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【シン八犬伝第21回】――雪中の邂逅再び、ひとりとなった犬塚信乃。やがて彼は、庄屋・弥々山蟇六の家に引き取られることとなった。むろん、夫婦の狙いはただひとつ。信乃が持つ名刀――村雨。「まあ、気長に待てばよい」そんな思惑も知らず、信乃と浜路は、互いにどこか心を寄せ合っていた。庄屋夫婦の細かな言いつけにも、ふたりは素直に従いながら、毎日並んで家事をこなす。そこには、ささやかながら、あたたかい時間が流れていた。ある冬の日。庭先で、冷たい水に手を浸し
――別れ、そして旅立ち苦しむ浜路。その様子を、偶然のように、あるいは必然のように――亀篠が見に来た。ひと目見るなり、舌打ちひとつ。そして、そそくさと姿を消す。くまちゃん「おいおい、娘だろ、助けろよ」入れ替わるように、反対の方角から駆けつけたのは、﹅大法師(ちゅだいほうし)と信乃だった。「これは……」状況を一目見て、﹅大法師は察した。浜路が、何か良からぬものを口にしたと。ためらいはない。手際よく、的確に処置を施し、浜路に、すべてを吐き出させる。そ
――浜路、けなげなる少女ここに、新しく物語に現れる少女がいる。名を、浜路(はまじ)。弥々山蟇六(やややまひきろく)と、女房・亀篠(かめざさ)の夫婦とは、どう見ても似ても似つかぬ器量よし。遠い親戚から引き取られた、いわば養女である。朝から晩まで、掃除、洗濯、炊事。こき使われながらも、浜路は愚痴ひとつ言わず、けなげによく働いた。「これ、浜路や、浜路」亀篠の声がする。「はい、お母さん。何か御用でしょうか」「今日はもういい。お化粧をして、ちょいと信乃のと
シン八犬伝第17回「……これが、母上が話しておられた女神さまからの珠……」信乃は、手のひらの珠を見つめた。「おそい……おそすぎる……」今さら現れても、母も、父も、もうこの世にはいない。くやしさのあまり、信乃は珠を庭石めがけて投げつけた。――その瞬間。珠は、はね返り、信乃の左腕にぶつかった。「痛いっ!」次の瞬間、珠は生き物のように信乃のふところへ。「……意思が、ある……?」左腕を見ると、そこには牡丹の花のような、あざ。
🌻こんにちは。今日は、教員4年目の夏、学級通信50号を出し切った1学期の終わりから2学期初めまでの記事です。写真は、昭和62年(1987年)、6年生を担任していたときに実際に配布していた学級通信です。今、あらためて読み返してみると、「よく、ここまでやったなあ」と、少しあきれ、少し誇らしく、そして懐かしい気持ちになります。7月18日学級通信50号ついに50号まで出した。49号から一週間あいてしまったが、1学期終了直前に、どうしても出したかった。1号に書いた「5
**シン八犬伝第15回「信乃、母の願いと“孝”の珠」**伏姫が富山の奥で息を引き取ってから、十五年。時は流れ、舞台は武蔵の国・大塚──今の東京。ひとつの小さな家に、父母と子の三人が住んでいた。働けど働けど暮らしは苦しく、ついに母・手束(たつか)は過労で倒れてしまう。看病するのは、十五歳の少年・犬塚信乃。この物語の、主人公八犬士のひとりである。■母の「秘密の願い」「信乃……。お前に、どうしても伝えておきたいことがあるの。」病床の手束は、かすれた声で語り始め
**シン八犬伝第12回伏姫が撃たれる、その少し前――。「ウォーン……」伏姫の決意を感じ取った八房は、胸の奥から絞り出すように遠吠えをあげた。その声は、霧の山中に長く響き渡る。■金碗大助と無垢三「おお、聞いたぞ。今のは確かに犬の声だ!」大助と無垢三は、朝霧の立ちこめる山道を進んでいた。「八房にちがいない……無垢三さん、鉄砲の準備を!」「おう!」二人は息をひそめ、声のした方角へ急ぐ。■里見義実一行同じ頃、
辻村寿三郎作品集「新八犬伝」Amazon(アマゾン)2012年10月31日00時49分48秒|日記『陔餘叢考(がいよそうこう)』とは清の趙翼(ちょうよく)の書いた、大まかに言えば歴史に関する考証集です。全四十三巻。一巻に約二十編前後の小論文が収められています。そもそも、これは恩師の原田種成先生が、学生の訓読向上の為に、文中に引用されている書物を検証しながら、課外活動として訓読されていたものです。この書物を、先生は十数年かけて読み終えられました。何が言い
