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ヨーロッパ北欧の斧も優秀だが、日本の斧も長い歴史を持つ良品だ。日本の斧といえば、童謡にも出て来る足柄山(現神奈川県)の金太郎が思い浮かぶ。金太郎が担いだのはマサカリと歌われるが、マサカリとは厳密には鉞の事でハツリ斧だ。伐採用の斧(=よき)の事ではない。だが、大斧の事をマサカリと呼ぶ事もあるので紛らわしい。その足柄山の金太郎はいつの時代の人物かというと、平安時代中期、古代から中世の始まりの頃、平将門の蜂起鎮圧後の人だ。西暦970年代の源頼光の四天王の一人の怪力の武
春の訪れを待つこの時期になると決まって、寺山修司の詩「幸福が遠すぎたら」を口ずさみたくなります。15年ほど前のことですが、私もブラリと青森県三沢市の寺山修司記念館に出かけたことがあります。近くに大きな沼があったのを記憶しています。閑散とした館内を一人で見て回りました。寺山の青森弁の独特な語り口からは、会津とは違ったもう一つのみちのくがありました。寺山は三島由紀夫とも「エロスは拠点の抵抗になり得るか」というテーマで対談をしています。政治的なスローガンが文学的な意味を帯びていた時代がありました
昨年12月、高橋伴明監督の「桐島です」の国内最後の上映を早稲田松竹で見ることができました。脚本の梶原阿貴さんの舞台挨拶もありました。しっかりサインもいただきました。1975年から約50年間逃亡を続けた桐島聡の逃亡生活と人間そのものを丁寧に描いた名作です。桐島聡という人の優しさが大変よく描かれていると思いました。その優しさ故に彼はテロリストの道を選んだのでしょう。そういえば昔読んだ「黒旗水滸伝」に「自らの犠牲を顧みないテロリズムとは限りなく優しい心に宿る思想なのだ」という一節があったのを思い
再統一を果たした社会党が再び分裂した大きな理由の一つが、日米安全保障条約の改定だった。社会党左派は、これはアメリカへの従属を強め日本を戦争に導くとんでもないものだと反発し、安保改定阻止国民会議が結成された。社会党右派は、反共路線から安保改定に理解を示した。他方で三池炭鉱の大規模争議も行われていて、安保闘争との相乗効果が大きく、運動は先鋭化していった。共産党は跳ね上がり的な行動を押さえつけたが、社会党は緩やかだったので、学生たちが運動の中心的存在を担うようになった。彼らのことを共産党は「トロツキ
はじめに現代日本において「右翼は危険」「左翼は平和的」といった一般的なイメージが根強く存在します。しかし実際には、過去の歴史や事件を紐解くと、左翼の方が過激で暴力的な行動に出るケースが多いという事実が浮かび上がります。本記事では、なぜ左翼の方が右翼よりも危険とされるのか、その背景・事例・思想的要因について徹底的に解説します。左翼が過激化する思想的背景革命思想と暴力の正当化左翼思想の根底には「資本主義の打倒」「階級闘争の勝利」「社会の平等化」といった理想があります
共産党や社民党、立憲民主党の一部、れいわ新選組、新左翼のアクティビストが、リアリズム芸術の追求に拘っているのではないかと選挙活動や会議、学習会の参加の際に頭を過ぎります。第二次世界大戦前後の共産党の芸術関係のアクティビストが、ソ連共産党の文化芸術のビジョンで社会主義リアリズムの提起をしてきた。つまり、理想の労働者像が文学や演劇に反映される文化ムーブメントです。両性の労働者が体脂肪の少ない筋肉美を見せつける絵画や印刷物で現れました。第二次世界大戦後には、ソ連共産党のスターリン批判を契
かつてノンセクトラディカルの末端にいた者として、今日本で起きていることの深刻さを、新左翼の皆さんに訴えたい。石破茂を擁護しているのが、元社会党の立憲民主党、スターリン主義の日本共産党だということは、イタリアで新左翼が弾圧されたときと、まったく同じであるからだ。2023年に死去した後でも、日本の左翼にファンが多いアントニオ・ネグりが、どんな目に遭ったかを知らないのだろうか。70年代後半のイタリアにおいては、キリスト教民主党とイタリア共産党が組んで、ネグりらを抹殺しようとしたのだ。なぜそれ
