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戻ってきた惠美(田中絹代)に先生(斎藤達雄)は、納村(笠智衆)の情緒的イリュージョンを壊さないようにと話すのだが、彼女と対面した納村は来てもらうほど大げさなことではないと言う。美人でよかったと「失礼しました」の男(日守新一)。先生はこれが不美人だったら悲劇だったと言う。二人きりになった惠美と納村はぎこちない会話を始め、先生は二人をもっと近づけようと画策する。*****同階に泊る男の孫二人、太郎(横山準)と次郎(大塚正義)に励まされながら歩行訓練する納村。それを見守る惠美。*****東
そう、西瓜の種を食べると「盲腸になる」と言われたもんや。先のことまで書いてある日記。これ、「子供の四季」(だったか?)と同じ。主役は太郎役の横山準なのかもしれない。*****山道を歩く蓮華講の一行。宿に到着した彼らは、宿にいる十八人の按摩のうち、十二人を割り当ててもらい、くじ引きで誰が施術してもらうかを決めることにする。大騒ぎである。同じ宿に泊まる客(斎藤達雄)には騒々しく、甚だしく迷惑である。しかし、隣室の青年(笠智衆)は「にぎやか」だと言って一向に気にしていない。また、孫たちと反対
うれしそうな母(吉川満子)を見て、きょうは給料日だと言い合う良一(菅原秀雄)と啓二(突貫小僧)。喧嘩に強くなるには雀の卵を飲み込むのがいいという話になっていて、二人は雀の巣を見つけたと言う学友について行くのだ。しかし啓二は出合った山田屋(小藤田正一)に、きょうはうちからビールの注文があるはずだと言う。母はやはり、半ダースを注文するのだった。恩を売った啓二は「その代りあの意地悪な亀吉(飯島善太郎)をやっつけてくれないか」。*****亀吉に喧嘩を仕掛けた啓二。助っ人の山田屋が現れる。小突かれて亀
この映画、「トーキー」やったらさぞかしよかったのにと思う。せやけど、いまやったら、子どもの喫煙場面なんか、絶対あかんやろな。「風の中の子供」や「子供の四季」では、もう大きな子どもやった葉山正雄が、この映画ではまだ小さいんや。活動写真の上映会で映写機を操作するのは、どっから見ても笠智衆だが、配役に名前はない。*****「岩崎さん」に会いに行ってから帰ると母(吉川満子)に伝えてくれと言って、吉井(斎藤達男)は長男良一(菅原秀雄)と次男啓二(突貫小僧)を先に帰す。うちでは引っ越し後の片づけが進
婚礼の日の夜、たま子(吉川満子)がが疲れを癒すために温泉にでも行ったらどうかと夫(斎藤達雄)にすすめると、いっしょにどうだと省三。貫一(葉山正雄)がいるからと妻が言うと、「まだあいつがいたっけ」とつぶやく省三。「それにあの顔じゃあ、嫁をもらうんだって、またたいへんだ」。これから中学、そして大学へやることを思い、「失敗だった。遅がけにとんでもねえやつが生まれたもんだ」。「ね、あなたはあの子をかわいいとお思いになりませんの?」「ふん。そんな甘い悠長な話じゃないよ」孫のようにかわいいはずだとたま
栗山(小林十九二)が妻の逸子(田中絹代)をモデルにして裸婦画を描いていると、逸子の姉、高子(坪内美子)の夫、小宮山(大山健二)が訪ねてくる。高子が「些細なこと」で「プイッと」家を出たきり、帰ってこないと言う。しょっちゅう夫婦喧嘩の高子は、三女、町子(水島光代)の婚礼準備が進む実家に戻っていた。日本髪の彼女は「些細なこと」で喧嘩とも呼べないと、心配して様子を見にきた逸子に話す。小宮山の話にそっくりなので、似たもの夫婦だと逸子は笑う。実家にはそして、まだ小学生の弟でわんぱく盛りの貫一(葉山正雄)
二輪車を買ってもらった息子(菅原秀雄)は池で魚とり。通りがかった父(岡田時彦)に妹の美代ちゃん(高峰秀子)が「クスマンジュウ」の食あたりで病気になったと言う。医者が疫痢になるかもしれない言っていたと息子から聞いた父は急いで帰宅する。医者は入院をすすめていると妻のすが子(八雲恵美子)が言うと、カネなんかどうにでもなると俥屋を息子に呼びに行かせる岡島。息子は二輪車を走らせ、妻は入院の支度をするのだ。*****一家で移ってきた病室。医者(河原侃二)は心配ないだろうと言うが、すが子は治療費のことを案