🐕シン八犬伝第10回「伏姫、犬の顔を見る──運命が動き出す」一方、里見城では――。義実公が、いらだたしげに城の廊下を歩き回っていました。「伏姫の居場所は、まだわからんのか!いったい何をしておる!」恐る恐る、忠義の家臣・杉倉木曽介と堀内蔵人が、ひざまずきます。「はっ。八房めが走っていった森へ、これまで何人も使者を出しましたが……皆、帰ってきませぬ。」「泳ぎの名人でさえ、途中の川で溺死体となって発見されたのでございます。」義実は、深く息をのみました。「……なん
最近は殆どテレビを観なくなりましたが、少年時代60~70年代はテレビが生活の中心でした。子どもの頃夢中になったテレビ番組を思い返します僕らが子どもの時代は、人形劇が結構人気テレビ番組でしたさすがに『ひょっこりひょうたん島』はリアルタイムでは観ていませんが、『サンダーバード』や『新・八犬伝』はずっと観ていましたサンダーバード1965年~1966年、イギリスで放送された特撮人形劇日本では昭和
「曲亭の家」西條奈加ハルキ文庫を読みました。久しぶりに西條奈加さんの作品を読みました。やはり、引き込まれて、どんどん読んでしまいます。曲亭(滝沢)馬琴の息子宗伯に嫁いだお路。実家の土岐村家は、陽気な家でしたが、滝沢家は真逆…馬琴の一挙手一投足にピリピリしています。姑はずけずけとなんでも言う癇癪持ち。夫も癇癪持ちで病気がち。一度は実家に帰るお路ですが、子どもができたことや、馬琴が倒れたことで、滝沢家に戻ります。滝沢家は相変わらずですが、お路は、家のことを采配するよう
父・義実の失言によって、伏姫と八房は、城を離れ、富山の山中へと身を寄せることとなりました。人里から遠く離れた、深い山。清らかな沢が流れ、朝もやに包まれるその場所に、伏姫は小さな庵(いおり)を結び、八房とともに暮らし始めます。伏姫は、父のため、国のため、日々祈りを欠かすことはありませんでした。「どうか、この世に争いのない日が訪れますように…」🐾くまちゃん「健気で、胸が締めつけられるニャ…」一方の八房は、伏姫を守ることを唯一の務めとし、昼は庵の周りを駆け巡り、夜
私と同年代だから。中学生の頃には必ず観てたはず?(ーー;)NHKテレビ(〃∇〃)新八犬伝。網干さん…(ー_ー;)といえば…あぼし…さもじろう?ぜったい学校で言われてたね。いや、いまでも同窓会じゃ言われるんだろうなぁ😂おい!左母二郎。って(笑)50年前のギャグ…😅
毎年夏に、友人との集まりで館山へ出かけています。今年は館山城(八犬伝博物館)で「八犬伝プロジェクト南総八犬伝~宮田雅之と辻村寿三郎ふたつの八犬伝~」が特別開催されていることを知りNHKの人形劇「新八犬伝」が大好きだった私はこれは絶対行くべき!!と行ってまいりました。NHKの人形劇「新八犬伝」は、1973年4月から1975年3月まで約2年間にわたり放送された人形劇です。昔のテレビ番組は、放送期間が長いですよね!60歳前後の方は夢中で見ていた方が多いのではないでしょうか。
小学6年生から中学1年生にかけて、ぼくの生活の中心にあったのが、NHK人形劇『新八犬伝』でした。毎週、心待ちにしていたこの番組との別れと、新しい発見だった剣道との出会い。思春期の揺れる気持ちとともに、いま振り返ってみます。1月21日火曜日今日は参観日とPTA総会で、いつもより早く帰れた。せっかくなので、啓文社に立ち寄ると、なんと『新八犬伝』の本が!上巻と中巻、テレビ脚本のようなスタイルで、迷わず2冊とも購入。ラッキーだった。2月18日火曜日体