世界的な右派政党の台頭が日本にも及びつつある今、日本の新左翼が如何なる主張をしているのだろうか。とくに、僕が注目しているのは反帝、反スタの革マル派の主張である。7月1日付の機関紙「解放」のネット版では「全世界人民の団結で世界大戦の勃発を阻止しよう!」の論文をアップしている。そこでは「いま世界は、核戦力を誇示する力あるものが、『力による平和』などという欺瞞の旗を掲げて弱者の命運を決めるという『弱肉強食の時代』に突入したかのごとくである」と分析するとともに、ウクライナとロシアとの和平に失敗した
全体主義の一変種であるマルクス主義では、人間の自由というものは、客観的な法則を発見することと結びつけられる。だからこそ、梅本克己は『唯物論と主体性』においてエンゲルスの「自由は自然法則からの空想的独立のうちにあるのではなくて、この法則の認識のうちに、そしてこの法則と共に与えられているところの、この法則を計画的に一定の目的のために作用させる可能性のうちに横たわる」との言葉を引用したのだった。つまり、法則性を自らのものとする、人間としての自由を重視したのである。あくまでも「人間自由の実践」が先
戦後の新左翼運動や過激派組織を年代順に纏めた、まさに全書のタイトルに相応しい大作だ。著者自身も研究中だといい、改訂も念頭においているようだが、それを差し引いても戦後が歴史になっている今、こうした字引きのような存在は凄いの一言。
かねて訪ねたいと考えていた成田空港近くの「成田空港・空と大地の歴史館」に、ようやく見学に行ってきました。聞けば、1時間後に政府関係者の見学予約があり、資料作成に追われているという中でスタッフの方より、丁寧で熱心なガイドをしていただきました。お陰様で、長年の疑問も解消するなど、非常に有意義な見学でした。ブログに記事を載せる際の素材にするために撮影させていただきました。https://www.rekishidensho.jp/以下の記事も非常に参考になります。https://chinobo
『ワクチン反対デモ♪』23日はワクチン反対デモ参加してきました☆新コロ茶番騒動始まって以来、コロナ茶番と新コロワクチンのヤバさに気づいている方とたくさん交流してきましたが、コロワ…ameblo.jp付け加えるとウイルスは存在するか、しないか小麦は食っていいか、アカンか地球は丸いか平らかシェディングはあるかないか(シェディングがあるから温泉にいけないとか言ってる人いたけど、公衆トイレは大丈夫なのかな?)あ、こないだ新左翼雑誌「情況」のイベント行ってきて、客席に外山恒一さんや佐藤悟
右も左も狂信者は同じ種類の人間なのである。自分を守りたいがために、あえて一部の者たちの嘘を信じてしまうのである。今の日本保守党の一部の人たちも、まさしくそれに当てはまる。今後の展開によって、圧倒的な多数が離れて行くだろうが、そこには政治というものの、得体の知れない世界が存在するのである。私は『埴谷雄高政治評論集』に収められた「政治のなかの死」という文章を読み返している。70年安保騒動後の血みどろの内ゲバの原因が、彼なりの見方でまとめられている。まぜあそこまで殺し合わなければならなかったのか
https://diamond.jp/ud/authors/58abbd707765611bd0fc0300ツイッターで【トイレ掃除素手小林正観】で検索すると結構出てくる。
