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今日の1冊は、「孤高の人」新田次郎著新潮文庫です\(^o^)/山に登り始めて、再び山の本を読みたくなりました(^_^;)昔読んでるんですけどネ。新田次郎の3部作です孤高の人、栄光の岩壁、銀嶺の人「孤高の人」の主人公は、加藤文太郎変わり者と言われ続けた、戦前の人です。山を主題にした、人間ドラマです今で言えば、発達障害だと思います。平均より外れた人が、発達障害です。平均の人には、大きな仕事をすることが出来ません。平均から外れた人が、大きな仕事
『祖国とは国語』📖藤原正彦久しぶりにこちらの書籍を読み直しておりました。その国の『国民性』はDNA🧬や地理的🌐な場所ではなく『国語』にこそ宿っていると言う考え方です。NHK朝ドラ『ばけばけ』も視聴しております。『ばけばけ』の主人公トキとヘブンヘブンのモデルはラフカディオ・ハーン小泉八雲です。西洋人から観た視点の日本人の国民性こちらも中々おもしろいさて最近ではSNS上でのトラブルが目立ちますね。残念です。😌国語力が低下している国が増えていると言う結果の表れ
2月15日が命日・忌日の有名人・著名人1591年(天正19年1月22日)52歳没(病死)豊臣秀長さん戦国時代の武将、豊臣秀吉の弟1857年満52歳没(?)ミハイル・グリンカさん作曲家1883年8歳薨去(?)華頂宮博厚親王殿下皇族華頂宮博経親王第一王子1959年79歳没(?)オーエン・リチャードソンさん物理学者熱電子現象の研究ノーベル物理学賞1965年満45歳没(肺癌)ナット・キング・コールさんジャズ・ピアニスト、歌手娘:ナタリー・コール⇒
こんばんは☺️かっぺライダーです❗️先日ラジオを聴いていたらその日は南極昭和基地記念日でした※1月29日です昭和基地3度の体験を持つ方が色々なエピソードを話してくれました興味深い話がたくさんありましたなんでも南極昭和基地に行くのは夏の部隊と越冬隊とがあるそうです越冬隊の方が期間が長いそうですそんな話を聴いていたら以前読んだ本を読みたくなりましたその本は新田次郎さんのこの本です孤島は南の島で気象観測のために家族を本土に残して頑張る男たちの話ですこの人た
週末の読書タイム!さきほどココスから帰ってきたところです。抹茶ミルクと玄米茶でスタート。チーズケーキ!これを食べてから読書開始。今回読んだのはこちらで…(↑ペンギンは持って行かない)先日ここでとりあげた、マーシャルが仲間たちのために一人でデポに向かい、食糧をとってくる場面でした。『チョコバナナパンケーキ!』週末夜の読書タイム!まずはドリンクバー。緑茶とココア。今週はいろいろとあって、なんだか長く感じたわけだが…とりあえず無事に終わってよかった。
毎日晴天続きの関東地方、遠くに見える富士山を近くでも見ようと、御殿場に。さらに駅からの路線バスで滝ケ原の自衛隊+米軍キャンプ地へ。富士山の後はお宮さまめぐりです(#^.^#)参拝第5312社愛宕神社静岡県御殿場市中畑野中山の山頂?に坐するので102段の階段を登ります。八王子神社さまも合祀されている社殿から振り返ると箱根連山。今から50年以上も前に『芙蓉の人』という小説が書かれました。新田次郎氏の作品、山岳小説でもあるし、科学的な記録の報告でもあって、とても興味深く
【電子メールの日】「1(いい)23(ふみ)」の語呂合わせ。1994年(平成6年)に日本電子メール協議会(JEMA・現Eジャパン協議会)が制定。【八甲田山の日】1902年(明治35年)に冬の八甲田山へ軽装で雪中行軍に出かけた兵士210名が遭難した。本来は冬の重装備が必要だが、指導部の無謀な判断で遭難し199名の命が失われた。この遭難事件は、新田次郎により『八甲田山死の彷徨』として描かれ、その後、高倉健主演で映画化もされて大ヒットを記録した。【羅山忌】徳川家康から4代将軍家綱まで仕え