この前の続きです。ある日、部室にて。「ヤ○ガメちゃん、それ何?」1人の部員が何かを持っているのを別の部員が指摘した。持っていた部員はそれを隠そうとしたが、隠すほどの物でもないと思ったか、そのあと見せた。それは、直径8cmほどのオレンジ色のガラスのような透けた玉で、中に何か書かれていた。それは『知』という漢字1文字であった。「何かこれ、『南総里見八犬伝』に出てくる8つの玉みたいだな。中に文字がある所も似てる。それはお話では8つの徳を意味しているという事だ。『知』だから知性の象徴かな」
6月25日(月)うっとおしい天気が続く。今日から上履きは3800円のスポーツサンダルにした。特に大きなこともなく、順調といえば順調な一日。そして今日から『新八犬伝』の朗読をスタート。最後まで読み切れるだろうか——。6月26日(火)『新八犬伝』の第2回目を読む。ぼくとしては楽しみなのだけれど、子どもたちの反応は、さてどうだろう。体育はクラス合同で、初めてのフォークダンス。夜は7月の席替えを考えていたら、気がつけば夜中までかかっていた。6月30日
8月13日(火)ぼくにとっては夜中4時過ぎに起きた。ミックスジュースと食パン半分を食べて、リポビタンDを飲み、5時にタクシーで尾道駅へ向かった。久しぶりの尾道駅だ。岡山までは座れて快適だったが、岡山から米子までの電車は昔風で、扇風機もひじ掛けもない。そんな中でも4人とも座れたのはよかった。米子から境港へは電車の遅れでタクシーに乗り、2000円。おつりは80円だったけれど、母は「いらない」と言った。この頃から、ぼくの体調が悪くなってきた。食堂でチキンライス(300円)を
【シン八犬伝巻之一】第二回「白妙の人喰い馬と悪女玉梓──闇に挑む一本の矢」むかしむかし、日本の関東のいちばん南のはしっこに、「安房(あわ)」という国がありました。いまでいうと、千葉県の南のほうですね。安房の国には、四つの郡がありました。「平(たいら)」「長狭(ながさ)」「安房(あわ)」「朝夷(あさい)」っていいます。むかし、平家がいばってたころ、このあたりには三人の名のある武士が住んでおりまして。源頼朝(みなもとのよりとも)が石橋山で負けて、この安房に逃げてきたとき、その三
初稿と改訂版の話の続き。『同じ著者の改訂版(または初稿版)を読むのは『愚』なのか?』同じ著者の改訂版(または初稿版)を読むのは『愚』なのかというタイトルは思いつきなので、そっとしておいてください(笑)今年に入って「八犬伝の世界」というタイトル…ameblo.jp↑の「八犬伝の世界」「完本八犬伝の世界」に続くものです。今回は小谷野敦著の初稿「八犬伝綺想」(写真左)とその改訂版「新編八犬伝綺想」(写真右)で、新編には八犬伝綺想を基にしたことが書かれています。(本書は、1990年6月11日、福
はじめに──義実の物語から始める新しい『シン八犬伝』『八犬伝』といえば、多くの方が思い浮かべるのは、怨霊・玉梓の呪い、八犬士の活躍、そして仁・義・礼・智……勧善懲悪の物語でしょう。でも、その大きなドラマの“根っこ”には、一人の武士──里見義実(さとみよしざね)の、苦難と再起の物語があるのです。義実がどのようにして戦乱の中を生き延び、志を貫き、やがて八犬士の宿命へとつながる道を切り開いていったのか。その前日譚を丁寧に語ることで、『八犬伝』という壮大な物語の深
9月14日(火)朝8時半、家を出発。10時、しんご君とあすかさんが訪ねてきてくれました。あすかさんは、当時の面影がそのまま残っていて、すぐにわかりました。けれどしんご君は、まるで別人のように変わっていて……思わず「本当にあのしんご君?」と目を疑うほどでした。あれこれと話すうちに、1時間半があっという間に過ぎました。鍼灸師としての仕事のこと、3人のお母さんとしてのたいへんさとか・・・。5年生のたった1年間の担任を26年たっても慕ってくれるなんて・・・・。新八犬伝の読み