前回は革マル派でしたので、今回は「中核派」の公然アジトを取り上げます。江戸川区の国道14号線から少し入った住宅と町工場が混じった地域にある、ある意味で目立った外装です。活動拠点であると同時に活動家が寝泊まりする合宿所の機能も有しており、他の新左翼や右翼の突撃を防御するために擁壁で囲われているという特異な外観です。とは言っても、目の前はマンション、周囲は企業の建物が隣接し、普段は近所の方が近くを普通に歩いています。内部の様子については中核派自らがメディアに出しています。正式名称は「革命
新左翼に太田竜という人がいた。反資本主義の思想を深め続けた結果、金融に強いユダヤ人への反感を抱き、ユダヤ陰謀論を主張するようになり、数多くの陰謀論系の書籍を執筆するようになってしまった。反ユダヤ主義といえば、ナチスがよく取り上げられる。そのナチスと敵対していたソ連でも反ユダヤ政策が実施されていたのだが、余り知られていない。そもそもソ連は、かつて存在していたという事実自体が少しずつ薄れていっているのではないだろうか。
先だって、仲良しの放送部男子(先日卒業)から、「東アジア反日武装戦線って何?」って聞かれて、「うーん。ササッとは説明できひんなあ」という会話をした。それで、最近、LINEで日本の左翼運動について解説をダラダラとしてるんだけど、すごい量になって、全然終わらない。明治から始めて、ようやく全共闘運動の途中。自分でも「何でこんなに知ってるねん?」と呆れている。しかも、この辺の知識のかなりの部分が浪人中に仕込んだものだ。あほすぎる。こんだけ熱心に勉強してたら、東大に入れたかもしれん。今頃気づいて
マルクス主義者ではなく、今では保守派に属しながら、無性にマルクスに関する本を読みたくなるのはなぜだろう。若い頃にはなかなか手に入らなかった人たちの本が、今は格安で購入できることもある。しかし、それよりも何よりも、懐かしさをこみあげてならないのだ。ロシアや中国での共産主義の歴史的な実験は失敗をした。すでに反証された理論を振りかざす気にはならない。それでもなお、田中吉六、対馬忠行、梅本克己、梯明秀の本が古書店に並んでいると、知り合いと再会したような不思議な気分になるのだ。若い頃にどれだけ理解したか
中核派の拠点が警察によって捜索されたらしい。目立つ公然活動を活発に行い続ける余裕があるのだから、今や古くなってしまった新左翼も暫くは勢力を保っていられるだろう。暴力革命を声高に叫んでいた新左翼諸党派たち。活動家として地下に潜ろうとするのが大半だった中で、市民社会に融け込みながら赤色テロルを実行した東アジア反日武装戦線は異色の集団であったといえるだろう。反日亡国というイデオロギーの強さも特徴的だ。"狼"グループが出版し、組織の思想、行動方針、武器製造法等を語ったのが『腹腹時計』である。ト
「(上)その用語法と本質規定」はこちら『極左日和見主義とニセ「左翼」暴力集団(上)その用語法と本質規定』日本共産党の「新左翼」観の転換点は、どうやら1968年11月にあるらしい。東大闘争での、この時期の本郷キャンパスでの図書館前の攻防というのが、どうやら「全共闘…ameblo.jpでは、1968年11月に何があったか。川上徹・大窪一志『素描・1960年代』(同時代社、2007)での、大窪の回想によれば、東大の共産党や民青同盟の運動の現場は、「全共闘」と急進性を競うような状況だった。「全共
日本共産党の「新左翼」観の転換点は、どうやら1968年11月にあるらしい。東大闘争での、この時期の本郷キャンパスでの図書館前の攻防というのが、どうやら「全共闘」vs民青・秩序派(保守派)との勝敗を決した「天王山」だったらしい。1968年11月に東大闘争で何があったかは「(下)東大闘争と宮本顕治」で論じる。この時期、日本共産党の「新左翼」観に何があったか、というと、「極左日和見主義」から「ニセ『左翼』」に本質規定が変わった、ということだ。日本共産党による「新左翼」史の見方は、河邑重光(出版当