1月21日、水曜日、皆様こんばんは🌆今日は非常に寒いですね。お元気でお過ごしですか。吾輩は今日は歯医者の日でした。案の定、2カ所、削られました。ゴロゴロ!と脳天まで響きました。あともう1回、28日に行かなければなりません。もう1カ所、虫歯を削って埋めてくださるようです。優しい先生だから安心できるのですが、それでも削るのは何歳になっても怖いね😰さて、Amazonさんで古本を2冊買いました。藤原ていさんの御本であります。吾輩は新田次郎さんのファンですが、新田次郎さんの
1月19日月曜日、🌇🌇🌆🌆🌇皆様こんばんは🌇🌆🌆🌇🌇新しい週の始まり、お元気ですか。吾輩は木曜日まで休みです、ふふ(^^;;今日、厚生年金の源泉徴収票が届きました。あとは介護保険料の払い込み通知と、会社の給料の源泉徴収票をいただけば、確定申告に必要な書類は全部揃ったことになります。申告に行くのは最終日の3月13日にします。さて何年ぶりかで、新田次郎の『小説に書けなかった自伝』(新潮文庫)を読んでみたくなり、書棚から取り出しました。これは非常に面白い本です。新田次郎氏
4500頁、15年の熱量を、今の視点で削り出す。【再編集2026】プロジェクト始動。なぜ、私はこれほどまでに“もの寂しいメロディー”に惹かれてきたのだろうか。15年目となるこのブログを刷新しようと過去の記事を読み返した時、その問いが頭を離れなくなった。幼い私の心の源泉を辿れば、そこには必ず、テレビのブラウン管から流れてきた「子供向けとは思えないほど深く、孤独な旋律」があった。■『ウルトラQ』と日常の裏側(1966年〜)当時6歳、幼稚園児だった私にとって『ウル
11月22日、石巻で秋の研修会を開催しました。14名に参加いただきました。予定を詰め込み、盛沢山の内容になりましたので、4回に分けてレポートします。まずは日和山で、たくさんある歌碑や句碑、像などを巡りました。はじめに、「たい平桜」。大学卒業を控え、進路に悩む林家たい平さんが石巻を訪れ、まだ幼木だったこの桜の木の前で落語家になることを決意したというエピソードから、「たい平桜」と命名されています。林家たい平さんは、震災からの復興に当たって、また今でも宮城・石巻を応援し続けてくださって
加藤文太郎は大正末期から昭和初期にかけて活躍した登山家。パーティを組んでの登山が一般的であった当時、単独行での登山を行った。神戸の会社勤務の中で、登山に目覚める。大正14年(1925年)に単独での六甲山全山縦走を果たし、注目を集める。以後、日本アルプスの山々などを単独登頂。登山靴ではなく地下足袋での登山を行っていたことから「地下足袋の加藤」「単独行の加藤」などと呼ばれていたという。昭和11年(1936年)の正月。槍ヶ岳登頂に際し、吹雪の中で遭難。31歳だった。
その昔、ちょっとだけ山女だった頃、読む本も山女らしく新田次郎の「孤高の人」とか読んでたのでこちらに住み始めたときは、加藤文太郎にあやかって、毎日六甲山!ならぬ、毎日飯盛山!と思ったりしたけれど、大志はすぐに腰砕け「毎日美しの森、しかも直下まで車」と思っていたらそれもすぐに「毎月一度美しの森」に変わってしまい今や年に数度の美しの森、とあいなっております。そんな中、野辺山の友人Mさんもお仲間たちは毎週飯盛山に登っている、とのこと、そのうえ、登山道の整備やら、山の御花の保護、等々
