ブログ記事11件
人が掌握する権力が増大するにつれて、苦言がしりぞき、甘言が寄ってくる。苦言は薬のようなもので、にがくてたまらないが、人をそこなうことはしない。しかし甘言は人を害する毒にかわりうる。宮城谷昌光著新三河物語下巻より耳に心地よい言葉ばかりを聞いていてはいけない耳が痛くなるような言葉を聞かねばと思うがなかなか聞けない。でもその言葉は、親父の説教と同じように後から効いてくる。耳に痛い親父の言葉がよく解った時、その時はもう遅くて親父はいない
宮城谷昌光「新三河物語下」宮城谷産の日本の歴史物。とても良いです。もっと書いてほしいですね。上巻中巻と読んでいて家康のことをよく描いていたので、宮城谷さんは愛知出身からかなと思って読んでました。ところが、この下巻で老いた家康の言動を容赦なく断罪してます。ごめんなさ宮城谷さん。司馬遼太郎さん亡き後、最初にも書きましたが、もっと書いてほしいです。正しくないやりかたで、やむなく国を保つ、というのがいくさです。われら凡人は、ひとつ捨てると、ひとつ拾ってしまう。捨てなければ、拾えない、ともいえる
宮城谷昌光「新三河物語中」この三河物語は大久保家が主人公で家康ではないのですが、結構詳しく語っています。「どうする家康」とは違います。この巻の出だし「家康は戦略家である」この巻の主だった戦は、三方ヶ原と長篠です。信玄に還付なきまでに叩き潰された家康ですが、戦国の世に名が高まります。信玄は強いのですが、「どうする家康」ほどの圧倒的ではなく、宮城谷さんは信玄の真意として、家康と手を組めば全国制覇ができるとも考えていたようです。そして、宮城谷さんは信玄や勝頼の脆さも書いています。この記
宮城谷昌光「新三河物語」上三河物語は大久保忠教(ただたか)が書いた戦後K時代かえ江戸時代初期の話。書かれていることの信憑性は高くないとも言われてます。それを宮城谷昌光さんが新三河物語として書いたもの。宮城谷昌光さん故に信憑性は高くなったかな。。。大久保忠教は、大久保彦左衛門として講談などでは天下のご意見番として家光にも物申したという型破りな人物としてのイメージが大きいです。この上巻では三河の一向一揆を家康が納めたところまでで、彦左衛門はまだ子供であり、落ち着いた人柄で描かれている。この一
内容紹介(「BOOK」データベースより)本能寺で信長が斃れ、天下は秀吉が簒奪した。大久保一族では彦左衛門が成長し、忠世・忠佐の奪戦を支え続けた。上田攻めでは真田昌幸、大坂の陣では幸村の深謀に苦戦しつつも彼らの忠義は一瞬たりとも揺るがなかった。やがて、家康は天下を掌握し、忠世・忠佐とも大名となるが…。大久保一族の衷心と、家康の絶望的な冷淡。主従の絆の彼方にある深い闇を描く歴史雄編堂々の完結。読み終えてあまりスッキとしない内容でした。大久保一門、彦左衛門さんの心の声が聞こえ
内容紹介(「BOOK」データベースより)徳川の駿河以東への進撃は、武田の南進によって阻まれた。三方原合戦ー家康の前に信玄が立ちはだかる。潰滅的惨敗を喫した家康だったが、天祐ともいうべき信玄の死により再起する。武田勝頼との決戦、長篠合戦において大久保忠世・忠佐兄弟が見せた獅子奮迅の活躍は、信長を驚喜させ、家康の嫡子信康に両雄への憧憬をもたらせた。しかし、運命は極めて残酷な旋回を見せたのだった。多くの作家の同一のテーマ、内容の著作・小説を読むのは面白いですね。それぞれの登場人物