「その夜の妻」に続いて岡田時彦と八雲恵美子が夫婦役である。「淑女と髯」と同様、主人公の姓は「岡島」。長女役には高峰秀子!ちっちゃい。会社のマークは「淑女と髯」で使われていた「山形の下に塗りつぶした丸」と同じ。「その夜の妻」と「淑女と髯」では変体仮名𛂁のだった字幕の「な」がちょっとだけ変体の「な」になっている。そして「小津アングル」もはっきりとわかる。*****岡島伸二(岡田時彦)は体育教官(斎藤達雄)を小馬鹿にするような中学生だったが、いまでは保険会社の内勤社員で、すが子(八雲恵美子)を妻
帰宅した夫(岡田時彦)を見て安堵するまゆみ(八雲恵美子)だが、現金の出所を疑う。仲間はみんな貧乏で貸してくれる者などいないが、娘を見殺しにすることはできないと言って、橋爪はテーブルに拳銃を置く。「みち子さへ癒ったら俺は自首して出るつもりなんだ」。父の姿を見つけて笑顔のみち子。そしてドアをノックする者が…。橋爪は隠れ、まゆみがドアを開けると立っていたのは、橋爪が乗ってきたタクシー運転手の男(山本冬郷)だった。「其筋の者」だとまゆみに言って橋爪の在宅を問う。帰宅していないと彼女が答えると、帰るま
昭和五年までさかのぼった。小津安二郎監督による無声映画である。市村美津子にまた会ったのだ。そして岡田時彦。確かに聞き覚えのある名前だが…、あっ、岡田茉莉子の父ではないか。警官役を笠智衆としている資料があるが、彼の名は画面上にはまったく出てこない。通報の電話を受けているのが笠智衆だろう。音楽はピアノ演奏のみ。原作が「オスカー・シスゴール」なる小説家による短編で、西洋風でないのは「まゆみ」の和装とお辞儀ぐらい。えっ、これ小津映画とも思わせる。しかし、時代劇にしても通用する内容だし、サイレントだと
岡田(佐野周二)の下宿で一晩過ごした小宮(斎藤達雄)。雨降りの天気に困ってしまう。妻宛の葉書に好天だと書いてしまっていたのだった。帰宅した夫に節子(桑野通子)のことで不満を爆発させる時子(栗島すみ子)。「ねえ、あなたから厳しく言ってやってくださいな」。妻にそう言われた小宮は部屋に来た節子に、あしたあたり届く妻宛の葉書を受け取ってほしいと頼む。「うちにまかしとき」と節子。そして時子が部屋に入ってきたときだけは、説教の真似事をして取り繕う小宮だった。節子は自分と岡田だけが貧乏くじを引いたと恨みを
昭和十二年の小津安二郎監督による映画。葉山正雄と突貫小僧も出演しているのだ。*****牛込の重役、夫(坂本武)が運転する車から降りた長いしっぽの襟巻姿の妻、千代子(飯田蝶子)が、寄り道しないで会社へ行けと夫に釘を刺す。彼女が入っていったのは麹町のドクトル夫人、時子(栗島すみ子)の邸宅で、そこにはすでに御殿山の未亡人、光子(吉川満子)がいた。中学受験を控えた息子、藤雄(葉山正雄)のために算術の家庭教師を紹介してほしいと、光子が時子に言う。*****ドクトル小宮(斎藤達雄)は大学教授。そ
●港の日本娘(1933年)監督:清水宏主な出演:及川道子井上雪子江川宇礼雄澤蘭子逢初夢子斎藤達雄南條康雄横浜の外国人居留地にある女学校に通う黒川砂子(及川)とドラ・ケンネル(井上)は大の仲良しだった。しかし、砂子が恋焦がれるヘンリー(江川)という青年との交際が、彼女たちの人生を大きく狂わせる。遊び人のヘンリーは、シェリダン耀子(澤)という女とも深い関係にあった。そればかりか、ハマの与太者たちともつるんでいる。砂子のことを心配するドラはヘンリーをとっつかまえ、い
『夜ごとの夢』映画無声88分白黒昭和八年(1933年)六月八日封切製作国大日本帝國字幕言語日本語製作松竹キネマ蒲田撮影所原作成瀬巳喜男脚色池田忠雄撮影猪飼助太郎監督補助渋谷実巌谷平二松井稔撮影補助藤田英次郎斎藤正夫現像納所歳巳舞台設計浜田辰雄舞台装置久保田清蔵舞台装飾川崎恒次郎撮影事務田尻丈夫配光野口省三衣装松下松之助結髪滝田さえ字幕撮影日向清光タイトル志賀友易主題歌「