八甲田山『八甲田山』(はっこうださん)は、新田次郎の小説「八甲田山死の彷徨」を原作とする日本映画。橋本プロダクション・東宝映画・シナノ企画の製作で1977年に公開された。1902年(明治35年)青森に駐屯していた歩兵第5連隊が雪中行軍の演習中に遭難し、演習に参加した210名中199名が死亡した事件(八甲田雪中行軍遭難事件)を題材に、極限状態での組織と人間のあり方を問いかけた作品である。配給収入は25億900万円で、1977年の日本映画第1位を記録した。高倉健、北大路欣也主
八甲田山死の彷徨/新田次郎:bookfanプレミアム-通販-Yahoo!ショッピングstore.shopping.yahoo.co.jp825円商品を見る映画「八甲田山」の復習も兼ねて原作拝読。感想を一言でいうと「映画よりはるかに悲惨」。見た目の悲劇度はもちろん映像作品である映画が上回るが、その悲劇に至る過程は原作の方が生々しく詳細である。「泣く」とまではいかないが、顔をしかめたり眉間にしわが寄るような場面は数知れず。徳島大尉(史実では福島大尉、
12月1日(月)、赤坂レッドシアターで、トムプロジェクトプロデュース『五十億の中でただ一人』を見ました。作・演出は、ふたくちつよし。赤坂レッドシアターの、狭い舞台。上手と下手の演技エリアに分けられて。上手は、戦中・戦後を生きた夫婦の物語。一人息子は海軍に入り。しかし、1945年8月15日、玉音放送のあと、指揮官の命令により、その指揮官とともに、沖縄に特攻出撃し、戦死。指揮官の、道づれにされて。最後の特攻隊。新婚間もない妻と、生まれたばかりの子どもを残して。下手は、小説家の新田
今日のメニューベンチプレス75kg×10×2set85kg×1091kg×1063kg×20インクラインベンチ73kg×10×3setデクラインベンチ73kg×10サイドレイズ片手5kg15×2setそろそろ重量アップかな実は今30年以上前に読んだ本を読み直してます新田次郎「強力伝富士山で強力(荷物を背負って山に登る)を仕事としていた小宮氏(実際の名前は小見山正さん)が新聞社からの依頼で180キロ以上もの花崗岩(風景指示盤)2つを白馬岳の山頂に担いで運
白髪岩(1512m)2025年11月15日(土)晴れ9:00~15:00参加者6名御荷鉾スーパー林道~白髪岩(往復)距離2.8km累積標高差180mコース定数4「剱岳点の記」という小説を読んだことがある。映画も見た。明治40年、前人未到の剱岳に陸軍陸地測量部の人たちが、苦難の末に登頂に成功し測量を行った。初登頂と思われたが........という物語である。陸軍が測量をする以前は、内務省地理局が三角点を設置し地図の作成を行っていた。この内務省地理局の名
なにげない日常生活の中に…WhatAWonderfulworldbyLouisArmstrong🥳昼食&お茶会の開催案内🥳今回は2025年の〆の山行となるため「昼食とお茶会」をお食事処「里の館」で開催しますのでよろしくお願いしますきらら館cafe→お食事処「里の館」利用に変更なので昼食の用意は不要ですのみご持参ください❣️今年の〆例会は太平洋が一望できる神峰山へ🏭初冬の澄んだ空気の中、奥日立きららの里を起点に神峰山(598m)を目指します。12月の山道は落
NHKBSプレミアムで東宝映画「八甲田山」を見ました。(1977年・森谷司郎監督)※ネタバレしません。原作は新田次郎の「八甲田山死の彷徨」。脚本は橋本忍。音楽は芥川也寸志。大ヒット映画です。主演は高倉健、北大路欣也。島田正吾、大滝秀治、三國連太郎、栗原小巻、加賀まりこetcetc。加山雄三、森田健作はどこに居た?🙄山、超厳寒(体感気温−50度ですってよ!😨)、軍隊。全て超苦手ですが、放送されるたび「怖いもの見たさ」で見てしまうという、私にとっては一種のホラー🧟映画。実際、幽霊も出てきます。
