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1人の時はいつももっと穏やかな時間になるのに今日は良く分からない進行でした。昨日丸一日かけて運んだ骨の位置は、いつもと違う反応になった。2時間45分。一応静かになったので終わりにして。首とアゴの位置が随分変わった。胸椎の上の方が、引き剥がされる感じで起き上がって。背骨はメリメリと音を立てて。まあ本当に今日は激しい感じだった。1人で立てるのはうれしい。
宇宙の背後にある「一つの命」が、直接人の体と繋がる。これまではチャクラの働きを通してしか繋がれなかったけど今回の骨の位置移動によって意識と時間と、次元の無い場所が現れてくる。人類は今まで一度もその場所を開いた事は無かった。そんな場所が今、全ての体に無条件で開こうとしている。体の周りに、体の中に今まで見たこともない「あるもの」が現れてくるから始まれば直ぐに分かります。そこには色も音も言葉も、光さえも無いから。直ぐに分かると思います。
今日はポッカリと穴が空いた様な1日でした。自分のブログを読み返したりごく稀に「いいね」をしてくれた人のブログを読んだりしながら。お買い物に自転車で行こうと思っていたのに余りの暑さに心折れて出かけられず。夜娘にスーパーまで車で。娘は私が迷子になっていないか心配になったらしく、レジの所までお迎えに来ていて。娘は10年ほど介護の仕事をした事があり「老いる」現場を見て来ただけに、かなり緊張している様です。私はと言えばこれから「新しいヨガ」を世に問いたいと思っています。方法としてはほ
「新しい時代の到来」と言いながら「何が新しくなるのか?」は分からないまま。きっと考え方や生き方が新しくなるのだろうと様々に導きを始めている人達がいます。今回の新しいはこれ迄の延長線上では無く変化が段違いに大きい。意識の世界の中の「高い場所」では無く意識と時間と、次元の無い場所が始まる。これは人類にとって「初」だからその全容を知っている人はいない。人の体が自動的に新しくなる。頭の上と頭頂が同時に開いている。これまでの歴史で誰も成功しなかった場所が自動的に開いている。その
私が人と向き合った時、先ず目に入るのは体の塊です。考え方や生き方で悩んでいたとしても病で苦しんでいても私がみているのは体の塊です。人が悩んでいることの全てはある一点に辿り着きます。「ここを変えれば良い」と言う場所。初めの頃は「呼吸」も見ていましたが呼吸が壊れる原因が「塊」なので最近は塊だけ見ています。問題の解決の方法は沢山あるので中々選択してもらえなかったけど、自動的に始まったのでこれからはやり易くなると思います。
「新しい体が自動的に現われる」「頭頂」は自動的に開いています。頭の上も、頭の中も。首の塊が解ければ、全身の骨の位置の移動は自動的に始まります。立つか横たわって「アゴを落とす」歩きながらでも出来るは出来るのですが道の上は危ない事がいっぱいなので慣れてからの方が良いでしょう。私が立っている所で「一緒に立つ」か「横たわる」を。「アゴを落とす」とこれまであった塊が自動的に消える。塊が出来た原因が無くなる。関節のズレが無くなれば呼吸は自動的に深くなり根源がそのまま現われます。
「新しいヨガ」の宣言をした後体の自動的な変化は更に激しくなりました。「こっちに行くよ」の連続で例えそれが難しいと感じることでもグングンと移動を続けます。今日も沢山の骨の位置移動がありました。人の体の働きが変わります。全て自動的に変わるので、心配しなくて大丈夫です。集まって来た人の体をお借りして「そのものをそのまま現わす」が始まります。理解や決意は不要です。一緒の時間を過ごすだけです。順次その人達も同じ働きを始めます。何故一緒に立つのか?それが言葉になりました。この新し
今日は特に腰椎が後ろに移動中です。アゴが喉に触れた状態で、胸椎が引き起こされる様な状態。今日も一日立ったり、横たわったり、アサナをしたり。骨の位置移動が自動的に始まり、それを感じながら時を過ごす。「アゴを落とす」以外は自動的に変化するのを見ているだけ。今は人と向き合う時間がそのまま「取り組む時間」にもなるので突然来た変化にも対応できるのでうれしい。