🗓7月30日「万国博へ行く日」きょうから3日間、万国博に行きます。12時8分の電車に乗って出発です。ぼくは、心がうきうきしてたまりません。「万国博は、あついだろうな」そう思ってはいるけれど、それでも12時8分がとにかくまちどおしい!でもひとつ、ざんねんなことがあります。ちょろ(飼い猫)を連れていけないのです。親せきにあずけることになったけど、「にげたらいけないから、家にいてとなりの人に見てもらえばいいのに……」なんて思いました。それでも、やっぱり頭の中は「万国博」
(つづき)4月になり、三年生に進級したが、食欲不振は相変わらずだった。それでも一学期は何とか学校に行けていた。老体ならぬ、体調不良に鞭打つ状態で登校していた。残っていたたった二つの気力だけが原動力だった。一つ目が坂本九。三年生になっても何かと理由をつけて九さんの新しいCDを買ってもらっていた。その中に「夕やけの空」という曲がある。九さんは歌手活動の傍ら、司会や舞台・映画・ドラマへの出演もしていた。今でいう「マルチタレント」というものである。そんな九さんが出演していた番組の中に
PrimeVideoで「八犬伝」を観ました。200本映画の59本目です。滝沢馬琴が長い年月をかけて「南総里見八犬伝」を書き上げるまでの物語が、八犬伝のストーリーと交互に描かれていきます。「八犬伝」と言えば、私にとってはNHKの人形劇「新八犬伝」です。なぜ「新」なのかというと「南総里見八犬伝」という物語が先にあったからだよ、と母に教えられた記憶があります。玉梓がめっちゃ怖かったことは記憶していますが、あとはほとんど覚えていません。八つの珠の一つが私の名前と同じなのですが、その珠を持
[一部の作品のネタばれがあります][ネットのみで調べた仮説なので勘違いがあるかもしれません]犬飼現八(げんぱち)信道(のぶみち)が浜路(はまじ)(大塚浜路)の要素をもっている女性と恋愛関係(本人か女性が片思い・両想い)となる仮説ふと考えてみたら里見八犬伝からアレンジした・派生した作品で、犬飼現八(げんぱち)信道(のぶみち)が浜路(大塚浜路)の要素をもっている女性と恋愛関係(本人か女性が片思い・両想い)になるというのは、犬塚信乃(しの)戍孝(もりたか)が原作では浜路に対して恋
ブログ中断中、黒いネクタイをスーツケースに入れて、遠方に行っておりました。気持ちの整理がつかず、帰宅後もなかなか読書を再開できずにいます。実は遠方へ行く前に図書館に予約していた本がありましたが、致し方なくキャンセルしていました。帰ってきて仏具店へ行く必要があり、ついでに図書館にそれらをもう一度予約して借りてきました。下記の5冊です。左上は1970年代にNHKで放送されて大反響だったという「新八犬伝」のDVD。人形劇の八犬伝だ。映像はほとんど現存していないらしく、放送途中で生まれた私は
毎週月曜日更新8八∞2012-12-0611:53:248は漢数字で『八』と書きますこれは『末広がり』といってさらに多いとかもっと大きいとかさらに広がって行く・・・という無限の発展を表す字です。不思議なことにアラビア数字の8もそのカタチは∞=無限大を表していますこれはその数字に対する感じ方や思いや気持ちが同じ
昨年10月に公開された「八犬伝」を当時幼馴染と観に行こうとしたがタイミングを逸して見逃してしまったのだがAmazonPrimeVideoで先日1月31日から配信が始まったという事でさっそく観てみた。個人的に八犬伝は小学校4年生の時の1973年4月から1975年3月までNHK総合テレビで放送された人形劇「新八犬伝」全464話をリアルタイムで観てハマっていたし2006年(平成18年)正月にTBS系で放送されたテレビドラマ「里見八犬伝」もDVDで観た。往々にして八犬伝モノ
昔NHKの番組で「南総里見八犬伝」を原作に「新八犬伝」という人形劇を放映していたのを覚えておられますでしょうか。わたし、これが怖くて見られなかったんです。人形の顔がクワッと変わる場面が怖くて怖くて。そこを耐えられたらきっとおもしろかったんでしょうがその時のわたしには無理でありましてその後原作も読まないままに幾星霜、一度は読んでみようかと図書館へ。そうしたら読みやすくしてあるものを発見。長さも5巻ほど。まずはこれを、、と借りて読んでみたら