映画『港の日本娘』をみました。いまから92年前の1933年(昭和8年)に公開されたサイレント映画で、清水宏監督の作品。北林透馬の同名小説の映画化版。当時の横浜の港や街並み、チャブ屋など開港以来の在りし日の情景を見ることが出来て大変興味深いです。また、当時のしゃれた表現(ルビ)も面白い。たとえば、横浜と書いて、ハマと読ませる。他にも、恋愛(こひ)、有難う(メルシー)、良人(ハズ)、亭主(クズ)、舞踏会(ボール)など。物語は、外国人居留地の女学校に通う砂子(及川)が主人公で、ドラ(
3月2日が命日・忌日の有名人・著名人1074年83歳薨去(?)藤原頼通さん平安時代の公卿太政大臣藤原道長の長男1835年67歳没(?)フランツ2世さん神聖ローマ帝国皇帝1840年満81歳没(?)ハインリヒ・オルバースさん天文学者オルバースのパラドックス1855年満58歳没(インフルエンザ)ニコライ1世さんロマノフ朝第11代ロシア皇帝1930年44歳没(結核)D・H・ローレンスさん小説家『チャタレイ夫人の恋人』⇒『D・H・ローレンス1885年9月
本日十二月十九日十八時三十分・二十二日十三時三十分・十七時、京都文化博物館フィルムシアターにおいて映画『王将』が上映される。坂田三吉が将棋に全てを賭ける。妻小春が献身的に支える。夫婦愛・家族愛物語の傑作である。『王将』昭和二十三年(1948年)十月十八日公開制作大映京都企画奥田久司原作北条秀司脚本伊藤大輔将棋指導舛田幸三撮影石本秀雄田中省三録音海原幸夫
『宗方姉妹』(むなかたきょうだい)映画トーキー112分白黒昭和二十五年(1950年)八月二十五日封切(八月八日封切説あり)製作国日本製作言語日本語製作会社新東宝配給新東宝製作児井英生肥後博脚本野田高梧小津安二郎原作大佛次郎撮影小原譲治音楽斎藤一郎美術下河原友雄録音神山正和照明藤林甲編集後藤年男製作主任加島誠哉工芸品考撰沢村陶哉配役宗方節子田中絹代宗方満里子高峰秀子三村亮
『花籠の歌』映画トーキー10巻白黒昭和十二年(1937年)一月十四日封切製作国大日本帝国製作言語日本語製作松竹大船脚本野田高梧五所亭原作岩崎文隆撮影斎藤正夫主題歌『花籠の歌』『野菊の歌』作詞西条八十作曲江口夜詩音楽監督久保田公平美術監督脇田世根一録音土橋武男編集渋谷実現像納所歳巳出演田中絹代(森洋子)佐野周二(小野進)徳大寺伸(李)河村黎吉(森敬造)
どうも。他の先進国よりもずっと安い賃金で働く従業員がいながら、賃上げしたら会社が潰れると言う経営者は無能であり、早急に会社経営から手を引くべきという冷徹な思考が必要です。それはさておき、映画の感想文を書きます。今回は『学生ロマンス若き日』です。二人の男子大学生がある女性に好意を持つ。試験が終わり二人はスキーに出かけるが、偶然にもその女性もスキーに来ていた。二人は女性をめぐって対立するが、彼女が別の男性とお見合いすることを知り落胆する(松竹・映画データベースより引用)。1929年公開
どうも。人の生死がかかった案件で仕事をしない責任者が非難されるのは社会常識です。震災対応がお粗末な政府と石川県(というか馳浩県知事)をデマや屁理屈で擁護する連中は社会不適合者でしかありません。それはさておき、映画の感想文を書きます。今回は『東京の合唱』です。会社の同僚の解雇に抗議して、自分も解雇されたサラリーマンの悲哀を描く。1931年公開作品。監督は小津安二郎で、出演は岡田時彦、八雲恵美子、菅原秀雄、高峰秀子、斎藤達雄、飯田蝶子、坂本武。小津安二郎が戦前に監督した白黒サイレン
どうも。キリスト生誕の地であるベツレヘムで、ガザ情勢を受けてクリスマス行事を中止する中、遠く離れた日本では、クリスマスで浮かれるのですね。それはさておき、映画の感想文を書きます。今回は『青春の夢いまいづこ』です。かつての学友でありながら若社長と社員になった二人の青年。ベーカリーの看板娘をめぐって友情は揺れる(松竹・映画作品データベースより引用)。1932年公開作品。監督は小津安二郎で、出演は江川宇礼雄、田中絹代、斎藤達雄、武田春郎、大山健二。小津安二郎が戦前の松竹で監督した白黒