NHKのあさイチ「プレミアムトーク眞栄田郷敦」ゴードンと言えば、「千葉真一の次男」。せっかくなのでビデオ撮りして、鑑賞していたら、すぐに脱線しますが、カメラマンに「アレー」と言ってしまったんだ。カメラマンとは言っても、昔は「撮影助手」。その方は【木村大作】。【黒澤明】が【木村大作】のカメラ撮影に驚いたらしい。それは、どんなに望遠で撮影しても一発でピントを合わせて撮影していると。当時は撮影助手なので、表に出る機会はなく、代表作は無い。その後、撮影監督⇒「監督・撮影」として『劒岳点の
緑はじめです小説「栄光の岩壁上」新田次郎著を読みました。実在の登山家芳野満彦さんをモデルに書かれた小説です。新田次郎さんの山岳小説は安定したおもしろさがありますね~。今回も力強く、私も一緒に山に行っている気持ちになりました。そのリアリティーさが戦時中や冬山のシーハンでは辛い気持ちになりました。主人公の竹井岳彦は18歳のとき遭難して凍傷により両足先のほとんどを失いました。運ばれた病院では治る見こみがないと言われましたが……。戦時中軍医だった先生に「戦時中凍傷になったけれど何人も
(*^-^*)富士山…雪がまた舞い降りましたぁ今日から11月です引き続き宜しくお願い致します今日は終日~富士山はご機嫌で見えておりましたょー
八甲田雪中行軍遭難者銅像高倉健新田次郎八甲田山死の彷徨#goobloghttps://blog.goo.ne.jp/naturalist351018/e/57edd21f907cb49ea8ca0e9fb27ed631
キリストの墓のある新郷村から、次に向かったのは、八甲田山⛰️八甲田山雪中行軍遭難資料館見学とロープウェイに乗りたいと思いました天候は良さそうでしたが、残念ながらロープウェイは休止でした資料館に向かう途中で後藤伍長発見の地賽の河原を通過して青森市幸畑にある資料館と幸畑墓苑に到着しました皆様よくご存知のことと思いますし、いらした方もおありかと思います簡単に記しますと(パンフレットを参考)明治35年、緊迫する日露関係を背景に青森歩兵第五連隊は雪中八戸平野に侵入した敵
「強力伝」は昭和30年の直木賞受賞作品である。限定本200冊発行昭和55年2月17日発行所成瀬書房※新田次郎は本書発行とほぼ同時の2月15日、67歳で急逝。※この限定本のほかに私家版が17冊あるということであるがお目にかかったことは無い。
新田次郎著「孤愁」SAUDADE昭和55年7月15日第一刷昭和55年9月10日第二刷文藝春秋<目次>美しい国領事代理砲艦千島赤い海ネムの木野砲十門スナイドル銃実包信任状捧呈式別離外人墓地徳島のおよね地鳴り神前結婚里帰りコルク樫露探(無題)附・取材随行記<松成武治>この作品は、昭和54年8月20日から毎日新聞紙上に連載が始められのち、昭和55年2月15日、新田次郎氏の急死により昭和55年4月8日に中断し絶筆となったもの。この伝記とも言
小説が映像化される際、どのような脚色がなされたのかを検証する連載「映像と小説のあいだ」の最新回が更新されました。今回は「八甲田山」原作と映画、それを踏まえての二つの部隊、それぞれにおける案内人への扱いの違いが意味するもとはーー?https://shosetsu-maru.com/yomimono/essay/eizotosyosetu/34連載第34回「映像と小説のあいだ」春日太一|小説丸小説を原作にした映画やテレビドラマが成功した場合、「原作/原作者の力」として語られることが
コンロは外来語でカタカナ表記するものだと思い込んでいた。新田次郎の山岳小説を読んでいたら、焜炉と書いてあったので驚いた。調べたら純然たる日本語(漢語)だった。焜の字が難しいのでカタカナ表記するようになったらしい。同じように、懐炉(カイロ)を外来語だと思っている若い世代がいる可能性がある。