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2019年に私が全二十一話で紹介した講釈の速記本からの『新吉原百人斬り』。是を片岡知恵蔵主演の映画で、お届けする時代劇映画が、遂に、YouTubeの東映時代劇専門チャンネルで公開されました。【キャスト】・片岡千恵蔵/佐野ノ次郎左衛門・二代目水谷八重子/八ツ橋・水野浩/次郎兵衛・松浦築枝/お聖・片岡栄二郎/治六・青山京子/お咲・岡村文子/お安・木村功/栄之丞・原健策/越後屋丹兵衛・千秋実/丈助・星十郎/清助・沢村貞子/お源・利根はる恵/お満・三島雅夫/太郎兵衛・高
初回の冒頭に書いた通りで、講釈の『新吉原百人斬り』と言うものを、全く初めて読むことになったのですが、凄く良く出来た噺で。なぜ、現代の講釈師は、『お紺殺し/戸田の渡し』しかやらないのか!?一番の理由は、この構成でやると、最初の武芸モノな感じの硬くて面白味が少ない部分が、やはり、問題なんだろうと思います。だから、最初の五話に「清助傳」の様な、笑いが無いと客が噺に付いて来ないので、足されている事に、先人の講釈師の強かさを感じます。この物語は、最初の五話、武助と次郎左衛門が出逢い、籠釣瓶が、武助
万字屋を出て、前に提灯持ちの若衆を歩かせて、仲ノ町へと向かいます。次郎「重蔵ドン、何か踏んだ!ヌルっとした。」重蔵「履物抜いで下さい。私の肩に掴まって、新しい雪駄がぁ、犬の糞ですねぇ。最近、野犬や野良猫が、此処いらも多くて、餌をやる馬鹿が居るんですよ。ハイ、綺麗になりました。」懐から取り出した半紙と、それを自分の煙管に巻いて、上手に犬の糞を掃除する重蔵。次郎「すまないねぇ、若衆の重さんに、こんな事までさせて。。。」重蔵「なんの!構いませんよ、旦那には、店が贔屓にして頂いておりますからぁ
次郎左衛門は、最近、道中差しへと変えました『籠釣瓶』を出しては、離れの脇に在ります道場で、藁束やら、大根などを並べて斬るのが日課で御座います。本に、よー斬れまする、武助先生。そう呟きますと、次郎左衛門、佐野船橋の人別帳を管理する庄屋、文蔵の家を訪ねております。次郎「文蔵さん、それで手続きの準備は此れで宜しいかなぁ?」文蔵「ハイ、書付は此れで結構ですが、本当に船橋の人別を出てしまわれるのですかぁ?」次郎「私の剣術の師匠であります、都筑武助の跡を継ぎまして、苗字帯刀となり、都筑次郎左衛門を
江戸を出た五人の駕籠は、もうすぐ佐野船橋へと掛かる手前に来て居ました。四右「蔦屋さん、波太夫、ちと刻限がまずいよなぁ。」波太夫「どうしました?四右衛門の親分!」四右「今、先方に入ると、謝罪で行くのに、昼食の時間に成るぜぇ。出すなと言っても、我々を持て成すだろう?!あのお大尽なら。」蔦屋「そうですねぇ、何処かで昼食にして、八ツ過ぎか七ツ頃に参りましょう。」駕籠を止めて、雲助に近所を見に行かせてますと、『江戸屋』と言う洒落た小料理屋が近くに在ると聞いて参ります。波太夫「江戸が、私は早くも
佐野屋へ到着した、月岡の源久と江戸節の紋吉。主人と番頭に声を掛けると、ハシゴを上り次郎左衛門の部屋へと上り込む。源久「こんちは!旦那ぁ。」紋吉「無沙汰をしました、次郎左衛門さん。」次郎「無沙汰は互いです。今日は、例の一件ですね?もう、そんなに噂になっていますかぁ、あなた方に、あれ程忠告されていて、馬鹿です私は。穴があったら入りたい。」源久「まぁ、次郎左衛門さんもいけませんが、彼奴らのやり口が許せなくてねぇ。悔しゅう御座いますよぉ。」紋吉「アッシらがあの日、廓(なか)に居たら駆け付けて、