世界は、宇宙はこの体の中にあると感じる。全ての時間を宿している時間がありこの体の中に、外に如何なる時間も無い場所が現われている。この世界を説明することは出来ない。あるものがこの体を静めようとしている。その為に必要な改革を密かに進めている。これまでの意識を中心とした世界ではどんなに神聖な世界を現わそうとしても呼吸を失った体によって、いとも簡単に陰の世界に転換された。陰陽の世界を説くなら先ず最も深い呼吸を始めなければならない。呼吸を失った体で善を解いても思い描いたこととは
仙骨と頭蓋骨、首、胸椎の上端は仙骨と密接に連動している。それは当然足首にも繋がる。仙骨が少し起き上がるだけで全身の自由度が増す。それでも仙骨だけをクイッと起こすのは簡単では無い。それがある日ある時、スッと動く❗️同時に首の付け根が、立ち上がりながら後ろに移動する。それは私の技では無く「自動的に」ここまでくるととても安心する。
夜も立ちながら、少しずつアサナを入れて。仙骨が少しだけ前に傾いていたので、そこを修正してからアチコチに。若い時はそんな事お構いなしに伸びるけど78歳の体は伸びる感じが全くしない。静かに動く。関節のズレは決定的なブレーキになる。仙骨の前への傾きが無くなると色々なポーズが静かに動く。膝の裏が伸びるのでは無く、真っ直ぐになる。首の後ろへの移動もスムーズになる。ズレている所を意識を使わないで動かすのは深い感性が必要。これは中々人に伝えるのは難しい。1人だけそんな人を知っている。
これは「悟り」でも「覚醒」でもありません。宇宙を貫いている力が「一つの命」であり正にそれがそのまま現れる為に「新しい体」が現われて来ます。今まで宇宙の背後にあって誰にも発見されなかったものが今現われている。意識と時間の無い場所。全ての「源にあるもの」がそのままの姿で人の体に現われてくる。これまでは「魂」も「命」も一緒くただった。だから体毎の別々の命として捉えていた。「一つの命」は切り分けることが出来ない。生まれることも、死ぬことも無い。生き死にがあるのは体だけ。その体も
今日も3時間立てました。もちろん「アゴを落として」体が新しくなる。生光さんが終わった後で富塚に寄りご飯を頂いた後で庭木の枝を切るのを。エゴの木とヤマモミジの枝が隣の敷地に出ていたので。切り落とした枝をゴミの袋に入れるのが最も汗が出る作業。終わった時には上半身はビショビショに。家に戻ってシャワーを掛けてホッと一息。この新しい体の変化は人の意識に頼らない。全てを「自動的な変化」に委ねる。意識をコントロール出来る人はいないのでそこが1番難しい所。
明日は3時間立ってみようと思います。何故かって?それが当たり前になって来ました。3時間立てた時は、信じられない位静かです。この事を信じてもらおうなんて思わない。私と一緒の時間を過ごす人はもう決まっているから全ては向こうからやって来ること。体の使命は、選択では無く既にあること。私が立っている所で「一緒に立つ」か「横たわる」定めでない人を誘うのは無礼だから。2021年の1月に立ち始めた頃を思い出す。ただひたすら「立って」「立って」「立って」その時の体は矛盾だらけでまるで
首が前に傾く。アゴが滑って前に。重さに耐えかねた首の付け根と肩が悲鳴を上げながら固まっていく。やがてそれは強固な塊になり激しい痛みになる。老いると言うことはそう言うこと。動かない場所が増え、枯れていく。でもこれからは違う。骨の位置移動が自動的に起こり知らない内にあるべき場所にある様になる。背骨の後ろの際が反応している。やり過ぎると気持ちが悪くなる。決して頑張らない様に。体が勝手に新しくなるので、頑張らなくても良いから。