作左の会勉強会ということで、妙國寺へ行ってきました。妙国寺は、家康公、秀忠公、家光公の三代に仕え「三河物語」を綴ったことで有名な大久保彦左衛門など、幕末まで続いた大久保一族ゆかりのお寺です。大久保家の祖宇都宮泰藤の墓や、大久保家遠祖のお墓などがあります。泰藤は、すぐ隣に建つ犬頭神社で、犬の首を切ったと伝わる人物。新田義貞に従っていましたが、新田義貞が戦死したのち、越前に落ち、のちに隠居の地として三河に移り住みました。宇都宮家は、栃木県宇都宮市の豪族で、泰藤は宗家にと
豊橋に住んだからには、宮城谷昌光さん(豊橋出身かと思ってましたが、お隣の蒲郡でした)を読まねばならないと思いつつ、中国古代史を読む気にはなれず未読のままでした。ある日、豊橋の某古本屋でこれを見かけ、即購入。その頃、定期的に名古屋に通う用事ができたため、名鉄豊橋~名古屋間で読むことにしましたしかし!文章のリズムが合わないパターンでした。ほとんど斜め読みしかも!名鉄の揺れのリズムはちょうど良く、いつも直ぐに眠ってしまう、っということで1年近く掛かり、迹太川の帰りで読了。
現在、入院中の父に何か差し入れをと思い、買ったのが宮城谷昌光の『新三河物語』上・中巻自分はすでに上中下巻を読破しているがたぶん父は読んだことないだろうと買っていったら気に入ってくれたようだ父は大久保氏や徳川氏について調べていたので本家本元の『三河物語』は読んでいるので読みやすかっただろうと思うで、父の一言孫にも読ませてあげたいとのことうちの子どもたちにはまだ読めん大人になったら、20年以上前に出た歴史小説は逆に読まんだろうなあ
毎週欠かさず見ているのは、『真田丸』今週は『終焉』サービスショット三成の水ごり綺麗どころが少ないこのドラマでは山本耕史ががんばってくれないと(*^.^*)家康が「信長公が見守ってくださる」と持ってきた鎧こんなもの要らんて(`=´)~~おかげでうなされるし本多正信はようやりんさる(>_<)前に読んだ『新三河物語』でも《本多正信はあくどい》ってあったけど、その通りだった…ところが、三成と信繁も、同じことをやり返す…ヤレヤレだぜもう混乱は始まってる…『秀頼を頼む』しか言わない秀
『新三河物語』下巻家康は我慢の人だけど、恨みは忘れない、必ず復讐したんです『三河物語』は大久保彦左衛門が、兄の忠世とその息子忠隣(ただちか)の汚名を晴らす物語家康は、忠世のせいで信康を殺すはめになったと恨んでチャンスを狙って改易し家臣から追放した…大久保家は家康が今川の人質だった時も、その祖父の時代から岡崎松平家に仕えて、支えて来た大久保忠世に濡れ衣を着せた本多正信一向一揆で、一揆側に付き浪人になった本多正信の妻子の面倒をみたのは大久保忠世なのに家康の元に戻れたのも忠世のおかげ
1989年にブッシュ大統領が署名した法律によって制定されたんだって。▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETうちはタップダンスはしたことナイです見たことならありますが(*^.^*)『新三河物語』中巻宮城谷昌光この時代は、ダンス・舞踏は不吉なものだったようです駿河で舞踏が流行って、多くの人が浮かれ踊ったから今川家は滅亡したと信じられていただから、舞踏を好む信康は不謹慎家康は信康をのびのび育てたかったでも、幼い時にきちんと躾をしなかったから、ろくな人
蕎麦は好きじゃないので、蕎麦屋に入ってしまったなら、親子丼『新三河物語』宮城谷昌光格調高い宮城谷昌光先生のご本ですがうちの日本史の情報源は『戦国鍋TV』と『殿といっしょ』スッゴく残念な感じの感想で申し訳ございません(*^.^*)物語は、徳川家康の家臣大久保家の人々の人間関係から大久保家は岡崎在郷の譜代家長は忠俊(常源)で、読みながら家系図を見ないと、さっぱりわからない…桶狭間の戦いで今川義元が敗れ、家康が岡崎に入城するところから始まります三河を平定する間もなく一向一揆と戦うこと