所は、蔦屋の座敷で御座います。奥の広間ではなく、次の間の狭い所に待たされて、漸く、先に、芸者幇間、そして、八ツ橋花魁の傍輩衆、橋ノ戸と船橋が席に着いた所で、次郎左衛門は、立会人の蔦屋夫婦、都家波太夫、丸善藤八の四人と一緒に漸く座敷へと入ります。床の間を背負っての上座には、榮之丞が座り、その脇にはぴったりと八ツ橋が枝垂れ掛かっております。波太夫「えぇー、佐野のお大尽、此方へ御座しまするお方が、宝生榮之丞様に御座います。以後、お見知り置き下さいまして、お近付きお願い致しまするぅ。」次郎「是は
日本橋銀町三丁目にある佐野屋久兵衛は、次郎左衛門の父親、先代佐野船橋の絹屋の頃からの常宿である。だから、先代の時から贔屓の幇間、源久と紋吉は、旅籠のどの部屋に、次郎左衛門が泊まっているのかも、熟知しておりました。番頭「佐野絹屋の旦那様!吉原から、源久さんと紋吉さんが見えておりますが?お通ししても、構いませんか?」次郎「勿論、構いませんよ。お通しして、それから膳の用意を、酒と肴を頼みます。」紋吉「佐野の若旦那、今日は改めて、お話したい事がありまして、源久を連れて参りました。お時間、宜しいで
万字屋へと、蔦屋のお仲と都家波太夫の二人して入ると、都合よく、客は居らず花魁が一人部屋で伏せって居ると聞いて、先ずはお仲一人が八ツ橋の部屋へと入ります。お仲「八ツ橋花魁、居なさるかい?蔦屋のお仲です。」八ツ橋「ハイ、女将さん、アチキに何の御用でしょう?」お仲「花魁に、取って貰いたい客があって、お願いに来たんだよ。」八ツ橋「誰ですか?アチキの知っているお人ザマスかぁ?」お仲「知っているちゃ、知っているお人だぁねぇ。佐野から江戸表に商いで来ているお大尽さぁ。出てくれるだろう?」八ツ橋「ま
江戸表で商いをしての、帰り合羽の治郎兵衛が、日本橋本銀町三丁目の常宿、佐野屋久兵衛を出ましたのが夜明け前の七ツで、道中、二軒の得意先を、日暮里、十条と廻って、戸田の河原『渡し』に着いた時には、日が暮れ掛かりまして、六ツになろうとしておりました。拓殖の笠に当たる風に白い物が混じり、チラチラと舞い降りて来ます。筑波颪の風は冷たく、廻し合羽を体に巻き付る様にして進む治郎兵衛。やっと、戸田の河原だ!最後の渡し船には、何とか間に合った様だと安心致します。『渡し』の方へ向かいます途中で、蒲鉾小屋の前を
戸田の渡しでお紺を殺して、筑波颪の吹雪く中、背後を時々振り返りながら、松屋利助に着いた治郎兵衛、顔は真っ青に成っております。松屋「此れは此れは佐野の旦那様、お待ちしておりました。遅かったですねぇ、また、お顔の色が優れませんなぁ。」治郎「何んだかぁ、雪に降られて、支度が整ってなかったからか?熱がある様で。。。ご主人、布団を敷いてお医者を呼んで貰いたい。」松屋「畏まりました。」暫くすると、宿の係りの医者がやって来ました。治郎兵衛を診ると、熱がえかく高こう御座います。その場で、薬を調合し与えま
いよいよ、『新吉原百人斬り』のなかでは最も有名なお噺、「戸田の渡し/お紺殺し」で御座います。佐野犬伏生まれの次郎吉は、幼い頃からぐれ始め酒、博打、女の三道楽で医者をしている実家を勘当になります。同じ犬伏で、目明かしをしています焼金の鐡蔵に拾われて、鐡蔵が本業にしている蕎麦屋で、蕎麦打ちの技を身に付けます。真面目な仕事ぶりに鐡蔵が、娘のお菊といい仲なのを知り夫婦にして、二十五両の支度金を付けて江戸表へ蕎麦屋の修行に夫婦を送り出します。江戸は巣鴨浅香町の長寿庵で修行をする事になるのですが、主