本日は書籍紹介をいたします。今回取り上げるのはこちら、高橋和巳『わが解体』河出文庫、2017年全共闘時代、革新派のシンボル的な作家だった高橋和巳の晩年のエッセイ集です。晩年と言っても、高橋はさらなる活躍が期待される中、三十九歳という若さで早逝しているので、晩年であると同時にその活動の充実期でもあったわけですが。さて、高橋和巳というとかつては学生運動に寄り添う著作家として、右の三島由紀夫に対する左側の象徴的な存在だったようですが、今ではすっかり忘れ去られたとは言わぬまでも、知る人
倭國の左翼運動って、敗残、挫折、自壊ばかりでロクな成功体験がないし、ロマンにも乏しい、、、とアタシは思う。日共の武装闘争からの転換、歌ってマルクス踊ってレーニンの似非微笑み戦術を黙って素直に受け入れるって余りな思考停止はよほどの事(決して褒めるに値しない)鉄面皮なまでの方針大転換が悪いとは言わないが「無謬のパルタイ」に過ちは無い、、、ってものいいが気に入らない。素直に間違いを認めない事がどれだけ後世に悪影響を及ぼしたか、、、作者の柴田翔氏は高名なドイツ文学者だが、、、今どき倭國に数百人はい
「革労協」非公然活動家を再逮捕宿泊施設で偽名警視庁(産経新聞)-Yahoo!ニュース宿泊施設で偽名を使ったなどとして、警視庁公安部は14日、有印私文書偽造・同行使の疑いで、過激派、革労協主流派の非公然活動家、田中優(まさる)被告(46)=同罪で起訴=を再逮捕。活動拠点「現代社」(東news.yahoo.co.jp革労協ほー、革命的社会主義労働者協会まだ活動している人がいるんだという感想しか無いわ😅社会党が消滅してから久しいのに…それも宿泊で偽名wこういう人がマイナンバーカード
農家ではもはや食っていけないという。その悲鳴が日本の国土をおおっている。東北地方の片隅に暮らしている私の目の前の風景は、植田が青田に変わろうとしている。農民の血は大都会を離れた地で息づいており、それが「原点」として見直されるべきではないだろうか。第一次産業の占める割合は、1955年には21・0%であったが、2008年に入ると1・6%に減少し、その傾向に歯止めがかかっていないが、根っ子の部分では未だに日本人は農民なのである。あくまでも農民にこだわり続けるのは、近代主義に毒されてしまった今
「G7広島サミットに反対するデモ隊に、警備のために広島県に派遣された警視庁第4機動隊が衝突。約10分間、合わせて100人超が騒乱状態になり、県警はデモ隊のひとりで、大学生の男を公務執行妨害の疑いで逮捕した。」G7サミット反対デモ隊が、「言論封殺」的な警察の取締りがあったらしい。サミット反対デモ隊とは、過激派新?左翼中核派だが、G7に抗議して基地外プーチンを支援したいのか?だ。新左翼が反対するG7の主な議題となった、侵略戦争を止めないロシアでもデモがあった。こちらは、手を踏まれた位じゃ済ま
『贋世捨人』(車谷長吉/文春文庫/2007.4.10初版)原本2002年初版。おのれ自らを「反時代的毒虫」と呼んで、ポストモダン的言説にあふれる当時の風潮に対峙した、「私小説」作家・車谷長吉の自伝的作品である。私小説で自伝的とは同義反復ではないのか…当然の反問ではあるけれど、この作者の「私小説」は自身の体験に基づくモチーフを用いながら、だいじな勘所では小説的仕掛をきっちりと施しつつ展開する。そして読者は、虚実の激しい波にのみ込まれたように、一気に結末まで運ばれていくことになる。冒頭、宿
朝一番で友だちが駆けてきて、女子軍士官学校に合格していたことを知らせてくれた。入学手続きを終えたらもう軍人扱いで兵長になった。希望者には俸給を前借りさせてくれる。みんなに負担をかけずにすんで良かった。支給された制服を着てみんなに見せるのは、気恥ずかしかったけど嬉しい。これからは、寮で暮らすことになる。外出できるのは、月に一日くらいだ。五年もみんなとほとんど会えなくなる。入寮の前日にマーロウと二人きりで、他愛のないお話しをした。この人は優しいけど、わたしを好きってわけではない。それに