これまでの普通であれば「背骨はS字が良い」だった。今回はそれがほぼ真っ直ぐになる。「お腹が出た」と言われる正体は実は背骨が前に出ている。肩が凝るのも「首と頭が前に出ている」から。ただ骨の位置があるべき場所を失っているだけ。首が立ち上がると、仙骨も立ち上がる。少し前に傾いていた仙骨が垂直になる。首が塊っていると仙骨も足首も塊る。首の付け根と首、後頭部があるべき場所にあると体全部の骨の位置移動が始まり塊は消える。全ての塊の源が首の後ろにある。アゴをストンと落とすと、塊が解け
これまでの道と、この場所の違いは「心の世界については話さない」こと。「一緒に立ったり、横たわったり」はあるけど「今何が起こっているのか?」の説明はあるけど心の世界についての言葉は無い。それが26年前までの世界と決定的に違うこと。あるのは「骨の位置移動についての話し」だけ。これまで年と共に痩せ細っていた場所が段々に筋肉が増えて、立ち姿が変わってくる。63キロほどの体を支えているから鍛えなくても筋肉はつく。逆に筋肉が消えていく場合はそれだけバランスが悪いという証し。バランス
今日も立ったり、横たわったりを繰り返しながら続けていたらゴリゴリっと音がして胸椎の1番、2番、3番が動きました。アゴを下に落としたまま、首と頭が起き上がりその時にゴリゴリっと。アゴを落とした状態で初めて出来ること。アゴを上げたままでは動いてくれない場所。スマホを顔の前に上げて見ている人がいるけどそれではこの場所は動かない。ここが動くと背骨全体も少しだけ後ろに移動する。これが答えあわせ。なる程、今日はこれを待っていた❗️これで初めて首で止まっていた流れが動く‼️ここが確保
一つ課題が出来ると「真っしぐら」です。「背骨の位置がもう15ミリ後ろ」と言われスイッチが入ったこの体は黙々と「アゴを落とす」を続けている。「もうこれ以上は落ちないだろう」等と思いながら。未だ背骨の位置が、十分では無いと感じる。大袈裟な修行をしなくてもただ「骨の位置があるべき場所にあれば良い」これまでのやり方ではかなり長い時間かかりそうだったけど「アゴを落とす」が始まったらあっという間に行けそうな感じになって来た。これまでは頭と首を引き起こす様なやり方だったけど「アゴを落と
ある日突然それは始まった。これ程単純なことは無いけどまあちょっとだけコツがあります。「アゴを落とす」この体の場合は、ある日ある時突然コトンと落ちて始まったこと。そこから少しずつ変化して今に至る。秘密というほどのことは無いけど続けていると意識が無くてもスッと動く様になる。まあ最初だけ、ちょっとしたことを伝えれば直ぐに楽に出来る様になるから。これまで「立つ」というのは物凄く大事だったけどこれはお箸を持ち上げるほどの軽さ。一回で会得する人もいそうです。色々な姿勢の時にも
立ったり、座ったり、横たわったり歩いたり、様々な動きをする時に感じる。体全体の繋がり。私の体は50代で既に壊れていた。70代になった時、それは決定的になっていた。73才で立ち始めた時動作の一つ一つがぎこちなく技を使って何とか乗り越えていたけどやがてその技も使えなくなった。今年の5月、6月、7月の怒涛の変化は体の繋がりを復活させてくれた。軽くだけど、又アサナが出来るところまで。「アゴを落とす」が始まってから体中の塊は、首の後ろの塊が解けると無くなると分かった。「引っ張っ
今日の藤枝はいつもの4人。私を入れて3人立って後の2人は横たわって。立っていた1人は体がガンガン動いて。もう1人は全く動かない。この体はいつもより動きが少な目で。よく動いた人は「初めてこんなに動いた」と。「最初の一時間はあっという間だった」けど残りの30分は物凄く長かったと言って。2人が同じ感想だったのが面白い。私は黙々と。浜松に戻って「眠れない」と言う人と。今日は横たわってもらって一時間半。顔がとても柔らかくなって❗️「アゴを落とす」をもう一度教えて。家に帰ってか
全前屈の時昨日は左脚の上に体が降りて今朝は右脚の上に降りた。暫く続けていると、今度は真ん中に降りた。こんな事は初めて。呼吸をしていない体は直ぐに鋭い音をたてる。若い人でも呼吸の止まった体をみる。確かに固まるのは50代になってから。70代は塊りと枯れるが同時に始まる。内臓が働きを失うと、その辺りが冷たくなる。何のことは無い、近くの椎体がズレている。まさか背骨全体が後少し後ろだなんて、初めて知った。「命が命のまま解放される」骨の位置のズレによって閉ざされていた道が今自動的