次郎吉改治郎兵衛は、佐野船橋に間口十二間、奥行き二十七間。と、申しますから、三百十八坪の広さのある店の主人となりました。蔵も四つありまして、生糸や反物が納められております。先ずは、絹商人としてのイロハを、一番番頭の清六さんから毎日毎日レクチャーされます。治郎「番頭さん、生糸は産地で値段が変わりますか?」番頭「全然違います。悔しいですが、野州の生糸に比べて、信州の生糸は二倍から三倍の値段に成ります。」治郎「何がそうまで、差が出るんですか?」番頭「それは、生糸の価値、つまり、より細く強
赤坂田町一丁目へ引っ越して、次郎吉は古着屋を始めます。女物仕入をお紺が気が向いたら手伝いますが、古着を風呂敷に詰めて運ぶのは、男の仕事です。次郎吉「一日中家に居てぶらぶらしてんだったら、掃除、洗濯くらいしろよ!お紺。」お紺「あたしゃ、家事は一切できないんだよぉ!!江戸節お紺は芸者なんだ、女中を雇おうよ。前のお清みたいな老婆やを。ねぇーねぇー、雇おうよぉ。」次郎吉「俺の稼ぎじゃぁ、老婆やは無理だよぉ。頼むから掃除と洗濯だけでもやっツくれぇ。」次郎吉がせっせと、日銭を二分、三分と稼いでも、な
お清の粗忽が取り持つ縁で、次郎吉とお紺が出逢ってしまいました。猫に鰹節、盗っ人に鍵、狐に油揚げ。。。矢口真里にクローゼット、三日と掛からず二人はいい仲になってしまいます。初手は、お紺には旦那があるので、外の出会い茶屋などを使っておりましたが、次第に旦那のお運びが無い留守を狙って次郎吉が通う様になり、もう最近では、連日、朝から四ツの鐘が鳴ると次郎吉が長火鉢の前に座り、朝から酒をやったりとったり。肴も豪勢な鉢盛で、それを摘みながら丸で夫婦気取りで御座います。或る日の事。相も変わらず二人で戯れ合
巣鴨の浅香町から闇に消えた二人は、西ヶ原から王子へ向かう裏道を歩いておりました。三四郎「今、鳴っているのは、九ツの鐘じゃありませんか?店を出たのは、五ツだから、二刻も歩いて、私の分かる道に出ないなんて?!二刻歩けば、三里は進んでいるはずなのに、まだ、王子へ着かない何て。。。道を間違えてはいませんか?ご主人。」次郎吉「そ、そ、そんな事は、有りません。此処は猫又坂ですから、時期に、王子へ出ます。イテェテテ。」三四郎「どうかしましたか?具合が随分悪そうですがぁ?」次郎吉「さっきから、差し込ん
瓢箪から駒とは、よく言ったもので、次郎吉とお菊の若夫婦、長寿庵と言う蕎麦屋を手に入れて、それは張り切って働きます。近所の長屋連中がビックリする程早く起きて、買い出しに出かけます。行商のボテ振りから安く野菜や小魚を仕入れて、蕎麦の天ぷらの具に致します。それが長寿庵の名物に。・かけ・花巻・しっぽく・月見/とじ・山菜・天ぷら・せいろ・笊・天せいろそして、香物と蕎麦味噌などが御座います。四ツ過ぎに店を開けて、夜は六ツか五ツには蕎麦が無くなり、店を閉めます。大変に繁盛して、銭も貯ま