連休中からの仕事がひと段落したので、ゴミ屋敷化していた部屋を丸一日かけて整理整頓していたら、去年、知り合いのママたちの子供たちにプレゼントしようと思っていた花火セットが見つかりました祭文が子供の頃は、毎年夏休みに祖父母のいる実家で親戚の子供たちと路地で花火をするのが楽しみでした打ち上げられた尺玉が夏の夜空に華開く地元の花火大会もワクワクドキドキした楽しい思い出となっていますが子供たちで「ねずみ花火」を投げて逃げまわったり火を点けると、とぐろを巻いた黒い棒が出てくる「
どうも。何年も前から日本にも中国からの偵察気球が飛来していたにもかかわらず、それがどこから来たのか分からないという防衛省の情報収集・分析能力の無さが問題であり、それは防衛費増額してアメリカから年代物のミサイルを買っても解決しません。それはさておき、映画の感想文を書きます。今回は『淑女は何を忘れたか』です。恐妻家の大学教授の一家に、大阪からとびきり元気な姪が飛びこんできて、一騒動を巻き起こす(松竹・映画作品データベースより引用)。1937年公開作品。監督は小津安二郎で、出演は栗島すみ子
どうも。外国でノーマスクだから、日本もノーマスクでと即断するのは浅はかです。外国のPCR検査状況を考えましょう。テレビに映るノーマスクの外国人はコロナ陰性証明が出た人だけではありませんか。PCR検査に積極的な外国と消極的な日本と同列に語るのは危険です。それはさておき、映画の感想文を書きます。今回は『落第はしたけれど』です。落第生のお気楽大学生活を描く喜劇映画。1930年公開作品。監督は小津安二郎で、出演は斎藤達雄、二葉かほる、青木富夫、若林広雄、大国一郎、田中絹代。小津安二郎監
監督:小津安二郎1932年公開所要時間:1時間40分タイトルの「生れてはみたけれど」の普遍性がすごいですよね、それだけで内容に興味もってみてしまいました(笑)日本映画の巨匠である小津安二郎の作品で、小学生たちとその周囲の大人たちの日常が描かれています。ガキ大将として学校を牛耳っていた男の子が、弟と一緒に転校した先でたくましく生きていきます。1932年に公開された映画で始終モノクロで味があります。小津安二郎の映画でどれから観ようか迷ったらこれからみてもいいかもしれ
どうも。ロシアが勝利宣言しても、この戦争は終わりません。大日本帝国が中華民国の首都南京を陥落しても、日中戦争は続きましたから。ロシアに大日本帝国並みの悲惨な末路を辿らせなければ、世界に平和は訪れないのです。それはさておき、映画の感想文を書きます。今回は『突貫小僧』です。間抜けな人さらいが暴れん坊の小僧をさらって、その子を親分の家に連れていくが、子どものわがままに困り果て、結局元のところに戻す(松竹・映画作品データベースより引用)。1929年公開作品。監督は小津安二郎で、出演は斎藤達雄
五所平之助監督67分という短さですがほほえましくて大好きな映画です。お話。もうじき50歳の福島省三(斎藤達雄)とたま子(吉川満子)夫婦には3人の娘と1人の息子がいる。すでに嫁いだ長女(坪内美子)と次女(田中絹代)そして三女は、近々結婚することになっている。その三女の結婚式が無事に終わった夜。「やれやれ、これで肩の荷が降りた」ほっとする夫婦。「娘三人を片付けるというのは、容易なことじゃなかったよ」「ほんとですわ、あんまり見苦しい
野村と言う男が殺害され、現場は凄まじい力の持ち主が暴れたらしく、情婦の雪江はゴリラの様な男を見たという。雪江には、戦死したはずが実は生きていた夫がいるらしく、その田代恭助が事件の前日に雪江の職場を訪ねていた。田代が野村に嫉妬した可能性をたどっていくと、今の田代は戦争孤児を預かる教会で働いており、教会の大沢親子や子供たちに慕われて非の打ちどころの無い人物だった。ところが警察医?の山崎は田代に見覚えがあり、軍病院にいたときに現地で発狂して収容されたのが田代で、彼はゴ