本人も「取り組みたい」と思っているのに全く取り組めない人たちがいます。私が立っているのはそんな人達の為でもあります。今回は「無条件」で全ての体に変化が起きます。積極的に取り組める人もいれば全く出来ない人もいます。全ての体と繋がるだけの深さを持たないとこの働きは出来ません。「正しく生きている人だけに」なんて言ったら全く進まない。凄いことに今回の変化は「全ての体に、同時に」です。より深い働きの為の体が、少しだけ用意されています。無条件で、その為に働きます。誰にも分から
私は他人を説得するのは嫌いです。何故かと言えば誰も自分の意思で生きていないから。その働きを約束された人が来るまで、待たなければなりません。説得などもっての外です。私は一歩も近付かずただ近寄って来た人達と、一緒の時間を過ごすだけです。言葉は受け取る人によって世界が変わるから時と共に慎重になる。一緒の時間を過ごせば、言葉は要らない。多少の補足だけで十分だから。「ただ立つ」だけだったものが「アゴを落とす」が加わったことで、一つ具体的になった。つい私は調子に乗って「新しいヨガ」
長い時間立てる人はそうはいないので何故だかこの体は立てるのでまあこれを働きにしています。2021年の1月から立ち始めたのですがその時はみんなが立つものだと思っていました。続けている中で、それは不可能なことだと思い知ることに。これまでは「整ったら終わり」でしたが今回は「そこからが始まり」なのだそうです。なので少しだけ立つ時間が増えそうです。他の人と「一緒に立つ」時は未だ1時間半で。「アゴを落とす」以外は何もしないでただひたすら立ち続けるだけです。腕は依然としてビュンビュンと
「アゴを下に落とす」このわずか数センチの事が、これ程の難しさになるとは到底予想出来なかった。まあでも、これ迄の諸々に比べたら何とかなりそうだとは思う。アゴを落とすと、背骨の位置が変わる。更に頭が上昇して、首が立ち上がる。いつでも、どんな姿勢でも出来るのが凄い‼️今朝も立ちながらやってみました。背骨全体が後ろに移動しながら、ブーンと立ち上がる。足の裏が、まるでブロックを積み重ねる様に変化している。アーチを描いていた足の指も、素直に平らになっている。やはり1番大きな変化は後
先に言葉を出してその言葉の力で実現するのでは無くこの体に動き出したことを言葉に変えている。未来は見えないけれど実際に存在している。そこが動かなければ、この場所は動かない。人は絶えず未来に動かされている。そう未来を作っているのでは無く未来にある様に「今が作られている」未来の中にある人の体は今とは全く違うものを現している。未来の中にある様に今の体が変えられている。まあきっと「未来の姿」は人によって言うことが違う。でも未来の姿はもう既にある。それは実際の未来の姿を見ているか?
不眠症で悩んでいる人から電話があって直ぐに来てもらって立って「アゴを落とす」を。不眠症の場合やはり首と肩と後頭部が強い塊で全身に巡るはずの力が、首で止められていた。アゴを落とすのを少しずつ続けて1時間ほど。塊だった首は穏やかな状態になり前に迫り出していた腰も後ろに移動していました。未だほんの始まりですが、肩首周りは静かになりました。呼吸も戻って来ました。首が固まって呼吸が小さくなると潜在意識が暴走します。不安は治ること無く続きます。お薬では「骨の位置移動」は起きない
今日は娘と2人で「アゴを落として立つ」から始めました。娘は「物凄く眠くなった」と言う事で1時間ほどで横たわり私はそのまま立って、1時間半で終わりました。今日はかなり「ズルズルと引っ張る感じ」が長い時間続いて最後の方は「軽く」なった。娘の終わった後の顔は過去一のスッキリでした。体の中に溜まっていた毒は、綺麗さっぱり消えた様です。「新しいヨガ」を続けていけば、更にフワフワになるでしょう。例え元気な人も70歳から72歳までの2年間で破壊的なガツンがあります。この時は「新しいヨガ