先程来、時々噺に登場致します、次郎左衛門の父親、この治郎兵衛のお噺を今回は致します。次郎左衛門が生まれ持って面相が化物の如く成ったのも、因果応報で御座いまして、仕方のない事かもしれません。浪曲ならば、ここで、「親の因果が子に報い!!」と節を付けて唄う場面では御座いますが、講釈なので、さらりと梅酒の様に参ります。此の次郎左衛門の父親と言う人は、小松原村に居りました領主、戸田長門守殿より苗字帯刀を許された小松原有益と言う医者の長男で幼名を次郎吉と申しました。次郎吉には、二歳年下の舎弟が在りまし
都筑武助高茂は、四代続いた本多家の剣術指南役の地位を、御前試合にて殿様お気に入りの槍術指南役、八重垣主水を真剣勝負で斬り殺してしまい、殿様の怒りを買い失います。浪浪の身となった武助。暫くは江戸表に居りましたが、藩からの追手が掛かり、また、頼りにしていた家老本多斎宮の急死もあり、藩への帰参を諦めて、武者修行の旅へと中山道を北へと上ります。中山道は、戸田の渡しで、不細工な武助よりも、更に更に不細工、醜男日本一、と、言っても過言ではない佐野次郎左衛門と言う絹商人と知り合います。そして、熊谷宿で、
さて、物語は少し時を遡ってしまいますが、次郎左衛門が江戸表で商いへと参る折は、必ず、『召使い』の清助に留守を任せております。先の小悪党が清蔵の事を『番頭』などと、あたかも次郎左衛門の右腕が如く申したのは、冗談、ふざけた物言いです。なぜなら、この清助は、佐野の船橋では知らぬ人の無い大馬鹿(うつけ)に御座います。しかし、清助はこれまた馬鹿が付く正直者。これに次郎左衛門が惚れて、船橋での店の留守番として使っているのですが、どうやら、タダの馬鹿ではないようです。アさて、先に武助からこっ酷くやられた
主君の御前試合の真剣勝負にて、その主君お気に入りの八重垣主水を斬り殺して、主君の逆鱗に触れた都筑武助。藩内ご家老本多斎宮の指図で、切腹を待たずに、浪浪の身となり蓄電した都筑武助。下男の長助を連れて、九月の下旬、中山道を上って参りたして、最初の関所、『戸田の渡し』へと掛かりました。江戸表で、武助を匿ってくれた荒物屋金兵衛の仕入れ用の通行手形で、関所は通り抜けられましたが、船が出たばかり、向かいの葦簀張りの茶店で時を繋ぎます。さて、武助と言う男。先にも申した通りに、頭はハゲ散らかっていて、辛う
木剣試合とは違い、一つ間違えると生死に関わる真剣勝負。都筑武助は、四代続く鞍馬八流の指南番の中でも随一の名人なれば、先の木剣の時から、服装を改める事は無く、タスキを締め直し木剣を先祖伝来の名刀、村正『籠鶴瓶』に持ち替えただけでした。一方の、八重垣主水は、着衣の下に万一に備えてか?鎖帷子を着込み、槍は愛用の銀杏穂の槍を持ちて進みける。双方共、能楽堂前に用意された床几に腰掛けて、立会人である立花一斎の登場を待っていた。また、主水の側には殿様唐之亮公と日頃より稽古している小姓たちが陣取り、一方の
講釈に『新吉原百人斬り』と言う長い話があるのは知っていますが、私は生で聞いた事があるのは、残念ながら、三話だけ。色んな講釈師、噺家で聴いているのは、皆様ご存知、恐らく先代正蔵の口演で有名な『戸田の渡し/お紺殺し』で御座います。他の二話はと申しますと、宝井梅湯さんが勉強会で掛けた発端と、第二話で、その先は、聞きに行かずで、物語を通して読んだ事もありません。そこで、松林伯圓か桃川如燕で探してみると、有りました新聞社の速記本が、如燕がまだ、桃川燕林だった時代の物で、明治二十九年の出版です。余談
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