」と言い残され、そして、8月19日に仰せの通りのままに臨終を遂げられたのです。ゆえに、浅井先生は日寛上人の仰
創価学会の大幹部は頭の良い人達がたくさんいます。東大、京大、早慶卒の人が大変多くいます。あの800万人の会員を統制するシステムを構築するのですから天才集団です。この統率方式をパクって長大な成長を遂げた企業があるくらいです。公明党の議員さんも又、然りです。特に議員さんは法学部出身者、つまり弁護士が多いのが特徴です。なぜそんな優秀な人達が戒壇の大御本尊様を離れて、写真製版のニセ本尊を拝むのか?私にはとっても理解できません。しかもその本尊は第26世日寛上人の御本尊様のコピーです。
一読して、涙が溢れた、体験を転載させていただきます。正境たる御本尊様の大功徳。北原白秋さんのお父様も、代々の宗旨である念仏を捨て、日蓮正宗に入信されて、信心に励んだ結果、失明状態だった両目の視力が回復しました。「この御本尊には無限の不思議なお力が備わっている。ゆえにこの御本尊を信じて唱えたならば、あらゆる祈りが叶い、あらゆる宿業が消滅し、因果の道理に基づいた本当の幸せがもたらされる」(日寛上人観心本尊抄文段)大白法平成6年3月1日号より日寛上人が加賀
静岡にて目先の生活費や交際費に目が眩み、日蓮正宗から退転され創価学会へ寝返った夫婦が、その1年後、死亡が確認されました。つい最近の出来事である。死因は分かりませんが。創価から帰伏されたからって、直ぐに生活が豊かになるわけじゃないのに。おそらく、創価の地区または支部幹部に唆され、心が揺らいだんでしょう。「生活の保証とか誰が見てくれるの?」とか「創価学会はそういった困ってる人を絶対見捨てない」とかね。そして、信心より目先の生活の安定を選んだ結果がこのザマだ。創価・顕正から脱会したものの、
「来年もまた来よう!」そう決意して2年ぶりの寛師会の参詣!寛師会のメインイベントである花火は圧巻です!やざこ@yazako_888寛師会の花火です🎆https://t.co/cNofRy4EYl2018年09月18日19:59やざこ@yazako_888寛師会、また来年も参加させて頂きたいです。お会いしたみなさま、ありがとうございました✨楽しい登山になりました😊https://t.co/gH4xrcXmOh2018年09月19日15:45
この前、街頭活動の準備中に学会員さんと出くわし、プチ法論となりました。場所がときわ台駅前で顕正会メインであり、学会の破折資料は殆ど無し、一緒に活動するメンバーも学会破折の経験の多い人もいない状態でした。それと、学会員さんって教義が人によって異なるため、話を聞いてみないと、何を話すか判断つきません。そんなこんなで、相手の話を聞くと本門戒壇の大御本尊様を否定する方々でした。こちらの準備不足もあり、次の機会にじっくり話をすることとしています。こちらの体制を整える意味で、元学会員の方と対応する予定
法華講妙峰寺支部(北海道・富良野市)のfacebookで創価学会が「悩乱の数珠」を発売したことが紹介されており、拡散して欲しいということでしたので、転載します。可愛いクマさんの数珠の紹介です。法華講妙峰寺支部(北海道・富良野市facebook)●悩乱の創価学会が【悩乱の数珠】を販売開始(すでにご存知の方も多いと思いますが・・・親珠にクマさんがおいで遊ばす数珠が登場❗❗)数珠は仏道修行に欠かすことのできない大切な法具です。一般的に数珠は穴が貫かれている多くの珠に糸の束を通し輪に